足元のアリがいなくなったら?豪の研究が示す、生態系の回復力と隠れた脆弱性

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私たちの足元を絶えず行き交う小さな昆虫、アリ。草むらへ行けば脚に登ってきたり、コンクリートの道に開けた巣からせっせと出入りしていたり。多くの人にとって、アリは日常に馴染みのある昆虫の一種だろう。

そんなアリは、実は生態系の中で多様な役割を果たす重要な存在でもある。例えば、土壌を耕して水の浸透を助けたり、種子を食べることで植物の分布を調整したり、昆虫の死骸や落ち葉を分解して栄養を土に戻したり……こうした働きは、人間の食料システムや綺麗な水の供給、さらには気候変動へのレジリエンスにも影響を与える。

しかし、もしそんなアリの一部がこの世界からいなくなったら、一体何が起こるだろうか。

2025年4月に公開された研究は、アリの消失が生態系に深刻な亀裂を生じさせ、そのシステム全体を脆弱なものへと変容させる可能性を明らかにした。

この研究結果は、西オーストラリア大学、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)、ジェームズクック大学(JCU)の研究者チームによって、学術雑誌「Nature Ecology & Evolution」で発表された。

研究チームは、オーストラリア南西部の野外実験区画において、その生態系の中で個体数の多い3種のアリを人為的に除去し、生態系にどのような変化が生じるかを観察した。研究チームは、これにより生態系の機能が著しく低下するのではないかと予想していた。これらの3種は、その生態系において多様な役割を果たすキープレイヤーと呼べる存在だったからだ。

しかし驚いたことに、これらのアリが姿を消しても生態系はすぐに崩壊しなかった。これは、除去されたアリが担っていた種子の収集や清掃といった役割を、他の種類のアリが代役として引き継いだからだ。さらに、支配的な種がいなくなったことで他のアリの種が増えたり、新たな種が移入してきたりしたことで、結果的に生態系の種の豊富さが増し、特定の機能は向上したという。

アリの巣

Vladayoung:Image via GettyImages

これは、ある意味で生態系の柔軟性や力強さを感じさせる実験結果だ。しかしその裏には、隠れたリスクも潜んでいた。

3種のアリを除去する前には、同じ役割を果たせる種が生態系の中に複数存在していた。より具体的に言うと、特定の役割に特化した「スペシャリスト」的な種と、複数の役割を行える「ジェネラリスト」的な種が協力しながら、同じような仕事を共同で行っていたということだ。

しかし、3種が除去された後はそれが少なくなり、多様な種のアリがそれぞれの持ち場を担う比重が大きくなった。これにより、大多数の種が「スペシャリスト」的な働き方をするようになったのだ。

その結果、生態系全体として、残っているアリが得意とする機能は向上した一方、アリが不得意とする機能は著しく低下した。また、もし次に何らかの刺激が起こりひとつの種が欠ければ、その種が担っていた役割が停止し、一気に全体の機能を保てなくなる危険性が生まれたという。

これは組織に例えるなら、エンジニアやデザイナーといったスペシャリストに加え、部署を超えて業務を担うジェネラリストがいると、専門人材1人が欠けても仕事に支障はないが、ジェネラリストがいなくなると、スペシャリスト個人に依存した業務が増え、その人がいなくなれば仕事が全く回らないような状態だ。

この研究は、生物多様性の損失について語る、単に珍しい種についてだけではなく、身近で馴染みのある種にも目を向ける必要があるということを教えてくれる。私たち人間も属する生態系が円滑に機能し続けるためには、日常的に目にする信頼できる働き手も含め、そこに生きるすべての構成員が必要なのだ。

アリが道端にいる、スズメが電線に止まっている……私たちが普段目にしている風景は、実はそこにあって当たり前のものなんかではなく、複雑に絡み合った生態系の絶妙なバランスの中で、そこに存在しているのかもしれない。

そして、その光景が将来もずっと続くことは、誰にも保証できない。それを意識したとき、何気なく目にする生き物たちの生命や生きる環境に対して、私たちはどのような意識で向き合っていけるだろうか。

Featured image:mikroman6:Image via GettyImages

【参照サイト】Earth’s quiet engineers: What happens when common ant species disappear?
【参照サイト】Functional redundancy compensates for decline of dominant ant species

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