Sponsored by 環境省
青く澄みわたり、キラキラと輝く水面。ときに荒々しい表情を見せる太平洋や日本海とは対照的に、瀬戸内の海は驚くほど穏やかだ。そんな鏡のような海面を眺めていると、時が止まったかのような錯覚に陥る。しかし、その静寂のなかで、水は絶えず動き、命を繋いでいる。

雨が降り、川となって海へ流れる。海水はやがて蒸発し、水蒸気となって雲を形作る。その雲がふたたび雨となり、里山に降り注ぐ。山が蓄えた恵みは、地中のミネラルを溶かし込みながら、再び川を通じて海へと栄養を届ける。
つながり合う山、川、海。この「循環」のプロセスこそが、私たちが享受する豊かな食や景観の源泉となっている。

そうした自然の豊かさを守ってきた先人たちの営みと現代を生きる人々の情熱──この二つが結びつき、一つの大きな動きが生まれている。それが、岡山の3つの地域をまたぐプロジェクト「OKAYAMA SATOYAMA-SATOUMI UNIVERSITYプロジェクト(通称 OSSU)」だ。
ホタルの保護活動や川のごみ拾いを通じ、海を見据えた森づくりを始めた真庭市。牡蠣の養殖が盛んで、漁師自らがアマモ場の再生に取り組んできた備前市。そして、海洋生物の多様性再生事業を行う笠岡市。
今回は、この「OSSU」プロジェクトの先駆けとして開催された、真庭市北房(ほくぼう)と備前市日生(ひなせ)を巡る1泊2日の体験ツアーに同行した。山での間伐から海での漁業体験まで。土と潮の香りに触れながら見えてきた、新しい共生の形をレポートする。
「きれいすぎる海」のジレンマを、森の力が解き明かす
瀬戸内海はいま、ある「ジレンマ」に直面している。かつての高度経済成長期、工場排水などによる赤潮被害に苦しんだこの海は、厳しい水質規制によって劇的に浄化された。しかし、海がきれいになりすぎたことで、今新たな問題が浮上している。それが「貧栄養化」だ。
海中の窒素やリンといった「栄養塩」が減った結果、植物プランクトンが育たず、それを餌とする魚や牡蠣の成長が鈍化。そのため、ただ汚れを止めるだけでなく、生命の源となる栄養を適切に補給し、循環させることが必要だという。
そこで注目されているのが、里山の役割だ。広葉樹が落とす葉は、微生物によって分解され、腐葉土となる。この土壌から溶け出すミネラルは、川を通じて海へと運ばれ、プランクトンの増殖を助ける。つまり、豊かな森を作ることは、「豊かな海を耕すこと」。今回のツアーの舞台となる北房と日生は、まさにこの「山と海」を自分たちの手で繋ぎ直そうとしていた。
里山から海を守る。100年先を見据えた「森づくり」の現場
ツアーの始まりは、岡山県北部に位置する真庭市の北房地区。周囲を険しい山々に囲まれたこの地は、古くから水とともにあった。縄文時代から存在するとされる鍾乳洞「備中鐘乳穴(びっちゅうかなちあな)」には、枯れることのない湧き水があり、かつてその周辺には水を求めた縄文人たちの集落があったという。

北房にある備中鐘乳穴
毎年5月頃になると、この場所には多くのホタルが飛び交う。そんな自然美を有する北房は「脱炭素先行地域」にも指定され、地域住民による川ごみ拾いや、ホタルの保護活動が盛んだ。しかし、今、この地の視線はさらに先、数10キロ離れた「海」へと向けられている。
「山が豊かになれば、海に流れる栄養塩(窒素やリンなど)が整い、瀬戸内の生態系が守られるんです」
そう語るのは、初日のガイドを務める「コバウッズ」の小林建太さんだ。小林さんは、里山資源を活用した「半林半X」な暮らしをするため、数年前に大阪から北房に移住。現在は、北房の集落の裏山の管理・整備を活動ベースに、整備した森林を舞台とした森林空間の活用を目指して活動している。

コバウッズの小林建太さん
そんな小林さんの指導のもと、私たちが体験したのは、密集した人工林を間伐する作業。日光が地面に届かない暗い森では、多様な草木が育たず、土壌の栄養も乏しくなる。そこで、間伐を行い光を入れ、広葉樹が混じる豊かな森に再生させることで、栄養を川へと流し、海を潤すのだ。
作業は、倒す木を決めることから始まる。まずは、倒した後に「牡蠣の筏(いかだ)」として利用できるよう、立木の状態から丁寧に皮を剥いでいく。その後、ロープをかけ、小林さんがチェーンソーで慎重に切り込みを入れる。参加者全員でロープを引き、「ドォーン!」という地響きとともに木が倒れた瞬間、山に新しい光の柱が差し込んだ。

山での間伐の様子
伐採したヒノキは、そのまま放置されるのではない。日生の海へと運ばれ、牡蠣を育てる筏の資材となり、役割を終えた後はチップとして再利用される。山の木が海のインフラとなり、やがて海を豊かにする。その繋がりを、ずっしりと重い丸太を通じて実感した。
間伐体験後は、竹から切り出した手作りの皿を手にBBQを楽しんだ。米は、日生の牡蠣殻を粉砕して肥料にした「里海米(さとうみまい)」。山の中で囲炉裏を囲み、海の恵みで育った米を炊き、日生の牡蠣を焼く。一口噛みしめるごとに、山と海が自分の中で溶け合っていった。

岡山の山の中で炊いた里海米
海の栄養が山の栄養に。ごみを宝に変える漁師の知恵
2日目の朝、私たちは北房を一望できるパラグライダー飛行場へと向かった。早朝の冷え込みが生んだ見事な雲海が眼下に広がる。里海米のおむすびを頬張りながら絶景を眺める時間は、自然との境界線がなくなるような贅沢なひとときだった。

パラグライダー場から見えた雲海
その後、車を走らせること約1時間半。牡蠣の香りが漂う備前市日生に到着した。待っていたのは、活気あふれる漁師の方々。底引き網の船に乗り込み、さっそく漁業体験がスタートした。

底引き網で穫れた魚の仕分け作業の様子
網が引き揚げられると、クロダイやコチ、イカなど、数えきれないほどの魚が跳ねる。地元の方に教わりながら、自分たちでも魚を捌く。獲れたての刺身、煮付け、なめろう、そして旨味が凝縮された味噌汁。日生の豊かな海を象徴するような料理に、参加者からは感嘆の声が漏れた。

しかし、この豊かな海を守る背景には、並々ならぬ努力がある。かつて日生の海からはアマモ(海草)が姿を消し、砂漠化の危機に瀕していた。1990年代、危機感を抱いた漁師たちが自らアマモの種を蒔き、再生活動を開始。現在では「海のゆりかご」と呼ばれるアマモ場が復活し、多様な生き物の産卵場所となっている。
また、日生では「ごみ」という概念そのものを書き換えようとしている。子どもたちが、牡蠣の養殖で用いる豆缶(プラスチックのパイプ)を拾う大会など、楽しみながら廃棄を減らす活動が行われている。また、かつて廃棄物だった大量の牡蠣殻を細かく砕き、農地の肥料にする試みも定着している。

里海米のおむすび
この牡蠣殻肥料で育った「里海米」は、2022年には11品種で約48,000俵も生産されるまでになった。ミネラルが豊富なため、農薬を減らした栽培も可能で、里山米のほかに里海ぶたや里海たまご、里海みかんなども生産されるようになっているという。海の栄養が山へ帰り、再び食べ物として私たちの元へ届くのだ。
つながり合う地域、つながり合う山と海
旅の締めくくりとして、頭島の海でシーカヤックを漕いだ。水面に近い目線で見渡すと、遠くに連なる山々が、今漕いでいるこの海を支えていることがよくわかる。

このツアーで出会ったのは、単なる美しい景色だけではない。「ホタルを守ることが、海を守ることになる」と信じ、山を整える北房の人々。「海のゴミを、次の命を育む資源に変える」ために取り組み続ける日生の漁師たち。かつては「山」と「海」で分断されていた活動が、今、一つの大きな意志を持って繋がり始めている。
次世代を担う子どもたちが、当たり前のように海でゴミを拾い、山で木を植える。そんな多世代にわたる活動の連鎖こそが、この循環を永続的なものにする鍵なのだろう。古代から続く人と自然の共生。それは、美味しいものを食べ、美しい景色を守りたいと願う、私たちの素直な欲求の先にあるものだ。
だから、次にあなたが手にするお米や魚の向こう側に、広大な山の緑と、穏やかな海の青を感じてみてほしい。そのとき、あなたもすでに、この豊かな循環の一員になっているはずだから。







