「銀行は利益のためだけにあるのか?」世界70行を結ぶGABVの“価値でつながる金融”実験

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【特集】幸せなお金のありかたって、なんだろう?今こそ問い直す、暮らしと社会の前提

お金は、ただの紙切れでも数字でもない。生き方や価値観、人間関係、社会制度にまで影響を及ぼす「見えざる力」だ。便利で、時に残酷で、そして人間的なこの仕組みは、いつから私たちの当たり前になったのだろう。自己責任が求められる働き方、そして「お金がない」ことを理由に後回しにされる福祉や環境対策──議論は世界中で交わされているが、日々の暮らしの中でお金の本質を見つめ直す機会は少ない。だからこそ今、問いたい。「お金」とは何か、そして私たちはそれとどう向き合っていけるのか。本特集では、経済だけでなく、文化人類学や哲学、コミュニティの現場など多様な視点からお金の姿を捉え直す。価値の物差しを少し傾けてみた先に、より自由でしなやかな世界が見えてくることを願って。

「この事業は地域の環境にどんな影響を与えるのか?」

ある銀行では、新しい融資の会議がそんな問いから始まる。利益や返済能力だけでなく、環境や社会への価値を判断基準に組み込む。これが「Values-based Banking」と呼ばれるムーブメントだ。

その担い手であり、特にCEOレベルの対話を積極的にサポートしているのが、Global Alliance for Banking on Values(GABV)である。

わずか8人の職員で世界70以上の銀行をつなぎ、時に競合にもなり得る銀行同士を「価値」という軸で結びつける。CEOが交代しても伝統や理念が揺るがないように支え続けるその姿勢は、金融業界における“レジリエンスの実験”とも言える。

2025年6月、このGABVの創設メンバーでもあり、世界で最もサステナブルな銀行の一つとして知られるオランダのTriodos Bank(トリオドス銀行)が、Euronext Amsterdamに上場した(※)。「成長しない選択」を掲げてきた銀行が市場に姿を現したことは、サステナビリティ金融が特別な潮流から構造的な転換へと進みつつあることを象徴している。

銀行が「成長しない事業」に投資?オランダのTriodos Bankが描くウェルビーイングな経済とは

「銀行は利益のためだけに存在するのか?」。そんな問いに真正面から挑む、Values-based Bankingの最前線を追う。今回は、GABVネットワークマネジャーのAlice Khounta(アリス・クンタ)氏に話を聞いた。

話者プロフィール:Alice Khounta(アリス・クンタ)

Tobias Temmen社会的・環境的インパクトの推進に情熱を注ぐ、サステナビリティ×コミュニケーションの専門家。オランダ、米国、日本、ニュージーランドにおいて、ICT、消費財、非営利セクターで国際的なマーケティング・コミュニケーションのキャリアを積み、企業が持続可能な変革の実践を支援する方向へ焦点を移した。GABVにおいては、GABVのナレッジおよびパートナー戦略の実行を主導。メンバー銀行のCEOとの連携を調整し、GABVの構造化情報プラットフォームを管理するとともに、Human Development Community of Practiceの共同リードも務めている。

利益だけじゃない、“価値”で動く銀行。6つの原則が示す、新しい金融のかたち

Q. Values-based Bankingの定義とは?「お金」と「価値」は銀行業で両立できるのでしょうか。

多くの営利目的の銀行は「利益の最大化」をゴールにしています。これに対し、Values-based Bankingは「人・地球・持続的利益」というトリプルボトムラインを第一原則に掲げています。お金はゴールではなく、環境や社会にポジティブな影響をもたらす原動力=ツールとして捉えているのです。この視点の違いが非常に大きいと思います。

実際の調査結果でも、利益と価値の両立は良好であることが示されています。なぜなら、Values-based Bankingは投資先として「実体経済」に焦点を当てているからです。大手銀行が扱う投機的な金融商品や複雑なデリバティブ(※)には手を出さず、実在する顧客や地域のプロジェクト、コミュニティに資金を届けます。

※デリバティブ:金融派生商品のこと。株や債券、為替、金利などの価格をもとにして作られた金融商品で、将来の値動きに賭ける「取引」のこと。リスク回避の手段にも使われますが、過度な投機の対象になり金融危機を招く要因となったことでも知られています。

さらに特徴的なのは、顧客中心主義です。地域社会や顧客のニーズを理解した上で融資判断を行うため、リスクを深く理解できます。また、ビジネスには浮き沈みがあることを前提に、長期的な視点で顧客と伴走する。この姿勢が、銀行のビジネスモデルそのものに「回復力(レジリエンス)」を組み込んでいるのです。

加えて、高い透明性も重要な要素です。誰に資金を貸し出し、何を達成しようとしているのかをオープンにすることが、顧客との信頼を強めています。

これらすべての原則が、銀行の文化として根づいている。そこにこそ、利益と価値を両立させる力があるのです。そしてこの考え方は、GABVが定める「6つの原則」に明確に示されています。

GABVが定義する6原則:トリプルボトムラインアプローチ、実体経済、顧客主義、長期的な回復力、透明性、文化

GABVが定義する6原則:トリプルボトムラインアプローチ、実体経済、顧客主義、長期的な回復力、透明性、文化

Values-based Bankingのかたちは一つではありません。信用組合、マイクロファイナンス機関、リテール銀行、商業銀行、さらにはコミュニティ開発銀行まで。規模も対象とする市場も異なります。けれども、どのタイプの銀行であっても、共通しているのはGABVが掲げる6つの原則を共有し、その実践にコミットしていることです。

学び合い、支え合う金融のネットワーク

Q. GABVのメンバー銀行になるには、どのようなプロセスが必要なのでしょうか?

GABVに加盟するには、一定の審査を通過する必要があります。すべての基準を完璧に満たしていなくても構いませんが、基本的な要件は以下のとおりです。

  • 価値観に基づく明確なミッションを持っていること
  • 規制対象の銀行または信用組合であること
  • CEOによる強いコミットメントがあること
  • 総資産が5,000万米ドル以上であること
  • GABV独自の「スコアカード」による評価を承認していること

新メンバーを迎える際には、地域代表がCEOと面接を行います。その地域の事情を熟知している代表が関与するため、ここは非常に重要なステップです。

加盟後も、GABVスコアカードを通じて進捗を定期的に評価します。スコアカードはGABVが独自に開発したツールで、定量的なデータ(融資額や業績など)に加え、定性的な質問(スタッフや顧客にビジョンを伝えているかなど)も含まれています。これにより、銀行は自らの強みや弱点、成長の余地を把握することができます。

GABVのネットワークは、単なる加盟組織の集まりではなく、「互いに学び合い、助け合う」共同体です。たとえば、ある銀行が生物多様性の分野で先進的な取り組みをしていれば、他の銀行はそこから学ぶことができます。スコアカードは、そのための自己評価と知識共有の基盤として機能しているのです。

2024年総会の様子

2024年総会の様子 Image via GABV

Q. モニタリングや再評価は、どのくらいの頻度で行われるのでしょうか?

定量的なデータ(融資額や業績など)は毎年、定性的なデータ(ビジョンの浸透度など)は3年ごとに提出してもらうよう義務付けています。さらに今後は、各銀行が自分たちの立ち位置を簡単に把握できるダッシュボードの導入を予定しています。現状を正しく認識することこそが、変化を起こすための第一歩だと考えているからです。

Q. 途中でGABVから脱退するケースもあるのでしょうか?

もちろん、銀行も一つの組織ですから、様々な理由で参加を続けられなくなることもあります。たとえば、経済情勢や自国の政治状況が不安定で、私たちの活動すべてに参加できない場合、脱退という選択を取ることもあります。

ただし、直接顔を合わせる機会は非常に重視しています。年に一度、世界中のValues-based bankのCEOが集まる総会は、学びと知識共有の場として欠かせません。地域支部のミーティングでも同様です。

また、銀行同士の合併や買収によって組織体が変わるケースもあります。その際には、新しい事業体がGABVの価値観を共有しているかを改めて評価します。もし価値観の一致が失われてしまった場合、脱退も選択肢の一つとなります。

GABV

Image via GABV

危機から生まれたもう一つの銀行モデル

Q. GABVが設立されたときから、CEOレベルのコミットメントは6原則の一つでしたが、2009年以降、どのような成長をしてきたのでしょうか。

GABVは2009年、欧米やバングラデシュの10行が集まり、CEO自らが中心となって設立されました。設立時には、すでにトリオドス銀行やGLS銀行のように、従来の銀行とは異なるビジネスモデルで活動していた先駆的な銀行も加わっていました。

ソーシャルバンクがつくる、もうひとつの経済。ドイツ・GLS銀行50年の実践

転機となったのは2008年の世界金融危機です。多くの銀行が無責任な投資を繰り返す中、預金者の怒りが高まりました。そのときGABVはこう考えました。「収益性を保ちながらも、外部リスクを抑え、人と地球に良い影響をもたらす代替的なモデルは存在する。これを金融業界の主流に広げていくべきだ。互いに学び合い、存在を示すことが変革の第一歩になる」と。

この理念は現在も受け継がれ、ネットワークは着実に拡大しています。2014年には25行、2018年には50行、そして現在は70行にまで成長しました。その強みは、CEOレベルでの強固なコミットメントです。トップが変わっても、銀行が大切にしてきた価値を引き継げるよう、GABVは支え続けています。

また、知識共有の場も重視しています。毎年開催される年次総会では、異なる文化や政治状況を持つ多様な銀行が集まり、組織・財務・レジリエンスといったテーマについて議論します。秋には地域ごとの支部ミーティングも開かれ、たとえばアフリカでは気候変動への適応や生物多様性、平等や資本調達など、地域固有の課題が話し合われました。

さらに、オンラインでの対話も活発です。地域支部のミーティングや年次総会だけでなく、年間を通じて地域のCEO同士が定期的に意見交換を行い、知識を共有し合っています。場合によっては外部取締役や、ガバナンス委員会のメンバーにトレーニングを提供することもあります。ソーシャルバンキング外のセクターから担当者が就任した場合でも、価値の共有がされるよう徹底するためです。

わずか8人の事務局から広がる、世界規模の対話

Q. GABVの職員は8人しかいない中で、非常に多くの機会を提供しているように見受けられます。

そうですね。私たちは少人数で組織を運営しているため、ネットワークが拡大するにつれて仕事量も増えていきました。私が5年半前に加わったとき、メンバー銀行はまだ60行に満たない規模でしたが、今では70行を超えています。日本では、第一勧業銀行がメンバーとなっています。数としては大きな変化に見えないかもしれませんが、一つひとつの銀行が取り組む分野の広がりや、地域ごとの多様性が加わったことで、ネットワークの重みは格段に増しています。

その過程で、私たち自身も大きく成長しました。設立当初の5年間は、創設メンバーである10行によって直接運営されていましたが、その後、より多くの組織や基盤を整えるためにエグゼクティブ・ディレクターを雇いました。彼が5年間リーダーを務め、多くの銀行が新たに参加し、現在ではより成熟した組織となり、強固なガバナンス体制を持つに至っています。

Q. GABVはどのように運営されているのでしょうか。

GABVには事務局があり、役割分担はウェブサイトでも公開しています。組織は地域代表と理事会で構成されており、各地域から1名ずつCEOが理事会に参加します。そこに会長、副会長、特別代表が加わります。大銀行だけでなく中小銀行、グローバル・ノースとグローバル・サウス双方からの参加を重視し、多様性を確保しています。

もっとも、多様性を維持することは容易ではありません。銀行ごとに規模や背景が異なり、ある分野でリーダー的な存在もいれば、資源が限られ支援を必要とする銀行もあります。私たちはすべてのメンバーにサービスを提供しようと努めていますが、ときに難しい課題に直面します。特に地域的な要因は大きく、たとえば北米の政治情勢では発言や行動に細心の注意が求められます。そのため、私たちはそれぞれの銀行を可能な限りサポートする方法を模索しています。

具体的には、今年5月にワシントンで人事の専門家とともにミーティングを行い、「レジリエンス」をテーマに議論しました。組織内で人事の観点から回復力をどう築くか、またコミュニケーションの観点から、いかにミッションを維持しながら良い仕事を続けるか。とくに現在のアメリカの政治状況を考えると、コミュニケーションには大きな配慮が必要です。

その会合を通じて学んだのは、「最善のことは自分の仕事を続けること」だということです。自らの影響力に集中し、価値観に忠実であり続けること。そして、自分が達成したいことや与えたいインパクトに基づいて決断すれば、その結果として望むインパクトを与え続けられる。もちろん、それには勇気が必要ですが、私たちはその姿勢を大切にしています。

GABV

Image via GABV

利益を超えたインパクトは、どう測れるのか

Q. GABVのこれまでのインパクトをどのように評価していますか?

私たちにはまず、各銀行の活動をモニタリングするためのスコアカードがあります。これが一つの大きな方法です。加えて、アンケートや地域代表を通じて、常にメンバー銀行からフィードバックを得ています。ミーティングの場では、「こうした活動を進めている」「財政は安定している」「いま直面している課題はこれだ」といった報告が寄せられます。そうした声に応えること自体も、私たちのインパクトの一部だと考えています。

また、私たちは事務局としてだけでなく、ムーブメントとしての評価も重視しています。事務局は運動を進めるファシリテーターにすぎず、主役はあくまでメンバー銀行です。そのため、COPなど国際会議や研究発表の場で模範を示し、金融業界全体に「利益だけでなく、社会的・環境的な影響も考慮すべきだ」と気づいてもらうことも重要な役割です。実際、大手銀行が私たちに助言や情報を求めてきたとき、私たちは大きな成功を感じます。主流銀行がValues-based Bankingを参考にすること自体が、何よりの評価なのです。

金融の未来は変えられる。私たち一人ひとりの選択から

Q. 今後の展望について教えてください。

現在進行中の3カ年戦略は、「リード・強化・拡大・変革」の4つの柱で成り立っています。

  • リード:ネットワークを先導するリーダーシップを発揮すること
  • 拡大:新しいメンバーを迎え入れ、その歩みを支えること
  • 強化:学びの機会を提供し、銀行のリーダーシップや日常業務を高めること
  • 変革:ビジネスのやり方や運営を進化させること

とりわけ「変革」は最近加わった要素です。多くの銀行がデジタルトランスフォーメーションを進める中で、効率や生産性を高めるだけでなく、融資活動を通じて顧客自身が社会的・環境的なインパクトを意識できるように支援することが求められています。

Q. ソーシャルバンキング運動の未来はどう見ていますか?

先日開かれたアフリカ支部の年次総会では、驚くほど多くの参加者が「未来は明るい」という楽観的な考えを示しました。アメリカの政治不安、ウクライナ戦争、中東での紛争など、世界は厳しい課題であふれています。それでもアフリカでは、「困難を経験してきたからこそ、物事は良くなる」という感覚が強く、投資や成長のチャンスを見いだす声が多くありました。もちろん各国の状況は容易ではありませんが、楽観的な視点を持つことも大切なのです。

Q. 日本の読者に向けて、最後にメッセージをお願いします。

一人ひとりには選択肢があります。どの銀行にお金を預けるかによって、そのお金の流れが変わり、社会に違いを生み出すことができるのです。従来型の銀行に預けることもできるし、人や地域の中小企業を支える銀行を選ぶこともできる。これは消費者としての力です。

そしてもう一つ大切なのは、銀行に対して「その活動を続けてほしい」という意思を示すことです。社会に良い影響を与えようとするリーダーは、慎重でありながら、大胆に、そして勇気を持って行動する必要があります。私たちは、そのように一歩を踏み出すリーダーを、一人でも多く必要としているのです。

GABV

2024年総会での集合写真 Image via GABV

取材後記

いくら優れた組織であっても、トップが交代すれば、それまで守られてきた伝統や価値観が受け継がれず、時に後退してしまうことは珍しくない。むしろトップが変わる時こそ、その組織が持つ価値やレジリエンスが本当に試されるのだろう。

Values-based Bankingのように「価値」を中心に据える組織が、単に信用に任せるのではなく、CEO同士が明確に価値を共有し、それを強固にしていることは、一見逆説的に思える。しかし、そのアプローチこそが、価値を組織文化として持続させる力になっているのだと感じた。

印象的だったのは、GLS銀行のCEO退任の際に、トリオドス銀行の元CEOがサプライズで登場し、会場で抱擁を交わした場面だ。異なる銀行のトップ同士が、同じ理念のもとに築いた関係性は、決して容易には得られない。

その関係を支える「潤滑油」としての役割を果たすのがGABVである。今後、メンバー銀行がより多様化し、規模も拡大していく中で、このネットワークの存在はますます重要になるだろう。組織の価値をどう次世代へ引き継いでいくのか。これは金融に限らず、あらゆる組織に共通する問いでもある。

Edited by Erika Tomiyama

About the Euronext Listing(Triodos Bank)
【参照サイト】GABV – Global Alliance for Banking on Values
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