循環する未来に向けた「コモン・グラウンド」をつくる。日蘭CE交流プログラム振り返り【中編】

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2025年の日本におけるサーキュラーエコノミーの普及、浸透を振り返る上で外せないトピックの一つが、EXPO2025 大阪・関西万博だ。経済産業省が開催したサーキュラーエコノミーの認知拡大および行動促進を目的とする体験型催事「サーキュラーエコノミー研究所」や、万博開催後のレガシーも循環させるための施設・設備・什器の移築・リユースプロジェクト「万博サーキュラーマーケット ミャク市!」など、コンテンツからプロジェクト全体に至るまで、あらゆる面でサーキュラーエコノミーが実装される博覧会となった。

また、各国のパビリオンにおけるサーキュラーエコノミー実践も大きな注目を集めた。日本館では、「いのちと、いのちの、あいだに」をテーマに、万博会場内の生ゴミを利用したバイオガス発電をはじめ、様々な日本の先端技術が活用され、建築から展示にいたるまで、「循環」という自然と共生する中で生まれた日本の美意識が体現されていた。

ドイツ・パビリオンのテーマは「サーキュラーエコノミー」で、ドイツの先進的なサーキュラー建築、都市農業、水素技術、サーキュラーファッションなどが展示され、サーキュラー一色のパビリオンとして話題を呼んだ。展示をナビゲートしてくれる音声ガイドの公式マスコット「サーキュラーちゃん」は、サーキュラーエコノミーの概念を広く一般市民に伝える上で大きな役割を果たした。

日本、ドイツと並び、先進的なサーキュラーデザインプロジェクトとして建築されたのが、オランダ・パビリオンだ。「コモングラウンド(共創の礎)」をテーマとし、パビリオンの中央には日の出を現すとともに無限のクリーンエネルギーを象徴する “man made sun- 次世代への太陽”と呼ばれる球体が設置され、社会や地球が直面する多くの課題に対して世界中のパートナーと共に分かち合い、価値を作り出すという未来への意志が表現された。

設計を手掛けたのは、オランダ・アムステルダムに本拠を置くRAU Architects の創業者であり、ドイツ人建築家のトーマス・ラウ氏だ。

9月24日、オランダ・パビリオン内にて「大阪・関西万博パビリオンとサーキュラー建築」と題するセッションが開催された。​​当日は、トーマス・ラウ氏に加え、オランダ・パビリオンの実施設計・監理、建築施工を手がけた株式会社淺沼組の沖田稔氏、そして 日本館の「ファクトリーエリア」での常設展示制作を担当した慶應義塾大学の田中浩也氏らが登壇した。本記事では、セッションの様子を紹介する。

成長しない素材は、全てがリミテッド・エディション

オランダ・パビリオンの設計を手掛けたトーマス・ラウ氏は、アルコール依存症の夫と妻の会話を例えに、私たち人類と地球が置かれている関係性の危機について説明しはじめた。

トーマス・ラウ氏

ラウ氏「想像してみてください。深く愛し、共に年を重ねたいと思っているパートナーが、突然アルコール依存症だと分かったとします。 あなたは『お願いだから、お酒をやめて』と言います。しかし、パートナーが『心配しないで。2030年までには1%減らすよ。2050年にはもっと減らすから』と答えたらどうでしょうか。そんな愛の形はもう捨て去るべきだと分かるはずです。しかし、今の私たちはまさにその状態にあるのです」

「今こそ、地球と人類の関係を修復するために本当に必要なことを実行しなければなりません。2050年まで待つ余裕はありません。今すぐ何かを始めなければならないのです 」

オランダ・パビリオンのテーマは「コモングラウンド(共創の礎)」。パビリオンは「A New Dawn‐新しい夜明け」と名付けられ、その夜明けを象徴するように、中心には太陽を模した約11メートルの球体ドームが設置された。

ラウ氏「Common Ground(共創の礎)に昇る、New Dawn(新しい夜明け)。このパビリオンのインスピレーションは何でしょうか? 私にとってこれまでで最も美しいパビリオンは、1970年の大阪万博での日本館です。そこには『現在』と『未来』という2つの太陽がありました。しかし、1970年から見て55年後の『未来』だった2025年は『今』です。人類として、私たちは何か答えを見つけられたのでしょうか?それが問いでした」

「私たちは一つの答えを出そうとしました。(パビリオンの)ドームの寸法は、まさに当時の寸法(太陽の塔)に基づいています。しかし、私たちは『新しいドーム』を必要としています。単に持続可能性を少し改善し、エネルギーを減らし、健康的な素材を使うといった程度の話ではなく、根本的な変革が必要です。人類の歴史における新しい一日の始まりなのです」

「なぜ新しい一日なのか。私たちは、この地球は、誰のものでもないと気付いたからです。 何一つ自分のものではないと気づいたとき、自分が『ホスト(主人)』ではなく『ゲスト(客)』であることに気づくはずです」

「私たちは地球という惑星のゲストなのです。だからこそ、自分たちと万物との関係を再構築しなければなりません。地球は閉じたシステムです。つまり、私たちが今持っているものがすべてであり、それ以上はありません。成長(増殖)しない素材はすべて有限です。地球上で成長しない素材は、すべて『リミテッド・エディション(限定版)』なのです」

「素材とは、自然が生み出した芸術作品なのです。私たちは素材を芸術作品のように扱うべきです。『レンブラントの不足』や『ピカソの不足』という言葉を聞いたことがないでしょう? それは、皆それらが『限定品』だと分かっているからです。同様に、Resource Scarcity(資源の不足) などというものは存在しません。単にそれらが有限なだけなのです。私たちは現実を完全に誤認しています」

「不動産」ではなく「動産」としてのサーキュラー建築

ラウ氏「このパビリオン全体は『サーキュラーな“可能性を持つ”建物』であるという事実に基づいています。厳密な意味での『サーキュラーな建物』はまだ存在しません。私たちはその可能性を持つ建物を作ることしかできません。通常は30年後や半年後にその建物がどうなるかは分かりませんが、今回のケースでは正確に分かっています。この建物は単なる建物ではなく、それ自体が一つの『解決策』なのです」

「なぜなら、この建物は完全に解体可能だからです。あらゆる箇所の接合部が見えるようになっており、『マテリアル・デポ(素材の貯蔵庫)』として設計されています。建物の中に何が入っているかを正確に把握しており、半年間の展示が終われば解体しますが、価値を損なうことなく、すべてを取り出したいと考えています」

「建築は、単に安全や雨風をしのぐための場所ではありません。ここではナラティブ・ツール(物語を伝える道具)であり、またカルチュラル・ステートメント(文化的声明)でもあります。 建築は、そこに関わった人々の意識を映し出す鏡だからです。この建物は、人類が直面する課題にどう立ち向かうかというコモン・グラウンド(新しい共通の土台)を提示しようとしています」

オランダ視察団。「コモン・グラウンド」をテーマとするオランダパビリオン前にて

「『コモン・グラウンド』に立つということは、私たちが『ゲスト』であるという姿勢ですべてを組織することを意味します。 皆さんも気づいているはずです。私たちは誰一人として生きたままこの世を去ることはできず、何も持っていくことはできないのだということを。ぜひそのことを意識してください」

約46億年の歴史を持つ地球の中にとってみれば、私たちはそのほんの一瞬だけその場所を訪れているゲストに過ぎない。一時的に地球という惑星に滞在するゲストとして、限定版である素材を所有するのではなく期間限定でお借りする。そして、自分のものではないからこそ大切に使い、この場所を去るときは元の状態に戻して去っていく。

私たち人間にできることは、未来世代も含めた全ての人々がゲストとして一時的に地球という惑星に滞在しているあいだ、できる限り幸せな生活を送れるように、限定版である素材の形や所在を変えることだけだ。ゼロから何か新しいものを創り出すことはできないという意味では、素材の持続可能かつ公正な分配をめぐる編集作業に近いかもしれない。

サーキュラー建築とはその営みを連続的に実現するための一時的なマテリアル・バンクのデザインであり、そのプロセスにおいては常に次にその素材を使う人々への敬意と配慮、ゲストとしての謙虚なデザイン態度が求められる。トーマス・ラウ氏の話からは、建築に限らずサーキュラーデザインに関わる全ての人にとってインスピレーションが得られた。

サーキュラーエコノミーは Edo 2.0

続いて、実際にオランダ・パビリオンの実施設計・監理、建築施工を手がけた株式会社淺沼組の沖田稔氏より施工プロセスの詳細について共有された後、トーマス・ラウ氏とのパネルディスカッションが行われた。

日蘭の共同プロジェクトでもあった今回のパビリオン建築において、双方はどのような学びを得られたのだろうか。

沖田氏「移築予定の部材すべてに番号を付けて管理することは、現場の人間にとっては新しい挑戦でした。通常の工事であれば部材が届いてそれを組み立てれば終わりですが、今回は一つ一つの部材が将来どこに行くのかを常に意識しながらすべてのプロセスを記録に残していく必要があり、この『透明性』の確保は大変でしたが非常に重要な学びだったと感じています」

左:株式会社淺沼組 沖田稔氏、右:トーマス・ラウ氏

また、沖田氏は、協働でのプロジェクトを通じて感じた日蘭の違いについてこう説明する。

沖田氏「一番感じた違いは『感性』と『サーキュラリティに対する考え方の深さ』です。我々日本人は、やはりどこかで『正解』や『美しさの定義』を求めてしまうところがあります。しかし、ラウさんは常に『なぜそれが必要なのか』『それは地球にとってどうなのか』という、より高い視点から議論されます。また、コミュニケーションの面でも、やはり英語でのやり取りになりますので細かいニュアンスを伝えるのが非常に難しく、誤解が生じることも多々ありましたが、そうした壁を乗り越えて一つの形にできたことは大きな自信になりました」

沖田氏は、サーキュラリティの面で日本はオランダから学ばなければならないと話したが、トーマス・ラウ氏は、むしろオランダこそ日本から学んでいると説明した。

ラウ氏「日本では江戸時代、外国との貿易がない『閉じたシステム』の中で、手元にあるすべてのものをどう扱うかを学びました。サーキュラーエコノミーのルーツは日本にあります。日本はオランダよりも425年先を行っているとも言えるでしょう。サーキュラーエコノミーとは『江戸 2.0』と言えるのです」

サーキュラーエコノミーへの移行が叫ばれるなか、かつて日本が実現していた江戸時代の循環型社会や経済の在り方は、国際的にも注目を浴びている。海外メディアも江戸時代の日本の実践を取り上げ、トーマス・ラウ氏も 江戸時代(Edo)と経済(Economy)を組み合わせた造語である「Edonomy®︎(エドノミー)」という表現を使用していた。

ごみ処理場が、NIMBY から PIMBY になる未来

続いて、日本館の「ファクトリーエリア」において常設展示制作を担当した慶應義塾大学の田中浩也氏からは、「日本版サーキュラーシティ」をテーマとする同氏の過去3年間の取り組みの振り返り、また万博における実践について共有があった。

田中氏「私は『日本版サーキュラーシティ』をテーマとした国の10年間のプロジェクトのリーダーを務めています。その10年間のプロジェクトが開始されたちょうど2年前、オランダ訪問メンバーに選んでいただいたことで、RAU Architectsをはじめ、様々な現場を視察させていただき、多くを学びました。本日は、特に「しげんバンクとしての都市(“City as a Resource Bank, City with Resource Wisdom”)というコンセプトを両国でどう展開していけるのかを考えたいと思います」

「2年前のオランダ訪問のことを今でもよく思い出します。RAU Architects に訪問して最初に思ったこと。それは、『Material Matters』を日本におけるサーキュラーエコノミーの教科書として日本語訳する必要があるということでした。その後、野田由美子・経団連副会長の監訳により今年の4月に発売され、私は『日本語版あとがき』を書かせていただきました」

「あとがきでは、もともと日本には神社や仏閣などにおいて『循環する建築』の文化があったことや、いまから50年前にも『メタボリズム』という建築の運動があったことについて触れました。しかしいま、もう一度、『循環』とは何なのか、特に『経済とともに、循環する』というありかたについて考え直さなければならない、と書きました」

トーマス・ラウ氏と、同氏とともにTurntoo の共同創設者を務めるサビーネ・オーバーフーバー氏による著書「Material Matters: Developing Business for a Circular Economy」は、サーキュラーエコノミーに関わる著書の中でもおそらく最もビジョナリーかつ革新的に、循環する未来の社会・経済システムを表現したものだろう。日本では、万博の開幕に先駆けて2025年4月に「マテリアル循環革命 サーキュラーエコノミーが拓くビジネスと社会の未来」として日本語版書籍が入手可能となった。この書籍自体も、日蘭の交流を通じて生まれた大きな成果の一つだと言える。

田中氏「サーキュラーエコノミーの建築において重要なことのひとつは、インフロー、ストック、アウトフローの3つの局面で考える『サーキュラーエコノミー』の基本的な考え方のなかに建築を当てはめてみることです。そこで、大成建設をはじめとする企業コンソーシアムと連携し、『アップサイクルキャビン』を試作しました。『インフロー』の取り組みとして、使えるだけのリサイクル材料を集めて部材化し、取り外ししやすい構造で留めてあります。昨年オランダから日本へ訪問いただいた際にお披露目をさせていただきました」

「そして今年の4月から大阪万博がはじまり、私は日本館の一部を担当してきました。今回の日本館のテーマは『循環』です。万博会期後には建物自体も循環するようにつくられています。大屋根リングから見下ろすと分かりやすいのですが、具体的にはCLTパネルと鉄骨がメイン構造になっており、会期後はそれぞれのCLTパネルがバラバラになり、別々の場所で再び使われることになっています」

慶應義塾大学 田中浩也氏

「建築の方針に合わせて中に置かれるスツールなどもすべて循環するようにつくるという方針になり、私はそのデザインを担当しました。今回つくったスツールは、藻類と植物由来バイオプラスチックからつくられており、100%植物です。これは『サーキュラーバイオエコノミー』の到来を象徴しています。3つの部品にバラバラにすることができ、それぞれを素材に戻すこともできます。また、3Dプリンターで一切ごみを出さないようにつくられており、その様子は日本館の中で展示しています」

「日本館は、建築やスツールが実際に『循環』するだけでなく展示の内容も『循環』に統一されています。今回の日本館の私なりの捉え方は、これからの日本の『ごみ処理施設』の未来のありかたを示すものだ、ということです」

「世界に2000強ある『ごみ焼却炉』のうち、半分以上は日本にあることをご存じでしょうか。しかし、老朽化により停止されるにあたり、単に同じものに建て替えるだけではなく、これまでとは違う新しいありかたが現在模索されています」

「今回の日本館は、万博会場のごみを集め、燃やす前にバイオガスや水をつくっています。そして藻類を実際に育てています。モノをつくるためのスマートファクトリーもあります。ミュージアムでもあり、イノベーションラボでもあり、ラーニングセンターでもあり、スタートアップ施設でもあります。これはもはや、ごみ処理場が “Not In My Back Yard(NIMBY)”という迷惑施設ではなく “Please IN MY Back Yard(PIMBY)”となる未来を示しています。こうした施設をこれから日本に増やしていきたいのです」

ごみ処理場が、都市の代謝と循環、革新を担う創造的な拠点となる未来。想像しただけでワクワクするビジョンだ。日本中にそのような施設ができたなら、これ以上の万博のレガシーはないだろう。

しげんバンクとしての都市

続いて、田中氏は神奈川県・鎌倉市における実践から見えた新たな日本版のサーキュラーシティ像についても共有した。

田中氏「私がプロジェクトリーダーを務める日本型サーキュラーシティのプロジェクトは来年からが本番です。場所は、鎌倉という今から850年前に日本の首都だった場所です。あと150年ほどで1000年を迎えます。歴史が長いため、このまちには過去から現在までいろいろな時代のいろいろな様式の建築が保存されています。修理や建て替え、移築されたものも多数あります。そうした『まち』全体を『しげん』として誰もが考えられるように Madasterを活用していきたいと思っています」

「また、鎌倉は、都市と自然の比率がほぼ1:1であり、かつその両方が細かく混ざり合った状態にあります。こうしたまちにおいては、自然を資源としてとらえる観点も重要です。これから2030年、2040年、2050年に向けて、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブ、ウェイストマネジメント、この4つをつなげる必要がありますが、その核となるのは、『しげんバンクとしての都市』というコンセプトではないかと考えています。そしてそのシンボルとなるのは、やはり建築です。最後には『まち全体』が次世代へ引き継ぐ『教科書』になるようなつくりかたを考えていきたいと思います」

一つの建築物ではなく都市全体を「しげんバンク」として機能させ、マテリアル・パスポートや解体可能なデザインの実装を通じて先人の叡智にアクセス可能な循環型インフラをつくりあげることで、まち全体を次世代の「教科書」にする。

今を生きる人々は先人の営みに学びつつ、その時代の先端技術を掛け合わせることで、まちという教科書のページを更新・追加していく。その繰り返しが異なる時代を生きた人々の叡智を積層させ、都市に豊かな歴史と文化、そして現在をもたらす。

サーキュラー建築やサーキュラーシティは、単なる空間としてだけではなく、過去、現在、未来という時間と、それぞれの時代を生きる人間という3つの「間(あいだ)」をつなぐコモン・グラウンドとして存在し、素材の形状や所在を変態させながら、面々と受け継がれていくのだ。

田中氏が提示する日本版のサーキュラーシティ像には、日本文化に特有の「やわらかさ」があるように感じた。後半の質疑応答では、同じ循環をテーマに掲げながらもオランダ・パビリオンとは異なる日本館ならではの世界観について、田中氏はこう説明した。

田中氏「マテリアルの循環の中には、『見えない循環』というものがあります。例えば微生物が循環を司っていたり、異なる生物の命が受け継がれたりしています。 そうした現在のMadaster では表現できないような、見えない存在も含めた循環という文化が日本にはもともとありました。それをもう一度思い出し、未来に向けて素材をどう取り扱っていくかを考えるパビリオンになっているのではないかと思っています」

「建物の『第一の人生』と『第二の人生』で形が変わっていく様子を比較できれば、建築への認識も変わるはずです。細胞が成長して昆虫に羽が生えるように、変化していく建築を愛でられる理想を追求したいですね」

編集後記

本セッションへの参加を通じて、サーキュラー建築とは単なるサーキュラーデザイン原則を採用した建築ではなく、人間と地球や素材との関係性をめぐる再設計や再編集のプロセスであり、過去と現在、未来をつなぐ営みであり、まちや都市、インフラのあり方を根本から再考させる「問い」でもあることを認識した。

2050年を生きる人々は、今回の万博をどのように評価するのだろうか。その結果は、私たち一人ひとりのこれからのアクションにかかっている。今回の万博が素晴らしいレガシーを残したと未来世代から感謝されるように、循環する未来の実現に向けて着実に一歩を積み重ねていきたい。そう感じる1日だった。

日蘭CE交流プログラムのフィナーレでもあった大阪・関西万博でのセッションは、日蘭双方の参加者にとって多くの学びをもたらした実りある時間となった。次回の「日本らしいサーキュラーエコノミーのあり方とは? 日蘭CE交流プログラム振り返り【後編】」では、本セッションを終え、11月に横浜市で開催された3年間の交流プログラムの振り返りイベントの様子をお届けする。