パン作りで、人と自然を繋ぐ。創造性を育むオランダの“実験場的”パン屋「Baking Lab」

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オランダ・アムステルダム東部のリンネ通りに位置する「Baking Lab」。花々に囲まれた明るくおしゃれな店構えに吸い寄せられるよう店内に一歩足を踏み入れると、香ばしい焼きたてパンの香りが広がる。オープンキッチンに並ぶ様々な調理器具や手作りの瓶詰めなどが目に飛び込んでくる。しかし、このパン屋が特別なのは、その洗練された雰囲気だけに留まらない。「Baking Lab」は、若いパン職人たちやクリエイティブな人々が集まり、食料廃棄物問題に取り組みながら、循環型ビジネスを学ぶ場でもあるのだ。

今回筆者がBaking Labを訪れた理由は、新しいパンを焼くために古いパンを使う「廃棄ゼロ」のパン屋があると耳にしたためだ。創業者でオーナーのJechiam(イェキアム)さん、パン作りと実験、ワークショップなどを担うユカさん、アリサさんに話を聞いた。

「廃棄の出ないパン屋」はどう生まれた?パン作りで、“暮らし”を人間の手に取り戻す

Q. 廃棄の出ないパン作りをしていると聞きました。具体的にどんなものなのでしょうか?

アリサさん「ここでは、余ったパンをすべてとっておき、一度オーブンで焼いて乾燥させ、カリカリにしてから水を加えて手でほぐします。オーブンで焼くときには他のパンを焼いたあとの熱も利用します。これを新たにサワードウブレッドやフォカッチャを焼くとき、生地に混ぜるのです。通常なら廃棄される古いパンを生地に加えることで、風味がより豊かになり、保存期間を延ばすことができます。パンを形成して余った生地も取っておいて、これももちろん他のパンを焼くときに使うんです」

古いパンの使い方について説明してくれるアリサさん 

古いパンの使い方について説明してくれるアリサさん。 Photo by Kozue Nishizaki

Q. 素晴らしい取り組みですね。どのようにしてこのような循環型の取り組みをするに至ったのでしょうか?

Jechiamさん「多くの人が『サーキュラー』であることに興味を持って下さり、こうした質問をもらうのですが、本当は『サーキュラー』なパン屋をしたいと思って始めたわけではないんです。

そもそも、パン作りには多くの材料と手間暇がかかります。朝早く起きてパンを作り、発酵して形成、そして焼き上げます。こんなにも大切に作ったものを、余ったからと捨ててしまっては純粋にもったいないと思ったのです。

また、古いパンを新しいパン作りに活かすというこの手法自体は決して新しいものではないんです。これは昔ながらのパン職人の技術であり、工夫です。古いパンがない場合、他からもらいにいっていたくらいなんですよ。しかし現代では、こうしたやり方についてほとんど見聞きすることがありません。

小麦粉が安価で大量に流通するようになり、少しでも賞味期限が長いパンを、大量に、効率的に作ることが最優先され、そのためには『不要』な多くの材料やパンが捨てられるようになりました。効率を重視する時代のなかで忘れ去られてしまったのです」

オリーブとズッキーニのサマーフォカッチャ

オリーブとズッキーニのサマーフォカッチャ。 Photo by Kozue Nishizaki

Jechiamさん「実際に今の時代、多くの人は大型スーパーやネットスーパーでパンや野菜を買い、サプリメントストアで栄養補助食品を購入し、家に帰ってからは電子機器で動画を見て過ごします。しかし、こうした『効率的』なはずの日常において、私たちの暮らしは自分の手から離れすぎていないでしょうか。自らの手で何かを作り出す喜びや自然とのつながりが、人々の暮らしから乖離してしまっているように感じるのです。

こうした生活が普通になってしまった中で、私はパン作りが人と自然、人と人とを『つないで(媒介して)くれる』と思っているのです。私は、パンを作るプロセス自体をインスピレーションの媒介として捉えています。パンを作るのは、発酵という自然の力を借りることで初めて成立するものです。自然はコントロールできるものではないので、自然との対話を繰り返し、着地点を探る。もちろん失敗することもあるでしょう。しかしこうしたパン作りの対話のなかで、私たちは自分自身の感覚に再び意識を向けることができるようになります。これは現代人が『人』に戻るための行為であり、パン作りを通して私たちは自主性(autonomy)を育み、五感を取り戻すことができるのです」

店内の棚には様々な食材の発酵が進む瓶詰めが並ぶ

店内の棚には様々な食材の発酵が進む瓶詰めが並ぶ。 Photo by Kozue Nishizaki

「無駄とは創造性の欠如である」考えることを諦めない環境が循環を生み出す

Q. ここにいると、パンを作る人ひとり一人が能動的に、様々な実験をして心から楽しんでいるのが手に取るように感じられます。なぜそうした環境が成り立っているのでしょう?

ユカさん「Jechiamが『なんでもやってみて』と、背中を推してくれるからかもしれません。その環境を面白がるメンバーが長く残るので、結果的に人に教えられて指示を待つ人ではなく、自分からどんどん手を動かして作りたい人の拠点になっているのです。どんなことでも試してみる自由と、失敗する自由が歓迎されていることがこうしたエネルギーを生み出していると感じます」

アリサさん「実際、先ほどお話したように古いパンをすべて再利用するだけに留まらず、カフェで提供するフルーツジュースの絞りかすも使った新しいパンのレシピも考案して実際に提供しています。食物繊維が豊富でヘルシーで美味しくて、ごみも出ません。また、パンを焼くときにすごくいい匂いがするので、パイプをつないで店の前に送り、通る人も楽しめるようにしています。

こうした取り組みも、チームがそれぞれ考え実験し、うまく行ったらお店で採用します。あの棚にある瓶詰めも私たちの実験の一部です。発酵は本当に奥が深く、思った通りにならないことも多いからこそ面白いんです。

最近では、発酵好きというつながりからアムステルダムのビール醸造所『Oedipus』のチームがパンを作るワークショップを体験しに来ました。今度は私たちがあちらに行ってビール作りのワークショップを体験させてもらい、ヒントを探る予定です。

ここでは毎日が創造性に満ちていて、楽しくて、毎日遊びに来ているみたいです」

チームみんなが主体的で能動的に様々なアイディアを試しており、そこにBaking Labの真価があると気付かされる。他のメンバーのEliseは過去の取材でこのようにも表現している。

ここBaking Labでは、無駄とは創造性の欠如を意味します。どうすればいいか考えることを諦めたとき、価値のある材料はごみと呼ばれます。諦めてごみと呼ぶことは、私たちが捨てることを正当化する方法なのです。
─Eliseさん(Baking Labの公式サイトより)

ジュースの絞りがらも余すことなくケーキやアイスクリームなど活用していることが来店客にもわかりやすいよう説明してある

ジュースの絞りがらも余すことなくケーキやアイスクリームなど活用していることが来店客にもわかりやすいよう説明してある。 Photo by Kozue Nishizaki

個人と企業がパン作りを通じて学べるサーキュラー・イノベーション・スクールを開校

これまでBaking Labは個人向けにサワードウブレッドを作るワークショップを行ってきたが、企業からの問い合わせも多いという。その都度オーダーメイドでプログラムを組み提供してきたBaking Labは、この夏、新しく企業向けの「Baking Lab School for Circular innovation」をローンチした。

企業向けにパン作りを通して「サーキュラー思考」を学ぶワークショップを提供する。このワークショップでは、参加者がパン作りのプロセスを通じて、廃棄物を再利用する発想や、自らの手で何かを生み出す自主性を育むことが目的だ。これまでに、NetflixやUber、ING Bankといった著名な企業がこのプログラムに参加しており、循環型のビジネスモデルや主体性を養うための一歩をBaking Labで踏み出している。旅行の際に個人で参加しても、視察の際に企業で参加してもいいというのでぜひ足を運んでほしい。

ゆかさん

お店の前で、とびきりの笑顔で見送ってくれたユカさん。Photo by Kozue Nishizaki

編集後記

Jechiamさん、アリサさん、ユカさんが話してくれたように、「Baking Lab」はただパンを作り販売するだけの場所ではなく、学びの空間であり、リビングラボ(実験所)でもある、循環型ベーカリーなのだ。パン作りや自然との対話を通じて、人間の自主性を取り戻し、創造性を育む教育の場として機能している。特に「無駄とは創造性の欠如」という理念は非常に刺激的だった。

ここにいるみんながパン作りに情熱を注ぎ、心から楽しんでいる姿を見ると、それが暮らしの実感を生み出し、自然との有機的なつながりに直結していることに気付かされる。その結果、資源循環やゼロ・ウェイストにもつながっているのだ。実際に食べさせてもらったパンはどれももちもちで、小麦の香りがふんわりと広がり、心から美味しいと感じた。

【参照サイト】Baking Lab
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Edited by Erika Tomiyama

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