日立R&Dチームが小冊子『リペア社会をデザインする』を発行。修理に心躍る未来へ向けた提言とは?

Browse By

モノを修理しやすい環境の整備を推進する「修理する権利(Right to Repair)」が欧米で広がる今、日本でもリペアへの注目が高まっている。企業によるリペアイベントやリペア済みの商品が登場し、モノを捨てない方法やデザインに触れる機会は増えつつあるようだ。

この「リペア」という体験がもっと当たり前になった社会を、想像してみてほしい。どんな暮らしが営まれ、人々は何に喜びを見出しているだろうか。

そんな未来を具体的なシナリオとして描き、その実現に向けた提言をまとめた小冊子がある。日立製作所 研究開発グループと、武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科 岩嵜研究室の共同研究チームが2024年9月に公開した『リペア社会をデザインする:Designing a Repair Society』だ。

Image via 日立製作所 研究開発グループ

リペア社会に向けたステップ

冊子の中で、リペア社会実現に向けた社会・製品のあり方・人々のマインドセットそれぞれの視点から提言が示されている。まず社会レベルでは、「ローカル経済圏の再興」が重要だという。国内外の広い経済と共存して、身近な関係性の中でモノやエネルギーが小さく循環し続ける経済が注目される。

続いて製品レベルでは、故障してもリペアしやすい商品デザインに加えて、「リペアする・してもらう体験」がさらに楽しいものになっていくことが大切とのこと。リペア社会は「修理を依頼するの面倒だな……」ではなく「どんな風にリペアしようかな」とワクワクする社会なのだろう。

最後にマインドセットの面では「機能よりエモさ」が重視され、リペアを起点とした関わりがデザインされることが求められている。現在の経済では、早い・安い・便利などの機能性が求められてきたが、リペア社会ではモノへの“愛着”が行動のきっかけになる。それを支えるのが、「リペアする・してもらう」関係から生まれる多様な人とのつながりであるそうだ。

これらの提言にもとづいて、冊子には「リペア社会」での日常が描かれている。扇風機が故障したら、ご近所のリペアマイスターに相談して、一緒に修理を進める──そんな光景が、提言に支えられながら、少し先の未来に実現しそうな予感を抱かせる。

受動者、中動者、能動者という3区分によってどのような人がどのようにリペアに取り組みのかがイラストと共に描かれている

Image via 日立製作所 研究開発グループ

このプロジェクトメンバーの一人であるのが、日立製作所 研究開発グループの神崎将一さんだ。冊子の背景やリペア社会に向けた展望について聞いた。

日立R&Dがリペアに注目する背景と、社会との対話

Q. サーキュラーデザインの中でもリペアを重視するに至ったのはなぜでしょうか?

事前のリサーチで、海外に比べて日本では「修理する権利」に関する報道が少ないことが分かっていました。一方で、リペアは中長期的に新分野として事業化できる可能性があり、これまでの我々のサーキュラーデザインの活動とも親和性があると感じました。

日立製作所 研究開発グループでは、リペアというテーマに到達するまでに、ペットボトルキャップをもとに小型の射出成形機を使ってボタンを生形する、市民参加型の実験を国分寺市で実施しました。出発点は「不要品の処理を業者に任せる状況では、リサイクルの実感が湧きにくく、結果としてサーキュラーエコノミーへの関心も高まりにくいのでは?」という問い。製品を手放すことと製品の入手をなめらかに繋ぐローカルな仕組みを通じて、リサイクルの身体的な理解、そして循環への関心につながるという仮説を立て、「消費者・生活者の手でつくること」に注目して実験を行いました。廃プラのリサイクルのノウハウをオープンソースで公開する、オランダのプロジェクト「Precious Plastic」に影響を受けています。

実験を振り返りながら、サーキュラーエコノミーを実現する「Rs(※1)」の中で、消費者が製品を直していくリペアもまさに「消費者・生活者の手でつくる」行為であると思い、リペアは良いプロジェクトテーマになりそうだと考え始めました。

※1 リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)を合わせた3Rや、それにリフューズ(Refuse)、リフォーム(Reform)、リペア(Repair)を足した6Rなどが存在する

テーブルに冊子が並び、その後ろで座っている神崎さんと、同僚の曽我さん

滋賀県長浜市のイベントにて冊子を出展した神崎さん(左)|Image via 日立製作所 研究開発グループ

Q. 冊子の作成を経て、どのような気づきがありましたか?

思っていた以上に、「機能よりもエモさで人を動かす」「リペアを起点に人がつながる」といった、マインドセットの提言に関心を持ってくれる方が多いことに気づきました。「リペアが根付いていくためには、リペアラブルな製品設計やリペアサービスのリデザインの検討よりも、マインドセットの醸成の方が遠回りにみえて実は近道なのかもしれない」といったコメントもありました。製品設計や物質の資源循環の中での検討に閉じず、少子高齢化やコミュニティの弱体化など、ほかの社会課題と結び付けて包括的に捉えたり、感性に訴えるクリエイティブをつくったりするアプローチが重要であると益々実感しています。

もう一つ気づいたことは、冊子を受け取った方が語り手となってくれる可能性があることです。冊子を手渡した方が、提言や未来シナリオの内容に重ねて自身の体験や経験を語ってくれるだけでなく、他の人に冊子を紹介してくださったという話も耳にしています。我々の提言が冊子という形式だからこそ、オンライン上の白書や論文などと比較して、フランクにカジュアルに話題にしてくれたり、議論の土台にしてもらいやすかったりするのだと思います。

Q. 冊子デザインや内容で特に意識されたこと、こだわりについて教えてください

様々な場で対話をしやすいように小さく軽い冊子にしたこと、リペアの世界観と親和性のあるリソグラフ印刷にしたこと、想像力と創造力に訴えかける象徴的なイラストとしてビジョンを描いたこと、という3点です。

1点目に関しては、サーキュラーエコノミーの実現という複雑で厄介な問題を対象にしている以上、ビジョンを示しながら、より良い解に向けて多様な方と対話をし、協働していくことが不可欠だと考えています。リペアに関しては、問題提起から始めるべき状況だと感じました。そこで様々な場で我々のビジョンに関して議論ができるようにまずは冊子という形式、そして立ち話でも対話がしやすいサイズにしました。

2点目に関しては、個人的にリソグラフ印刷(※2)が好きで、それありきで冊子づくりを始めました。リソグラフのレトロさが醸し出す独特の温もりが、リペアやサーキュラーにあまり関心のない人でもとりあえず読んでくれることを狙いました。リソグラフ特有のズレやかすれの印刷が、壊れるものや不完全なものを許容していくリペアと相性がよいと感じています。

最後に、事例調査や文面でのビジョンの提案に留まらず、ビジョンを未来のシーンとして一枚のイラストに表現したことです。1枚絵であっても要素をちりばめているので、サイゼリヤの間違い探しの絵を友達や家族とみて会話をする感覚で、今後の生活や登場しうるサービスに関して軽く対話できるようになったと思っています。

※2 リソグラフ印刷:孔(あな)の空いた版を通してインクを載せる印刷技法をデジタルで再現したもの。版画のような仕上がりが特徴。

子どもが地域の大人と一緒に扇風機を修理しようと机に向かって作業しているイラスト

Image via 日立製作所 研究開発グループ

Q. 神崎さんが実現を期待する「リペアラブルな商品・リペア体験」はありますか?

個人的には、電子機器のカスタマイズを重視したリペアに一緒に取り組んでくれる場やサービスが身近に増えたらいいなと思います。例えば、古い機器をカスタマイズして中身に現代のテクノロジーを加えるようなリペアです。現在の電子機器のリペアでは、機能回復のためのメーカー修理などはありますが、カスタマイズする方向性のリペアや、今ある建物のエネルギー効率改善のために改修するレトロフィットが少ないと感じています。また、衣服などと比べて、電気系統を扱うのは怖いな……という意識があるので、電子機器のためのリペアが普及しても、まずは知識と経験のある人と取り組みたいという気持ちがあります。

これは、世の中の“アナログ回帰”の流れとも相性が良いです。アナログレコード、フィルムカメラ、クラシックカーなどを所有し始める友人・知人が増えてきています。ユーザー主導でのレトロフィットの機会が増えていくことで、リペアがクリエイティブな行為としてさらに認識されていくのではないかと思っています。

Q. 今回の冊子を作成して得た知見を、貴社の製品開発に活かしていく予定や展望はありますか?

もちろんあります。私は研究開発部門に所属しているので、研究活動の出口として自社のビジネスに還元することがミッションです。今回は、デザインの力と冊子という物理的な媒体のおかげで、社外に限らず、リペアに関心のある社内の事業部と多くの繋がりを生むことができました。ビジョンの提示と対話は進み始めたので、次の挑戦はビジョンと事業を繋げること、製品設計やサービス開発の香りがする小さな実績を事業部門の方とつくることだと思っています。

修理・リペアをコストではなくブランディングの機会であると訴求した活動をすることが、リペアラブルな製品の開発にありつける我々のチームなりのアプローチだと思っています。一方で、社内に閉じた製品開発だけを推し進めることはサーキュラーエコノミーを実現する上で必要な標準化から遠ざかると思うので、引き続き社外の方との対話、そして協創の姿勢とバランスを持ちながら、次の挑戦をしていきたいです。

編集後記

サーキュラーエコノミーやリペアが大切であると理解していることと、リペアが身近になった社会を豊かに想像できることの間には、明らかな違いがあるように感じられた。冊子に描かれたような未来をより多くの人と共に想像し、これまでのモノとの関わり方を振り返りながら新たな生活の一幕を描き足すことができれば、具体的な変化は案外身近に起きるのではないだろうか。

とはいえ、私たちが「もっと便利に、楽に」という欲求から脱却できるか否かが、どうしても最後のカギを握る。神崎さんが冊子のあとがきで「ぶっちゃけ、リペアって面倒だと思います」と吐露するように、地球環境のためという“正しさ”を認識しながらも手間やお金のかかるリペアに躊躇してしまうのは、多くの人が共感してしまう点だろう。

あとがきの続きで「一方で、DIYで家の身の回りのモノをつくるのが好きな自分がいます」と、神崎さんは語る。正しさを振りかざすだけではなく、手間を面白がる仕組みや楽しむ機会が増えたら、結果として地球環境のためにもなる社会が見えてくるはず。日本で立ち上がるリペアの波に、引き続き注目していきたい。

【参照サイト】リペアの提言と未来シナリオ『リペア社会をデザインする』をつくりました|Hitachi circular design
【関連記事】家に届くのは“壊れた”ゲーム機。課題解決力を育む、子ども用の「サブスク修理キット」
【関連記事】スニーカー愛好家の駆け込み寺。VEJAがパリにオープンした「靴の修理ストア」

Climate Creative バナー
FacebookX