もうすぐデフリンピック。ユニフォームから建築まで「きこえない」から始まる世界のアイデア5選

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2025年11月15日から東京で「デフリンピック(Deaflympics)」が開催される。きこえない・きこえにくいアスリートたちが世界中から集い、競い合う国際的なスポーツ大会だ。スタートの合図は光で示され、観客は拍手の代わりに両手をひらひらと振る「サインエール」で声援を送る。音を介さずとも、会場は熱気と一体感に包まれるのだ。

私たちの日常には、未だ「きこえること」を前提にした社会設計が多い。しかし、いま世界では、テクノロジーや建築、教育など、あらゆる分野で社会をよりインクルーシブで創造的に変えるアイデアが次々と生まれている。今回の記事では、100周年という節目を迎えるデフリンピックを前に、「きこえない・きこえづらい」から始まる革新的な発想を見ていこう。

「きこえない」から始まる世界のアイデア5選

01. スタジアムの興奮を“振動”に。歓声に触れるサッカー観戦ウェア

スタジアムを揺るがす大歓声。その熱狂を、聴覚に障害のあるサポーターにも届けたい──そんな思いから、イギリスのサッカーチーム「ニューカッスル・ユナイテッド」は、スタジアムの音をリアルタイムで振動に変換する「サウンドシャツ」を導入した。

触覚技術を組み込んだこのシャツを身に着けると、ピッチ上のプレーや応援歌、歓声を肌で感じることができる。これまで視覚情報に頼るしかなかったファンも、まわりの観客と一緒に“体で”スタジアムの興奮を共有できるようになった。

「Unsilence the Crowd(群衆の沈黙を破る)」と名付けられたこのプロジェクトは、単なる観戦サポートにとどまらない。これまで共有が難しかった“その場の空気”という感覚を、テクノロジーが翻訳し、すべての人にひらいていく試みなのだ。

スタジアムの興奮を“振動”に。聴覚障害のあるサポーター向け「歓声に触れる」ウェア

02. 「ろう者の学長を!」124年の歴史を変えた学生たちの声

アメリカのろう者のための大学、ギャローデット大学では、1864年の設立以来、124年間にわたり学長をすべて聴者が務めてきた。1988年、ついにろう者の候補者が登場したが、「ろう者はまだ健聴社会で十分に役割を果たすことができない」という考えが示されまたしても手話を使えない聴者が選ばれたそうだ。

「われわれの世界を理解しないリーダーは受け入れられない」──学生たちは立ち上がり、大学を封鎖して抗議した。この「Deaf President Now!(今こそろう者の学長を!)」運動は全米に波及し、世論を動かし、大学初のろう者学長誕生を実現した。

この出来事が示すのは、「当事者の声が社会を動かす力になる」ということだ。学生たちの行動はその後、「障害をもつアメリカ人法(ADA)」成立にも影響を与えたとされている。

124年間学長が聴者だった、ろう者の大学で。全米を揺るがせた学生運動を描く『Deaf President Now!』

03. 手話がもっと伝わる空間へ。五感に寄り添うろう学校の新校舎

手話は手の動きだけでなく、表情や口の動きも含む“視覚的な言語”だ。だからこそ、学びの場をデザインするうえで「空間」はとても大切になる。

英国最大のろう学校「ヒースランズ・スクール」は、新校舎の設計にろう者の建築家の視点を取り入れ、手話でのコミュニケーションが自然に生まれる環境をつくりあげた。

教室の机は互いの顔が見やすい馬蹄形に配置でき、内装は唇や肌のトーンが最も見やすい柔らかな青色で統一。廊下をなくして視線が途切れない空間設計とし、教室どうしの自然なつながりを促す。さらに、静音換気システムや自然光の採り入れ方まで工夫し、読唇や補聴器にやさしい設計に仕上げた。

建築が単なる“箱”ではなく、コミュニケーションを支える装置であることを実感させる好例だ。

Image via Manalo & White

手話がもっと伝わる空間へ。英国ろう学校の「五感に寄り添う」新校舎

04. 気候変動を“手話”で語る。誰も取り残さない社会の議論へ

「カーボンフットプリント」「再野生化」──気候変動をめぐる新しい専門用語が次々と生まれている。もし、これらに対応する手話がなければ、聴覚障害のある人々は重要な社会課題の議論から取り残されてしまう。

この課題に対し、イギリスでは400もの新しい環境科学用語をイギリス手話(BSL)に追加するプロジェクトが進行中だ。特徴的なのは、単なる翻訳ではなく、言葉の意味を「動き」で表現している点である。

たとえば「カーボンフットプリント」は「炭素」と「足跡」を組み合わせるのではなく、炭素が大気中に放出される様子を視覚的に示す。言語は社会とともに進化する。この取り組みは、誰もが自分の言葉で環境問題を語れる未来への一歩であり、“気候変動のインクルージョン”を象徴する試みでもある。

イギリスの手話に400の環境科学用語が追加。気候変動の議論をよりインクルーシブに

05. 世界に“字幕”を添える。言葉の可視化がひらく新しい対話

もし、街中のあらゆる会話に字幕が添えられたら──? 東京・原宿で開催された「世界に字幕を添える展」は、そんな問いを体験する社会実験だ。

商業施設の店舗に音声をリアルタイムで文字に変換するシステムを導入し、聴覚障害のある人や外国語話者などが感じる“見えない壁”を来場者が体験。寄せられたフィードバックをもとに、館内の表示や案内がアップデートされていった。

「字幕」というテクノロジーは、聴覚障害者支援にとどまらず、騒がしい場所や多言語環境など、あらゆる場面で人と人をつなぐユニバーサルデザインになりうる。言葉を“見える化”することで、誰もが安心して会話に参加できる社会のヒントが見えてくる。

言葉の“可視化“で、もっとやさしい社会は作れるか。「世界に字幕を添える展」レポート

まとめ

スタジアムの熱狂を振動で感じ、手話が前提となる空間で学び、社会課題を自分の言葉で語る──それらは特別な支援の話ではなく、誰もが多様な感覚を通じて世界を共有するための新しいデザインである。

2025年のデフリンピックは、アスリートたちの活躍を称えるだけでなく、私たちが音に頼りすぎることなく、どのようなやさしい未来を共に築いていけるのかを考える機会となるだろう。「きこえない」が起点となったイノベーションの数々が、多様な人々が共生する、よりインクルーシブな社会の「新しい当たり前」を形作っていくに違いない。

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