経済成長よりも人間らしさを。150年前フランスの“実験都市”ファミリステールに学ぶ

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気候変動、資源の枯渇、広がる格差。「豊かさ」を経済成長の量で測ってきた近代社会の設計思想そのものが、いま問い直されている。私たちは、生きるための仕組みをどう築き直すべきなのだろうか。行き詰まりを感じるこの時代にこそ、かつて人々が夢見た「もう一つの仕組み」に耳を傾ける価値があるのかもしれない。

フランス在住の筆者は先日、友人たちに誘われて、フランス北部の町・ギーズにある「ファミリステール」を訪れた。

ファミリステールとは、19世紀のフランスで、資本主義社会の矛盾に対する実践的な答えとして生まれた「共同住宅」である。この小さな“実験都市”を築いたのは、鋳鉄ストーブで知られるGODIN(ゴダン)社の創業者、ジャン=バティスト・アンドレ・ゴダン。施設内には教育・医療・文化・住まいが一体となって整えられ、ゴダンの工場で働く労働者は、単なる労働力ではなく、一人の人間として、清潔な家に暮らし、子どもを学ばせ、劇場や図書館で文化に親しむことができたのだ。

プールや商店も備え、誰もが安心して学び、暮らし、余暇を楽しめる環境が整っていたことから、当時“社会宮殿”とも呼ばれたという。ファミリステールは今もギーズの町に残り、一部は文化施設として公開され、別の棟では人々が暮らし続けている。

ゴダンは成功した資本家でありながら、資本主義の欠陥と矛盾を深く理解していた。著書『Solutions Sociales(社会的解決)』の中で、自由主義的資本主義を「新しい封建制」(産業革命後の資本主義社会がもたらした、経済的従属の構造)と呼び、労働者が賃金という形で再び支配される構造を批判した(※)

ファミリステール

広い中庭に光が差し込み、清潔な水道と換気のある住居が整い、子どもたちは学校で学び、大人は劇場や図書館で学び続けることができた。

ファミリステールは、単なる理想的な住宅ではなく、資本主義企業から労働者協同組合へと移行する社会実験でもあった。ゴダンは、企業の所有権を労働者へ段階的に譲渡し、最終的に労働者自身が経営を担う仕組みを設計したのだ。

利益は資本・労働・才能の三者で分配され、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という原則のもとで運営。ゴダンにとって富とはお金ではなく、教育や清潔な暮らし、文化、光、そして心の安らぎといった、人が尊厳をもって生きるために欠かせないものだった。「貧しい者にも、富める者と同じ快適さを」──その言葉どおり、誰もが等しく心地よく暮らせる環境づくりを目指したのだ。

当時の部屋の展示。住宅にはすべて採光と換気が備えられ、夜もガス灯の光が絶えることはなかった。それは「光の平等」という思想の象徴でもあったという。

壁には、こんな言葉が刻まれていた。

「富を生み出す人々が、その富がもたらす恩恵や専門性に対して
何の権利も持たないことは正しいのか──今こそ問い直すときである」

ゴダンの言葉は、150年前のものではなく、今日の経済システムを映す鏡のように感じられる。世界の富の大半をわずかな人々が握り、多くの労働者や創造者が生み出す価値が報われない構造は、今も変わっていない。

ゴダンは、社会主義の理想を理解しつつも、その権力的な側面や現実との乖離を批判していた。彼にとって大切だったのは、「資本主義か社会主義か」という二択ではなく、資本の力と人間の尊厳をどう共存させるかという、社会のデザインそのものの問題でだったのだ。その意味で、ファミリステールは資本主義と社会主義の間に橋を架けようとした、第三の道の実験でもあった。

その思想は、いまフランスで注目される脱成長(décroissance)社会的連帯経済(Économie Sociale et Solidaire, ESS)の流れともつながるかもしれない。経済を「成長のための装置」としてではなく、「人と人、そして人と自然の関係を再構築する共同体」として捉える視点。教育・ケア・文化・生産が調和するゴダンのモデルは、成長よりも“人間的な豊かさ”を重視する経済思想の原型として、いま改めて読み直す価値があるのではないだろうか。

施設では、フランスらしくこのファミリステールの考え方に対する当時の批判的な意見も、キーワードごとに閲覧できるようになっていた。

もちろん、このユートピアは、批判と共にあった。「協同」はときに監視にもなり、秩序は自由を制限する。それでも、都市化と工業化が進み、人々の暮らしが急速に分断されていった時代に、「共に生きるためのガバナンス」を具体的に設計しようとしたことは、社会を“より人間的に”築き直そうとする誠実な試みだった。

「人は労働によって生きる。しかし、その労働が他者との共生を生み出すものでなければ、自由とは言えない」

その思想は、経済・環境・ケア・文化が分断された現代社会をもう一度つなぎ直すための、もう一つのプロトタイプとして、今も私たちに問いを投げかけ続けている。

Solutions sociales
【参照サイト】le familistère de guise

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