高齢化で職人や技術者などの作り手が急速に減り、建築コストも上昇している日本の建築業界。全体の人口が減り続けるこの先、この流れは加速するだろう。このままだと近い将来、お金を払える人だけ、いや、お金を払っても家が建てられない未来が来るかもしれない。災害の多い日本で、そうした状況に陥ることは被災地の復興においても大きなリスクになりうる。
生産者から消費者に届くまでに非常に長いプロセスを要する既存の木材の流通構造も、建築業界の大きな課題だ。多くの仲介業者を挟む流通構造の中では生産者から木材が安く買い叩かれてしまうほか、長距離の輸送においてCO2が排出されるなど、社会的にも環境的にも持続可能ではないのだ。
しかし、住宅の建設を職人だけに任せるのではなく、自分で建てられるようになったらどうだろうか。それも、地域にある材料を使って、地域の身近な人たちと共に。
VUILD株式会社(以下、VUILD)は、そんな未来をデジタル・ファブリケーションの力で実現しようとする建築テック系スタートアップだ。
「“建てる”というと難しそうに聞こえるけど、“生きる”や“暮らす”と同じように、身近な感覚にできるといいなと思っているんです」
VUILDは2024年9月現在、3D木材加工機ShopBotの輸入販売を行う「ShopBot Japan」、全国に導入された245台のShopBotと連携しプリントアウトするように家具やその部品を製作できるオンラインサービス「EMARF」、テンプレート化した住宅部品のキットを販売しセルフビルドを叶える住宅サービス「NESTING」、多方面のパートナーや地域と連携し街の公共スペースのプロデュースや場づくりを手がける「VUILD PlaceLab」、そして、コンクリートと木材のハイブリッド型建築をはじめとした斬新な建築手法に挑み続ける「VUILD ARCHITECTS」の5つの事業を展開する。
デジタル・ファブリケーションを軸に既存の建築業界の型に収まらない多様な事業を展開する同社だが、いかにして現在の姿を形づくってきたのだろうか。独自の存在感を放ち、建築の作り方からイノベーションを起こそうとしているVUILDの現在地や作りたい未来について、代表取締役の秋吉浩気さんに伺った。
話者プロフィール:秋吉 浩気(あきよし こうき)
1988年、大阪府生まれ。2013年、芝浦工業大学建築学科卒業。15年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士修了。17年にVUILDを創業。木材を切り出すCNCルータ「ShopBot」の輸入販売の他、オンデマンドで家具をつくる「EMARF(エマーフ)」や家づくりサービス「NESTING」など5つの事業を展開する。
きっかけは震災。社会との接点を求めてデジタル・ファブリケーションの世界へ
大学時代はコンサバティブな建築学科でデザインを学んでいたという秋吉さん。しかし、在学中に起こった2011年の東日本大震災がきっかけとなり、自分の手でものづくりをしたいという想いが徐々に強まっていったという。
「震災のとき、自分が被災地のために何もできなかったのが悔しくて。設計するだけでは、自分で何かを作って世の中に提供できないということを痛感したんです。そこから、自分が建築のデザインを通して社会ともっと接点を持ったり、直接影響を与えたりできるようになりたいと思うようになりました」
当時はちょうど、デジタル・ファブリケーションやソーシャルデザインといったキーワードが注目され始めた時期でもあった。デジタル・ファブリケーションとは、デジタルデータをもとに3Dプリンターやレーザーカッターといった機械でものづくりを行う手法だ。2011年、そうした機械を揃えた街中の拠点「FabLab(ファブラボ)」が日本で初めて誕生したことなどが、この分野が国内に広がるきっかけとなった。
「設計から製作まで全てを一貫して行えるデジタル・ファブリケーションならば、自分だけの力で考えて・作って・届けることを実現できる。そう確信し、当時からデジタル・ファブリケーションの分野で先駆的な取り組みを行っていた慶應義塾大学の田中研究室に加わりました」
現在VUILDの事業のベースとなっている3D木材加工機ShopBotも、田中研究室のファブラボに備えられていた機械のひとつだ。秋吉さんは、当時高まっていた導入ニーズに応え、大学院在学中からShopBotの輸入販売を開始。卒業後は2年間ほど機械販売や家具作りのワークショップなどを行った後、スタートアップピッチへの参加や投資家との出会いをきっかけに、2017年にスタートアップとしてVUILDを創業した。
誰もがプリントアウトするように家具を作れるオンラインサービス
VUILD創業前から始めたShopBotの輸入販売事業は、今も会社の事業のひとつである「ShopBot Japan」として続けている。販売を始めてから約10年、2024年現在は全国200か所を超える製材所や材木屋への導入が進んだ。デジタル・ファブリケーションの世界に入るきっかけにもなった「被災地のために何かしたい」という秋吉さんの思いは、ShopBotを普及させる原動力にもなっていたようだ。
「2017年には、実際にShopBotを被災地に持って行き、その場で地元の人たちの悩みを聞き、必要なものを作ってみました。そのとき、こうしたことをできる人材がもっと増えたらいいなと思ったんですよね」
しかし、高齢化の進む地方には、デジタル機器を使いこなせる人材がいない場合が多い。このため、ShopBotを導入したはいいものの、結局機械が遊休資産となってしまうことも少なくなかったという。
「ShopBotで木材を加工するためには、まず木材や接合部の設計データを作り、板取りをして、板に指示を与えるコードを組んで……といったプロセスが必要です。導入を始めた時はそうした使い方を覚えれば良いと考えていたのですが、習得のハードルが高く、覚えた人が辞めたら動かせないという事態が発生しました。そこで開発を始めたのが、接合部作成・部材配置・加工データ作成をボタン1つで自動で行うことのできる『EMARF』というシステムです」
「プリントアウトするように家具をつくろう」──そんなキャッチーなフレーズを掲げるEMARFは、あらかじめ用意されたデザインテンプレートを自分の部屋や身体にあったサイズに調整することで、ShopBotの専門知識がない人でもオリジナルの組み立て式家具を製作できるサービスだ。
使い方は簡単。利用者が設計データを入稿すると各地のShopBotが木材をカットし、1週間以内に家具のパーツが依頼主の元まで届く。受発注は完全にオンラインで完了するため一般的なオーダーメイド家具と比べ納期が早く、完成品の価格も手頃だ。
スツールやテーブル、棚などの家具はもちろん、パーテーションや窓枠といった内装に至るまで、製作できるものは多岐にわたる。これまでであれば専門知識を必要としたような複雑なデザインにも対応でき、部品ひとつからでも注文可能など、利用者の細かなニーズに応えられる部分もポイントだ。2024年現在の主な利用者は法人だが、個人でも約1万人がサービスを使っているという。
さらに2023年には「デザインの方法がわからない」「構造や接合部の設計方法がわからない」といったユーザーの声を受け、AI(ChatGPT)とのチャットを通して3Dモデルを設計できる「EMARF AI」の開発に着手。2024年7月にはα版を1か月間公開し、2025年には正式にサービスを開始する予定だという。
「現段階で、初めて触る人でも数日学べば使えます。ただ、今後は学ばなくても使えるくらいまで、システムを開発していきたいと思っています」
地域の素材と人と共に、「半径10キロメートル以内」で建てる建築
ShopbotやEMARFというサービスで多くの人にとってハードルの高かったものづくりへの扉を開いたVUILD。その範囲は、家具や内装にとどまらず、建築や住宅といった領域にまで拡張している。
建築領域の事業を発展させる大きな転機となったのが、2019年に完成した富山県南砺(なんと)市利賀村の宿泊施設「まれびとの家」プロジェクトだ。
「まれびとの家」の施工場所である富山県南砺市の五箇山(ごかやま)は、日本独自の建築様式である「合掌造り」の家が並ぶ美しい風景で知られる地域だ。合掌造りの特徴はなんといってもそのアイコニックな三角形の茅葺き屋根だが、実はその建築プロセスにも「地域住民が参加して共に建てる」というユニークな伝統がある。VUILDは、これをデジタル・ファブリケーションの技術でアップデートすることに挑戦した。
地域の素材を使おうと、まずは敷地周辺の未活用の木材を伐採するところから着手。それを地元の人たちと共にShopBotを使ってその場でカッティング。そして、その組み立てもVUILDの監修のもと様々な人の手によって進められた。こうした参加型の建築手法を試みたことが評価され、2020年にはグッドデザイン賞金賞を受賞。業界の内外から注目を集めるプロジェクトとなった。
「これまでの設計の方法は、まず頭の中でコンセプトを作り上げ、そこに合う材料や作り方を選んでいくというものでした。僕らは反対に、地域の中にある材料や人から、作り方を構想していく。また、施主と設計者は一般的には一線を引いた関係性を保つものですが、VUILDの場合はそうした垣根を取っ払って、施主と“ワンチーム”になって建てるんです」
秋吉さんは、こうした地域ベースの建て方により、現在の木材の流通におけるさまざまな課題を解決できると話す。
「木材の既存の流通経路では、流通の過程で安く買い叩かれ、部材加工はプレカット工場に集約され、商社に渡り、工務店に渡り……というように、消費者に届くまでの流通構造が非常に長いんです。そのため、木造住宅を建てるために木材が輸送されいている距離は、300キロメートル以上に及ぶと言われています。
僕たちがまれびとの家で挑戦したのは、その移動距離を10分の1にし、輸送距離30キロメートル以内の集落単位で、直径でいうと10キロメートル圏内で建てること。こうして生産流通の過程を全て地域で完結させたことで、通常であれば発生する木材の長距離輸送による環境負荷や時間、コストも削減できます。また、既存の長いバリューチェーンを通さないため、地域の木材生産者にきちんとお金が落ちる仕組みでもあります」
身近な材料で、自分で自分の家を建てる。そこには社会的、環境的に良い側面があるだけでなく、何より自ら建てる楽しさがあり、完成した建築にも愛着が生まれるものだという。VUILDには、こうした情緒的価値を求める人たちから、EMARFの家具のように住宅のテンプレートも欲しいというニーズが寄せられた。
そこで2023年には、数種類のデザインの住宅をテンプレート化し、キット販売を行う「NESTING」というサービスを開始。こちらもEMARF同様、ウェブのシミュレーターを使って自分で設計したり性能を決めたりでき、完成したパーツをそのままキットで受け取れる。キットを活用することで家族や仲間や友達と一緒に建てることができ、12坪程度の大きさだと着工から1か月で竣工する。
このほか、耐火性能が重視されることから木造建築が建てにくい都市部では、通常であれば廃棄されるコンクリートの型枠を木材で作り、それをそのままデザインとして残す建築手法を提案するなど、デジタル・ファブリケーションだからこそできるデザインや新たな建築手法に次々と挑み続けている。
みんなのものを、みんなでつくる。ファシリテーターとして再び被災地へ
家具や内装、住宅。生活に必要なあらゆるものを設計でき、そのうえそれらを自社で全て作ることもできるのが、VUILDの他にない強みだ。そうした独自の立ち位置を活かして活動を行うのが、VUILDの共創型場づくりチーム「VUILD PlaceLab」だ。この事業では、廃業したデパートや商店街の改装を市民と共に行ったり、他企業とコラボレーションして新たなサービスを開発したりと、多様な取り組みを行っている。
「EMARFでできるのは『自分のものは自分で作る』ですが、こちらは『みんなで使うものはみんなで作る』です。どんな材料を使い、どのように人を集め、どうやって組み立てるのかと、みんなの間を取り持ついわばファシリテーターとしての役割ですね」
2024年には、同年1月に発生した能登半島地震の被災地の支援にも乗り出す。一連の取り組みを「被災地のことばをかたちに」と題し、2月には当時ちょうど展示企画を行っていた金沢の21世紀美術館で来場者の現状や困りごとを可視化。3月末には震災で大きな被害を受けた一本杉通りで行われる復興マルシェで椅子が不足していると聞きつけ、地元の素材でスツールを作るワークショップを開催し、作ったスツールをマルシェに贈呈した。
また、石川県七尾市で毎年5月に開催される青柏祭(せいはくさい)が震災で中止になってしまったことを受けて、祭りで担がれる「でか山」と呼ばれる山車を子どもでも引ける5分の1の大きさにした「ちびでか山」を地元の素材で製作。「こどもの日」に開催された一本杉復興マルシェで、子どもたちにちびでか山を引いてもらうイベントを行った。
能登の被災地では今、建築業者の不足もあり、復興が順調に進んでいるとは言えない。秋吉さんは、VUILDの持つNESTINGが、自力復興の可能性を大きく広げると考えており、倒壊してしまった社員の自宅をはじめ、被災地の数か所でNESTINGを使った建築を展開していくことを検討しているという。
「能登では今、ボランティアの活動拠点がないことが課題となっています。そこで、まずはボランティアの人たちが必要な拠点を自分たちで作れるようになると良いと考えています。そして、そこで作り方を覚えた人たちが、次に現地で倒壊してしまった建物を再建していく、といった形で広げていくのです。実際に今回の能登地震で被害を受けたVUILD社員の実家の再建が10月から着工し、他数か所からも相談を受けています。
江戸時代なんかは今よりもレジリエンスがあったと言えるかもしれません。焼けたり崩れたり流されたりしても、自分たちで建て直すことができた。そんな風に、何かあったときには自分で建てられると思える人がたくさんいるということが、地域のレジリエンスを高めていくと思うのです」
目指すのは、誰もが作り手になれる世界
本格的に活動を初めて数年、EMARFから建築、場づくりと、VUILDが社会に影響を与えられる範囲は広がり、業界を問わず多様な企業との共創プロジェクトも増えた。そんなVUILDが今後5年を見据えて掲げるミッションが、「つくる伴走者をつくる」ことだ。
「最終的に実現したいのは、自分たちの地域にある身近な材料で、自分たちの必要とする暮らしの道具や生活空間を誰でも作れる世界です。例えばそれは、家具が欲しいなと思ったときに、買う以外の選択肢として『作る』が自然と入ってくるようになるようなこと。自分の理想の建物やまちを自由に作っていけるマインクラフトのあの感覚を、リアルの世界で実現したいんです。
そのために今やろうとしているのが、誰かが作りたいものを翻訳して作ってあげられる、“つくる伴走者”を増やすこと。まずはそうした拠点を100か所以上に、そこに関わる人たちを1万人に増やし、その人たちが起点となってより多くの人に自由なものづくりを届けていく。そんな風に広げていくことをイメージしています」
最後に秋吉さんに読者へのメッセージを聞くと、「多様な企業や組織とぜひ協働していきたい」と答えてくれた。
「日本の国土の3分の2は森林のため木材はたくさんありますし、ShopBotも全国どのエリアにも入っているので、やれることはいくらでもあるのではないかと思っています。ただ、僕らだけでできることは限られている。だからこそ、同業者でも他業者でも、VUILDを面白そうだなと感じてくれた方たちと一緒に、未来を作っていきたいと思っています」
編集後記
ShopBotという機械の販売からEMARFをはじめとしたデジタルツールの開発、建築、場づくり……と、多岐にわたる事業を行っているように見えるVUILDだが、その目的は常に、「ものづくりとの関わり方をデザインする」という点で一貫している。
考えてみれば、これまで何かを手に入れようとするときに私たちが取る選択肢は、ニーズに合うものを探して「買う」のか、自分でいちから作るのか、そのどちらかであることが多かった。一方でVUILDがデジタル・ファブリケーションを使って生み出すのは、細かなニーズを妥協して既製品を買うのでもなく、かといってDIYのようにいちから全て自分で作るほど大変ではない、「買う」と「作る」の間に位置する選択肢だ。この“ちょうど良さ”が人の心を捉え、作り方や建て方の仕組みそのものにじわじわと変化を起こしていくのではないかと感じる。
「ハイデガーによれば、ドイツ語の『生きる』と『建てる』の語源は一緒だった」と、秋吉さんは最後に語ってくれた。生きるために作り、生きるために建てる。昔は自然だったであろうそんな価値観を、現代のテクノロジーでアップデートした形で取り戻し、社会が今よりもしなやかに強くなっていく。VUILDが実現しようとしているそんな未来が、心から楽しみだ。
【参照サイト】VUILD