どこにいてもAIの話題を耳にするようになった昨今。AIはもはや一部の専門家だけのものではなく、私たちの日常のすぐそばにいる存在になったと言えるだろう。
仕事のスケジューリング、会議の議事録作成、ちょっとした翻訳や文章の添削。さらには、旅のプランニングやイラストの生成、作曲まで。気づけば、私たちはさまざまな“仕事”をAIに頼むようになっている。それらは、ボタンひとつで手に入り、まるで無料のように感じられるかもしれない。しかし、果たしてそれは本当に「タダ」なのだろうか。
私たちが何気なく使っているそのAIの裏側では、大量の電力が消費され、水が使われ、熱が放出されている。巨大な言語モデルの学習や日常的な推論処理には膨大な電力が必要であり、それに伴う温室効果ガスの排出も膨大だ。もしかすると、どこかの森の冷たい地下水が、どこかの動物たちの住処が、その便利さの代償として失われているかもしれない。それでも、私たちはそれに無自覚なまま、日々「AIに頼る」という選択を重ねている。
一方、AIが私たちの生活や産業を変革する技術として、環境分野でも大きな期待を集めているのも事実だろう。エネルギー効率の最適化、気候変動の予測、自然資源のモニタリング。AIはこうした分野に貢献しており、環境問題の解決に資する「味方」として語られることも多い。
このように、AIは「環境負荷を生む存在」であると同時に「環境問題の解決を支援する存在」でもある。そのため、AIの導入を「環境負荷と環境貢献のトレードオフ」として捉える考え方が一般的になりつつある。つまり、AIがもたらす環境負荷は、同じAIによる環境貢献によって相殺される、という構図だ。
しかし、AIは本当に「プラスマイナスゼロ」で語れる存在なのか。環境負荷と環境貢献を天秤にかける前に、その前提を問い直していきたい。
目次
AIと環境負荷。避けられないエネルギー消費
AIの進化には、計算資源の飛躍的な拡張が不可欠だ。特に大規模な機械学習モデルの開発においては、モデルのトレーニング段階で膨大な電力が消費される。数週間から数ヶ月にわたって実行されるトレーニング処理は、単一の研究開発プロジェクトであっても、一般家庭数百世帯分に相当するエネルギーを要することがあるという。
そして、トレーニングが終わったあとも負荷は続く。実用化されたAIは、日々のサービス提供において「推論」というプロセスを繰り返す。検索エンジンの応答や画像認識、チャットボットとのやりとりなど、ユーザーの背後で常に計算処理が行われており、これもまた継続的な電力消費を伴う。
この膨大な処理を支えるのが、世界各地に点在するデータセンターだ。サーバーが安定的に稼働するためには、常に一定の温度と湿度が保たれている必要があり、その冷却には多量の水が使われている。たとえばGoogleは、アメリカ国内にある複数のデータセンターで、年間合計約20億リットル規模の水を冷却用途として使用している(※1)。その水は地下水や地表水で賄われることが多く、時に地域住民の生活用水や農業用水と競合することがある。
AIが提供する“スマートで効率的な”未来の裏側には、「電力」と「水」という現実的な資源の消費があり、それは世界のどこかで静かに環境負荷を生んでいる。
▶︎参考:AIの環境負荷(Environmental Impact of AI)
AIが環境負荷削減に貢献するケース
AIは環境に対して負荷を与える一方で、その能力を活用することで環境負荷そのものを削減する役割も果たしている。特に、電力の最適化や環境モニタリングといった分野では、AIがすでに具体的な成果を上げ始めている。
典型的な例のひとつが、再生可能エネルギーの運用効率の向上である。太陽光や風力といった自然エネルギーは、天候に左右される不安定な供給源であり、電力需要とのマッチングが課題となってきた。ここでAIは、膨大な過去のデータとリアルタイムの気象情報をもとに、需要と供給を高精度で予測し、電力網全体のバランスを最適化。結果として、再生可能エネルギーの導入量を増やしながらも、無駄な発電や蓄電によるコスト・環境負荷を抑えることができる。
また、AIは自然環境のモニタリング技術としても力を発揮している。衛星画像やドローン映像、センサーデータを解析することで、森林伐採、水質汚染、野生動物の生態などをリアルタイムで監視し、把握できるようになってきた。これにより、環境劣化の兆候を早期に発見し、迅速に対応策を講じることが可能になる。
最近では、マルチモーダルAI(テキスト、画像、音声、センサーなど複数の情報源を統合的に扱えるAI)を活用した先進的な取り組みも始まっている。たとえば、ある研究プロジェクトでは、マルチモーダルAIを用いて動植物の生態系データを統合し、生物多様性の喪失を早期に検出・可視化するツールが開発された。従来のアナログ的な観測に比べて、時間的・空間的なカバー範囲が飛躍的に広がったという(※2)。
さらに、カーボンオフセットの分野でもAIの活用が進んでいる。炭素吸収源の計測、排出量の可視化、不正検出などを自動化することで、オフセットの透明性と信頼性が向上し、企業や自治体の気候行動がより実効性のあるものへと変わりつつある。
二重計上の問題。AIは“本当に”環境負荷を減らしているのか?
さらに、AIによる環境貢献を語るとき注意すべきなのが「二重計上」の問題である。これは、一つの環境施策によって得られた成果が、複数の主体や手段によって重複してカウントされてしまうという構造的な課題である。AIが直接的に環境改善に寄与したように見えても、その効果が他の既存施策と重なっている場合、削減効果が過大評価されるリスクがあるのだ。
たとえば、違法伐採を防ぐためにAIを活用した森林モニタリングを行ったとしよう。ドローンや衛星画像をAIで解析し、早期に違法行為を検知・通報することで森林破壊が抑制され、結果として炭素の吸収量が守られる。この取り組みはたしかに意義深いが、同じプロジェクトがカーボンオフセット制度の一環としても登録され、クレジットとして販売されている場合、その成果はすでに「気候変動対策」として評価されていることになる。

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にもかかわらず、そのモニタリングにAIが使われたという理由で、今度は「AIによる環境貢献」として再度評価されると、同じ削減効果が二重に報告されることになる。このようなダブルカウントは、環境対策全体の効果を不正確に見せるだけでなく、AIの価値を過剰に演出することにもつながりかねない。
企業や研究機関がAI導入の成果をアピールする際、このような二重計上を無自覚に行ってしまうこともあるだろう。だが、私たちはそのインパクトを定量的に評価しようとする以上、「その削減は、もともと他の方法でも実現していたのではないか」という問いを忘れてはならない。
AIの環境負荷削減をどう評価する?その“価値”は誰のものか?
AIが環境負荷の削減に貢献するという期待は、たしかに現実のものになりつつある。だがその一方で、AIは決して「環境問題を解決する魔法の杖」ではない。その運用には膨大な電力と水資源が必要であり、地球環境に対する新たな負荷も生み出している。だからこそ、私たちはAIの環境影響を評価する際、単純な「プラスとマイナスの引き算」では語れない複雑さに向き合う必要がある。
とりわけ注意したいのは、「環境貢献」とされる価値が、どの視点で定義されているかということだ。どんな自然を守るべきと見なすのか、どんな行動が“正しい”とされるのか。その判断基準が特定の立場に偏っていないかを見つめる視点が欠かせない。
また、環境負荷と環境貢献が地理的に別の場所で発生しているという構造的な非対称性も看過できない。AIのトレーニングや推論は欧米をはじめとする国々のデータセンターで行われる一方で、AIが貢献するとされる対象は、グローバルサウスの森林や湿地帯など、自然資源の保全が求められる地域であることが多い。このように評価をする人と影響の受け手が分断されている中で、「誰がその貢献を定義し、誰の生活がその代償を負っているのか」が可視化されにくくなっているのだ。
こうした複雑さを見逃さないためには、環境負荷と貢献を切り分け、正味のインパクト(Net Impact)を可視化する仕組みが求められる。
AIが社会に及ぼす影響の大きさを考えれば、その責任を一人ひとりの判断に委ねるだけでは不十分だろう。たとえばEUでは、AIのリスクを社会全体で管理する制度づくりが進んでおり、2024年には世界初の包括的なAI規制法が成立した。
私たちもまた、便利さの裏側にある構造に目を向けながら、それを支える制度や問い直しの視点を、ともに育てていく必要があるのではないだろうか。
※1 Call to make tech firms report data centre energy use as AI booms
※2 Multimodal AI Tool Supports Ecological Applications
【参照サイト】「カーボンフットプリント制度のあり方(指針)」(案)たたき台(平成20年9月11日 第2回研究会)
【参照サイト】Can We Mitigate AI’s Environmental Impacts?
【参照サイト】AI’s Climate Impact Goes beyond Its Emissions
【参照サイト】Why AI is a disaster for the climate
【参照サイト】Indigenous agents fight deforestation with drones and AI in Brazilian Amazon
【関連記事】私たちはなぜ、AIに「ありがとう」と言ってしまうのか?
【関連記事】AIの環境負荷(Environmental Impact of AI)