ニュージーランド議会、タラナキ山の“人格権”を可決。マオリへの補償と世界観の尊重へ

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2024年11月14日、ニュージーランド議会で議員が文書を破り捨て、ハカを踊り始めた。同国先住民であるマオリ党の議員が、マオリ族の権利を定めた「ワイタンギ条約」を再解釈しようとする法案に対し、反対の姿勢を示したのだ。

その抗議がありながらも、法案は第一読会(※)を通過。これに反対し、翌日の15日には、国内で1万人規模のデモ行進が行われた。その後各地を通過して、9日間にわたるhīkoi(平和的抗議)は計4万人近くを動員して幕を閉じた。史上最大規模のデモとなったという。

第二読会は2025年5月頃に予定され、引き続き高い注目を集めると予想される。この一連の出来事で議論の的となったのが「ワイタンギ条約」だ。これは、1840年2月6日にイギリス王室とマオリ族がワイタンギで調印した条約であり、これによってニュージーランドがイギリス領となる代わりに、マオリの土地と文化の継承が約束された。しかしマオリ語版と英語版に相違があることから、解釈の余地が衝突や議論を呼び起こしてきたのだ。

※ ニュージーランドにおける法律案の審査は三読会制であり、第一読会では、提出された法律案を委員会に付託するかどうかを審議・決定する(矢部 明宏, 2003)

マオリの赤と黒の旗を掲げて歩く大勢の人

2024年11月19日、ニュージーランドの首都ウェリントンでデモ行進に参加する人々|Image via Shutterstock

このようにマオリ族の権利をめぐって緊張感が高まる中、ワイタンギ条約に基づく歴史的な一歩が踏み出された。2025年1月30日、ニュージーランドのTaranaki Maunga(Mount Taranaki)に対して法的な人格権が与えられたのだ。2017年に法的人格の付与が“約束”されてから、8年の年月を経て実現した。

具体的には、議会でThe Taranaki Maunga Collective Redress Bill(タラナキ山集合救済法案)が制定され、株式会社や合同会社などの名称と同様に、Taranaki Maungaにも法人格が与えられた。これは「Te Kāhui Tupua(テ・カーフイ・トゥプア)」と呼ばれ、生きている不可分の全体を指す概念として理解されるという。

この決定により、山や周辺の土地の強制的な売却は阻止され、伝統的な山の利用方法を回復し、そこに生息する在来の野生生物を保護する活動を支持することに繋がる。市民は変わらず山に立ち入ることが可能だ。

その対象は、タラナキ山と周囲の峰や土地における物理的な存在に留まらず、哲学的な要素にも及ぶ。「自然は先祖であり、生ける存在である」というマオリ族の世界観も認識・尊重されるのだ。

さらに今回の決定は、ニュージーランドが植民地化された後、1860年代に山や土地がタラナキ地方のマオリ族から奪われたことを認め、謝罪し、その地が被ってきた被害に対する救済を約束するものであった。これは生態系にも権利があると捉える「自然の権利」の実践だけでなく、脱植民地化の一例でもあるだろう。

この法案は、議員123名の満場一致で承認された。首都ウェリントンで開催された最終読会では、何百人ものマオリ族の人々が議会に集まり、法案が可決されるとマオリ族の歌「ワイアタ」が沸き起こったという。自然への人格権の付与として、2014年のテ・ウレウェラ原生林、2017年のワンガヌイ川に次ぐ同国3番目の事例となった。

今後、タラナキ山の代弁者となる組織が設立される予定であり、山周辺のイウィ(マオリ語で部族)から4名、政府側の指名により4名が選出されるそうだ。

タラナキ山の交渉において責任者を担ったJamie Tuuta氏は、Guardianの取材にこう答えた。

「何世代にもわたる希望が捨てられ、もう私たちと共にいない人々の努力の末……今日は悲しい時でもありますが、タラナキのイウィとして集い祝福すべき日でもあります。これは、私たちの歴史の中で、私たちの山だけでなく、タラナキの人々、この地域、そして国にとっても最も重要な歩みの一つであるからです」

この山はかつて、イギリスの探検家ジェームズ・クックによってエグモント山と名付けられ、公式名として位置付けられていた。その名称が変更され、さらには人格と権利が与えられ、土地が解放されたかのように見える。

それでも、まだ課題は残るという。Tuuta氏は、自然に法人格を与えることも、先住民や自然が西洋的な仕組みである法律に取り込まれる構造にあるとして批判しているのだ。

どのような状態ならば、歴史的な文脈から人と人、自然と人が“公正”な関係にあると言えるのか。この問いにまだ答えはないが、タラナキ山とマオリの人々の繋がりが戻ったことは間違いなく“公正”に近づいている。この歩みを止めないことが、今できる最も誠実な向き合い方のはずだ。

【参照サイト】A New Zealand mountain is granted personhood, recognizing it as sacred for Māori|AP News
【参照サイト】New Zealand mountain gets same legal rights as a person|BBC
【参照サイト】Taranaki Mounga: New Zealand mountain granted same legal rights as a person|The Guardian
【参照サイト】New Zealand gives Mount Taranaki same legal rights as a person|The Guardian
【参照サイト】Thousands flock to NZ capital in huge Māori protests|BBC
【参照サイト】NZマオリ党議員が議場でハカ。法案を引き裂き、先住民族の権利を捉え直す動きに抗議|ハフポスト
【参照サイト】ワイタンギ条約|ノースランド, ニュージーランド
【参照サイト】矢部 明宏(2003)諸外国の憲法事情:ニュージーランド, 国立国会図書館調査及び立法考査局
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