アマゾン奥地の民ヒベリーニョの「リアル」が垣間見えた、カカオ農業の話

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特集「多元世界をめぐる(Discover the Pluriverse)」

私たちは、無意識のうちに自らのコミュニティの文化や価値観のレンズを通して立ち上がる「世界」を生きている。AIなどのテクノロジーが進化する一方で、気候変動からパンデミック、対立や紛争まで、さまざまな問題が複雑に絡み合う現代。もし自分の正しさが、別の正しさをおざなりにしているとしたら。よりよい未来のための営みが、未来を奪っているとしたら。そんな問いを探求するなかでIDEAS FOR GOODが辿り着いたのが、「多元世界(プルリバース)」の概念だ。本特集では、人間と非人間や、自然と文化、西洋と非西洋といった二元論を前提とする世界とは異なる世界のありかたを取り上げていく。これは、私たちが生きる世界と出会い直す営みでもある。自然、文化、科学。私たちを取り巻くあらゆる存在への敬意とともに。多元世界への旅へと、いざ出かけよう。

南米大陸の数カ国にまたがる広大なアマゾン熱帯雨林。そのうち63%が、ブラジル国土の中にある。2023年1月と5月に、筆者はブラジルのアマゾンに暮らす民、ヒベリーニョ(または、ヒベリイーニョ)の集落に滞在し、少しの間生活を共にした。

「ヒベリーニョ(Ribeirinho)」とは、川縁に家を建て、漁や畑を耕し生計を立てる人たちを意味するポルトガル語。前回の記事では、「川」と共に生きる彼らの暮らしに焦点を当てた。

▶️ アマゾン奥地の民「ヒベリーニョ」と暮らして考えた、豊かさのこと

今回は、ブラジルに暮らす筆者がヒベリーニョの集落で過ごすきっかけとなった、アマゾンでカカオ農業で働く者たちの会合「アマゾナスカカオ生産者集会(以下、ECOA)」の様子を交えながら、「森」と「農」の視点から彼らの生きる世界をレポートする。

恵まれた土地、しかし安定した収入が得られない

ECOAでは、アマゾンの森林で暮らすことの厳しさを実感するようなストーリーが多く共有された。

今回訪問したマデイラ川流域のヒベリーニョの農家やその家族たちは、半自給自足の生活を送っている。自分たちの畑でできた果物などの農作物を売って生計を立てているのだ。雨期には川の水位が上がり、アンデス山脈からの有機物がアマゾン川を通り、彼らの住む大地に行き渡るので、土壌が肥沃になる。化学肥料や農薬などを使わなくても、自然の恩恵により農業ができるのである。

しかし、アマゾンの住民は、収入が不安定な人が多い。せっかくオーガニックの要件を満たすような農作物を作っていても、オーガニック認証を取得していない生産者も多く、仲介者に安く買い叩かれていた。その結果、より安定した収入を求めて集落を離れ、都市に出たり、違法採掘業に従事し始めたりする人も出てきている。

アマゾンの森

また、この地域には野生種のカカオが生育しているが、品種改良されているカカオに比べて小粒で、苦労して街に運ぶほどの価値がないと見捨てられたり、ごく安価でしか取引されなかったりしている。

長年アサイーを生産してるベテランの農家は、次のような話をしてくれた。「今期はアサイーが豊作で、沢山収穫できたんだ。でも、買い取り先がないし自分達が街まで運んで売ることも難しい。一部は集落で売れたけれど、結局ほとんど廃棄することになってしまった。せっかく豊作だったのに、悲しかった。僕たちはどうしたら良いかな。何か良い知恵はないかな」

アサイー

彼の言葉は、筆者の心に刺さるものだった。化学肥料や農薬は使わないオーガニックのアサイー。需要は高いはずだ。しかし彼らが暮らすアマゾンから市場へこれを持ち込むことは、インフラやコスト面を考えると難しいのが現状である。そうしてヒベリーニョたちが諦め、手放した土地が木材伐採業者によって破壊される実例が、数多く報告されているという。

より良い農業をサポートする研修に参加してみて

厳しい現状を打開するために活動しているのが、今回のECOAの主催となっている団体だ。日本のAmamos Amazon(アマモス・アマゾン)社とNPO法人クルミン・ジャポン、そしてブラジルのチョコレート会社Na’kau(ナカウ)およびInstituto Piagaçu(インスティトゥート・ピアガス)。

互いに協力しながら、マデイラ川流域の農作物に付加価値を付けるオーガニック認証の取得サポートや、農作物の栽培加工の指導、養蜂指導等を行い、自然と人の共存、環境保全、農家の生活安定・向上を目指している。筆者も、カカオ生産の指導プロジェクトに関わる一人だ。

約5日間にわたって開催された今回のECOAでは、品質の良いカカオの栽培・収穫・発酵・乾燥についての研修が行われたほか、カカオ専門家を招いて、さまざまなテーマの講義と実技訓練や意見交換等が行われた。科学的なデータを基に、どうしたら品質のいいカカオの発酵・乾燥ができるのか、また品質の良いカカオが農家にもたらすメリットは何かを教える専門家たち。

生産者会合

参加した生産者たちは興味深く話を聞き、また教わったことを実際自分たちの日々の作業に取り入れ始めている。必要な道具が簡単に手に入らず、環境的に困難を伴う生産者もいたが、彼らは決して諦めることなく、自分たちにあるもので必要な何かを生み出す応用力を見せた。農家が培ってきた伝統的な方法と、最新の科学的知識が混ざりあう瞬間に立ち会うことができたと感じる。

生産者会合

このプロジェクトに参加している農家のカカオは、市場の120%の価格で買い取られるようになった。

ヒベリーニョの生活様式に馴染む「アグロフォレストリー」

ヒベリーニョたちが日頃から実践している、持続可能な農法もある。農業(Agriculture)と林業(Forestry)を組み合わせた「アグロフォレストリー」と呼ばれるものだ。樹木を植え、森を管理しながら、そのあいだの土地で農作物を栽培したり、家畜を飼ったりすることを指し、森を伐採しないまま農業を行うことが特徴だ。自然と共に生きるヒベリーニョの生活様式にも、違和感なく馴染む。

キャッサバなど限られた種類の作物だけを育てる単一栽培では、気候変動によるダメージや病気、価格変動に大きな影響を受けてしまう。しかしアグロフォレストリーを行うことで、同時にさまざまな種類の作物や家畜を育てられるため、作物のどれか一つが枯れてしまった・病気になってしまった場合も他の作物や家畜、森の木の一部を材木として売るなどの方法で収入を得ることができる。

アグロフォレストリー

現地で出会ったスタッフは、アグロフォレストリー農法およびカカオ生産の技術指導者として働く立場から、自身が生まれ育ったマデイラ川流域でのアグロフォレストリーの特徴を語ってくれた。

「アグロフォレストリーは普通、開拓した土地を使うケースが多い。でもここでは、もともとある森で自生している樹木の特性を活かし、その土地にある植物を植え足す形でアグロフォレストリーをしているんだ。例えばカカオなどを植えようと思ったら適度な日陰が必要なんだけど、ここではすでに自生しているパラゴムの木やアサイー椰子の木など、背の高い木々が日陰を作ってくれているので、更地から始めるのと比べて効率がいいんだよ」

アグロフォレストリー

カカオ

アマゾンの森林保全には多種多様な方法がある。しかし森を守るために絶対に欠かすことができない要素は、森を伐採せず共に生きる、「森の番人」ヒベリーニョたちの存在ではないか。

「将来何になりたい?」アマゾンの民が見ている世界

初めてヒベリーニョの集落に行ったとき、カカオ農家の子どもや若者たちに将来何になりたいかを聞いてみた。ほとんどの答えが、医者や看護師などの医療関係者か、警察官だった。収入が不安定な農家に興味を持つ子どもや若者は、ほぼいなかったのだ。

そんな中、ECOAに参加していたとある10代後半の男の子に出会った。先住民保護地区に暮らす彼の父親はカカオ農家で、彼は日頃から父の手伝いをしている。その子の同世代の若者たちは、農業に関心がなく、都市での生活に憧れているのだそうだ。また、街では先住民の子孫への偏見もあるといい、「先住民の子どもだって大学に行って勉強がしたいんだ」と話していた。

そんな彼は、2023年から大学で環境マネージメントについて勉強している。「僕はただの農家としてじゃなく、自分のコミュニティやアマゾンの農家たち、そして自然のために働きたい」と力強く夢を語ってくれたのが印象的だ。

ECOAで出会った男の子

また、1月のECOAに父親の代わりに参加していた別の女の子は、将来は医療関係で働きたいと話していた。しかし5月に再会した際、将来の夢が変わったと話す。専門家による講義でカカオとチョコレートの奥深さ、マデイラ川流域のカカオの稀少性を学んだ彼女は、いずれカカオ専門家となって、自分の地域のカカオ生産の発展に貢献したいと考えるようになったという。

ただ、「ヒベリーニョは森を守るために農業をすべき」ということを言いたいわけではない。農業以外の仕事を選び、町で暮らすのも彼らの自由である。ただ、農業が魅力的な職業のとして選択の一つであってほしいと願う。貧しさのせいで、大好きな森を離れる選択をしなくても済むように。

持続可能なサイクルの決め手になるのは、私たち自身

森を守りながら農業をし、収穫できた農作物で収入を得て暮らすヒベリーニョ。そんな彼らの暮らしが安定するために欠かすことのできない存在は、彼らの農作物を買い、市場に流通させる役割を担う者と、私たちのような消費者だ。これらを一つの円滑なサイクルとして循環し続けることが、アマゾンの森を守る一つの方法である。

アマゾンのヒベリーニョの集落は、ブラジルで暮らす人たちにとっても遠い場所であり、観光地でもない。ほとんどの人は行くことのない特別な場所とも言える。移動だけ考えても、ブラジル国内、例えばサンパウロから今回訪れた集落へ行くにも飛行機や船・ボートを乗り継いで4~5日ほど要する。ましてや日本からとなれば、移動だけで1週間近く必要になるような場所で、実際に訪れるのはかなり難しい地域だ。

しかし、実際に行ってみることはできなくても、例えば彼らのカカオで作られたチョコレートを口にすれば、その遙か遠く離れたアマゾンの自然を味わい、さらにアマゾンの森を守ることにも貢献できる。

チョコレート

私たち消費者側が商品を選ぶとき、何を選ぶかということで日本から遠く離れたアマゾンの環境保全に貢献できるのだ。どこにいるかは関係なく、何ができるか・何を選ぶかで守れるものがあり変えられる未来がある。

【参照サイト】Amazon Amamos
【参照サイト】Instituto Piagaçu
【参照サイト】NA’KAU
【参照サイト】クルミン・ジャポン
Edited by Kimika

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