「都市の内臓」で境界が溶ける。横浜・下水処理場のアート展で見つけた、万物が等しくある景色

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洗面所、キッチン、お風呂、トイレ。私たちの暮らしの側にはいつも、水がある。何気なく流したその水は、やがて見えない場所へと運ばれ、都市の裏側で静かに再生される。そこにあるのは、限りある資源を循環させながら暮らしを支える、確かな仕組みだ。

2026年2月、神奈川県横浜市にある港北水再生センターに、現代アートの個展を見に訪れた。同施設は、トイレなどの下水を処理・再生して鶴見川に流す下水処理場だ。再生水は他にも、日産スタジアムや横浜アリーナなどのトイレの洗浄水に活用されている。施設は24時間体制で稼働しており、横浜市の人口約377万人のうち、最大約55万人分の下水を処理できる能力を持った施設である。

Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

横浜市は、下水処理の副産物である汚泥も建設資材や肥料として活用するなど、資源を循環させる工夫を重ねてきた。かつては、下水汚泥の焼却灰を100%原料にした「ハマレンガ」と呼ばれるレンガも製造されていた(現在は終了)。港北水再生センター内の道の一部には、そのレンガが敷かれていた。

個展のタイトルは「TOTEM ORGA(H)/トーテムオルガ」。アーティストは、人間を含む生物や無生物など、さまざまな存在を等しく「存在」として認めることを制作の目的としている保良雄氏。個展を主催するのは、横浜市で長くオルタナティブスペースを運営してきた経験を持つBankART1929である。展示では、稼働中の都市基盤施設を個展の会場とすることで、鑑賞者がより深く都市の内部へと切り込める場を提供している。

本記事では、稼働中の下水処理施設を会場にした異例の展覧会を手がかりに、都市を支える水の循環と、アートがその構造を可視化する可能性について考える。

「HUMAN POO 88%(人間の糞88パーセント)」汚泥焼却灰を88%使用した本作。この数字は、地球の陸地の約88%が人間の居住・活動域(エクメーネ)であるという地理学的データに由来 Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

都市の内側に立つという体験

「TOTEM ORGA(H)/トーテムオルガ」というタイトルは、「トーテム」という、特定の部族などに宗教的に結びつく動植物を指す言葉が由来となっているという。もともと宗教的な概念だが、今回の個展では、現代の日本社会に合わせて概念を更新し、人間と汚泥、再生水、微生物といった存在との関係性を見つめ直すために、このタイトルが付けられている。

BankART1929はこれまで、横浜市の創造都市構想のもとでオルタナティブスペースを運営し、都市とアートの接点を模索してきた。昨年度で施設運営からは離れたものの、約20年にわたる横浜市との協働関係を別のかたちで実現したのが、今回の展覧会だという。

今回の企画では、普段は目に触れることのない都市インフラに着目し、水や循環をテーマに制作を続けてきたアーティスト・保良雄氏とともに、稼働中の水再生センターに働きかけた。BankART1929の細淵太麻紀(ほそぶち たまき)氏はこう語る。

「下水処理場は都市生活を支える極めて重要な機能を担いながら、その存在や働きが意識されることの少ない場所です。そうした空間にアートを介入させ、社会に開いていくことで、都市の成り立ちや循環の構造、私たちの日常と不可視のインフラとの関係を、身体的・感覚的に捉え直すことができるのではないかと考えました」

さらに、稼働中の社会基盤施設で展覧会を実現すること自体が前例の少ない試みであると強調する。

「美術館やギャラリーとは異なる鑑賞体験として、場所の特性とアーティストの実践が重なり合うことで、都市や社会におけるアートの可能性を提示する場となることを目指しました」

個展は、90分のツアー形式。安全面への配慮から、施設外観の一部を除き、写真の撮影はできない。港北水再生センターのさまざまな設備を見て、ときには立ち止まってアートを鑑賞し、まさに身体で感じて覚える体験となった。

港北水再生センター 水処理施設 Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

高いところから低いところへ、水を自然に流す港北水再生センター

「下水を処理して、再生して川に流すこの施設は、『都市の内臓』と呼ばれることもあります」

ツアーは、ガイドの人のそんな言葉で始まった。

「このツアーが、人間が自然を管理するという考えを少し揺るがして、大きな循環のなかで私たちがどうあるかということを考えるきっかけになれば嬉しいです」

前半は、主に港北水再生センターの設備の見学だ。どのような流れで下水処理が行われるのか、順番に設備を見て回りながら学ぶ。

家庭から流れ出た下水が最初に入るのは、沈砂池という設備だ。ここで大きな異物を取り除く。タイヤや自転車が見つかることもあるという。港北水再生センターのなかで最も臭いがきつい場所だと聞いて身構えたが、数分間立っているあいだは、それほど気にならなかった。

港北水再生センター 中央ポンプ室 Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

さまざまな設備を見て回るなかで興味深かったのは、基本的に、高いところから低いところへと水を流す「自然流下」の原則に沿って設計されている点である。沈砂池を経た水は、最初沈殿池へと進み、ここでさらに細かな異物が沈められる。続く反応タンクでは、たくさんの微生物が汚れを分解する。そして最終沈殿池では、反応タンクを出た水から泥をゆっくりと沈めていく。これらの工程は少しずつ下り勾配がつけられ、重力の力だけで水が流れる仕組みになっている。

もっとも、すべての設備が自然流下の原則に従っているわけではない。中央ポンプのように、動力を使って下水をくみ上げる工程もある。ガイドの方はこう説明する。

「人の体でも、口から入ったものは基本的に重力に従って下へ移動しますが、排泄するときには少し力を加えますよね。そう考えると、下水処理場と人の体はどこか似ている部分があります」

ツアーの冒頭で「都市の内臓」という言葉を聞いたこともあり、港北水再生センターを歩く自分は、まるで体内の小さな食べ物になったような気持ちになった。喉を通り、胃や腸を巡るかのように、施設の内部を移動していく。反応タンクでは、微生物が活動するために絶えず酸素が送り込まれている。その光景は、酸素を取り込みながら生きる人間の身体とも、どこか重なって見えた。

人々の家庭から出た下水が、再生されて鶴見川に流されるまでにかかる時間は、11時間から14時間ほどだという。かなり早く循環しているのだと驚かされた。

アート作品を通して、さまざまな素材と存在を見つめる

ツアーの後半から、少しずつアート作品の鑑賞が増えていく。作品を見るポイントは、「素材」だという。

たとえば、港北水再生センターで処理されてきれいになった再生水を使い、鶴見川の魚を飼育しているミニ水族館では、ガラスでできた、握り拳程度の大きさのアート作品が展示されていた。表の形は神話上のもの、内側の形は人の体の部位を表しているという。ガラスでできたそれは儚く、そこに人間の存在の儚さも感じた。

ミニ水族館のガラスでできたアート作品 Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

会場には他にも、水や石、鉄、さらには24金やフィルムなど、新旧さまざまな素材を取り入れた作品が点在する。なかでも強烈な印象を残したのは、暗い部屋に設置された巨大なインスタレーションだ。

そこにはサーキット状のレールが敷かれ、鉄製の構造物が勢いよく滑り落ちては大きな音を響かせていた。レールの傍らには、ポリカーボネイトで作られた大きな黒い箱が鎮座している。その内部には、運搬用自転車やパトランプ、そして「人間」までもが収められているという。

鉄や貴金属といった無機物から、都市を象徴する道具、そして生身の人間。これらすべてが一つの作品の「素材」として等価に扱われ、エネルギーを伴って循環している。加速しながらレールを滑る轟音は、静かな暗い部屋のなかで、まるで都市の鼓動そのもののように響いていた。

Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

屋上のアート作品 Photo: Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

アート作品を展示する空間の、明るさと暗さのバランスに程よい緊張感があり、身体感覚が研ぎ澄まされたような気がした。ツアー当日の天気が良かったこともあり、作品が展示されている薄暗い部屋から外に出るときの、目が覚める感じが心地良い。暗い部屋のすぐ隣に、明るい屋上。映像作品を見ている建物の扉がパッと開かれると、オレンジ色の暖かい光が差し込む。

港北水再生センター内は、ときどき職員の人や、工事の作業をしている人とすれ違うことはあっても、基本的に人が少なかった。そんななかで、微生物がたくさん入ったタンク、汚水から取り除かれる汚泥、その他さまざまな素材でできたアート作品などをじっくり見つめていると、徐々に、「人間に限らず、すべてが等しく存在しているのだ」という感覚が育まれた。必ずしも人間が中心にいるわけではない、という感触がそこにはあった。

エベレストの氷をテーマにしたアート作品 Photo: Akihiro Itagaki

外を歩くと、ときどきカラスが飛んでいた。鑑賞池という、港北水再生センターで処理された水を使った池では、鯉が数匹泳いでいた。そういった生物も、自然の循環の中にあるのだと、静かに感じた。

最後に鑑賞した約10分間の作品が映し出したのは、トイレや下水管の中のような映像。この作品が設置された薄暗い部屋には、鉄くずや木材のようなものなど、さまざまな用具が所狭しと置かれていた。そのなかには、今回の個展のアート作品もあれば、そうでないものもあっただろう。簡単に見分けはつかず、そういった雑多な素材や存在のなかに座り、映像作品を見た。

やがて、自分という輪郭が少しずつ曖昧になっていく。下水管を流れる水のようでもあり、部屋の隅に置かれた用具の一つのようでもある。

人間であることだけが、特別ではない場所だった。

【参照サイト】保良 雄「TOTEM ORGA(H)/トーテムオルガ」 – BankART1929

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