科学とは何だろうか?
世界中で200万部を超えるベストセラー『植物と叡智の守り人』の著者であるロビン・ウォール・キマラーは、西洋科学は往々にして「科学主義」であると言った(※1)。それは、西洋科学が真理を求める唯一の方法とみなす考え方だ。キマラー自身は、アメリカ先住民ポタワトミ族であり、ニューヨーク州立大学の環境科学森林学部で教鞭をとる教授、そして科学者としての顔も持っている。
西洋科学が人間にもたらした大きな力のひとつは「観察者と被観察者の分離」である。客観性と合理性を最適化し、自然界の真実を見いだす強力な道だ。キマラーは、だからこそ西洋科学だけで解決できる疑問は“真偽を問うもの”であり、自然を理解する過程においてはそれ以外の道が閉ざされる必要はないという。
例えば、原因と解決策がはっきりしている環境問題が改善されないのは、人々の間で知識と価値観が結びついていないためだと彼女は指摘する。これに対し、先住民の科学では知識と価値観が常に一致しており、より倫理的な視点から導かれる科学だと述べている。
世界を理解するためには、複数の「知識の源」が必要
TEKと呼ばれる先住民の科学「伝統の生態的知識(Traditional Ecological Knowledge)」は、長い年月をかけ先住民が獲得した「その土地」に関する集合知だ。人間、植物、動物、自然現象、景観、狩猟、漁撈、罠猟、農業、林業、そして精神学、生態学、人間と動物の関係など、民族の世界観も包括する。
キマラーは、偏った思考が人間の精神を深く傷つけ、新しい未来を思い描く能力を奪うと警告している。彼女は、世界を理解するためには、一つの知識だけでなく、複数の「知識の源」を取り入れることの大切さを強調しているのだ。そして、破壊の文化に加担する必要はないという。加担を拒否するということは、支配的なパラダイムへの抵抗にもなり得るし、喜びに満ち創造的になることでもある。例え環境破壊に対し大きな対策はできなくても、農薬から花粉媒介者を救うために在来植物を植えるなど、自らの手で大地と文化を癒すことは喜びであるからだ。
資本主義により、人間は主権者としての解放的な恩恵を得た。しかし、これは他の種の絶滅や生物圏の消滅を代償としたもので、悲劇であると指摘する。気候危機はこの結果でありアメリカ先住民の伝統的な物語にはこうしたことへの警告の教えが多く存在するという。先住民は分かち合うことを交換通貨とするギフトエコノミーを実践し、その“恵みに感謝し、お互いにお返しをするという「レシプロシティ(互恵性)」の倫理”は、人間だけでなく、自然界にも向けられる。すべてはつながっているからだ。そして、ポタワトミ族の先祖から「いつか世界は私たちの知識が必要になるときが来る」と伝えられてきたキマラーは、今がそのときであると感じている。
近年、多くの生物が急速に絶滅している事態を受け、主流の科学者がTEKを学んでいる。ある統計では、先住民は世界の人口の約4.5%だが、世界のほぼ4分の1の土地を利用し、11%の森林を管理しているという(※2)。北極の氷の融解から海洋生物の保護、山火事の制御まで、まで、TEKはあらゆることに知恵や知識を与えてくれている。
世界の国々は今、先住民から学んでいる
西洋科学とTEKの融合のパイオニアであり、フィンランドの研究者、そしてセルキー村の村長のテロ・ムストネン博士は、北極地方の多くの先住民とともに、生物多様性や気候危機、そして先住民族の問題に取り組んでいる。ムストネンは、計測器は変化を検知できるが、それが何を意味し、結果何が起こりうるのか、手がかりは先住民が知っていると語る。
フィンランドでは他にも、政府と先住民のサーミ族との共同研究が行われ、TEKを活用し減少した鮭の生態圏を回復させ、昆虫の情報をもとに北極に関する重要な指標を作成した。昆虫の生息圏が激変するのをサーミ族は目撃しており、その事実は彼らの口承史にもなっている。
ムストネンは、2018年から先住民とともに、フィンランドの泥炭採掘と林業による62カ所の汚染地域を修復し、生物多様性を復活させた。2023年に環境分野のノーベル賞とも言われるゴールドマン環境賞を受賞。
オーストラリアの国土管理者たちも、原住民のアボリジナルの人々から防火の方法を学んでいる。彼らは豊富な知識を持ち、「制御された火」は、「暴走する火」を防ぐことを知っていた。植民地化以前、火を使い分けることで、山火事の制御、そして生物の多様性と繁栄を維持し、予測しやすい環境を丹念に作り上げていたからだ。2022年には、アメリカ政府も「先住民は気候危機の解決に必要な専門知識を有している」とし、 連邦政府機関向けにTEKのガイダンスを作成した(※3)。
先住民は、世界をどう捉えているか?
そしてTEKを理解する上で重要なことは、先住民の存在論や世界の捉え方であると、オックスフォード大学の生態人類学者のフェリス・ウィンダムは指摘する。特に狩猟民族の「肉体を超越した世界を感じる力」に注目し、なかには、石、水、雲など、生物や物体の視点に自らを置く、非常に高度な能力を持つ先住民も存在するという。
ウィンダムは、人間には本来、素晴らしい感受性、想像力、認知力が備わっているとし、もし私たちがこの能力に心を開き、妨げるものを排除できるならば、人間は現代の工業社会よりも、生物学的にはるかに多くのことができるようになるという。
この領域は、これまで主に人類学の分野で研究されてきた。今後、TEKが主流科学と融合していくことで、どんな未来が開くのだろうか。ブリティッシュコロンビア大学の人類学者ウェイド・デイヴィスは、文化の集合体をエスノスフィア(文化圏)と呼ぶ。それは人類の意識の夜明けとともに、想像力により誕生したすべての思考、夢、神話、直感、インスピレーション、アイデアの総体であり、驚くほど好奇心の強い種としての人間のすべて、また人間がなりうるすべての象徴であるという。
すべての人間がその素晴らしい能力に心を開き、あらゆる自然とのつながりを取り戻す日は来るのだろうか。
※1 Celebrating 10 years of Braiding Sweetgrass
※2 World Bank Intranet
※3 White House Releases First-of-a-Kind Indigenous Knowledge Guidance for Federal Agencies
【参考サイト】Native Knowledge: What Ecologists Are Learning from Indigenous People
【参考サイト】You Don’t Have to Be Complicit in Our Culture of Destruction
【参考サイト】Robin Wall Kimmerer, Plant Ecologist, Educator, and Writer | 2022 MacArthur Fellow
【参考サイト】紛争のさなかにユーラシア北極地方の漁師たちが集合
【参考サイト】THE SERVICEBERRY An Economy of Abundance
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Edited by Erika Tomiyama