「わたしたちはわかりあえないからこそ」展が、東京・新橋のアドミュージアム東京で2025年8月30日(土)まで開催されている。
さまざまな時代、そしてさまざまな国の広告を通して、性別による格差や偏見に目を向け、「わかりあえない」その先のコミュニケーションを探ってみる広告展だ。
今回紹介するのは、そこに展示されていた約60の広告事例のなかでも、特に筆者の心に残ったものたちである。そこには、凝り固まった私たちの偏見を解きほぐす広告アイデアが溢れていた。
「よく考えたらおかしいな」ジェンダー不平等に気付かせる広告5選
01. もしも、ゲームのヒーローが悩殺ポーズをしたら?(フランス)
世界には、15億人の女性ゲーマーがいる。しかしゲーム開発に関わる女性は、全体のわずか22%。女性キャラクターがやたらと誇張された性的な動きをすることがあるのは、そのせいだろうか。
その奇妙さを浮き彫りにするため、フランスのNGO団体Women in Games Franceはある実験を行った。屈強な男性ヒーローに、ゲームで描かれる女性キャラクターの艶めかしい動きをそっくりそのまま移植し、人気の配信プラットフォームTwitchで配信したのだ。
腰をくねらせ、誘うようなポーズをとる男性キャラクターの姿は、いかにその表現が偏っていたかを語る。ゲームを楽しむ人の半数が女性である今、作り手の偏りを減らすことが、より豊かな表現を生み出す鍵かもしれない。
【参照サイト】#GENDERSWAP: A POWERFUL EXAMINATION OF HOW WOMEN ARE PORTRAYED IN GAMES|Women in Games
02. 「おい、友よ」その一言が、空気を変える(イギリス)
女性へのからかいや、性的な冗談。友人同士の会話の中で「それは違う」と声を上げるのは、勇気がいる。
そんな気まずさを乗り越えるための、魔法の言葉がある。「Maaate(メーイト/友よ)」。英国ロンドン市が始めたこのキャンペーンは、男性が友人による女性蔑視的な言動に、親しみを込めて「Maaate」と声をかけることで、スマートな会話の中断方法を提案した。
キャンペーンサイトに掲載された動画では、「この発言が少し引っかかる」と思ったタイミングで「Maaate」のボタンを押し、会話を止めたときの周囲の反応を見ることができる。暴力は言葉から始まる。大切な友人に配慮しつつ、人を傷つけないための、小さくても力強い介入のかたちだ。
【参照サイト】Say maaate to a mate
03. 生理用品は贅沢品か?税制をかいくぐる「タンポン本」
ドイツの消費税は基本的に19%だが、食品などの生活必需品は7%に引き下げられている。しかし、生理用品は「贅沢品」とされ、タンポンの税率は19%のままだった。そこで立ち上がったのが、ドイツのフェミニンケアブランド「フィメール・カンパニー」だ。
同ブランドは、生理にまつわる話をまとめた本に、タンポン15個を付録として詰めた「タンポンブック」を作成。これを、書籍の税率である7%で販売したのだ。本は1週間で1万部が完売し、税率引き下げの請願には15万人の署名が集まった。
こうした動きは世論を巻き込み、政治をも動かすことになる。そして2019年、ドイツのタンポンの消費税は他のは他の「必需品」と同じように7%に引き下げられた。制度の「隙間」をくぐり、アイデアひとつで状況を逆転させたユニークな事例だ。
04. 終わらない妊娠。産んだらキャリアの終わりだから(ベルギー)
ベルギーの非営利団体Zij-kantが発表した映像には、何十年もずっと妊婦のままの女性が映っていた。まるで、子どもを産むなら定年退職するまで待つべきだ、とでも言うように。
これは、働く男女の格差を風刺的に描いた作品だ。2020年、ベルギーでは、女性の賃金が男性より平均24%低く、女性は子ども持つとほぼ半数(44%)がパートタイムに切り替えになるという統計が出た。男性の場合は女性の4分の1の人のみが時短にしているため、男女間のキャリアの不平等感につながりやすい現状がある。
女性が出産した瞬間に、キャリアか家庭かの選択を迫られる現実を、この「永遠の妊娠」は静かに突きつけてくる。このCMは、2月27日の「欧州同一賃金デー」に放映された。
【参照サイト】Zij-kant: Eternal Pregnancy|Ads of the World™
05. 「男でも、首相になれるの?」(日本)
これまで、この国で女性首相は誕生していない。一方ドイツでは16年間女性首相が続き、現地の子どもたちが「男でも、首相になれるの?」と尋ねたというエピソードがある。それを日本の現状と照らし合わせて作られたのが、この宝島社の広告だ。
2024年11月時点で、国会議員の女性比率は衆参両院あわせて19%ほど。ジェンダーギャップ指数で日本が低く評価されている(148カ国中118位)理由の一つに、「政治」と「経済」の分野で女性の参画が少なく、意思決定の場で性別の偏りが起きていることがある。
当たり前だと思っていることの主語を入れ替えるだけで、私たちの無意識な偏見に問いかける痛烈な広告。そこには、「解決が難しい問題や、もう変わらないのではないかと思える状況も、(ドイツのように)わずか16年という時間があれば変えられる」という希望もある。
【参照サイト】宝島社 企業広告「男でも、首相になれるの?」|P.I.C.S.
わかりあえないからこそ、気付きあえる
2025年。表立って性差別的な言動をする人に出会うことが減ったように感じられる。いたとしても、しっかり批判されていることも多いのではないだろうか。企業で働く男性の育休取得率も年々上がり、日中に子どもと遊ぶ父親も多く見かけるようになった。それでも、「ん?」とまだ違和感を覚えるときはある。
今回紹介した広告アイデアたちは、声高に間違いを正すのではなく、ユーモアと驚きをもって、私たちの心に小さなさざ波を立てる。自分と違う性別、性自認、性的指向の人のことが「わからない」からこそ、そしてきっと相手も自分のことが「わからない」からこそ、色々なコミュニケーション方法で、アプローチで、わかりあってみようとするのだ。