ヨーロッパで進むサステナビリティ政策や企業の情報開示義務。これらは企業の話にとどまらず、観光地すなわち自治体やDMO(観光地域づくり団体)にも無関係ではない。いま、世界の観光地は着実に変化しようとしている。
ただ「旅行者が来る」だけでは、もう十分ではない。地域に負荷をかけず、むしろ再生につなげる観光の形をどうつくるか。その答えを探るべく、“世界で最もサステナブルな観光地”を評価する国際指標『GDS-Index』を運営する GDS‑Movementの代表、ガイ・ビッグウッドさんを取材した。
話者プロフィール:Guy Bigwood(ガイ・ビッグウッド)

GDS‑Movement(Global Destination Sustainability Movement) 代表/Chief Changemaker。20年以上にわたり、都市、地域、観光、イベント分野におけるサステナビリティ戦略に携わる。かつてはMCIグループにてグローバル・サステナビリティ・ディレクターとして勤務し、イベント業界全体の変革を牽引。現在はGDS‑Indexの創設者として、10年以上にわたり世界100以上の都市・DMO・政府機関と協働し、「観光地を再生するための指標と行動」を広げている。
「訪問者経済」はもう限界。GDS‑Index が誕生した背景
Q. まず、観光地が直面している変化についてお聞きしたいです。どのような潮流を感じていますか?
私はいま、世界の多くの観光地で「ビジター・エコノミー(訪問者経済)」という考え方が揺らいでいると感じています。人々、地域社会、自然が苦しんでいる。ですから、私たちは単に観光客を呼び込むというモデルから、地域を再生する観光、地域を蘇らせる観光へと変える必要があります。
従来型の「宿泊数・来訪者数を伸ばせば良い」という拡大モデルは、地域住民との摩擦、環境劣化、インフラの疲弊などを生みつつあります。観光地運営者にとって重要なのは、訪問者に「来てもらう」ことだけではなく、「地域が訪れてよかったと実感できる体験を提供しつつ、住民・自然・地域経済がともに豊かになる」構造をつくることなのです。
Q. その文脈で、GDS‑Movementが展開する『GDS-Index』について聞かせてもらえますか?
GDS‑Indexは、観光地や都市が、自らの環境・社会・経済・住民価値を数値化し、国際的に比較・改善できるプラットフォームです。デスティネーション・マネジメント(自治体・DMOの戦略)、サプライヤー・パフォーマンス(ホテル・交通・体験提供者)、環境パフォーマンス(水・エネルギー・排出量など)、社会的進歩(住民参画・地域福祉)という4つの柱で評価しています。
これは認証ではなく「進化を促すフレームワーク」です。つまりベストになることではなく、ベターであり続けることを目的としています。具体的には、GDS‑Index参加都市で「気候変動対策をもつ」「サプライヤー支援体制をもつ」といった項目において、指標達成率が短期間で上がっている事例もあります。

2024年10月、ベルギーブルージュで行われたGDS-Forum & CityDNA Autumn Conferenceにて。
Q. 近年では、制度・法規制の変化も観光地に影響を与えていると伺いました。
はい。たとえば欧州では、 Corporate Sustainability Reporting Directive(企業サステナビリティ報告指令)、Green Claims Directive(グリーンクレーム指令)、Empowering Consumers for the Green Transition Directive(グリーン移行に向けた消費者エンパワーメント指令)などの規制が迫っています。これらは企業だけでなく、観光地運営主体やそのサプライチェーンにも影響が出始めています。
これは単なるコンプライアンス(法令遵守)の話ではありません。むしろ、リーダーシップと新たな機会の話です。今、実際に動き出す人々や団体が信頼を築き、ブランドを強化し、長期的な成功に向けて優位に立つでしょう。自治体やDMOにとっては、法整備を待つのではなく、早期に対応することで「信頼される観光地」ブランドを築く好機になります。
Q. そのような大きな視点の中で、では具体的に“観光地が考えるべきこと”を伺います。ここからは「住民」「サプライヤー」「環境」の3つの視点で教えていただけますか?
まず、住民を観光の「受け手」から「共創者」へと位置づけること。地域の人々が自分事として参加し、観光からメリットを実感できなければ、持続可能なモデルにはなりません。
次に、サプライヤー視点でいうと、ホテル・交通・体験など観光供給側の構造が変わらなければ、観光地全体の変革は起きません。「宿泊数を増やす」だけではなく、「宿泊施設が地域・環境を回復させる価値を持つ」ことが重要です。
最後に、環境。これは多くの地域で後回しになってきた分野です。最近、私は「環境サステナビリティへの関心が薄れつつある」ことに警鐘を鳴らしました。2023年には環境が4位だった国際トレンド指標が、2025年には24位にまで落ちているという報告もあります。観光地は社会・住民価値を追求する一方で、環境基盤を軽視しては成り立ちません。空気・水・土・生態系が健全でないと、観光も地域も未来を保てないのです。
GDS‑Movementが描く、再生型の観光地とは
Q. 冒頭で「訪問者経済は壊れている」というお話がありましたが、では「再生型(regenerative)観光地」とは具体的にどのようなモデルでしょうか?
私たちは「持続する(sustain)」だけではなく、「再生する(regenerate)」ことを提唱しています。私は2025年の初めに、自社ブログに「Five Yearsとはただのボウイの歌ではない──本当に我々が残された時間なのだ!(Five Years is Not Just a Bowie Song – It Really is All We’ve Got!))」という論説でこう書きました。2030年に向けて、今こそシステム変革が必要だと。 
再生型観光とは、地域と自然のシステムを刷新し、訪問者数をただ増やすのではなく、地域を「より良くする」観光を意味します。例えば、観光によって荒れた景観を修復する、地域文化を掘り起こし地域住民が誇りを持つ、体験提供者が地域資源を育てるモデルです。
Q. 実際にGDS-Indexを導入した際の事例をいくつかご紹介いただくことはできますか?
まず、フィンランド・ヘルシンキの「脱PR」の都市型ツーリズムは非常に良い例です。2025年GDS‑Indexで世界1位(スコア93.52%)に輝いたヘルシンキは、持続可能な都市運営の枠組みの中に観光を位置づけています。公共交通の100%電動化、カーボンニュートラルイベントの推進、地元の食文化や暮らしを重視したツーリズム政策など、市民の誇りに直結する観光戦略が高く評価を得た形です。
自治体と観光局が一体となって策定した「Think Sustainably(サステナブルに考える)」という行動指針に基づき、宿泊施設やレストランの認証制度も機能しています。「観光のために市民が我慢する」構図をなくし、むしろ市民に誇りをもたらす観光モデルを築いていると言えます。
また、日本の熊本市「水の都」も非常に良い事例ですね。熊本市は2024年、「最も改善が著しい都市(Most Improved Destination)」として表彰されました。そのスコア改善率は42.4%。地下水を主水源とする「水の都」として、環境保全と観光・MICE誘致を両立させた戦略が国際的に評価されました。同市は、2025年にはGDS-Indexトップ40入りを果たし、世界33位に。再生可能エネルギーの導入支援や、サステナブル認証の取得促進、地域資源を活かした体験観光などが進行中で、市長自身も「経済と環境をともに成り立たせる観光」を明言しています。
また、スペイン・バルセロナの取り組みも参考になる事例です。観光都市として高い人気を誇るバルセロナは、近年「観光の価値そのものを再定義する」都市戦略に舵を切りました。これまで、観光集中による住宅不足や騒音問題、生活コストの上昇といったオーバーツーリズムの課題を抱えてきましたが、自治体は「観光は住民の生活の質と共存できて初めて意味がある」との立場を明確にしています。
2022年からは、EUの復興支援策「NextGenerationEU」資金を活用し、「バルセロナ観光持続可能性計画(Pla de Sostenibilitat Turística)」を推進。地域住民と協働で地元文化体験を開発するほか、観光客の訪問を分散化するデジタル予約制度の導入、人気観光地の混雑緩和策、そして地域社会に根ざした持続可能な観光体験の創出など、幅広い取り組みが行われています。
観光マーケティングにおいても、大量動員を狙うのではなく、文化・食・自然といったテーマを軸にした「選ばれる体験価値」の発信へと移行しています。
これらの取り組みは、単なる制限ではなく、都市と住民が観光の主体として参加し直すための構造転換です。観光を地域経済の「外部依存」から「内発的価値創造」へと変えるバルセロナの挑戦は、世界各地の観光地にとって示唆に富んだケースといえるでしょう。

2025年のGDS-Indexトップ40デスティネーション
Q. 自治体・観光地域づくり団体として「今すぐ始めるべきアクション」を教えてください。
自治体やDMOとして今すぐ始めるべきアクションとしては、次の3つが挙げられます。
- 自分たちの観光地が生み出している影響を把握すること。良いことも、悪いこともデータとして見える化する。
- サステナブルな取り組みがあるなら、裏付けデータとともに発信すること。言葉だけでなく、数値と検証を伴うことが信頼につながります。
- 規制・報告義務を「差別化機会」として活用すること。先行して動くことで、信頼ブランドになれます。
まだ制度が完全に整っていないから待つ、ではなく、いますぐ動き始めることが、未来への投資になるのです。
未来の観光地は「共創」と「再生」から生まれる
観光とは単なる集客活動ではない。地域の自然と文化、人々の暮らしをどう未来へつなぐかという問いへの、ひとつの解答である。
今、世界中の自治体やDMOが試されている。従来の「量の観光」ではなく、「質の観光」へ。訪問者を一時的な顧客と捉えるのではなく、地域に共感し、再び戻ってくる仲間として迎え入れるようなモデルへ。ガイさんの言葉を借りれば、「これは規制対応の話ではなく、価値の再構築の話」である。
信頼される観光地とは、地元の人々がその存在に誇りを持ち、来訪者が“よそ者”ではなく“共創者”として地域に関わる場所。再生型観光とは、そのための仕組みであり、未来の社会に必要な「当たり前」を先取りする実践である。
世界が変わりゆく今こそ、観光の力を「地域の未来」のために使うべきときが来ている。
Edited by Megumi






