ヨーロッパで花開く「ソーシャルバンク」の存在から、お金の役割を考える

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「ソーシャルバンク」という銀行をご存じだろうか。

環境や社会に対して、ポジティブなインパクトがある企業や、プロジェクトに限って融資を行う銀行だ。近年のESG投資の流行に乗っているだけのようにも聞こえるかもしれないが、実際にはオランダのTriodos銀行やドイツのGLS銀行など、1960年代から取り組まれている長い歴史がある。

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そもそもソーシャルバンクの定義とはどのようなものなのか。欧州におけるソーシャルバンク・ネットワークの中心であるInstitute for Social Banking(以下、ISB)では、以下のように定義している。

“Social Banking” describes banking and related financial services whose main objective is to contribute to the development of people and planet, today and in the future.

「ソーシャルバンク」とは、今日および将来にわたって、人々や地球の発展に貢献することを主な目的とする銀行業務や関連金融サービスを指す。

ISBは2006年に設立された、ドイツとオランダを拠点とするソーシャルバンクに関わる金融事業者のための教育・研究機関である。現在ヨーロッパの13か国から17機関が参画。メインの活動は年に一度開催されるサマースクールで、各国からソーシャルバンクの従事者や研究者、学生などが集まり、濃密な学びとネットワーキングの場を提供している。

「融資」と「サステナビリティ」を軸にした銀行は、一体どのような歴史的背景があり、実際に稼働しているのか。今回、ISBの開発ディレクター兼取締役であるChai Locher氏にその経緯を聞いた。

話者プロフィール:Chai Locher(カイ・ロッヒャー)

Chai Locher DirectorISBの取締役および開発部門のディレクター。Triodos銀行のグループマネージャー(L&D)およびFMO(オランダの起業家向け開発銀行)の戦略的L&Dスペシャリストとしての経験を生かし、現在ISBの有意義な開発プログラムの形成を支援。組織開発コンサルタントとして、複雑な開発課題を抱えるミッションドリブン企業のリーダーシップ支援やリーダーシップ開発プログラムなどの企画と実施を行う。

ソーシャルバンクはどのように生まれた?その原点と、「お金の役割」

Q.「ソーシャルバンク」の定義は、どのようにして生まれたのでしょうか?

この定義はISB創立時に、協力銀行とともに考案されたものです。その背景には、1960〜1970年代の市民運動の盛り上がりがありました。人々が「お金の役割」について深く考え、「お金」が意味するもの、お金の社会と構造関係は何かを問うようになったのです。特に重要だったのは、「お金は未来に影響を及ぼす」という認識でした。正しい方法でお金と向き合えば、未来に向けたアイデアを切り開くことができるということに、人々は気づき始めたのです。

お金にはさまざまな役割があります。ひとつは、日々の取引を円滑にすること。もうひとつは10年先を見据えた投資に必要な資金を調達すること。そして最後に、お金を贈る「ギフトエコノミー」の概念です。当時は非常に革新的な考え方で、たくさんの話し合いや研究が行われました。その結果、私たちは「果たしてこれは実際に実現可能なのか?」という疑問に直面しました。話し合いは有意義でしたが、理論上の話と、それを実行することは全くの別物でした。

そしてあるとき人々が集まり、実際にこうした困難や、疑問と闘う銀行を立ち上げようと言いだしたのです。さまざまな困難に直面し、紆余曲折しながら解決策を模索していくことが、ソーシャルバンクの運動の原点でした。

つまりソーシャルバンクの定義は、人々の「銀行や金融はより良い未来に貢献できる」という理解のもとに生まれたのです。それと同時に、正しい方向に物事を発展させるためにはどうすればいいのか。この運動をどのように強化していくのか?これらを考えるプロセスを通して、人間の尊厳を核とした社会を作ることができると考えたのです。

手をあわせる

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ソーシャルバンクは、GDPの発展ではなく、社会の発展を目指すもの

Q.ソーシャルバンクの文脈での「開発」は、必ずしも経済的、財政的な社会の発展という意味ではなく、むしろ包括的な意味合いが強いのでしょうか?

そうですね。ソーシャルバンク運動の基本原則は、経済が社会に役立つべきだというものです。普通、企業や人々は利益を追求しますが、ソーシャルバンクでは、お金や経済活動が社会全体のためになるべきと考えています。私たちが発展について語るとき、それはGDPの成長率という意味での発展ではなく、社会の発展なのです。これは、経済や社会の発展がただの数字や成長率を追うのではなく、人々の生活や社会全体の福祉の向上につながるべきだという考えを表しています。人間中心のアプローチで、社会の健康や幸福を重視する「ホリスティック(全体的な)」な視点を強調しています。

この考えは、1960〜70年代の平和運動にも、ある種重なるところがあります。さまざまな流れが集まってきているのです。環境保護運動、教会母体の金融業、コミュニティ、哲学、当時人気だった人類学などからインスピレーションを得た組織もあります。ソーシャルバンクであるTriodos銀行やGLS銀行、Ekobankenなどはそうした流れを汲んで創設されました。

Q.ソーシャルバンクの概念には、寄付やフィランソロピー(慈善事業)、マイクロファイナンスなどの資金調達、融資も含まれるのでしょうか?

類似した概念が含まれることがありますが、これら全てが直接ソーシャルバンクの一部とは限りません。まず前提として、金融取引には信頼関係の構築が必要であり、「取引」と「信頼関係を築くこと」は同義です。どのようにして信頼関係を築くかは異なりますが、根本的には相手を信頼し、合意に至る必要があります。

一方、フィランソロピー(慈善事業)は、ソーシャルバンクの主流ではないものの、お金の本質を表しています。お金には取引、貸与、そして贈与という役割があります。贈与したお金について、人々に責任があるとしたら、それは何でしょうか。Triodos銀行の元取締役の一人であるピーター・ブラム氏は、こう言いました。

「私たちが成長させるべきものは、真の寄付です。では、本当に与えるとはどういうことでしょうか。それは、相手がその贈与したお金を使う“自由”を与えるということです。つまり、誕生日にプレゼントを渡すようなものです」

誕生日パーティーで本をプレゼントしたら、その時点でそれは相手の本です。彼が読もうが読まなかろうが、誰かにあげようがあげまいが、関係ありません。ここには、「自由」という大切な要素があります。フィランソロピーやインパクトファンドの中には、膨大なレポートの提出を要求するところもあります。資金を得た後、実際にどのように使ったかを詳細に報告しなければならないのです。ソーシャルバンクのファンドでは、私があなたにお金を渡し、あなたが望むことを何でもできるよう「自由」を与えるのです。

本を上げる

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銀行に預けたお金は、何に使われているのか?

Q.私たち消費者にとって、ソーシャルバンクと関係を築く第一歩は何でしょうか?

自分のお金がどのように使われているかを理解し、それに対して責任を持つことです。お金を銀行に預ける行為がどんな影響を及ぼすか考え、自分の価値観に合った使い道を選ぶことが重要です。例えば、あなたの預金が兵器産業や石油産業など、望ましくない事業に使われていたとしたらどうでしょうか。

お金と銀行の役割を理解するのによく使われる引用があります。あるオンライン講座「Just money」の中のセリフですが、「あなたのお金は夜どこに眠っていますか」という質問です。一般的に、人々はお金をベッドの下に置くのではなく、銀行へ持ち込みます。お金が銀行にある間はどうなるのでしょうか。そのお金は何の役に立ち、何を生み出すのでしょうか。

たとえば、あなたのお金を銀行に預けている間、それは兵器産業への資金提供を可能にしています。あるいは、石油産業の財政を潤しているかもしれませんし、あるいはタバコ産業かもしれません。私のお金がどこにあるのかを知る。自分の行動には結果があるという意識を高めてほしいと思っています。それが経済生活の法則です。

Q.「自分のお金に責任を持つ」という意識は、社会的に強まっていると感じますか?

私はそう感じます。ISBのメンバー銀行の成長がその証拠です。初期にはサービスの範囲に関する課題がありました。例えばTriodos銀行は、創業当初は主に貯金と融資のみを提供していましたが、顧客ニーズに応えるために他の銀行サービスの提供も始めました。この変化は大きな注目を集め、「兵器に融資していない唯一の銀行はTriodos銀行です」とニュースメディアに報道されました。

そして、Triodos銀行の責任者はこの報道を見ながら、「ああ、明日は忙しい一日になるだろう」と言いました。この報道後、Triodos銀行への関心が高まり、多くの人々が他の銀行からTriodos銀行へ口座を移す動きが見られました。

これは、長期にわたり続いた現象で、消費者が自分のお金がどのように使われるかに責任を持ち、自分の価値観に合った銀行を選ぶ傾向が強まっていることを示しています。この大きな関心は、銀行にとっては喜ばしい挑戦でもありました。このような事例と年次報告書における成長の数字から、ソーシャルバンキングへの関心の高まりと社会への浸透が見て取れます。

2022年のサマースクールの様子

2022年のサマースクールの様子 Photo by 秀島 真奈

銀行員間のネットワーキングと研究活動を促進するサマースクール

Q.ISBの活動には、サマースクールや、秋のオンラインスクール、リーダーシッププログラム、研究など、さまざまなものがありますが、具体的な重点項目はありますか?

ISBのビジョンは、ソーシャルバンクに関わる人々や組織の成長を支援することです。これには、銀行業が未来に良い影響を与えるという信念が根底にあります。私たちのメンバー銀行で働く3,500人の従業員だけでなく、その分野で働きたいと思っている人たちや、金融とサステナビリティに携わる人たちに対しても門戸を開き、彼らの成長のためのネットワーク構築、実践に基づいた研究、ベストプラクティスの共有を行っています。

ISBのサマースクールは、ソーシャルバンクに関わる人々が集まる場所で、参加者が互いに刺激し合い、つながりを深めることができます。ここでは、日常のストレスから離れ、自分の仕事や未来に対する使命について考える機会が提供されます。特に重要なのは、同じ目標を持つ仲間を見つけることで、これが大きな支えになります。サステナビリティのような大きな目標は重荷になりがちですが、同じ使命を持つ人々との交流は、その負担を軽減する助けになります。

サマースクールは引き続き、常にISBの温かい中心であり続けるでしょう。暖炉のような、私たちが集まる場所。そこで私たちは出会い、そこで話を聞き、インスピレーションを得て、知識を得る。過去何年間もそうであったし、これからもそうあり続けるでしょう。ほかにはエキスパート交流ラボと呼ばれる活動の輪もあります。これは、グループを集め、お互いに顔を合わせ、交流し、今後の問題に対する解決策を検討するワークショップです。これらは、サマースクールを旗艦とするならば、その周りにある小さな船。そしてその輪の周りに、例えば秋のオンラインスクールなど、知識共有の輪があると言えます。

こうしたオンラインのプラットフォームには、多くの知識が論文やビデオ、プレゼンテーションの中で共有されます。例えば、あるメンバーが食品と農業について、そのトランジット資金をどう提供するのか、白書を発表します。その白書は、もちろん、すべての加盟組織がアクセスできるようになっています。仮に他のメンバー銀行が、食品業界に関して戦略設定をする必要があるのなら、ISBにあるナレッジベースにアクセスし、その白書を読むことができます。ウェブサイトを見て、他のメンバーはそれについてどう言っているのか?また、元メンバーで、今は別のキャリアを歩んでいる専門家も、食について知識を共有しているかもしれません。つまり、産業特定のトピックに関するナレッジベースがあり、私たちはそれを発展させる必要があるのです。

コミュニティの技術をフルに使っていきたいうのが今後の目標ですね。私たちはこのデータベースを、数年かけ開発していくつもりです。

サマースクールの様子

2022年のサマースクールの様子 Photo by 秀島 真奈

Q.ISBの活動の中で、価値観が対立するような事例はありましたか?

ISBにはいくつかの銀行が参加を希望したものの、価値観の不一致により選ばれなかった例があります。特に、親会社の方針がソーシャルバンクの理念に合わない大手金融機関の子会社などです。子会社のメンバーは、個人レベルでも子会社レベルでも、それぞれの戦略や焦点、目標を持っていましたが、結局のところ大手に支配され、不確定要素をはらんでいました。そのようなことは、時々起こるものです。

今のところ、ISBの今後の数年間は、Global Alliance for Banking on Values(通称GABV)と緊密に協力し、世界中で価値に基づく銀行業を推進しています。ISBがヨーロッパに焦点を当てているのに対して、GABVは世界に焦点を当てています。一部では、意図的に銀行になることを選ばず、それでも金融界に影響を与えたいとイニシアティブをとって、考えている人もいます。また、銀行免許を持たずに銀行業務を行っている団体もいます。銀行になりたくても、まだ規模が小さすぎるなど、さまざまな形態の金融機関があります。

GABVでは、そうした形態はすべて除外していますが、私たちは、そうした金融業界を教育し、利用可能な知識を提供する役割を果たすことに、よりオープンでありたいと考えています。新しい金融形態にもその機会が与えられるべきだと考えています。

Q.ISBに所属するソーシャルバンク同士で、競争はあるのでしょうか?

ISBに所属するソーシャルバンキング間での競争はありますが、破滅的なものではなく、協力的な関係があるケースが多いです。なぜなら、これらの銀行間のつながりは非常に緊密で、少なくとも取締役会レベルでは、銀行は協力することが必要だと理解しているからです。例えばスイスには加盟銀行が二行ありますし、ドイツにはGLS銀行とTriodos銀行の両方があります。スペインでは、Banca eticaまたはEtica CSRが活動しています。しかし、これらの銀行は互いに協力してシンジケート案件を行うなどのコラボレーションを実施しています。また、ISBはこれらの銀行が協力し合えるよう、サマースクールやリーダーシッププログラムなどの教育機会を提供し、銀行員間のネットワーキングと研究活動を促進しています。

2022年のサマースクールの様子

2022年のサマースクールの様子 Photo by 秀島 真奈

Q.ISBのインパクトとは何でしょうか?定量的に評価しているのでしょうか?

それについては、イエスでもありノーでもあります。ISBはすでにインパクト評価に取り組んでいますが、そのアプローチは定量的なものよりも質的で直感的です。私たちはもともと、育成や教育に根差した活動を行っているため、具体的な成果は小規模な成功事例から始まります。例として、ドイツのオンライン銀行Tommorow Bankの設立はISBのサマースクールでのネットワーキングがきっかけでした。彼らはサマースクールで知り合い、オンラインバンキングの必要性に気づき、彼らはそれを実現させました。

しかし、それを私たちのインパクトと言い切れるのかは分かりません。活動の一部を測定し、何をするのが正しいのか、示すことができるようにする必要性があります。インパクト評価にどれだけの時間と労力を割けるかという問題もあります。もしそれが、実際に活動を創り出す時間を奪ってしまうのであれば、意味がありませんから。重要なのは、会員の満足度を上げることです。最終的に、メンバーが満足して、幸せだと言ってくれるなら、彼らにとって頼れるメンバー組織であるということ自体がIBSの存在意義なのです。

取材後記

筆者も、2022年にルクセンブルクで開催されたサマースクールに参加した。ワークショップなどは参加銀行がもちまわりで担当し、知識は惜しみなく共有され、活発なディスカッションが連日続いた。同じ産業で、同じミッションで、同じ未来を目指して日々働いている、でも今まで出会わなかった仲間たちに会社とは離れた場所で遭遇するというのは一見不思議で、でもすぐに打ち解けてしまう特別な場所がそこにあった。

もちろん、サステナビリティが複雑な問題であることには変わりない。Chai氏の言葉を借りるなら、「重荷」でもある。毎日そこに立ち向かうには大きなエネルギーが必要になる。でも、いつもふっと思い出せる、あたたかい暖炉があったら。それはきっと未来を切り開くための支えになるだろう。

Chai氏から、この記事が日本の読者にとって、「眠っているお金」について考える機会になってくれたら嬉しい、とコメントをもらっている。まずは自分の預金先が、どのような事業に融資しているのか調べてみるのも、何か変化のきっかけになるかもしれない。

【参照サイト】ISB公式サイト
【参照サイト】2024年サマースクールのご案内

Edited by Erika Tomiyama

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