AIの導入が、今やあらゆる産業で広がっている。単純作業はAIに代替されるとの見方が多い一方で、AIを活用することで業務の改善が期待されるのが、医療や介護、教育分野など、専門知識を必要としつつ、対面でのコミュニケーションが重視される職業だろう。
特に医療は、命に関わる業務も多い。医療ミスや処置の遅れを防ぐためには、厳格なチェックや迅速かつ的確な判断が必要とされる。それを支えうるのが、データを即座に解析するAIなのだ。
その効果が、ブラジル各地で発揮されている。2025年初頭から、非営利団体NoHarm.aiが開発したAIアシスタントが、国内の一部薬局で試験的に導入されたのだ。このAIは、処方箋のデジタルデータを解析し、薬の相互作用や用量の過誤などの「注意サイン」を警告する。これにより人手不足の現場でも、処方ミスの早期発見が可能となる。
同年4月からAIを導入した、アマゾンの奥地・Caracaraí地区の薬局では、これまで一人の薬剤師が何百もの処方箋をさばき、何日もかけてボートでこの薬局を訪れる患者もいる中、その日のうちに処方できないこともあったそう(※1)。しかし、AIアシスタントのおかげで処方箋の承認効率が4倍も改善し、使い始めて数か月で50件以上のミスを発見したのだ(※2)。
NoHarm.aiでは、AIに匿名の患者と処方箋のデータを収集し、数千もの薬剤の組み合わせの実例、投薬ミス、有害な相互作用をアルゴリズムに入力。訓練を重ねるうちに専門家も見逃すようなリスクを指摘できるまでになった(※3)。
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ブラジルでは国民皆保険制度が存在するものの、財政赤字が続いており、適用病院での平均待機時間は、コロナ禍で延期された医療処置も含めると約300〜400日に達するほど(※4)、公的な医療サービスがアクセスしにくくになっている。この現状を改善するため、JICAも含めてAIの導入が進められ、今回全国的な導入に至った。
NoHarm.aiのAIアシスタントは、7年にわたりGoogleやAmazonなどの支援を得て開発された。2025年6月時点では、公的医療には無償、私的施設には低価格で提供し、国内の低所得地域を中心に約20地域で同社のAIが活用されている。
ただし課題もある。電波が不安定な地域での導入や、医療従事者へのAI教育、そしてAIによる医療データの“ねつ造”にも近い誤参照など(※5)、現場での導入には慎重さも必要とされるのが現状だろう。
まだ改善の余地は残るものの、NoHarm.aiは、薬剤師とAIが「共に」地域の医療課題に立ち向かうためのツールを実現した。これは、処方ミスの削減や業務の効率化のみならず、現場のストレス軽減にもつながり、人が優しくなることを助けてくれるAIでもあるかもしれない。
社会が必要としているのは、独りでに動く完璧な医療AIよりも、こうして人と人が向き合って言葉を交わす時間や心の余白を生むようなAIではないだろうか。
※1, 2, 3 AI is making health care safer in the remote Amazon|Rest of World
※4 ブラジル「医療アクセス改善事業」に対する出資契約の調印(海外投融資): AIを活用した効率的なオペレーションにより、低中所得者向けプライマリケアを提供するヘルステック企業へのインパクト投資|JICA
※5 アメリカの“AI医療”開発の最前線|NHK
【参照サイト】NoHarm.ai
【参照サイト】AI is making health care safer in the remote Amazon|Rest of World
【参照サイト】11 Jobs AI Could Replace In 2025—And 15+ Jobs That Are Safe|Forbes
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