誰もが何かに怒っているこの時代、記者に必要なのはペンよりも「聞く力」かもしれない。
2024年のアメリカ大統領選で、ドナルド・トランプ現大統領が再選した。対抗馬のカマラ・ハリス氏に対し、選挙人86人の差での勝利。得票率で言うとわずか1.6%の差だった。アメリカを二分した大統領選の背景には、新聞・テレビ・ラジオといった伝統的なメディアへの不信感と、有権者が自身の主張に沿った情報源のみを選ぶ傾向の先鋭化がある(※1)。
大統領選の前の2024年9月に行われた調査によると、アメリカでマスメディアの情報を「非常に信頼している」または「ある程度信頼している」と答えた人の割合は31%。1990年代後半から2000年代初頭の調査ではこの回答をした人が55%だったが、2016年、「フェイクニュース」という言葉が広まり始めた年に初めて32%まで低下、その後は低い傾向が続いている。2022年度からは3年連続で、マスメディアの情報を「全く信頼していない」と答えた人(36%)が信じる人の割合を上回った(※2)。
そんな状況のなか、「メディアを信じない人」の声をメディア業界が聞き、より信頼される良い報道をするための方法はないかと考えていたのが、アメリカのTrusting News(トラスティング・ニュース)という非営利団体だ。同団体は、2019年に地元住民を対象にメディアへの不信感に関する81件のインタビュー、そして2022年夏には他の報道機関や提携ジャーナリストなどの協力を受けて76件のインタビューを実施した。その末に公開したのが、メディア業界に向けた「話を聞く」ためのガイドラインだ。
ガイドラインについて、同団体のプロジェクトマネージャー、モリーに話を聞いた。
話者プロフィール:モリー・マチナ(Mollie Muchna)
Trusting Newsのプロジェクトマネージャー。過去10年間、南西部各地の地方ニュースルームでオーディエンスジャーナリズムとエンゲージメントジャーナリズムに携わってきた。米国アリゾナ州ツーソン在住で、アリゾナ大学ジャーナリズム学部の非常勤講師も務めている。
分断のアメリカ。メディアへの信頼度が低い人たちとは
メディア向けのインタビューガイドラインは、こんな言葉から始まる。「メディアにとって、信頼を築くこと(そしてオーディエンスを築くこと)への一歩は、“不信感”を理解することです(※3)」
第一ステップは、自分たちの発信しているニュースを「見ない」層の人たちを特定することだ。
ガイドラインによると、アメリカでニュースへの信頼度が比較的低い傾向にある人たちの一部として、保守的な思想を持つ有権者が挙げられていた。2021年の調査では、情報のソースがマスメディアだと認識したとき、共和党の支持者がその情報を信頼する確率が低くなることがわかった。これは、民主党の支持者が、情報源がマスメディアだと認識したときに信頼度が高くなる傾向とは対照的である。
他にも、移民や有色人種のコミュニティ、若い世代などはニュースへの信頼度が比較的低い傾向があるとガイドラインには書かれている。大学を卒業していない人も、大卒者よりはニュースへの信頼度が低い傾向だ(※4)。
重要なのは、話を聞く相手として、自分の所属する組織とできるだけ遠い関係の人を選ぶことである。イベントを開催するとしたら、そこに「来ない」であろう人はどのような人か。SNSへの投稿で自分が共感できる内容に、比較的ネガティブなコメントを残すのはどのような人か。まずは彼ら、彼女らに想いを馳せる必要がある。

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第二のステップは、その最も遠い関係性の人にアプローチすること。その人たちの話を聞かせてもらう機会を作ることだ。
「ここが最も難しいところです。もちろん、インタビューの返信がないこともありましたよ」ガイドラインを作成したTrusting Newsのモリーは言う。
Trusting Newsのブログによると、話を聞く相手と繋がる方法としては、特定のFacebookなどのグループの管理者に許可を取り、そのなかのメンバーに声をかけたり、地域のイベントや商工会議所の催しに参加したり、公民館などのスペースで過ごしたり、知り合いに別の人を紹介してもらったりする方法があると書かれている。
メディアが留意しておくべきは、コミュニティのなかで発言権のある人や、特に極端な考えを持つ人がそのコミュニティを代表しているわけではないことだ。保守もリベラルも一枚岩ではなく、安易なラベリングは避けたい。「共和党の支持者がみんなFox Newsを見ているわけではない」とモリーも述べた。
建設的な会話の前に、「聞く」を徹底する
第三のステップは、1対1の会話を始めること。ガイドラインでは、このときに相手の発言を記事に勝手に引用することなく、あくまで社内の情報共有に留めることを相手に伝えるべきだということが強調されている。
「あなたは記事を書くためにそこにいるのではありません。学ぶためにそこにいるのです」
(Trusting Newsのインタビューガイドラインより引用)
団体はウェブサイトのなかで、「相手が脆弱な立場にあることを理解すること。インタビューする側とされる側では、力の差があります。自分の大事な人生を共有したとき、それが最終的にメディアにどう描かれるかをコントロールできないのです」と説明している(※5)。
では、具体的にどのような話を聞くのか。ガイドラインでは、以下の質問例が書かれている。
- 自分の懸念や関心のある問題がニュースに反映されていると感じますか?
- ジャーナリストは、あなたやその周りの人々(興味、属性、価値観、信念など)について、どのような点で誤った報道をしていると感じますか?
- ジャーナリストは、あなたや、あなたが所属するコミュニティをより正確に描写するために何をすべきだと思いますか?
- 地元のメディアやジャーナリストの信頼性を高めるために何ができると思いますか?
もし「客観性」「偏見」「意図」などの言葉が出た場合は、相手がどのような意味でその言葉を使っているのか、具体的に説明を求めることも大事だ。決して論破したり、少しでも自分たちの取り組みの正当性を説明したりしてはいけない。あくまで話を聞き、学ぶことが目的なのだという。

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最後のステップは、会話で得られた学びをまとめること。話を聞いた相手に感謝し、その人たちのフィードバックを無視せず、定期的に話を聞くなどして、関係性を維持することだ。話を聞くことを日常に取り入れ、自分とは遠い立場にある人の立場を尊重し、報道をしていく。
モリーに聞いたところ、2022年の「メディアへの信頼度が低い人」へのインタビューに協力した複数のジャーナリストや報道機関が、調査後に報道内容が大きく変わったことを示す公式な調査はないそうだ。しかし、特定のグループに話を聞く経験を通じて多くの洞察を得て、それが報道内容の形成と変化に役立ったという。
ガイドラインを作り終えて、今思うこと
Trusting Newsは、インタビュー調査で得られた発見について、ブログでこう語る。
「今回分かったのは、単にこのような(メディアの信頼に関する)会話をするだけで、インタビューを受けた人々とジャーナリストの間に信頼感が生まれるということでした。フォローアップ調査に参加した人のうち、23%がジャーナリズム全般に対する気持ちが好転し、86%が会話後に記者や報道機関との信頼感が高まり、28%が購読を検討していると回答しました」

インタビューの多くは、オンラインで行われた。Image via Shutterstock
また別の洞察として、同団体が残した「人々は事実だけを中立に報道することを求めているが、その“事実”が指すものが保守とリベラルでは少し異なる」という言葉も興味深い。
話を聞くなかで、保守派の一部の人からはBLM(ブラック・ライブズ・マター)やLGBTQ、その他の「リベラル」な話題に関する報道をやめてほしいという声が出たという。政治的な話をするときは「投票の誠実さ」や「憲法上の保守主義」といった言葉を使うことや、事実だけを求めている。
一方リベラルの人たちは、社会的に阻害されたコミュニティに関する報道に、より多くの背景や歴史的な文脈が盛り込まれることを望んでいるという。リベラルも事実だけを求めているが、記者には、嘘の発言や人種差別的な発言をする政治家を糾弾してほしいと望んでいるのだという(※6)。
今回のガイドライン作成に伴うインタビュー実施で、一部の参加者はメディアへの信頼が高まったと確かに回答した。だが、これは国全体の「メディアへの信頼が低い人」のうちの、ほんの僅かな人口だ。モリーもこうコメントした。
「アメリカでは、ジャーナリスト自身が、どちらかというとリベラルな傾向にあります。国内のニュースルームの従業員のうち約22%は、より『民主的』な傾向のあるニューヨーク、ロサンゼルス、ワシントンD.C.の三大都市圏に住んでいます。保守的な傾向のある中央部には、それほど多くのジャーナリストがいません(※7)。ジャーナリストと話したことがある人は、国民のうちわずか23%です。
また、調査するための資金も限られていました。多くの報道機関にはお金がないのも事実です。(報道中立性を守るために)誰かにお金を払うのは倫理に反すると考える人もいるかもしれませんが、今回は聞いたことを記事にするのではなく、あくまで調査目的です。私たちのインタビューのためにかけてくれた時間に報酬を払ったり、ギフトカードを贈ったりできればよかったと思いました」
わかり合えないと思う相手と話すということ
メディアへの信頼度が低い人と、メディアはどう向き合うのか。普段発信している内容に反発を持っている相手や、思想が違う相手と会話をするのは、メディア関係者にとってどのような体験だろうか。
「自分の使命である仕事を否定してくるような発言に対し、イライラして自己防衛的になることもあったでしょう。『いや、私は正しいことをしているし、事実に基づいた報道をしている』と言いたいときもあったはずです。そういう意味では、ジャーナリストたちが集まって話す場を作るべきだったと思っています。課題を整理し、どうすればもっと上手くいくかを話し合えるような」とモリーは語った。
メディアへの信頼度が低い状況は、アメリカに限らない。わずか3人で運営するTrusting Newsがある程度広い規模で調査を行い、全世界のメディアが使えるようなインタビューガイドラインを無料で公開したことは、それだけでインパクトのあることだと筆者は考えている。

研修を行う、Trusting Newsのリン(画像左)とジョイ(画像右)Photo by Leslie Gamboni
信頼は一夜にして築けるものではない。だが、耳を傾けることからすべては始まる。この団体の取り組みと反省から、何を感じ取り、誰の声を聞き、どう報道内容を良くしていくか。これは、今を生きるジャーナリストたちへの静かな問いかけでもある。
【ガイドライン】Community Member Interview Guide
※1 エコーチェンバーとは・意味
※2 Americans’ Trust in Media Remains at Trend Low
※3 Trusting News Community Interview guide
※4 Republicans less likely to trust their main news source if they see it as ‘mainstream’; Democrats more likely
※5 Earn trust with sources
※6 Research insights: Reaching and building trust with diverse audiences
※7 10 charts about America’s newsrooms