職人は“お母さん”たち。伝統技術で沖縄を「まあるく」繋ぐ循環型ファッション工房

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Made in 〇〇──あなたが着ている洋服のタグには、どこの国の名前が書かれているだろうか。おそらく、多くの人が外国で作られた服を着ているのではないかと思う。日本繊維輸入組合によると、2022年の日本における衣服の自給率は、1.5%(※)。その背景には、国内での衣服生産キャパシティーの縮小がある。

国内では、縫製職人の人手不足が進む。高齢化が進むなか、若い世代の育成が十分に進んでいないのだ。また、安価な労働力を求めて製造拠点を海外に移す企業も多い。

「日本の縫製業界を守り、人や地域に優しいものづくりがしたい」そんな想いから2024年2月、沖縄のアパレル業界に新たな風を吹かせる地域循環型縫製工房がオープンした。沖縄の人・モノ・伝統を未来へつなぐ、地域に根差した縫製工房「MAARU FACTORY(以下、MAARU)」である。昨今、持続可能なモノづくりや働き方が見直される中、業界が抱える課題解決に向けて大きなインパクトを与える存在として注目されている。今回はMAARUの創業者である野原真麻さんと大坪育美さんのお2人に、MAARU立ち上げのきっかけや沖縄にある課題についてお話を伺った。

大坪育美さん(左)と野原真麻さん(右)

大坪育美さん(左)と野原真麻さん(右)

沖縄に受け継がれる“ゆいまーる”。次の人を思いやる優しさを

「MAARU FACTORY(まあるファクトリー)は」、伝統工芸と資源と人が循環し、地域で自立したモノづくりを実現させるための縫製工房だ。その名称は円形のまる(〇)に由来している。英文字のO(オー)や数字の0(ゼロ)など自在に形を変える特性から、時代や環境の変化に柔軟に対応する工房でありたいという想いが込められているのだ。また、沖縄に受け継がれる“ゆいまーる”(助け合い)という言葉から、「次の人を思いやる優しさを」という理念を掲げている。

MAARUを立ち上げたのは沖縄在住の野原さんと大坪さん。野原さんは沖縄の伝統工芸を現代風のデザインに転換させ、沖縄県内で縫製された県産品「かりゆしウェア」を自社企画・販売しているカルチャーブランド「Kizuna Okinawa(店舗:宜野湾市)」を手がけている。

大坪さんは、自然がある暮らしを求めて関西から沖縄へ移住。資源の循環をテーマにアパレルブランド「EQUANCE(店舗:浦添市)」を立ち上げた。前職でのカジュアルウェアブランドの企業デザイナーを経験し、廃棄されるマンゴーの草木を再利用した染色や、ベトナムでのものづくりを通したフェアトレードに取り組んでいる。

沖縄伝統の紅型がデザインされたKizunaのオリジナルかりゆし「YOROKE」

沖縄伝統の紅型がデザインされたKizunaのオリジナルかりゆし「YOROKE」

「商品を作れる場所がない」それなら自分たちで作ろう

MAARUの立ち上げは、野原さんと大坪さんがそれぞれの自社ブランドで抱えていた、「商品を作りたくても作れない」という事業課題から生まれたアイデアである。

沖縄をはじめ日本各地の縫製業界では、人手不足が深刻だ。野原さんのお話から、生産ニーズに対して受注できる受け皿がないという現状が見えてくる。

野原さん「沖縄の場合、縫製業者に掛け合ったところ、2024年の2月時点で『今年の生産受付は終了した』と言われました。まだ2月なのに、縫製を担う技術者がいないんですよ。とくに、私たちのように発注数が少ない小規模ブランドは、受付できないと言われることもある。モノを作りたいのに作れない、これが日本の深刻な現状です」

野原さんと大坪さんはこのような事業課題に直面しており、アパレル業界における「人材不足」「労働環境」「事業継承」に問題意識を抱えていた。また、お2人とも沖縄という地で「サステナビリティ」「循環」といった意味のあるモノづくりにこだわりを持っていたことから、話をする中で意気投合。地域で循環する生産の仕組みを自分たちで作っていこうと決意した。

野原さん

野原さん(右)

人を育て、伝統を未来へ紡ぐファクトリーへ

大坪さんは前職で企業のデザイナーとして勤務しており、日本各地で生産工場を目にしてきた。そこで感じたのは日本の職人によるモノづくり価値と、担い手不足の深刻さだった。

大坪さん「これまで国内外で様々な刺繍工場や染色工場などを見てきて、日本の上質な手仕事に感動しました。モノづくりにはとても手間がかかります。例えば、お洋服を一枚仕上げるためにまずは糸を止め、生地をつくり、とステップを踏みながら形にしていかなければなりません。本当に多くの手仕事によって、私たちが普段着ているお洋服が出来ているのです。

しかし、このように上質な仕事をしているのに、採算が合わず、廃業に追い込まれている工場に直面することも多くありました。そうした状況を見て、私は『丁寧で質の高い日本の縫製技術を絶やしたくない』と強く感じるようになったのです。また、沖縄本島には、県外と比べるとものづくりができる場所や人材がより一層限られているという厳しい現状もあります。だからこそ、MAARUではモノづくりに加えて縫製の技術指導に力を入れています」

大坪育美さん

大坪育美さん

モノづくりが「見える」地域循環型ファクトリー

MAARUでは「人とモノと伝統をつなげる地域循環型ファクトリー」というテーマを掲げている。それは、一体どのようなものなのだろうか。

野原さんによると、MAARUがめざす「循環」とは、作り手と使い手を繋ぐ、モノづくりの背景や商品のストーリーを世界に発信することを見据えたビジョンだという。また、沖縄が抱える経済課題や社会課題解決を目指す地域循環型の仕組みは、MAARUが目指す地域創生のモデルである。

沖縄が抱える課題の一つが、いわゆる「ザル経済」と呼ばれる経済構造だ。その一例として、県内の観光需要に対して県外資本の企業が多くの利益を獲得する一方、地域には十分な還元がなされていないという現状がある。

これは沖縄に限らず他県にも存在する課題だが、産業の多くが観光業に依存する沖縄では、より顕著である。そんな現状に対して、地域循環型ファクトリーはどのような課題解決に取り組んでいくのだろうか。

野原さん「MAARUでは、沖縄らしい伝統や魅力、資源の循環や最大限活用、アップサイクルなどをテーマにした意味のあるモノづくりをしていきます。商品が色んな人の手に渡り、その対価が地域で働く人の所得に反映される、というようにお金がきちんと循環していくこと。これによって地域に経済的な豊かさが還元され、地域がより一層強くなることを目指しています。これを私たちは『地域循環型』と定義しています」

MAARUは衣服の生産だけでなく、縫製の技術者育成にも力を入れている

MAARUは衣服の生産だけでなく、縫製の技術者育成にも力を入れている。

働く女性が活躍できるステージを

また、MAARUでは、「地域のお母さんたち」が縫製術者として技術を身につけていく。これは、沖縄が抱える「貧困」という社会課題に着目しているからだ。実際、野原さんもシングルマザーとして子育てと仕事を両立させている。

野原さん「沖縄では、シングルマザー世帯数や若年出産の比率が全国トップレベルという現状です。最終学歴が中等教育である方も少なくはなく、就職先が限られてしまったり、仕事が安定せず収入が低くなってしまったりすることもあるのです。子育てをしながら女性が望む生活を送るには多くの課題が山積になっています」

そこで考えたのが、この問題を『技術者の高齢化やコロナ禍の人員削減などによる、縫製技術不足』に掛け合わせ、その双方を解決するということだった。

「縫製の仕事は、年齢も学歴も問わず、働き方の自由度も高いです。ですから、縫製を、職を求める女性の新たな仕事の選択肢にできる仕組みを作りたいと思いました。縫製賃金を技術に合わせて支払うことはもちろんのこと、縫製ファクトリーで働く以外のキャリアパスとして業務委託契約で副業や在宅職として提案する内職の仕事は、子どもがいる母親でも経済的な支えの一つになりうると信じています。

野原さん「この循環の輪は沖縄だけでなく、いずれ日本の同じ様な課題を持つ地域のモデルとなると考えています。今は、そのための仕組みづくりに取り組んでいるところです」

NPO法人にじのはしファンド にじの森文庫で母子・寡婦の皆さんと

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消費者と一緒にモノづくりを見直すための「体験の場」

MAARUでも、循環をコンセプトとした責任あるモノづくりを大切にしている。しかし、本質的にサステナブルなものづくりとは一体、なんだろう。野原さんはそもそも、モノづくりに対する葛藤があるという。

野原さん「以前、業界の先輩方に『新しいものを作るというのは、いずれ捨てられるものを作っていることをよく考えて仕事をしなさい』とよく言われました。しかし、生きるために事業が必要なのも事実です。ですから、事業を続け、新しい物を作るからには、モノづくりの意味にきちんと向き合うべきだと思っています。資源の最適化と最大化を考えて生産する。それこそがモノづくりのサステナビリティではないでしょうか」

しかし、どれだけ生産者がこだわりを持って生産しても、買い手の意識が伴わなければ良い循環は生まれない。消費者と一緒にモノづくりを見直すためのMAARUの取り組みを大坪さんに聞いてみた。

大坪さん「一番は体験していただくことですね。作り手が想いを一番伝えられるのは、体験の場です。ワークショップを通して生産者の苦労や想いを共有することで、買い手と作り手が顔の見える関係になります。作り手の想いも一緒に買ってくれる方々が増えたらいいなと思っています。

今後はMAARUでも、モノづくりを体験できるプランを作ります。観光やお買い物の中で、ワークショップを体験していただくことで、世界やモノの見え方が変わるのではないでしょうか」

沖縄伝統の紅型がデザインされたKizunaのオリジナルかりゆし「YOROKE」

琉球藍で糸を染色

伝統は時代に合わせて、変わりながら生きていく

MAARUでは、沖縄らしい伝統を未来に繋いでいくモノづくりを掲げている。しかし、「『伝統というのは、本当に残すべきものなのか?』ということも考えています」と話すのは野原さん。

野原さん「今ある伝統が継承されるか否かは、次の時代にその技術や商品が必要とされるものであるのか、が一つの分かれ目だと考えています。残るものもあれば淘汰されるものもある。そんな中でMAARUが伝統を残したい理由は、地域に暮らす人にとって伝統が大切なルーツでありアイデンティティだと考えているからです。現に、私にとって伝統は、それを通して沖縄という島につながりを感じるもので、大切な心の拠り所になっています。

Kizunaで作るかりゆしも、工芸品のストーリーを活かしながら、私たちのような若い世代が着たくなるデザインとはなんだろうということを考えてデザインしています」

また大坪さんは、MAARUが伝統継承に携わる意味として、古くから受け継がれる伝統に、新しい価値や選択肢を見出すことをあげる。

大坪さん「MAARUはモノづくりを通して、伝統工芸に関わる作家さんの想いを紡ぐ場所だと思っています。

伝統を一筋に極めてきた職人の皆さんは、違うジャンルに触れたり、新たなかたちでモノづくりをしたりする機会が多くはないと思います。だからこそ、MAARUが想いに寄り添って新たな可能性を引き出したり、共感できるブランドさんにつないだりすることで、現代に愛される伝統の循環を作っていきたいですね」

編集後記

MAARUは5年後、10年後にどんな未来を描いているのだろうか。まず目指すのは、縫製工房の労働環境として「きつい、暗い、安い」といったネガティブなイメージを変えることだ。世界的に日本のモノづくりはトップレベルと言われる。だからこそ、技術者育成に力を入れ、付加価値をつけた商品を世界に広めることで賃金を上げていきたいという。

また、そうすることで女性を中心にさまざまな方が働きやすい環境を整え、地域に眠る可能性を生かせる場をつくり、そこから地域の循環を生みたい考えだ。

2人が目指すのは、商品タグでMAARUの名前を見た人に「意味のあるモノづくりを大切にしている、このブランドで作られたモノを買おう」と思ってもらえる工房をつくること。これからMAARUで作られる商品はきっと、地域も世界も豊かにしていく、未来への「架け橋」となっていくのだろう。

22年の衣類国内供給量 輸入が膨らみ前年比2.5%増 輸入浸透率は98.5%へ上昇(繊研新聞社)

【参照サイト】沖縄から発信!地域循環型の縫製工房で地域の可能性を広げたい!!(ForGood)

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