社会にある「見えない階級」の正体。わかりあえなさの時代に、分断を問う

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「どうせ政治は変わらない」「自分たちの声は、どうせ届かない」。そんな諦めに似た声を、耳にしたことはないだろうか。「社会のエリート層と自分たちとの間には、見えない壁がある」──そう感じる人が、今、増えているのかもしれない。

実際、これは単なる個人の感想にとどまらない。世界的な世論調査会社イプソスが行った調査では、「一般市民と政治・経済のエリートとの間に、大きな格差があると感じている」と答えた日本人は全体の75%(28か国中5位)。さらに「既存の政党や政治家は、私のような人間を気にかけていない」と答えた人も62%にのぼり、2016年の39%から約1.6倍に急増している(※1)

まさに所得、教育、職業が生む格差社会は、今や価値観や社会認識そのものが異なる「分断社会」へと姿を変えようとしている。

分断は世界的な潮流。英国にみる「エリートの分離」

こうした分断は、日本だけの問題ではない。イギリスでも、社会の分断は深刻だ。

そもそも英国は、伝統的に「階級(class)」によって人々が分かれてきた社会だ。教育、マナー、服装、住居、アクセント……階級によって、様々な習慣が異なってきた。戦後、平等化が進んだものの1980年代のサッチャリズム以降、再び分断は深刻化しているという。

イギリスメディア・The Guardianは、この状況を「深い分離」と表現する。富裕層やエリートは、都市のタワーマンションやゲーテッドコミュニティ(周囲を塀で囲んだ住宅地)に住み、他の地域から隔絶され、税金をなるべく抑えながら私立の学校や高額な民間医療を選択する。彼らは、社会から自らを「分離」させているのだ。記事は、政府の政策をこう皮肉る。

「(政府が)エリートたちに、社会の残りの部分と統合しないかと提案することは、ほとんどないと言っていい」

政府は、社会統合を進める政策を移民や貧困層に向けるばかりで、自ら社会から離れていくエリートたちに、同じ共同体の一員として「一緒になろう」と働きかける声は、ほとんどないというのだ。

そこには、「エリートこそが目指すべき標準である」という暗黙の前提がある。教育政策においても、「労働者階級は抜け出すべきもの」とみなされてきたと、ケンブリッジ大学のダイアン・レイ教授は『Miseducation』(2017)において論じている。作家のオーウェン・ジョーンズ氏は、『CHAVS』(2017)で、そんな労働者階級の若者がいかに社会で敵視されているかを描いている。

日本に潜む「見えにくい分断」の正体

さて、日本に目を向けてみよう。イギリスのような明確な階級はないかもしれない。しかし、そこには「見えにくい分断」が確かに存在する。

例えば、都市部のタワーマンションに暮らし、子どもの教育に熱心な高所得者層。彼らのライフスタイルは、結果として他のコミュニティから隔絶されてしまう側面もある。タワマンには、自治会や地域の民生委員も入らないことが多く、タワマンの中が一つの「無縁社会」になっているという指摘もある(※3)

この「見えにくい分断」を裏付ける、興味深い研究がある。それによれば、競争社会のなかで優位な立場にいる高学歴層や正社員・職員層ほど、「世の中に力のある者とない者がいるのは当然だ」と考え、政府による格差是正に反対する傾向があるというのだ(※2)。彼らは非正規労働者の増加に賛成し、同一労働・同一賃金にも反対するなど、いわば「現状のルールを肯定し、維持したい側」と言える。

ところが、国民全体で見ると意識は全く異なる。先述のイプソス調査が示すように、人々が望む税金の使い道の第1位は「貧困と社会不平等の緩和」なのだ(※1)。この「競争の勝者」と「大多数の市民」との間の埋めがたい意識のズレこそ、日本の政治的分断の核心ではないだろうか。

「わかりあえなさ」の先へ。私たちは何を目指すのか

日本でも英国でも、「社会の目指すべき標準」はエリートの側にあると見なされがちだ。だから、彼らに「もっと市民と統合すべきだ」と求める声は上がりにくい。

今日の社会に漂う「どうせ言っても無駄だ」という政治不信や、「話しても通じない」というあきらめ。その根っこには、この見えない分断があるのかもしれない。

だからこそ、一度立ち止まって考えたい。終わりのない競争のなかで、私たちは一体何のために走り続けているのだろうか。この競争の先に、どんな社会を望んでいるのだろう。立場や環境は違えど、誰もが同じ社会の構成員であるはずだ。

この「見えない壁」があることを知ったとき、はじめて、その向こうにいる誰かの存在に思いを馳せることができるのかもしれない。そして、その思いこそが、分断された社会に小さな橋を架ける第一歩になるのではないだろうか。

※1 イプソス「ポピュリズムに関するグローバル調査2024」
※2 竹中佳彦(2023)「現代日本のエリートと有権者の平等価値の構造」、『理論と方法』38巻2号、数理社会学会編。
※3 川崎市コミュニティ施策検討有識者会議(2019)タワーマンションという共同体の未来

【参照サイト】The least ‘integrated’ part of British society isn’t the immigrants – it’s the elite
【参考文献】若松邦弘(2025)『わかりあえないイギリス──反エリートの現代政治』岩波書店。
【参考文献】ブレイディみかこ(2017)『労働者階級の反乱』光文社。
【参考文献】オーウェン・ジョーンズ、依田卓巳訳(2017)『チャヴ:弱者を敵視する社会』海と月社。
【参考文献】Diane Reay (2017) Miseducation: Inequality,education and the Working classes, Policy Press.
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Edited by Erika Tomiyama

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