観光は「消費」から「関係づくり」へ。どうすれば、旅は地域の“栄養”になれるのか

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近年、観光地では住民と旅行者の摩擦が発生し、オーバーツーリズムが顕在化している。

たとえば、スペイン・バルセロナをはじめ、イタリア・ヴェネツィアやポルトガル・リスボンなど南欧の複数都市で、2025年6月、数千人規模の住民デモが展開され、「観光客、帰れ」という痛烈な声が響いた(※1)。日本でも同じく、観光の“積み重なった負荷”が姿を現している。2024年5月、山梨県富士河口湖町が富士山撮影の人気スポットに集まる観光客を抑制するため、高さ2.5メートル・長さ20メートルの防護幕が設置された(※2)

観光は、地域経済や雇用を支える一方で、住民の生活環境や自然資源に負荷をかけることが明らかになっているのだ。

では、私たちは「観光」という営みを、どのように再構築できるのだろうか。どこかに行くことは、誰かとどう関わること、なのか。

この記事では、観光の構造的な課題や政策動向、そしてその本質的な価値を見つめ直し、世界中で芽生えつつある新しい観光のかたちを探っていく。

サステナビリティをめぐる意識と現実。観光をめぐる個人と企業のすれ違い

世界各地で噴き出すこの摩擦は、マナーや一時的な混雑の問題ではない。背後には、私たちの「旅のあり方」そのものが抱える構造的な問いが潜んでいる。

観光は、誰の幸福を優先しているのだろう。住民か、旅行者か、将来世代か。混雑や家賃高騰といった症状の裏側には、「いま得る便益」と「未来に残す価値」のトレードオフが横たわる。ゆえに、オーバーツーリズムはサステナビリティの問いそのものである。私たちは何を増やし、何を減らすのか──その選択を可視化するところから、議論は始まる。

世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)の調査によると、旅行者の半数以上は費用を最重視し、約30%が品質を重視するのに対し、持続可能性を最重要視する人はわずか7〜11%に過ぎない(※3)。Trip.comの消費者調査でも、92%の旅行者がサステナブルな旅の重要性を認識しているものの、実際にそれを実践している人は56.9%にとどまり、追加費用への抵抗や、グリーンウォッシュへの不信感、正しい情報へのアクセス不足がその要因とされている。

つまり、多くの旅行者はサステナビリティに心では共感しても、行動に移すきっかけを持てていない。この「共感の未踏領域」こそ、観光が抱える最大の課題かもしれない。

一方、企業に目を向けると、少し異なる側面が見えてくる。企業は出張や会議を行う際、宿泊施設や会場を選定するプロセスで、CO2排出量や廃棄物処理、社会的インパクトなどを評価し、環境・社会ポリシーに基づく判断を行っている。しかし実際に出張する従業員は移動と会議に追われ、滞在中に土地の文化や自然に配慮して行動する余裕はほとんどない。

企業が目指すサステナビリティと、現場で行動する個人の間にはズレが生じることも多いのだ。

この構造的なギャップを埋めるには、個人の想いや配慮に委ねるのではなく、旅行者である誰もが訪問先で地域社会や環境に良いアクションを選びやすく、費用的にも無理なく実行できる仕組みが必要なはずだ。そのためには、旅行中の行動において何が本質的に地域への貢献になるのかを、信頼できる情報として可視化し、意思決定を支える情報基盤を築くことが求められる。

「観光の持続可能性」はどこで止まっているのか。構造的制約を探る

しかし、この行動のギャップは、個人の意識の問題だけではない。背後には、資本構造や制度の歪み、デジタル環境の影響といった、より深層の仕組みの問題が横たわっている。

1. 資本構造:利益の集中と地域経済の空洞化

観光産業は高度に資本集約的なモデルに依存している。大手ホテルチェーンや投資目的の宿泊施設が市場を支配し、効率化を追求するオールインクルーシブ型運営が地域経済との接点を希薄にしている。その結果、観光によって得られる収益が地元に還流しにくく、外部資本に吸い上げられる構造が固定化している。

格安航空券や民泊プラットフォームの普及もこの構造を加速させた。短期滞在が増え、都市中心部の住宅が投資物件として転用されることで家賃は高騰し、地元住民の生活基盤が脅かされている。観光労働の現場でも、長時間労働や低賃金といった構造的搾取が続いている。

2. 評価構造:外部性の不可視化

こうした影響を是正するには、観光が生む正の価値(雇用や文化遺産の保全)だけでなく、負の外部性を含めた“真のコスト計算”が欠かせない。CO2排出量や資源消費、住民生活への影響、さらには文化的損失といった指標を可視化しなければ、持続可能性は理念の域を出ない。それでも多くの国や企業では、この包括的な評価制度が未整備のままである。

3. 技術構造:利便性と多様性のトレードオフ

デジタル技術も、観光の持続可能性をめぐる複雑な要因の一つだ。レビューサイトやSNS、予約プラットフォームは、移動や宿泊の利便性を飛躍的に高めた一方で、「人気ランキング」に依存した同質化を生み、偶発的な出会いや地域固有の多様性を失わせている。

しかし、テクノロジーの活用が必ずしも悪ではない。混雑状況の可視化や、サステナブルな体験を提案するシステムの設計によって、利便性と地域らしさの両立を図ることもできる。一方、アルゴリズムに過度に依存すれば画一化のリスクがある。テクノロジーの「使い方」こそ、これからの観光のカギを握る。

「訪れる」ことを、地域との関係づくりに変える、世界の事例

理念や構造を変えるには、抽象的な議論だけでは足りない。各地ではすでに、「観光の設計そのもの」を見直す試みが始まっている。それは、訪れる行為を消費ではなく関係づくりへと転換する挑戦だ。

たとえば、観光の報酬が再設計されている。遠くへ行くほど得をするのではなく、地域や環境に良い行動を選ぶほど、街がひらける仕組みだ。

デンマーク・コペンハーゲンの「コペンペイ」では、旅行者が自転車や徒歩で移動したり、都市農園でボランティアをしたりすると、博物館や飲食店の特典を受けられる。2024年夏の開始からわずか数カ月で、自転車利用は前年より29%増加したという。

エコ行動で、特典もらえます。観光客に責任ある旅を促す、コペンハーゲンの「CopenPay」

ヨーロッパ各地でも、環境配慮型の行動に対して割引や特典を与える「クライメート・リワード」の動きが広がる。ベルリンやヘルシンキでは鉄道利用者への特典制度が始まり、スイスでは公共交通を利用すると博物館や山岳鉄道が無料、英国ではごみ拾い活動に参加した人にドリンクが提供されるなど、行動と地域が結びつく仕組みが生まれている(※4,5)

太平洋地域では、ハワイ州観光局の「マラマ・ハワイ」が、清掃や植樹に参加した旅行者にホテルの特典を提供し、マウイの復興支援にもつなげている(※6)。また、オランダ発の「Hotels for Trees」は、客室清掃を断るたびに植林費用を寄付する仕組みを世界30カ国で展開している(※7)

これらに共通するのは、旅行者を「消費者」ではなく「参加者」として迎える姿勢だ。移動、行動、時間の使い方を通じて、観光は“見る”から“関わる”へと変わりつつある。

観光とは、分断の時代に「理解と融和」をもたらす行為である

人が土地を訪れ、他者と出会う。それは単なる消費活動ではなく、「世界を理解する方法」である。

国連世界観光機関(UN Tourism)はWorld Tourism Day 2024のなかで、観光を「文化間対話の集大成」と位置付けた(※8)。異文化への理解や偏見を超えた共感観光は、分断と対立の時代において平和を築くための強力な手段となりうる。

観光客が支払う入場料やガイド料が文化遺産保護の資金となり、伝統音楽や演劇、口承文化といった無形文化を守る力がある。つまり観光は、地域の文化を守り、次世代へ伝える循環の一部でもある。

Elsewhere by Lonely Planetの共同創業者アレクシス・ボーウェンは、旅行メディアTRAVEL PULSEへの取材に対し、こう語る。

旅行は異なる価値観に触れることで視野を広げ、共通の人間性を実感させるため「平和を築くための最も強力なツールの一つ」

観光がもたらすのは「発見」だけではなく、「関係」なのである。現地で人と会い、土地の香りや味わいを体験することで育まれる感情は、オンラインの画面では再現できない。こうした五感の経験こそが他者への共感を生み、理解を深め、分断を超える力となる。

もし観光が「消費」だけの行為ではなく、地域や自然と有機的な関係を築く営みとして位置付けられれば、壊れたシステムを再構築する触媒となり得る。

オーバーツーリズムに象徴される大量消費型モデルの限界を認識しつつ、観光の価値を再認識することが、新たな関係性を築くカギだ。企業、政府、地域団体、そして旅行者一人ひとりが、自らの立場でその役割を果たすとき、観光は負荷を生む産業ではなく、善の力へと変わる。

※1 The movement against overtourism is sweeping Southern Europe
※2 Swarmed with tourists, Japan town blocks off viral view of Mt. Fuji
※3 Consumers in favour of sustainable travel but cost is king, reveals WTTC report
※4 How these European cities are using innovative rewards to boost sustainable tourism
※5 These destinations are giving visitors rewards for being ‘good tourists’ – and how to bag some for yourself
※6 Maui Tourism Continues to Rebound After Devastating 2023 Wildfires
※7 Mexico: Inspiring New Practices in Green Key Certified Hotels

※8 World Tourism Day 2024: Tourism’s Role in Fostering Peace and Justice
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Edited by Erika Tomiyama

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