ボスも給与競争もない職場は成立する?全員同一時給のデンマーク協同組合Analyse & Talが示す答え

2026.08.06

【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになることもあるかもしれません。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

会議で意見を言っても、最後は上司が決める。評価面談では、自分が積み重ねてきた仕事が、誰かの基準によって点数やランクに置き換えられる。本当は得意ではない仕事も、「それがあなたの役割だから」と引き受ける。

気づけば私たちは、働く時間のなかで、自分の判断や強みの一部を少しずつ、手放しているのかもしれない。もちろん、組織には役割分担が必要で、全員がすべてを決めることは難しいのかもしれない。けれど、自分の暮らしに大きく関わる給与や働き方、組織の方針について、私たちはどこまで意思決定に関われているだろうか。

デンマークとノルウェーに拠点を置く調査コンサルティング会社Analyse & Tal(アナリセ・オ・タル)は、この問いに14年間、組織そのもので答えようとしてきた。

「私たちは、市民として持っている民主的な権利を、働く時間の中にも持ち込みたいと考えたのです」

そう語るのは、同社のエディン・リンド・イカノヴィッチ氏だ。従業員全員が会社を所有する労働者協同組合。議決権は一人一票。給与は全員同一時給。そして、人々に指示を出す「ボス」はいない。

それでも同社は、音楽業界におけるジェンダー不平等の可視化や、家庭内暴力の被害者と生成AIの関係など、複雑で専門性の高い社会課題に取り組み続けている。なぜ、彼らは「ボスのいない組織」で、これほどまでに高度な成果を出し続けられるのか。その背景には、効率よりも「熟議」を、競争よりも「平等」を重んじる、徹底した民主主義の軸があった。

話者プロフィール:Edin Lind Ikanovic(エディン・リンド・イカノヴィッチ)


データサイエンスと高度な分析の分野で中心的な役割を担う専門家。天体物理学の学位に加え、数学の専門教育も修めており、大量のデータを正確かつ体系的に処理・分析するための深い知識を備えている。

意見の不一致は、組織を育てる「ギフト」である

エディン氏は、組織の成り立ちをこう振り返る。

「この会社は14年前、互いに知り合いだった5人の大学生によって設立されました。彼らは官僚や伝統的なコンサルティング会社などのキャリアパスを見つめ、そこで40年間働き続けることに、どうしても楽観的になれなかったのです。働くうちに社会的インパクトが薄れ、取り組む課題を選ぶ自由もなく、管理層に日常を支配されてしまう。そうなる代わりに、最初から労働者の自由とコントロール権を確保し、全員が責任を分担するモデルを自分たちでデザインしたのが、Analyse & Talでした」

Analyse & Talの運営原則は、すべての従業員が等しい議決権を持つ「一人一票」のシステムだ。しかし、彼らは安易に多数決には頼らない。重視するのは「熟議」のプロセスだという。

「『一人一票』と言っていますが、実は私たちはあまり頻繁には投票しません。代わりに、よりよく理解し合い、妥協点に向かって取り組むために、『なぜ賛成なのか、なぜ反対なのか』をとことん話し合います。重要なのは『誰が主張しているか』ではなく、『その主張の質はどうか』なのです」

ミーティングの様子 Image via Analyse & Tal

ここで特筆すべきは、彼らが意見の不一致を、組織を育てる「ギフト」として捉えている点だ。

「意見の不一致は、単に『起こってしまうこと』ではなく、むしろ『起こるべき重要なこと』なのです。それは、他の全員が見落としていた大切な視点に、誰かが気づくための貴重な機会だからです。だからこそ、私たちはそもそも不一致を価値あるものとして歓迎しています。

もし議論が平行線をたどり、解決が難しい難題にぶつかったら、いったん会議を止めます。そして、正反対の立場をとる当事者たちに『来週までに自分たちだけで話し合って、納得のいく妥協案を見つけてきてほしい』と任せるのです。そこで練り上げられた案は、ほぼすべてのケースで、他のメンバーも心から納得できる素晴らしいものになります」

なぜ、対立する当事者だけで出した結論が、組織全体を納得させられるのか。それは、対立の両極端にいる人々が知恵を絞って出した答えこそが、組織全体の懸念を最も深くカバーしているからだ。さらに、全員が同一時給のオーナーである彼らにとって、議論における「勝ち負け」は意味をなさない。唯一の評価軸は「会社をより良くできるか」という一点に絞られる。だからこそ、個人のエゴを削ぎ落とした、純度の高い解決策が生まれるのだろう。

高い信頼が、少ないリソースを「インパクト」に変える

それではなぜ、これほど手間のかかる合意形成が必要なのか。その背景には、エディン氏が客観的に分析する「デンマークの文化」がある。

「私はボスニア・ヘルツェゴビナで生まれ、難民としてデンマークにやってきました。この二つの国を比較すると、デンマークは非常に『高信頼文化』であると感じます。この高い信頼こそが、同僚が組織全体のために良いことをしてくれると信じる助けになっています。私たちは、市民としての民主的な権利を、働く時間の中にもそのまま持ち込みたいのです。私たちは職場でも民主的な市民でありたい。そのためならどんな代償でも払う覚悟があります」

この「信頼」と「納得感」は、ビジネス上の強力な武器にもなる。

「私たちは、他の会社よりもずっと少ないリソースで、ずっと遠くまで行くことができます。自分たちのミッションに全員が心から賛同しているからです。たとえば家庭内暴力の被害者が生成AIをどう活用しているかといった、非常に重要で複雑な社会的プロジェクトに取り組むとき、自分たちで全力を尽くすと決めているからこそ、驚異的な馬力が出るのです」

Analyse & Talが掲げる6つの組織原則。従業員による民主的な意思決定と同一賃金を軸に、政治・商業的な利害からの独立、知識を通じた社会変革、財務的利益と同等に重視する働きやすさと社会的インパクト、協同組合運動への参画を掲げている。 | Image via Analyse & Tal

ボスはどこにもいない。同一時給が変える、働く動機

指示を出すボスがいないこの組織では、マネジメントは特定の個人に集中せず、財務や広報、ITなどの業務をメンバーが分担して担っている。

「職場に行っても、『今日はこれをやりなさい』と指示する人は誰一人いません。私たちは協力して『ボス』という役割を埋め合わせているのです。財務、広報、IT。全員が、本来ならボスがやるべき仕事の一片を担っています。私は広報が得意だからそれをやり、財務が得意な同僚は財務をやる。自分が楽しめる役割を、みんなが少しずつ背負っているのです」

さらに、彼らの平等を象徴するのが「同一時給(Equal hourly pay)」モデルだ。

「働いた時間に対して支払われる単価は、全員一律です。これによって、高い給与を得るための社内競争が完全に消え去りました。実はこれは、とても自由で解放感があることなのです。一般的な会社では営業職がより高い給与を得ますが、うちの会社で営業をやるのは『お金が欲しい人』ではなく、純粋に『最も営業が得意で、それを楽しめる人』になります。職種による報酬差を取り除いたことで、人は『より稼げる仕事』を選ぶのではなく、自分が最も得意で、力を発揮できる仕事を選べるようになったのです」

Image via Analyse & Tal

形式上の平等に潜む「気づけなかったこと」と向き合う

しかし、全員に同じルールを適用することが、誰にとっても同じように参加しやすい環境につながるとは限らない。学業や家庭環境、雇用形態、役割の違いによって、会議への参加や意思決定への関わり方には差が生まれる。そうした見えにくい不平等にどう向き合うかについて、エディン氏は自身の経験を振り返る。

「これは、会社が始まった14年前には、私たちが十分に認識できていなかったことでもあります。以前の私は、学生アルバイトが会議に参加できれば、それで平等なのだと思い込んでいました。しかし実際には、彼らには学業があり、私と同じだけの時間を会社に割くことはできません。私たちは、そうした不平等に気づけていなかったのです」

全員に同じ参加の機会を用意するだけでは、実質的な平等には届かない。Analyse & Talが重視するようになったのは、制度だけで差を埋めようとするのではなく、一人ひとりが置かれた状況や制約を言葉にし、共有する対話だった。

「私は難民としてデンマークに来た経験があり、同僚の一部とは明らかに異なる背景を持っています。そのことをできるだけオープンに話すようにしてきました。違いを言葉にして初めて、お互いの立場を理解できるからです。もちろん、これですべてが解決するわけではありません。ジェンダーの問題など、私自身にもまだ気づけていない領域があると感じています。これは解決済みの課題ではなく、今も向き合い続けている問題なのです」

カンパニーパーティーの様子 Image via Analyse & Tal

組織は巨大化させない。「細胞分裂」という生存戦略

ただし、この仕組みは、人数が増えればそのまま拡張できるわけではない。2、3年前、従業員が30人を超えた頃、全員が互いの考えや状況を十分に理解しながら意思決定を続けることが難しくなっていったという。

「30人全員と深く理解し合うのは、非常に困難でした。そこで私たちは、一部のメンバーが自分たちのやりたいプロジェクトを携えて独立し、別会社をつくるという道を選びました。組織の規模が縮小したことで、私たちは再び健全な状態に戻りました。私たちはこれを、失敗ではなく、前向きな『細胞分裂』と捉えています」

Analyse & Talが目指すのは、ひとつの会社を際限なく大きくすることではない。共通の理念を持つ小規模な組織が、それぞれの専門性や関心に応じて活動し、ゆるやかにつながる形だ。

「私たちは決して500人規模の一つの会社にはなりません。それは機能しないからです。しかし、同じ理念を共有する異なるグループのネットワークの中に、結果として500人が関わっている未来はあるかもしれません」

エディン氏は、この組織で働くなかで見てきた変化をこう語る。

「私の経験から言えるのは、この組織のあり方が、人のポテンシャルを引き出すということです。私の同僚たちは、より長時間働いているわけではありません。それでも、一般的な組織では生まれにくいほど大きな社会的インパクトを生み出していると感じます。自分が最も得意とする仕事を担う自由と、その結果に責任を持つことができるからです」

ボスのいない組織で、異なる意見を交わしながら意思決定を続けるAnalyse & Tal。その実践は、働く人が自分の役割や組織の方向に関わることが、日々の納得感だけでなく、社会に届ける仕事の質にも影響し得ることを示している。

カンパニーリトリートの様子 Image via Analyse & Tal

編集後記

「市民として持っている民主的な権利を、働く時間の中にも持ち込みたい」──エディン氏の言葉を聞いて、民主主義は選挙や政治の場だけの話ではないのだと、あらためて思う。

この言葉が単なる組織理念としてではなく、彼自身の実感として響いたのは、取材中の姿勢にも表れていた。給与の仕組み、意見の対立、組織の規模の限界。決して簡単ではない問いにも、彼は自分たちが試行錯誤してきた過程を、楽しそうに、どこか誇らしげに語ってくれた。そこからは、「これが好きだから、この仕事を担っている」という感覚が自然と伝わってきた。

その姿を通じて感じたのは、働き方は職場の内側だけで完結するものではない、ということだ。誰が決め、誰が評価され、どの仕事に価値が置かれるのか。そうした日々のルールは、競争や上下関係を当然のものとする社会を、知らず知らずのうちに再生産していく。

Analyse & Talが取り組むテーマもまた、その延長線上にある。選挙をめぐる情報工作や気候変動の誤情報、SNS上のヘイトなど、彼らは民主主義や社会正義が揺らぐ地点をデータで可視化している。社会のなかで誰の声が届き、誰の経験が見過ごされているのかを問う仕事をしているからこそ、自らの組織のなかでも、誰が意思決定に関われるのかを問い続けているのだろう。

同一時給や協同組合が、すべての組織にそのまま当てはまる答えとは限らない。それでも、「働く」場でどのような関係をつくるかは、私たちがどんな社会を望むのかという問いと切り離せない。仕事のあり方を変えることは、社会のあり方を小さく変え始めることなのかもしれない。

【参照サイト】Analyse & Tal

この記事を書いたライター

富山 恵梨香(とみやま えりか)。IDEAS FOR GOOD 編集長。大学卒業後は日系不動産会社のベトナム、ハノイ支店で営業マネージャーとして従事。2018年ハーチ株式会社に入社、国内外の社会的企業への取材や記事の企画などを行う。現在はフランス・パリを拠点に国際会議への参加やリサーチやイベント、教育事業などに取り組む。関心テーマは、ウェルビーイングを実現する新しい経済のあり方。(この人が書いた記事の一覧