「ホームレス・ワールドカップ」という国際イベントがあることをご存じだろうか。ホームレス状態にある方々が一生に一度だけ参加できるサッカーの大会で、そうした状況に置かれている方々への支援を目的としている。2003年に立ち上げられて以来、コロナ禍を除けば毎年世界のどこかの都市で開催されてきており、今では各国から参加者の集まる国際イベントとなっている。
その2024年大会が、9月21日から28日、韓国のソウルを舞台に行われた。日本代表は2011年以来、13年ぶりに大会に参加。8名の選手が出場し、熱い健闘を見せた。
さらに今回は、住宅情報サービス事業を展開する株式会社LIFULL(以下、LIFULL)が日本チームのスポンサーに就任。出資やユニフォームのデザインなどを行い、共に大会を盛り上げるパートナーとして伴走。また、大会に出場した選手に対して住宅支援も行っている。
一見遠い存在に感じられる、「ホームレス状態」と「サッカーのワールドカップ」。この大会は選手たちにとってどのような支援となっているのだろうか。また、サッカーだからこそできる支援とは、どのようなものなのだろうか。
2024年のホームレス・ワールドカップを振り返りながら、日本チームを組織するNPO法人ダイバーシティサッカー協会代表理事の鈴木直文さん、LIFULL執行役員CCOの川嵜鋼平さんにお話を伺った。
勝ち負けだけが価値じゃない。お互いを認めて、前を向くための大会
ホームレス・ワールドカップは、ホームレス状態にある人々を支援するイギリス発のストリートペーパー「ビッグイシュー」のスコットランド版を創刊した社会起業家らが、ホームレス問題の啓発や当事者支援を行おうと2003年に立ち上げたイベントだ。
大会を通してホームレス状態からの脱却を支援することを趣旨としているため、出場できるのは一人の選手につき、一生に一度だけ。実際、これまでに多くの選手が大会での経験やその前後の支援を通して、ホームレス状態を抜け出してきたという。
2024年9月21日から28日に行われた韓国・ソウル大会には、38の国と地域から、約450人の選手が参加。日本は2004年、2009年、そして2011年に参加して以来、13年ぶりの出場を果たした。対ギリシャ戦では大会で初めて不戦勝とPK戦以外での勝利を収め、同時にフェアプレーアワードも受賞した。現地で一部の試合を観戦したLIFULLの川嵜さんは「しっかりと爪痕を残すことができたと感じます」と感想を語る。
川嵜さん「実は、ホームレス状態にある方というと、どこか暗い部分をお持ちの方が多いのではないかという固定観念を持っていました。しかし、ホームレス・ワールドカップでは、国籍も人種も年齢も異なる全員が、それぞれの違いを認め合いながら、明るく楽しそうに試合をしていたことが印象的でした」
日本チームを中心となって組織しているのが、ホームレス状態をはじめとしたさまざまな困難を抱える人々をサッカーやスポーツを通して支援するダイバーシティサッカー協会だ。
2011年のパリ大会出場後は、まずは国内で誰もが参加しやすいスポーツの機会を作ることが優先と考え、複数の支援団体を巻き込みながら、『ダイバーシティカップ』や『ダイバーシティリーグ』などの国内大会を主催してきた。今回のホームレス・ワールドカップの代表選手も、そうした支援団体につながっていた当事者たちだという。
鈴木さん「一応選考という形式を取りましたが、私たちの団体が選ぶ、落とす、ということはしませんでした。派遣してくださる支援団体の皆様にそれぞれの選手の様子を見ていただき、大会に出場することが本人の人生にとって良い方向の変化につながると期待できる人を選んでもらったのです」
結果的に、国内でビッグイシューの販売に携わっている人や、住居が安定せず支援を受けている若者など、年代もサッカー経験の有無もさまざまな8人が代表選手となった。
スポーツである以上、勝利を目指して切磋琢磨することも、もちろん大事だ。しかし、ホームレス・ワールドカップの目的は、必ずしも勝つことだけではないと鈴木さんは語る。大会でも、勝ち負け以外で各チームそれぞれの良さを評価していこうとさまざまな評価軸を用意している。日本が受賞した「フェアプレーアワード」もそのひとつだ。
鈴木さん「2011年のパリ大会の時には、せっかくだから勝とうと、厳しい練習も行なっていたんです。しかし、ホームレス状態や不安定居住を経験している方たちは、そもそも競争社会にうまく溶け込めずに苦労してきた側面が少なからずあります。
ですから、今回は勝ち負けよりも、集まった全員が自分らしくプレーすることや、お互いの良さを引き出すことを大切にチームを作ってきました。結果的に、大会中はお互いに足を引っ張り合ったり、うまくできなかった人を責めたりといったことは一度もなく、一方で勝つことも諦めず、とても良い雰囲気で頑張ることができていたと聞いています」
「住宅弱者を支援する」大会のビジョンが会社のミッションと合致し、スポンサーに
そんなホームレス・ワールドカップの2024年大会が前回と比べ最も大きく進展したのは、LIFULLが日本チームのオフィシャルスポンサーに就任したことだ。これにより、前回と比べ資金面に余裕が生まれたほか、メディアなどを通じた社会的な露出も大きく増えた。また、大会後はLIFULLがLIFULL HOME’Sを通して当事者等への住宅支援を行なっているという。
LIFULLとダイバーシティサッカー協会の出会いは、数年前に一人のLIFULL社員がダイバーシティリーグに関心を持ち、交流を始めたことがきっかけだった。「あらゆるLIFEを、FULLに」することを目指すLIFULLと、ダイバーシティサッカー協会の活動が目指す方向性は同じだ。川嵜さんは、日本チームのスポンサー就任に至ったのも自然な流れだったと話す。
川嵜さん「LIFULLでは、ホームレス状態の方をはじめ、LGBTQ+のような性的マイノリティやフリーランサー、シングルマザーなど、不動産会社に相談してもなかなか住宅を見つけられない人々のことを『住宅弱者』と位置付け、そうした人々を事業を通して支援しています。ホームレス・ワールドカップに関わることで、大会に出場した選手への住宅支援も行える。そう考え、スポンサーを務めることを決めました」
鈴木さん「民間企業とのパートナーシップは初めてのことでしたが、私たちだけでは到底及ばない社会的発信力を強く実感しました。また、みなさんいい意味でとても前のめりにやってくださった一方、私たちが大事にする『当事者にとって良い機会にしたい』という想いも汲んでくださり、バランスの取れた関わり方をしてくださいました」
海外ではグローバル企業がホームレス・ワールドカップのチームスポンサーとしてついている国は少なくないというが、日本で企業がスポンサーになりにくいのはなぜなのだろうか。鈴木さんは、その理由をこう分析する。
鈴木さん「多くの企業が、スポンサーをするためにはそれなりの理由づけを必要とします。そんな中、ホームレス・ワールドカップの選手はたった8人ですから、『何人にこうした支援が行き渡りました』というような、わかりやすいソーシャルインパクトを出すことが難しいのです。そこが、出資を投資と考える企業と折り合いが悪いところなのではないかと思います。
一方でLIFULLさんは、大会にコンセプトレベルで共感してくれたことが違いだと思います。現時点でのインパクトではなく、ホームレス・ワールドカップのような動きが広がっていく先に、より望ましい世界があるということを信じてくださった。ですから、そうした企業さんが増えていくと良いなと思うのです」
「ホームレス=路上生活者」とは限らない。若年層に増える不安定居住者
今回の大会出場にあたりもうひとつ前進したのは、大会の参加資格にも関わる「ホームレス」の定義を拡大したことだ。ホームレス状態をこれまでの「路上生活者」に留めず、近年特に若年層に増えている、「路上生活には至らないが不安定な居住状態にある人たち」も含めることとしたのだ。
鈴木さん「ホームレス問題は、貧困の中で最も深刻な状態として長年行政が対応してきましたが、その対象となっているのは基本的には路上生活者のみでした。結果、生活保護の広がりや医療への接続が進み、屋外で寝起きしている人の数はかなり減ってきています。
一方で、路上ではなく、ネットカフェなどの安価な宿泊施設に転がり込んでいる不安定居住の若年層が多く存在することもわかってきています。ホームレス問題に取り組んできた人たちは以前からこれを大きな問題だと認識してきましたが、政策がそこに追いついていないため、支援が行き届かないことをフラストレーションに感じているのです。
ですから今回の大会では、こうした見えにくい不安定居住の方々にまで支援を広げていく必要があるというメッセージを発信したかったのです」
LIFULLとダイバーシティサッカー協会が今回の大会出場に際し共同で行なった「ホームレスに関するイメージと実感調査」では、「ホームレス状態の人と聞いてイメージする居住環境」に対して最も多かった回答が、「道路やその他の公共空間(74.6%)」、続いて「24時間の商業施設(ネットカフェ・漫画喫茶・サウナ)(56.3%)」となった。1位と2位にはやや開きがあり、イメージと実態が乖離していることがわかる。
一方で、調査からは実際に若年層がホームレス問題を非常に身近に感じているという事実も見えてきた。川嵜さんは、こうした事実を多くの企業が知り、自分ごととして捉え支援を行っていく必要があると話す。
川嵜さん「LIFULLが行った調査では、全世代の35%、20代に限ると2人に1人が、『自分が将来ホームレスになる可能性がある(と感じる)』と回答していたんですね。ホームレス問題というと他人事に感じる人も多いかもしれませんが、実は多くの人にとって身近で地続きの課題なのです」
働くのはまだ難しいけど、サッカーならできるかも。「好きなことをできる場」が支援の入り口に
ホームレス状態にある人への支援と聞くと、雇用や住宅の支援を一番に想起しがちだ。一方で、ホームレス・ワールドカップやサッカーのようなスポーツの場だからこそできる支援とは、どのようなものなのか。川嵜さんが、それを象徴する当事者の印象的な言葉を聞いていた。
川嵜さん「LIFULLが大会のドキュメンタリー映像を撮影している中で、一人の選手がこう話してくれました。
『ホームレス・ワールドカップに来る前は、自分には何もできないのではないかと思っていました。でも、大会を通して、サッカーで観客の心を動かすことができたことが自信になった。自分でも人の心を動かせるんだ、まだまだ頑張れるんだって思えたんです』」
無力感を持っていた人が、スポーツを通じて自信を取り戻し、生きるエネルギーを得る。雇用や住宅のようなわかりやすい支援と違って見落とされがちだが、そうした実質的な支援と同じくらい大切な「心の支援」を、ホームレス・ワールドカップは担っているのかもしれない。
鈴木さんは、こうした舞台は大会に出場した当事者のみならず、彼らの周りで共にサッカーをする人たちの生きる力にもなると話す。
鈴木さん「普段は横でボールを蹴っている自分の身近な人が、日本代表選手として世界で活躍している。そんな様子を目の当たりにして、『自分も晴れの舞台に立てる日が来るかもしれない』『いつかあんな風に活躍できるかもしれない』と思えること。それが、苦しい状況のなかにいる何百人という人々に、勇気や希望を与えてくれると思うのです」
鈴木さん「また、サッカーをはじめとした『好きなことに打ち込める場』は、支援につながる『はじめの一歩』を踏み出すきっかけにもなります。
支援団体が支援の場を設けても、そこにアクセスできない人はたくさんいます。例えば、さまざまな困難を抱える人にとって、就労はとてもハードルが高いことです。だからこそ、就職活動への具体的な支援にたどりつけないこともあります。
しかし、そういった場にアクセスできなくても、サッカーになら気軽に来られるという方も多くいます。1~2時間外に出てボールを蹴ったり、その後にみんなで喋ったり……。すごく小さなステップのようですが、それがその先の支援の入り口になることだってある。これが、私たちの役割だと思っているんです」
編集後記
ホームレス状態の人への支援といえば、まずは食事、住宅、そして雇用。サッカーのようなスポーツをはじめとした文化活動は、こうした明日を生き延びるための最低限の生活のベースが整った後にようやくできるようになるものだと思っていた。もちろん、そうした側面も往々にしてあるだろう。一方で、その反対もあることを学んだ。
立ち上がる気力がない。明日を生きるための力がない、希望がない。そんな人たちに希望や前に進むための活力を与えるのが、ありのままで好きなことに打ち込める場であり、それを通した人とのつながりであり、ホームレス・ワールドカップのような活躍の機会だったのだ。
食事や住宅といった支援が“身体を支える点”だとしたら、スポーツをはじめとした文化活動は、“心を支える点”。それぞれの役割を持つ“支える点”を社会の中にたくさん作り、それらをつなげていくことで、助けられる人がいる。LIFULLを巻き込んだ2024年のホームレス・ワールドカップが教えてくれたのは、そんな支援のあり方だった。
【参照サイト】「ホームレス」に関するイメージと実感調査「ホームレス・ワールドカップ」日本代表のスポンサー就任に際し、LIFULLとダイバーシティサッカー協会が共同で実施
【参照サイト】“出場機会は一生に一度だけ”13年ぶりに日本代表が出場する「ホームレス・ワールドカップ2024」日本代表記者会見&新ユニフォーム発表会を9月5日に開催
【参照サイト】NPO法人ダイバーシティサッカー協会
【参照サイト】HOMELESS WORLD CUP
【参照サイト】【ドキュメンタリー】ホームレス・ワールドカップ日本代表の挑戦【LIFULL】
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