観光を巡る政策の考え方が、欧州で大きく変わりつつある。
その背景にあるのは、観光の「回復」と「集中」が同時に進んでいるという現実だ。UN Tourismによれば、国際観光客数は2024年時点でほぼコロナ前水準まで回復しており(※)、とりわけ欧州は世界でもっとも訪問者が集中する地域の一つであり続けている。一方で、世界全体の国際観光客の約4割が、わずか10の国・地域に集中しているというデータも示されている。
しかし、観光の「回復」は必ずしも均等ではない。場所・季節・来訪者層ごとの偏りは、むしろ強まっている。
混雑や住民反発といった現象として語られてきた「オーバーツーリズム」は、もはや例外的な問題ではなく、観光システムそのものの設計に関わる構造的課題として扱われ始めている。
背景にあるのは、観光を単なる成長産業としてではなく、社会・環境・地域経済に影響を及ぼす公共的なシステムとして管理する必要性だ。EUではこの数年、「オーバーツーリズム」という言葉そのものを見直し、「アンバランス・ツーリズム(Unbalanced Tourism)」という概念を軸に、観光の不均衡を測り、管理し、その状態を説明していく段階へと政策の軸足を移してきた。
この動きを象徴するのが、2026年1月26日にブリュッセルの欧州委員会本部で開催されたEuropean Tourism Day(欧州観光デー)である。本イベントでは、EU観光政策の直近の進展とともに、今後策定される「持続可能な観光のためのEU戦略」に向けた優先課題が共有された。
本記事では、欧州委員会が公表した「Together for Tourism(観光のための連携)」に関する最終報告書と関連資料を手がかりに、EUが観光をどのように捉え直し、どのようなデータや制度を使って観光地の運営・管理を行おうとしているのかを整理する。そのうえで、この動きが日本で進む、観光地域づくり(DMO)法人整備や観光政策の流れと、どのようにつながりうるのかを考えていく。

2026年1月26日ベルギー・ブリュッセルの欧州委員会にて開催された「ヨーロピアン・ツーリズム・デー2026」にて。出展:欧州委員会
「症状」としてのオーバーツーリズム、 「原因」としての不均衡
今回開催されたEuropean Tourism Dayは、EU観光政策の直近の進展を整理し、今後策定される「持続可能な観光のためのEU戦略」に向けた優先課題を共有する場だった。その上で、観光を「成長産業」ではなく、その状態を把握しながら方向性を調整する公共政策領域として捉えていくことが明確に示された。
この流れを理解するうえで重要なのが、EUが近年進めてきた「オーバーツーリズム」の再定義である。従来、オーバーツーリズムは「観光客が多すぎる状態」として語られがちだった。しかしEUでは、この言葉自体が政策議論には不十分であるとして、より包括的な概念である「アンバランス・ツーリズム(不均衡な観光)」へと軸足を移している。
この再定義は、2025年に取りまとめられた「T4T(Together for Tourism) Unbalanced Tourism 最終報告書」において明確に示されている。EUの整理によれば、問題の本質は観光客数の多寡ではない。観光が特定の場所や時期、来訪者層に偏ることで、社会や環境、地域経済、さらには地域内のコミュニケーションにまで歪みが生じる。EUは、こうした状態そのものを「不均衡な観光」と捉えるべきだとしている。
ここで重要なのは、EUがオーバーツーリズムを原因ではなく「症状」と位置づけている点だ。この考え方は、欧州の観光政策研究でも共有されている。観光経済学者のJan van der Borg氏は、アンバランスな観光は特定の人々の失敗ではなく、観光地が本質的に「公共空間や自然・文化資源(コモンズ)」の集合体であることから生じやすい構造的現象だと指摘している。市場任せや場当たり的対応では、過剰利用と未活用の両方が同時に起こり得るという整理だ。

世界の国際観光客数の推移(2000–2024年)。観光需要は急速に回復しているが、その分布は必ずしも均等ではない。出典:UN Tourism, International Tourist Arrivals, May 2025
オーバーツーリズムは、住民や来訪者が「過剰に訪問されている」と感じる主観的な状態として現れるが、それは結果であって原因ではない。原因は、空間的・時間的・構造的な観光フローの不均衡、すなわち「アンバランス・ツーリズム」にある、という整理である。
この考え方は、大都市だけを想定したものではない。EUの報告書では、むしろ人口規模が小さく、環境的・社会的に脆弱な地域ほど、少数の観光客増加でも深刻な影響を受けうることが繰り返し強調されている。数百人規模の村落や自然地域では、特定の季節やイベント、SNSでの露出をきっかけに、短期間で生活環境や地域合意が揺らぐケースが現実に起きている。ここでは「何百万人が訪れるか」ではなく、「地域がどこまで人を受け入れられるのか、その許容量との関係性」が問題の核心となる。
欧州各地で始まっている、観光を「調整する」ための具体策。都市・小規模地域・自然地域の実践から
EUはこの不均衡に対し、単発の規制やプロモーションで対処するのではなく、観光の偏りが生じるプロセスそのものに目を向け、継続的に対応できる仕組みへとアプローチを切り替えている。
その具体像は、欧州委員会が2025年に公表した「T4T(Together for Tourism)Unbalanced Tourism 最終報告書」の付属文書(Annex 1)に整理されている。ここでは、知名度の高い都市の成功事例を並べるのではなく、不均衡な観光が生じる要因に対して、どの段階で、どのような手段を用いて対応しているのかという視点から、EU各地の取り組みが「良い事例」として体系的にまとめられている。
例えば、都市部における観光集中への対応として、オーストリアのウィーンでは、EU資金を活用したワークショップと地理情報システム(GIS)を用いた観光客の移動分析を通じて、歴史地区への過度な集中を早期に検知する仕組みを構築している。ここでは、単に混雑を観測するのではなく、早期警戒指標を用いて兆候段階で観光客を周辺エリアへ誘導する「空間的再配分」が試みられている。同様に、イタリアのフィレンツェでは、中心部の象徴的観光地への負荷を下げるため、滞在の長期化や郊外エリアの魅力発信を組み合わせた戦略が取られている。
一方、より直接的な管理手法を採用している事例として、クロアチアのドゥブロヴニクが挙げられる。同市では、EUの支援を受けて入域者数の上限設定(ビジターキャップ)と事前予約や時間指定を組み込んだデジタルチケット制度を導入し、旧市街に同時に流入する人数を明確に制御している。クルーズ船についても、寄港数や上陸人数に上限を設け、リアルタイムの人数計測と連動したデジタル通知システムによって、混雑時には代替ルートや周辺地域への分散を促している。ここでは、オーバーツーリズムを「起きてから批判される問題」ではなく、「閾値を持って管理する対象」として扱っている点が特徴的である。
EUの整理が興味深いのは、こうした大都市・有名都市だけでなく、小規模地域や人口の少ないコミュニティの事例が多数含まれている点である。例えば、ハンガリーのティハニ村(人口約1,300人)では、ラベンダーの開花期や夏季週末に観光客が集中することを前提に、村中心部への車両進入制限、時間指定イベント、歩行者専用化などを組み合わせて対応している。
また、人口300人余りのホルローク村では、復活祭や民俗行事の開催時に来訪者が急増することを踏まえ、駐車規制、施設の予約制、周辺集落へのプログラム分散などを行っている。これらの事例は、少数の観光客であっても、地域の規模や受容力によっては深刻な負荷になり得ることを具体的に示している。

欧州における観光の集中度と季節性の分布。観光の不均衡は『混雑都市』に限らず、季節依存や空間的集中という形で各地に現れていることを示している。出典:European Commission, Joint Research Centre (JRC), 2025(T4T – Unbalanced Tourism関連分析より)
自然資源を抱える地域においても、同様のアプローチが取られている。イタリアのドロミテ・ユネスコ世界遺産地域では、通信事業者のビッグデータを活用し、日帰り訪問者を含めた実際の来訪者数と動線を把握している。これにより、従来の統計では見えなかった混雑ポイントを特定し、交通動線の再設計や公共交通利用の促進につなげている。
フランスのアルデシュ渓谷では、カヌー利用者の集中を避けるため、混雑予測ツールを用いて来訪者に最適な時間帯を提示する仕組みが導入されている。
また、EUの報告書では「住民との関係性」を管理の中心に据えた事例も強調されている。ベルギーのフランダース地方では、アントワープやブルージュなど複数都市で、2017年以降、住民の観光に対する意識調査を継続的に実施。最新の調査では約7割の住民が観光を支持していることが示されており、透明性のある情報公開と対話が、社会的受容度を維持する上で重要であることが確認されている。
さらに、供給側の関与も重要な要素として整理されている。ドイツでは、旅行業界団体による「ローカル・バリュー・クリエーション」作業部会が設置され、パッケージツアー価格のうち、どれだけの価値が地域に残るのかを測定・表示する枠組みづくりが進められている。これは、企業の環境配慮や社会的価値に関する表示の信頼性を求める「Green Claims Directive」や、企業に非財務情報の開示を義務づける「CSRD(企業サステナビリティ報告指令)」といったEU規制への対応であると同時に、観光の不均衡を需要側だけの問題にしないための試みでもある。
観光を「公共システム」として管理するための5つの柱
これらの事例から見えてくるのは、EU観光政策の焦点が「観光客数」から、「観光の状態をどう把握し、どう管理するか」へと明確に移行しているという点である。短期的なキャンペーンや単発プロジェクトではなく、モニタリング、共通指標、データの相互運用性、国・自治体・地域・事業者といった複数の主体が役割を分担する体制を前提とした管理段階への移行が進んでいる。
上記で取り上げたような事例は、UN Tourismが都市観光や地域観光に関して提示している戦略とも重なっている。UN Tourismは、不均衡な観光への対応として、空間・時間の分散、来訪者行動の誘導、住民との継続的対話、データに基づくモニタリング、そして対応プロトコルの整備を重要な要素として挙げている。特徴的なのは、来訪者数の制限や規制はあくまで手段の一つであり、その前提として「状態を理解し、共有し、調整するプロセス」を重視している点だ。
欧州委員会は、これらのGood Practicesを通じて、観光の不均衡に対する対応を「5つの共通する柱」として整理している。
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1. モニタリングと早期警戒:「EU Tourism Dashboard」や地域観光オブザーバトリーの整備により、来訪者数だけでなく、季節性、集中度、住民の受容度などを継続的に把握する仕組みが構築されている。ここでは、問題が顕在化してから対応するのではなく、兆候の段階で対話や調整を行うことが前提とされている。
- 2. 空間・時間の再配分:GISを用いた観光動線の可視化や、肩の季節・オフピークへの誘導は、単なる分散キャンペーンではなく、宿泊、交通、施設運営と連動した実務的な施策として位置づけられている。分散はマーケティングだけでは成立せず、受入側のオペレーション全体を含めた設計が必要であるという認識が共有されている。
- 3. キャリングキャパシティの明示:入域制限やスマートチケッティングといった施策は、観光を止めるためではなく、「どこまでなら受け入れ可能か」を透明に示すための手段として用いられている。ここでは、社会的受容度、すなわち住民のAcceptance levelsを含めた形でキャパシティが捉えられている点が特徴的である。
- 4. 住民との関係性の再構築:EUでは、住民意識を定常的に測定し、その結果を公開しながら対話を行うことが、良い実践として整理されている。声の大きさではなく、傾向を把握し、説明責任を果たすことが、観光政策の前提条件となっている。
- 5. 供給側(市場)の関与:旅行会社や業界団体が、地域にどれだけの価値を残しているかを可視化し、商品設計に反映する取り組みや、Green Claims DirectiveやCSRDといった規制対応を通じて透明性を高める動きが紹介されている。観光の不均衡は、地域側だけで解決すべき問題ではなく、市場側も責任を分担すべき課題として扱われている。
これらの事例に共通するのは、「短期プロジェクトを増やさない」というEUの強いメッセージである。報告書では、施策が途中で中断された例や、資金と運用が噛み合わなかった反省も明示されている。共通指標、データの相互運用性、統合ガバナンスがなければ、どれほど良い施策も広がっていかないという認識がはっきり示されているのだ。
European Tourism Dayでの議論は、こうした整理を踏まえ、「観光をどう増やすか」ではなく、「観光をどうバランスさせ、どう説明し、どう管理するか」へと議論の中心が明確に移ったことを示していた。オーバーツーリズムは例外的な問題ではなく、どの地域でも起こりうる構造的リスクだ。その前提に立ち、共通言語と指標を持ち、兆候段階から調整することが、これからの観光政策の基本になる。
日本のDMOに求められる「舵取り」の役割
欧州の議論が示しているのは、「観光をどう増やすか」という問いを否定することではない。むしろ、観光が地域にもたらす影響を前提に、その状態をどう読み解き、どうバランスを取り、どう説明していくかという問いへと、議論の軸を移している点に本質がある。
アンバランス・ツーリズムという捉え方は、観光を窮屈に管理するための言葉ではない。観光の偏りがどこに生じているのかを可視化し、関係者の間で共通理解をつくり、必要な調整を行うための共通言語である。その前提として求められるのが、継続的に状態を把握できるデータと、それをもとに対話と判断を行う運用の仕組みだ。
GDS-Indexのような国際的な指標は、観光の良し悪しを一方的に評価するためではなく、地域の観光がどの領域で無理をし始めているのか、どこに改善の余地があるのかを立体的に理解するための道具として位置づけることができる。環境、社会、ガバナンスといった複数の視点を横断することで、来訪者数では見えない不均衡を言語化する助けになる。

海辺の美しい街と温かい人々が暮らすクロアチア・ドゥブロヴニク。試行錯誤しながら観光との最も良い関わり方を模索している。Photo by Diego F. Parra
日本でも、この数年で観光を巡る国の考え方は大きく変わりつつある。観光庁は、訪日客数の回復や地方誘客を進める一方で、観光が地域社会や生活環境に与える影響をどう把握し、どう調整していくかを重視するようになってきた。その中核として位置づけられているのが、地域の観光を総合的に担うDMO(Destination Management Organization)の整備だ。
国は近年、「地域の観光をどう運営していくか」を考え、関係者をつなぐ主体としてのDMOと位置づけ、その機能強化を進めてきた。日本政府観光局(JNTO)による海外プロモーションと並行して、国内では、地域ごとに観光の状態を把握し、関係者をつなぎ、持続可能性を含めて説明できる主体を育てることが、政策の柱になりつつある。
日本各地域でDMOが担うのは、観光客を増やすためのプロモーション主体というよりも、観光の状態を読み解き、地域としてどのようなバランスを目指すのかを関係者と共有し、その方向性を調整していく舵取り役である。その役割を支えるのは、感覚や経験だけではなく、共通言語としてのデータと、それをもとに判断と対話を積み重ねていく実践の力だ。
オーバーツーリズムという言葉の先で、観光をどう捉え直すのか。EUで進むアンバランス・ツーリズムという視点は、日本においても、「増やすか、抑えるか」という二項対立を超え、地域の状態を読み解きながら健全な自然・社会経済を支えるための発想を提示している。
訪れる人と暮らす人、そして地域を支える社会経済が、無理なく関係性を育める状態をどうつくるのか。そのために、データを共通言語として用い、兆候の段階から対話と調整を回していく。その積み重ねが、観光を単なる負荷ではなく、地域の価値を回復し、再生していく力へと変えていくのだ。
※ International tourism recovers pre-pandemic levels in 2024
【参照サイト】Unbalanced Tourism Growth in Europe: Understanding Pressures, Impacts and Sustainable Pathways
【参照サイト】Third of people in Spain say local area has too many foreign tourists
【参照文献】欧州委員会 共同研究センター(Joint Research Centre)Together for Tourism (T4T): Unbalanced Tourism – Final Report 2025年
【参照文献】欧州委員会 共同研究センター(Joint Research Centre)Together for Tourism (T4T): Unbalanced Tourism – Annex 1: Good Practices 2025年
【参照文献】UN Tourism(国連世界観光機関)『Together for Tourism(T4T):不均衡な観光に関する政策背景および実装に関する知見』2025年5月
【参照文献】ヤン・ファン・デル・ボルフ(Jan van der Borg)『不均衡な観光開発:オーバーツーリズムを「数」以外で捉え直す』(Unbalanced Tourism Development: Rethinking Overtourism Beyond Numbers)2025年1月
【参照文献】欧州委員会 『EU観光戦略要約:観光のレジリエンスと持続可能性に向けて』(EU Tourism Strategies Webinar Summary: Towards Resilient and Sustainable Tourism)2024年6月
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Edited by Erika Tomiyama






