通り沿いの壁という壁に、色鮮やかに描かれた絵と言葉。ロンドン中心部から電車を乗り継ぎ東へ約30分、ハックニーウィック駅を出て目に入る光景は、少し“異様”だ。
かつて運河沿いに倉庫が立ち並ぶ工業地帯だったこの地域には今、個性的なパブやバー、クラフトビール醸造所やアートギャラリーなどが点在する。近隣がオリンピック会場に選ばれたことをきっかけに人気が高まり、2023年にはロンドンで「最もクールなネイバーフッド」に選ばれたこともある。訪れる人を驚かせるストリートアートの多さは、アーティストに愛されるこの地域の特徴であり、魅力でもある。
そんなハックニーウィックが最近、新たな一面を見せ始めた。
活気のあるコミュニティから生まれる、モノの循環や、廃棄をよしとしない精神。地域に根ざし、資源を循環させるサーキュラーエコノミーに取り組むコミュニティやお店が増えているのだ。この記事では、ハックニーウィック駅から徒歩圏内にあるサーキュラーエコノミースポットを紹介する。ロンドンに訪れる機会があれば、ぜひとも足を伸ばしてみてほしい。
ロンドン随一のリフィルショップ「Refill Therapy」
「みんなが頑張らなくても、廃棄と使い捨てプラスチックの削減に取り組めるように」をミッションに掲げるRefill Therapy。パスタ、ナッツ、洗剤、シャンプー、コーヒー豆、お菓子から、ジュースやオーツミルクまで、ありとあらゆる詰め替え商品を取り揃える。基本的には容器を持参する仕組みだが、容器ごと販売される商品の場合、デポジットを支払えば、使用後に容器を返却することができる。店内には、リフィル容器や環境に配慮した日用品、地元アーティストの作品まで置かれている。
とりわけ目を惹くのは、お店の内外に置かれた手書きメモだ。廃棄削減を促すメッセージのほか、価格や製品の情報が手書きで書かれ、初来店の人でも安心して買い物できるように配慮されている。筆者が訪れたときには独自の価格表が掲示されており、お店のリフィル商品と、近隣の大手スーパーマーケットで販売されている商品の値段が比較されていた。物にもよるのだが、リフィルの方が安い場合もあることを示し「環境に配慮しているお店で買うと高い」という思い込みを払拭してくれる。
リフィルショップ自体はロンドンで珍しくない存在となった。それでも、このRefill Therapyの品揃えと廃棄削減への意気込みには、目を見張るものがある。
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地域にサーキュラーエコノミーを持ち込んだ、サーキュラーレストラン「Silo London」
「ごみ箱のないレストラン」として世界的に有名になったSilo Londonは、サーキュラーエコノミーの理念を徹底的に実現したレストランと言えよう。ここでは、皮や根、葉など、通常は捨てられる部分も巧みに取り入れ、味と創意工夫を両立。また、近隣農家と連携したコンポストシステムを活用することで、ロンドン近郊で食の循環を育んでいる。
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さらに、レストランの内装にもその哲学は反映されている。建物は古い倉庫を利用しており、ワイン瓶など本来は廃棄されるはずの素材をアップサイクルすることで、空間づくりにもこだわっているのだ。
Siloの料理は、常に旬の食材を使用するため、メニューは日々変化し、固定されたレシピは存在しない。訪れるたびに異なる料理が楽しめ、そのどれもが驚きに満ちている。特に麹や味噌といった伝統的な発酵食品を巧みに取り入れた料理は、日本食に馴染みのある人にとってはどこか懐かしさを感じさせながらも新鮮な感覚をもたらす。まさに、食の循環とクリエイティビティを体現したレストランだ。
モノの図書館「Hackney Wick Library of Things」
工具やカーペットクリーナー、除湿機にシュレッダー。「今使いたい、でも普段は必要ない」物を低額で貸し出す「Library of Things(モノの図書館)」。モノを共有し、長く使い続けることで、お財布にも地球にも優しいと注目のサービスモデルだ。
ロンドンではEmma Shaw氏率いる社会的企業が2018年に1店舗目をオープンしてから成長を続け、2024年現在は19店舗まで拡大している。ハックニーウィックの拠点は2021年、ロンドンで3番目にオープンし、貸出数上位の人気店だ。利用者はオンラインで借りたいものを選び、予約して、指定した受取日にロッカーに取りに行く仕組み。例えばミシンが1日5.5ポンド(約1,000円)から借りられる。
古い公衆浴場を改修した建物の「MEN(男性用)」と書かれた入口の先にLibrary of Thingsのロッカーがある。カフェや共同サウナ、スタジオやアートギャラリーなどがあるコミュニティスペースの一角だ。日曜日以外は10〜21時と営業時間が長く、サウナやカフェに行くついでに道具を借りられるという気軽さもある。
植物と楽しむ循環アートの世界「Repot」
植物とDIYとアートを愛する二人が、自ら育てた植物とハンドペイントした植木鉢を自転車や徒歩で売りまわったところから始まった植物店。店舗は2023年に開業したばかりだ。店名のRepotは「植え替え」を意味する。植物を「売ったら終わり」ではなく、成長に合わせた植え替えや手入れの相談にも乗る。
店内で販売されている、サトウキビとコーンスターチからできた生分解性の受け皿は、ハックニーのアーティストが3Dプリントで作ったもので、頭上から落としても割れない優れモノだ。色も形も豊富で見ているだけで楽しく、10ポンド(約1,800円)未満のものもあり値段も手頃。
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他にもハックニーウィックで作られたアップサイクル繊維のカードや手作りされたキャンドルなど、地元のアーティスト作であり、かつ環境負荷の小さい作品を中心に販売する。店内でアート作品の展覧会やワークショップも開催され、ピクルス瓶を活用したテラリウム作り、植木鉢ペイントなどを体験できる。楽しみながらサーキュラーエコノミーに触れられる場所だ。
循環のためのローカル・ハブ「The Loop」
The Loopは地元のコミュニティ開発団体が中心となり2024年にオープンした、サーキュラーエコノミーに携わる中小企業の共同スペース。現在は前述したレストラン・Silo Londonが発酵場として間借りするほか、低環境負荷の衣類を生産するFantasy Fibre Mill、プラスチックリサイクリングのAre You Mad、CO2排出ゼロの運送を営むZheroなどの企業が入居する。「サーキュラーエコノミーと経済性の両立」という課題にコミュニティの力で挑む、いわば試験場だ。
2024年10月には「Circular Neighbourhoods」というイベントが開催され、市民組織や行政機関、個人事業主などがサーキュラーエコノミーとハックニーウィックの今後について議論した。会場となった部屋には解体された建材が置かれ、ラベルに印刷されたバーコードを読み取ると材質や寸法、解体前の姿などの記録を参照できる「マテリアル・パスポート」も体験できた。
The Loopは今後2年以内に近隣に転居し、オフィス、スタジオ、作業場のほか、公共に開かれた展示スペースが設けられる予定だ。
※2024年時点ではイベント時など以外、公に開放されていないため、訪問する場合は事前の問い合わせをする必要がある。
編集後記
ハックニーウィックの人々は、環境への意識が高い人が多いといわれている。行政機関からサーキュラーエコノミー活動への支援もある。人々がサーキュラーエコノミーに取り組む理由は、それだけだろうか。
おそらくそれだけではない。ハックニーウィックを歩き、この土地で活動する人々に会って感じたのは、この地域への強い帰属意識だ。人気を集める反面、ジェントリフィケーション(土地価格の高騰)という問題も抱えるハックニーウィックで「苦境に立たされている地元のアーティストを支援したい」とRepotのMonaさんは話してくれた。「前からこの街に住んでいて、この街が好きだったので、ここでお店を開いた」とも。
コミュニティの強さがサーキュラーエコノミーの源となり、サーキュラーエコノミーの活動がコミュニティをまた強くする。そんな理想的な関係が、この地域にあるように思える。
機会があればこの土地の“クールな”雰囲気も感じながら、散策してみてほしい。
【参照サイト】Hackney Wick (Hackney Council)
【参照記事】Hackney Wick has been named London’s coolest neighbourhood
【参照記事】The Wick (No,14, SUMMER 2024); Local networks are busy thriving
Edited and Silo London sections written by Megumi