山、川、大地が法廷に立つ──そんなことが、起きうる世界になりつつある。人権が認められるのと同様に、木々や海、動物、山といった生態系にも法的な権利を認める「自然の権利(Right of Nature)」の考え方が着実に広がっているのだ。
例えば2025年1月には、先住民マオリ族の考えを反映してニュージーランド・タラナキ山が法的な人格を獲得。これによりタラナキ山は、人間と同様に代理人を通じて法的措置を講じることが可能となり、不当な開発や環境破壊が行われた際に、訴訟を起こすことができるようになった。
その新たな一歩として2025年10月、ペルーのアマゾン奥地に位置するサティポ市で「ハリナシバチ(Stingless Bees)」を法的な主体として認める条例が可決された。昆虫に法的な権利を認めるのは、世界で初めての事例である。この動きはその後、北東部のナウタ市にも波及し、同年12月に同様の条例が承認されている。
これまで「自然の権利」といえば、川や山などの事例が多く、権利獲得の議論となるのもイルカなどの哺乳類が中心だった。しかし今回光が当たったのは、生態系を支える小さな立役者たち・昆虫であった。
ハリナシバチは、世界最古のハチの一種で、約500種のうちおよそ半数がアマゾンに生息。ペルーには少なくとも175種が生息し、カカオ、コーヒー、アボカドなどの作物を含む植物の80%以上の受粉を担っている(※1)。森林の生態系において不可欠な働きをしているのだ。
そんなハリナシバチに対し、今回の条例は「生存する権利」「個体数を維持・再生する権利」「農薬や森林伐採によって汚染されていない生息地で暮らす権利」などを保障する(※2)。これにより、除草剤や殺虫剤の無差別な使用が制限され、彼らの生態系を守るための法的な根拠が生まれたことになる。さらに、人間がハチの代理人として訴訟を起こすことも可能になった。
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条例制定の背景には、この地域に暮らすアシャニンカ族などの先住民コミュニティの尽力があった。彼らにとってハリナシバチは、伝統的な養蜂を通じてハチミツや薬を分け与えてくれる存在だ。
しかし近年、ハリナシバチも環境問題により絶滅の危機に瀕していた。森林伐採や気候変動に加え、かつて蜂蜜の増産を目的に持ち込まれた攻撃的な外来種との生存競争にさらされていたという。この危機に対して、25の先住民コミュニティ・約8,000人を代表する組織「EcoAsháninka」が、研究者やNGOと協力し、政府関係者を現地調査に巻き込むなど、権利獲得に向けて働きかけた(※3)。その努力が条例として実ったのだ。
今後は、条例が公正に機能するよう、広大なアマゾンで違法な森林伐採や農薬散布をどう監視し、どんな基準で取り締まるのかなど、権利保護の体制が求められるだろう。
EcoAsháninka代表であるアプ・セサル・ラモス氏は、今回の条例制定を受けて英メディア・The Guardianの取材に対してこう述べている。
ハリナシバチの中には、祖父母の時代から受け継がれてきた先住民の伝統的な知恵が息づいています。(中略)ハリナシバチは太古の昔から存在しており、熱帯雨林との共生を映し出しているのです。
体長数ミリの小さな命に「安全に生きる権利」を認めたこの一歩は、人間中心だった法体系に風穴を開け、多種の共生とそこに根付く文化を守るための旗揚げとなるだろう。
※1, 3 Satipo (Perú) Municipal Ordinance: rights of stingless bees|Eco Jurisprudence Monitor
※2 Stingless bees from the Amazon granted legal rights in world first|The Guardian
【参照サイト】Stingless bees from the Amazon granted legal rights in world first|The Guardian
【参照サイト】Honey-Making Stingless Bees in the Peruvian Amazon Become the First Insects to Gain Legal Rights|Smithsonian Magazine
【参照サイト】Satipo (Perú) Municipal Ordinance: rights of stingless bees|Eco Jurisprudence Monitor
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