青々とした田んぼや実りある畑を見ると、どこか安心する。そんな感覚を覚えたことはないだろうか。
日本で育った人々は田園風景に懐かしさを覚え、アマゾンで生きる人々はキャッサバ畑にどこか豊かさを感じる。それは、人類が何千年ものあいだ、土地から食料を得て生きてきた歴史と、無関係ではないのかもしれない。
豊かな土壌は農業生産を支え、人口を支え、都市や文明の発展を可能にしてきた。一方、古代メソポタミアでは、過度な灌漑による塩類集積が農業生産を低下させ、文明衰退の一因になったともいわれている。
人間は土地の恵みなしには生きられない。だからこそ、その営みもまた、土地に大きな影響を与えてきた。
いま、再生農業や炭素固定、ネイチャーポジティブへの関心が高まるなか、土壌は食料を生み出す基盤であるだけでなく、気候や生物多様性、そして人間社会の持続可能性にも深く関わる存在として、改めて見直されている。
科学や技術は、土地をより効率よく利用するためだけでなく、人間が土地との関係を見つめ直すためにも使えるのだろうか。
使われていないバイオマスからつくったバイオ炭に、土壌微生物を定着させる──そんな技術で土壌再生に取り組むのが、名古屋大学発スタートアップの株式会社TOWINGだ。海外事業開発を担う永田拓人さんに、その問いを投げかけた。
話者プロフィール:永田拓人(ながた・たくと)
株式会社TOWINGの執行役員CGOとして、バイオ炭と微生物技術による農地の炭素貯留・土壌再生事業のグローバル(北米・南米・APAC等)展開を所管し、国内外の国際機関やグローバル企業と連携プロジェクトを企画。以前は住友商事や自然電力株式会社にて持続可能なインフラ開発/投資に関わり、地域新電力や再生可能エネルギー、エクイティファイナンス等の案件を推進。慶應義塾大学卒、欧州IESE経営大学院修了(MBA)。
土が社会を形づくってきた
「土壌によってできる作物が違う。作物によって産業ができ、産業によって人の社会が規定される。土が最初のキーとなって、産業構造と経済構造が生まれるのです」──タイ、アメリカ、ブラジルなど、世界各地で土壌再生プロジェクトに携わってきたTOWINGの永田拓人さんは、そう語る。
土地の性質が育てる作物を決め、その作物が地域の産業や人々の暮らし、さらには社会のあり方を形づくっていく。そのつながりを、永田さんは世界各地の現場で見てきたと言う。しかし、つながっているのは土の上の世界だけではない。
作物が産業を生み、産業が社会を形づくるように、土の中でもまた、無数の微生物が互いに影響し合いながら、その土地ならではの生態系をつくり上げている。TOWINGが着目したのは、まさにその目に見えないネットワークだ。
同社は、地域に眠る未利用資源と、その土地にもともと存在する微生物を組み合わせることで、土壌を再生する技術を開発している。もみ殻や畜糞など、十分に活用されていないバイオマスを炭化した「バイオ炭」に土壌微生物を定着させることで、土壌を肥沃にするだけでなく、炭素を土壌に貯留し、大気中の二酸化炭素を減らす効果もある。
実際に、TOWINGの高機能バイオ炭を施用した農地では、通常は5年以上かかると言われている土づくりを約1か月で同等レベルにできるそうだ。さらに、10アール当たり約0.3~1トンの二酸化炭素相当量(※作物や農地に応じたバイオ炭投入量により変動)の炭素貯留に加え、野菜を用いた実証では、収量が従来比1.7倍に増加した事例も報告されているという。

写真提供:株式会社TOWING
そのプロセスは、まず地域の環境を読み解くことから始まる。
「微生物は、基本的には現地の土壌や堆肥に存在するものを採取し、活用しています。日本から持っていくより、その土地の堆肥や土壌にもともと存在する微生物の方が、長期的に定着しやすく、自然な形だと考えています」
タイではカセサート大学、アメリカではカリフォルニアの大学と連携し、それぞれの気候や土壌に適した微生物を探しているという。土を再生するという営みは、単に農地を豊かにすることにとどまらない。その土地に眠る資源や生態系との関係を見つめ直すことでもある。

写真提供:株式会社TOWING
複雑さと向き合わなければ、何が起こるのか
土の再生が「もともとそこにある力を引き出すこと」だとすれば、人間はこれまで、ときにその力を置き去りにしてきたと言える。
人口の増加とともに、人類は肥料や農薬、灌漑技術を発展させ、農業生産を飛躍的に向上させてきた。その一方で、収量や効率を優先するあまり、土壌が本来持つ複雑な生態系や循環を見失ってきた側面もある。
世界各地で土壌と向き合ってきた永田さんは、「この仕事をしてきて、人間は複雑な問題に対して、つい短期的でシンプルな解決策を求めてしまうのだと実感するようになりました」と話す。
二十世紀半ばの「緑の革命」は、品種改良や化学肥料によって世界的な食料増産を実現した。しかし、単一作物への依存や集約的な農業は、しばしば世界各地で土壌の劣化や生物多様性の損失を引き起こしてきた。土が作物を育み、作物が産業を生み、産業が社会を形づくるのだとすれば、土壌の劣化は、その連鎖全体を崩してしまう可能性をはらんでいる。
冒頭で触れたメソポタミアのように、土壌が劣化すれば、農業が成り立たなくなり、その土地に根ざした産業や経済も衰退していく。やがて、人々が暮らし続けることさえ難しくなるかもしれない。土地の恵みの上に築かれてきた文明は、その足元が崩れれば、同じように揺らいでいくのだ。

写真提供:株式会社TOWING
「科学とは、自然と出会い直すためのレンズ」
それでは、こうした複雑なシステムと、人間はどのように向き合えばよいのだろうか。
「科学とは、自然や本来持っているものに出会い直すためのレンズだと思っています」永田さんはそう語る。
「昔は感覚的に理解されていた『生態系を統合して考えなければいけない』という考え方に、ようやく現代の科学が追いついてきています。かつて人々が経験のなかで培ってきた『いろいろなものを一緒に育てた方がうまくいく』という知恵を、科学が少しずつ説明できるようになってきたのです。微生物の技術も、基本的には自然の原理を活用するものです。昔の知恵に、技術が『出会い直す』ような状況が起きていると感じています」
DNA解析技術などの進歩によって、土壌の中で起きている膨大な微生物同士の相互作用や、生態系の複雑なつながりを、少しずつ理解できるようになってきた。世界各地の先住民や土地に根ざして暮らしてきた人々が受け継いできた知恵と、現代科学が解明しつつあることは、「驚くほど似ているというより、根底では同じことを捉えている」と永田さんは話す。
「科学とは真理を追求していく営みです。今は分断されているように見える両者の架け橋になりうるものだと捉えています」
では、科学が自然の複雑なつながりを解き明かしつつある今、それによってもたらされる知は、社会をどのように変えていくのだろうか。

写真提供:株式会社TOWING
科学と感覚が「うねり合う」とき、社会は変わる。システムチェンジを加速するのは、身体感覚
永田さんは、近年関心を寄せている「システムチェンジ」という考え方を挙げる。
「規制や金融市場といった社会のルール、科学の進歩、そして人々の感覚的な理解。そうした異なる動きが、時間をかけて『うねり合い』ながら、社会は少しずつ変わっていくのだと思っています」
人々が感覚的に理解していたことが、科学によって裏づけられ、教育や制度へと反映されていく。そして、それが新たな社会のルールとして定着していく。永田さんは、そうした変化の積み重ねこそが、システム全体の転換につながると考えている。
「科学の裏付けというのは絶大な力があります。農家にとっても、それを普及しようとする企業にとっても、科学的根拠があるかどうかは非常に重要です」
科学が規制や金融市場を動かす。しかし、永田さんはそれだけでは足りないと言う。永田さんが挙げたのは、意外にも「身体感覚」だった。
「僕は『身体感覚』にすごく興味があります。自分が感じていることと、科学的な知識が組み合わさったときに、より深く理解できる感覚があるんです。科学・土壌・人間の循環をつなぐ結節点になるのは、そこだと思っています」
実際に世界各地の農地を訪れるなかで、永田さんは、土地とともに生きる人々の時間感覚や土地との向き合い方に、強い印象を受けてきた。ブラジリア近郊でブラジル最大級の有機農場を営む男性は、「この土地は自分の子どもだ」と本気で語っていたという。また、タイで百年近く続くキャッサバ加工会社の経営者が見ていたのは、次の世代、その先の世代だった。
「こうした代々続く産業に携わる人たちは、目先の一年ではなく、数十年先を見据えている点が、都市で生きる人とは大きく違うと感じます」
土地とともに生きる人々が持つ、時間軸や感覚。都市で暮らす私たちは、そうしたものと、どのように出会い直すことができるのだろうか。永田さんは、その鍵の一つとして、教育に期待を寄せる。
「昔だったら、自然の互恵性のようなものは、暮らしのなかで当たり前のように身についていました。今は、それを科学と結びつけながら理解していくことが大切だと思うんです。それが最終的に、政治や制度にも反映されていくのではないでしょうか」

写真提供:株式会社TOWING
私たちはもう一度、野に出る
筆者が永田さんと出会ったのは、気候変動をめぐる国連会議COP30の会場だった。そこは、科学、経済、政治、そして地域に根ざした知恵が交わる場でもある。取材を通じて、同じ会場で耳にしたブラジルの農業研究を最前線で支える研究者の言葉を思い出していた。
「若い科学者はもっとフィールドに出なさい。土と人を知ることで、科学は初めて、その力を十分に発揮できる」彼は、予定されていたテーマそっちのけで、そう熱弁していた。
衛星やAI、DNA解析によって、私たちはかつてないほど自然を見ることができるようになった。しかし、データだけで社会が変わるわけではない。
科学が、自然のなかに本来備わっている複雑で豊かな循環に出会い直すためのレンズであり、システムチェンジがさまざまなうねりのなかから生まれるものだとしたら、自分たちもまたその循環の一部であることを、一人ひとりが身体で引き受けていく営みが必要なのかもしれない。
科学が発展した今だからこそ、私たちはもう一度、野に出る必要がある。
【参照サイト】株式会社TOWING
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アイキャッチ画像提供:株式会社TOWING
Edited by Megumi






