企業が「ネイチャーポジティブ」に正面から向き合うには?国内事例5選

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2022年12月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)において、2030年までに生物多様性の損失を食い止め反転させること、いわゆる「ネイチャーポジティブ」が国際社会の共通目標として合意された。

「ネイチャーポジティブ」の具体的な2030年ターゲットとしては、劣化した生態系の30%を再生、陸域・内水域・海域の重要地域の30%保全(30by30)、農薬リスクの半減、農業・養殖業・漁業・林業における持続的な管理と生産性向上など、23の目標が掲げられている。

それでは、それらの目標を企業はどのように受け止め、実践に移せば良いのだろうか。本記事では、これら目標の達成に向けた企業の取組み事例を5つ紹介する。

1. 遊休荒廃地をブドウ畑にすることで、草原と豊かな生態系を創出(キリンホールディングス)

キリンホールディングスグループ傘下のシャトー・メルシャンが長野県上田市に所有するワイン用ブドウ畑・椀子(まりこ)ヴィンヤードは、質の高い赤と白のワインをつくることで国内外の愛好家に知られている。そしてこの椀子ヴィンヤードは、ワイン愛好家の間だけでなく、事業と環境保全を両立させた好事例として多くの環境専門家からも高い評価を受けている。

「シャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤード」

シャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤード Image via キリングループ

メルシャンは2014年から行っている農研機構との共同研究において、遊休荒廃地を垣根・草生栽培のブドウ畑への転換を進めた。その結果、荒廃地は多くの希少種・在来種の昆虫や植物が存在する豊かな生態系を育む草原へと姿を変えたのだ。近年は、地元小学生の環境教育の場として活用するなど、様々なステークホルダーとの協働も行っている。

こうした取り組みが評価され、椀子ヴィンヤードは2023年10月に環境省により「自然共生サイト」に認定された。「自然共生サイト」は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の目標の一つである「30by30」の達成に向け、民間や自治体などが所有している生物多様性の高い地域を認定する制度で、認定サイトは国際データベースであるOECMsにも登録される。

【参照サイト】日本ワインのためのブドウ畑拡大による草原と豊かな生態系の創出
【参照サイト】「シャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤード」が自然共生サイトとして正式認定 | 2023年 | キリンホールディングス (kirinholdings.com)

2. 天然ガゴメ昆布使用ゼロで海の砂漠化に歯止めをかける(SHIONOGIグループ)

昆布など海藻からの抽出成分であるフコイダンは人気の健康食品だ。グループ会社のシオノギヘルスケアでは健康食品を製造しており、北海道函館近くの海域に生息し粘り気が強く、フコイダン含有量が多い「ガゴメ昆布」を原材料に多く使用している。

しかし近年、海水温の上昇、世界的な昆布ブームによる乱獲などにより「磯焼け」と呼ばれる海の砂漠化が進み、ガゴメ昆布の天然産地が消滅の危機に瀕している。そのため、SHIONOGIグループでは、フコイダンの原材料であるガゴメ昆布を2024年までに天然から養殖へ100%切り替えることを目指す「昆布の森再生プロジェクト」を2021年に開始した。

同プロジェクトでは、函館市や大学、企業などとも連携して養殖ガゴメ昆布の安定供給体制と品質改善、天然ガゴメ昆布の保護・再生による豊かな自然の回復に向けて活動を進めており、2022年度には養殖ガゴメ昆布への切り替え率50%を達成した。

【参照サイト】昆布の森再生プロジェクト|シオノギヘルスケア (shionogi-hc.co.jp)
【参照サイト】30by305471027shionogiActivities.pdf (env.go.jp)

3. コーポレートメッセージ「水と生きる」の下、水資源の保全と持続可能な利用を推進(サントリーホールディングス)

「水と生きる」をコーポレートメッセージに掲げるサントリーホールディングスは、2023年からいち早くTNFD提言に基づく情報開示を開始した。飲料・酒類メーカーである同社は、その開示の中で「取水品質の悪化」を事業リスクの一番に挙げている。そうした取水品質悪化のリスクを低減するために力を入れているのが水源涵養活動で、2030年までに国内外の自社工場の半数以上で水源涵養率を100%以上とすることを目標としているのだ。

30by20

30by30 Image via サントリーホールディングス株式会社

国内では、『国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水』を工場の水源涵養エリアの森で育む「天然水の森」活動に注力している。具体的には、人工林の間伐、生態系を脅かす鹿への対処、拡大した竹林の雑木林への復元、病害虫対策などで、これらはすべて生物多様性に富んだ森林が本来持っている機能を回復させるための活動である。この「天然水の森」活動は2003年に熊本県阿蘇で始まり、現在では22カ所、約12,000ヘクタールに広がっている。

【参照サイト】TNFD提言に基づく開示 サントリーグループのサステナビリティ サントリー (suntory.co.jp)
【参照サイト】30by30163010suntoryecoActivities.pdf (env.go.jp)

4. アブラヤシ畑により分断された森と森をつないで野生動物を守る活動を推進(サラヤ)

植物由来の石鹸や洗剤を販売するサラヤ。サラヤの製品は鉱物由来のものに比べて環境に優しいと言われているが、同社はそれほど単純な話ではないと考えている。というのも、原材料となるパーム油を生産するために、インドネシアやマレーシアの熱帯雨林がここ数十年の間に猛烈なスピードで失われているからだ。

パーム油を原材料に使う食品や日用品メーカーのサステナビリティの取組みの第一歩は、RSPO認証を取得したパーム油を調達することだ。

しかし、サラヤの活動はそれにとどまらない。同社は、人気のヤシノミ洗剤などパーム油を使った製品の売上高の1%を原資として、マレーシアのボルネオ島でアブラヤシ畑の拡大により分断された森をつなぐ回廊の設置などの活動を行っている。

同社グループが主導する「緑の回廊プロジェクト」では、アブラヤシ農園の拡大により分断された熱帯雨林を結ぶ土地を買い戻し、絶滅の危機にあるオランウータンなどの野生動物が食糧を求めて森林を行き来できる回廊をつくっている。2009年からこれまでにつくった回廊は10か所、計33ヘクタールに上る。「命の吊り橋プロジェクト」では、土地を買い戻して回廊をつくることが難しい場所で、分断された森と森の間に吊り橋を設置。2008年からこれまで6か所に設置している。そして「野生動物の救出プロジェクト」では、アブラヤシ畑の拡大により住処を失って傷ついたゾウやオランウータンなどの野生動物を救出し、森に還している。2005年1月にサバ州野生生物局(SWD)へ救出移動用の車を寄付。サラヤ現地調査員を送りこみ、探索から捕獲、治療までを行い、現在も救出活動を継続している。

オラウータン

Image via Shutterstock

【参照サイト】活動内容 | サラヤ株式会社・東京サラヤ株式会社 (saraya.com)

5. 下水汚泥からリンの回収・肥料化により近海の水質改善、食糧安全保障に貢献(太平洋セメント/メタウォーター)

近年、有機栽培作物の人気が高まっているが、世界的な人口増加に伴う食糧需要増加に対応するには化学肥料が不可欠だともいわれている。この化学肥料の主原料となるのがリンであるが、土壌から流出したリンが下水や河川を通して海に流れ込むことによる海の水質悪化、赤潮発生による漁業被害が問題になっている。

また、日本国内ではリン鉱石はまったく産出されておらず、肥料原料となるリン酸アンモニウムを中国、モロッコ、南アフリカなどからの輸入に依存している。近年、総輸入量の約半分を占める中国が国内需要を優先するためにリン酸アンモニウムの輸出規制を開始したことで、肥料原料となるリンの確保が日本の食糧安全保障上の重要課題となっている。

2024年1月、太平洋セメントとメタウオーターが東京都下水道局と共同で、ある実証実験を開始した。その実験とは、太平洋セメントがつくる吸着性と沈降性に優れた回収資材とメタウオーターが運転するプラント設備により、下水処理過程で発生する汚泥からリンを回収・肥料化するものである。この試みが実用化されて各地に広まれば、日本近海の水質悪化や漁業被害、食糧安全保障上の問題を同時に解決する可能性がある。

【参照サイト】240130.pdf (taiheiyo-cement.co.jp)
【参照サイト】下水汚泥から「リン」抽出、肥料に 東京都が取り組み、食料安全保障への貢献も目指す – 産経ニュース (sankei.com)

これからの企業に必要なのは「当事者意識」

いかがだっただろうか。5つの事例を紹介したが、これらの企業に共通しているのは明確な当事者意識ではないだろうか。

長年にわたり、企業は自然資本を犠牲にすることで経済的利益を享受してきた。そして今なお自社の目先の利益を優先して自然を搾取する事業形態を続けている企業も多いのが現実だ。

しかし、そのようなやり方が早晩行き詰まるのは明らかだ。これらの事例を参考に、いま何をすべきか、何ができるかを真剣に考えていかなければならない。

【参照サイト】環境省 昆明・モントリオール生物多様性枠組(暫定訳)
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Edited by Erika Tomiyama

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