もし、自分の親が「一人で暮らしたい」と言ったら。もし、自分が歳を重ね、終の棲家を探すことになったら。そのとき、今の社会は、温かく迎え入れてくれるだろうか。
そんな問いの一つの答えとなる場所が、神奈川県藤沢市にある。若者と高齢者が友人のような関係性を持ちながら共に暮らす賃貸住宅、「ノビシロハウス亀井野」だ。
共に暮らすと言っても、暮らし方は高齢者も若者も一人暮らし。ユニークなのは、若者が「ソーシャルワーカー」として高齢者と関わることで若者の家賃が半額になる仕組みだ。
さらに、建物内には入居者の集いの場でもあるカフェや地域ケアの拠点となる訪問看護ステーションも入っており、月に1度開催される入居者のお茶会に、そこで働く人たちが参加することもある。90歳の語る昔話に若者が人生のヒントを得たり、認知症のおばあちゃんを自然と見守ったり……ここには、昔は当たり前だった、多世代が交わる温かい暮らしの風景がある。
日常の中にゆるやかな多世代交流がある、この場所ならではの魅力とは何か。そして、世代を超えた交流は、若者と高齢者それぞれにとって、一体どのような意味を持つのだろうか。現地を訪ね、株式会社ノビシロ代表の鮎川沙代さんに話を聞いた。

鮎川沙代さん
出発点は、高齢者を歓迎しない不動産業界への疑問
ノビシロハウスがあるのは、神奈川県藤沢市・亀井野という地域。六会日大前駅から徒歩数分、静かな住宅街の一角に、紺色のモダンな2階建ての建物が佇んでいる。建物の中央には左右の空間をゆるやかに分ける階段があり、左側が住宅、右側には1階にカフェとコインランドリー、2階には訪問看護ステーションが入っている。
代表の鮎川さんが不動産業を志したきっかけは、2011年の東日本大震災だった。「社会のためになる仕事がしたい」とスーツケースひとつで九州から上京したが、住まいを探そうと訪れた不動産屋会社での契約優先の機械的な営業スタイルに違和感を覚えたという。そこから「人に喜ばれる不動産屋をやろう」と決意し、株式会社エドボンドを立ち上げた。
次第に顧客一人ひとりに誠実に向き合う姿勢が評判を呼び、他の不動産会社で入居を断られた人たちが相談に訪れるようになった。たとえば、外国籍の人、水商売に従事している人、服役歴のある人……。こうした背景を持つ人々は、保証会社から「リスクが高い」と判断されやすく、多くの物件で最初から「入居対象外」とされてしまうのだ。
そうした相談者の中には、「一人暮らしを望む高齢者」も少なくなかった。
「高齢者の一人暮らしは孤独死のリスクがあるとされていて、もし亡くなって発見が遅れると部屋の修繕に費用がかかり、資産価値も下がる。だから、大家さんは最初から高齢者の入居を断ってしまうんです。
そうした現実を知ったときは、本当にショックでした。高齢者って、これまで社会を支えてきた存在じゃないですか。それなのに、人生の最後の住まいを選ぶときにそんな扱いを受けるのかと……。親を持つ子どもとしても、他人事じゃないと感じました」
入居者にとって大事なのは、亡くなった後ではなく、生きている間の「暮らし」
高齢者の住まいに関する課題をどうにかしたい──。そんな思いを抱いていた鮎川さんだったが、当初からノビシロハウスの構想があったわけではなかった。最初は、不動産仲介業者として、高齢者が部屋を借りやすくなる方法を模索していたという。
「オーナーは“孤独死のリスク”を懸念します。であれば、それを防ぐ仕組みを整えればいいのではと考えました。そこで、IoTセンサーを室内に設置するよう提案したり、自らセンサーメーカーの代理店になってみたりと、いろいろな試みをしていました」
しかし、そうした取り組みを続けるうちに、ある種の違和感が湧いてきたという。
「たしかに孤独死の防止は、オーナーにとってはありがたいことかもしれません。でもそれって、あくまで“オーナーの都合”なんですよね。入居者が本当に求めているのは、“亡くなった後どうなるか”ではなく、生きている間をどう過ごすか。つまり、暮らしなのだと気づいたんです」
こうして「暮らしそのもの」に関心を持つようになった鮎川さんは、高齢者の暮らしを深く理解するため、地域に根ざした新しい介護のあり方を実践していた「株式会社あおいけあ」代表・加藤忠相(かとう・ただすけ)さんのもとを訪ねた。勉強会に参加するなどして約3年間にわたって介護・福祉の現場を学んだのち、加藤さんも含めた数名で「株式会社ノビシロ」を設立する。
「人の幸せにつながる暮らしとは何かと考えたとき、思い浮かんだのは一昔前の当たり前だった風景です。子どもや孫と一緒に食事をして、会話をして、支え合う。そうやって多世代が自然に共に暮らし、ゆるやかな“家族”のような関係性のなかで何かを分かち合って生きていける環境。それがあれば、きっと人生の最後も豊かなものになるはずだと感じました」
そのビジョンが、やがて“若者と高齢者が共に暮らす賃貸住宅”──ノビシロハウスの構想へとつながっていった。建物を新たに建てようと考え始めていたちょうどその頃、現在の藤沢市亀井野の物件が候補として浮上。そこからはトントン拍子に話が進み、2019年の会社設立から約1年で建物が完成。2021年春、賃貸アパート「ノビシロハウス亀井野」がオープンした。
若者と高齢者が友達に。住んでいる人が“顔馴染み”になる暮らし
ノビシロハウス亀井野の住居は、全部で8部屋。全室が単身者向けのワンルームだ。1部屋を法人に、2部屋はソーシャルワーカーを務める若者に、残る5部屋を高齢者に貸しており、2025年8月現在、すべての部屋が満室となっている。
高齢者が安心して一人暮らしできる住まい──蓋を開けてみれば、ノビシロハウスのような暮らしへのニーズは溢れていた。最初の入居者が決まるまでには半年ほどかかったが、その後メディアなどを通して評判が広がり、今では100人以上が入居を待っている状況だという。
「高齢になると、将来の暮らしに不安を感じて、子どもとの同居や高齢者施設への入所を検討する方が増えます。でも、同居はかえって互いの負担になることもあるし、高齢者施設に入ること自体に抵抗感を持っている人も少なくありません。そういった方々が求めていたのが、ひとり暮らしを保ちながらも、周囲にさりげなく気にかけてもらえる、ノビシロハウスのような場所だったのです」
では、実際にノビシロハウスでは若者と高齢者がどのように関わっているのだろうか。
運営側がソーシャルワーカーにお願いしているのは、定期的に何かしらの形で接する場を設け、そのうち数回は対面での交流を設けること。ただし、高齢者それぞれのライフスタイルに配慮し、「毎週この時間にこれをする」といったような画一的なルールは設けず、方法はソーシャルワーカーの裁量に任せている。
「電話やLINEでのやりとりでもいいですし、玄関先で顔を合わせてちょっと立ち話するだけでも構いません。ただ、形式的に“週に何回会えばいい”ということではなく、目指しているのはあくまで“関係性を育む”こと。最終的には、若者と高齢者が“友達”のような間柄になってくれることが理想なんです」
さらに、月に1度は敷地内にあるカフェで入居者向けのお茶会が開かれ、企画・運営はソーシャルワーカーが担当。このお茶会には、訪問看護ステーションの医師や、カフェのコミュニティマネージャーも参加し、健康や生活の相談も気軽にできる場になっている。
「ノビシロハウスでは、運営側が従業員として直接サービスを提供するのではなく、コミュニティの形成はほぼ入居者自身の手によって行われています。
そのため、運営側が担っているのは、入居時の価値観や生活スタイルのズレを防ぐこと、そして定期的な対話の場を持つこと。具体的には、入居希望者には事前に『お茶会』への参加をお願いし、実際のコミュニティの雰囲気を体感してもらっています」
また、ソーシャルワーカーの方々には、入居時にノビシロハウスの理念や運営側が大切にしている考え方を丁寧に共有している。入居後も、月に1度のミーティングを通じて、継続的に対話の機会を設けているという。
「最初は、入居者やソーシャルワーカーとの間で期待のすり合わせが不十分で、関係構築がうまくいかないこともありました。しかし、そうした経験から学び、仕組みや関わり方を少しずつ見直すことで、現在では入居者同士が自然と支え合う関係性が生まれつつあります」

お茶会の様子
老化も認知症も、怖くない。自然な老いをあたたかく受け入れられる人を増やすために
人とのつながりや交流が、心身の衰えを防いだり、回復を促したりすることは、医療的にも実証されている。実際に、ノビシロハウスには認知症を抱える高齢者も入居しているが、入居後に徘徊の頻度が減ったという事例もあったという。
では、高齢者と日常的に関わることは、若者にとってどのような意味を持つのだろうか。鮎川さんは、「ノビシロハウスは若者の学び場でもある」と語る。
「たとえばお茶会では、90歳を超える入居者の方から、『バブル期はこんな時代だった』『昔、海外に行ったときにね……』といったエピソードが飛び出すこともあります。それらは日常生活の中で直接役に立つ話ではないかもしれませんが、その時代を生きた人にしか語れない重みがあります。若者たちからは『三世代も年の離れた方々と対等に話せる場は、他にはない』という声もよく聞かれます」
また、昔は三世代が同じ家で暮らし、祖父母の介護も自然と家族がやっていた。そうした時代には、老いることも、死を迎えることも、もっと身近で、恐れるものではなかったのではないかと鮎川さんは続ける。
「核家族化が進んだ現代では、自分のおじいちゃんおばあちゃんがどのように歳を重ね、どのように最期を迎えたのかを知らないまま育つ人も少なくありません。そうなると、『老いていく』というプロセス自体が想像しづらくなり、結果として老いを必要以上に恐れるようになってしまうのではないかと感じています。
けれど、仲良くなった高齢者が少しずつ歩行器を使うようになったり、認知症が進行していったりする様子を、目の前で見たり、日々の会話の中で感じ取ったりする──そうしたプロセスを経験すると、老いや死は、決して恐ろしいものばかりではなく、その中に喜びや温もり、やさしさがあるのだということを、身体で理解できるようになるのではないかと思います」
たとえ、ここでの暮らしをすぐに「良い体験だった」と思えなかったとしても構わない。でもいつか、人生のある瞬間に、「あのときの経験があったから大丈夫」とか、「年を重ねるって、こういうことなんだ」と思い出してもらえるような種まきをしていけたら──そんな思いで、ノビシロハウスの毎日を支えているという。
ノビシロハウスから始まる、“大きな家族”のような社会
2021年のオープンから4年。神奈川県・亀井野に生まれた多世代のコミュニティは、時の流れとともに少しずつ形を変えながらも、若者と高齢者が共に暮らす、あたたかく居心地のよい場所として、着実に根づきつつある。
今後は、都内への展開も予定している。現在は、新たな設立地で地域の人たちとの関係性を育みながら、そのまちの中で“居場所”となるような住まいづくりに取り組んでいるという。
最後に、ノビシロハウスを通してどのような社会を実現したいのかを尋ねると、鮎川さんは「“ひとつの大きな家族”のような関係性で結ばれた社会」だと語ってくれた。
「人口がますます減っていく中で、社会保障のみに頼ることや、血縁関係に基づく家族や親戚だけで支え合おうとする考え方は、限界に差しかかっているように感じています。
だからこそ、一人ひとりが自分の中にある“伸びしろ”を持ち寄って、互いに支え合うような暮らし方が、これからの時代に必要だと思うんです。
ノビシロハウスの暮らし方が、そうした社会のひとつの実例として根づいていく。そして、若者から高齢者まで、さまざまな世代が『こういう生き方っていいね』と感じられるようになったら嬉しいです」
編集後記
「老後に2,000万円必要」「親の介護が辛い」。そんな言葉ばかりが目につく今、年を重ねることには不安や絶望がつきまとうように感じてしまう。
でも、本当にそれが老後のすべてなのだろうか。老いを恐れながら迎える未来しかないとしたら、私たちはどこかで生きづらさを抱えてしまうのではないか。
ノビシロハウスは、そんな思い込みに風穴をあけてくれる場所だ。ケアする側・される側ではなく、若者と高齢者が共に暮らし、友達のような関係性の中で助け合う。それは、支え合いの“新しいかたち”を示しているように思える。
このアパートを起点に、年齢や背景を超えたつながりが広がっていけば、「老いること」への見え方も、きっと変わっていくだろう。自分が歳を重ねたとき、そんな社会の中で生きていたい。そう思わせてくれる出会いだった。
【参照サイト】ノビシロハウス
【参照サイト】あおいけあ
【参照サイト】多世代コミュニティ住宅「ノビシロハウス」2号棟の開発が基本合意へ!入居希望者の募集を開始