【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?
私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになっています。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。
会議で、一部の人の声が大きく、ほかの人はそれに従ってしまう。あるいは、全員が納得するまで話し合い続けて、何も決まらない。組織で働いていれば、どちらも一度は経験があるのではないだろうか。
こうした違和感を、私たちは「自分の力不足」や「職場の空気」のせいにして飲み込んでしまいがちだ。しかし、もしその背景に、意思決定の仕組みそのものの問題があるとしたら、どうだろう。
ロンドン北部に拠点を置く労働者協同組合・Outlandishは、「ソシオクラシー(Sociocracy)」と呼ばれる意思決定の手法を、ほぼあらゆる決定に使っている。同社は、労働組合や会員制組織、コミュニティ・エネルギーの協同組合といった市民社会組織向けに、デジタル基盤を開発するテック企業だ。今回、同社が運営するスペース・SPACE4で開かれた勉強会に参加し、メンバー兼ディレクターとして事業運営を担う、Natasha Natarajan(ナターシャ・ナタラジャン)氏にその実践について話を聞いた。

Image via Outlandish
利益を外に出さない協同組合が、日々の決定に使う手法
Outlandishは、従業員が所有する「ワーカー・コープ(労働者協同組合)」だ。ロンドン北部のフィンズベリー・パークに拠点を置くテック企業で、労働組合や会員制組織、コミュニティ・エネルギーの協同組合といった市民社会組織をパートナーに、その活動を支えるデジタル基盤を設計・開発・改善している。
公式サイトによれば、事業は大きく3つに分かれる。一つ目は、オーダーメイドのWebプラットフォームやデータダッシュボード、ポータル、ケース管理システムを手がける「デジタル基盤」。二つ目は、何を作るべきかを見極めるため、ディスカバリーのセッションやユーザーリサーチ、テストを行う「デザイン&イノベーション」。三つ目は、ソシオクラシーのような民主的な経営手法の導入や、成長する協同組合への助言を行う「組織開発」だ。
拠点となるフィンズベリー・パークでは、仕事・研修・イベントのためのスペース「SPACE4」も運営している。年70回以上の無料イベントやワークショップを開き、地域や民主的な事業、社会運動に再投資しているという。
会社のあり方も、一般的な企業とは異なる。同社は、利益の最大化ではなく、良い仕事をし、チームを支え、地域に貢献することを存在意義に掲げる。公式サイトによれば、会社の資産は「ロック」されており、外部の株主に利益を還元する必要がない。利益は全額、チームや社会的プロジェクト、地域へ再投資される。給与の最高額と最低額の比は3:1で、契約者を含む全員がリビングウェージ(生活賃金)以上を得ている。
この構造を日常で動かしているのが、「ソシオクラシー」である。ソシオクラシーとは、共通の目的を持つ人々が組織を運営するためのガバナンス手法の一つだ。多数決や「全員が賛成すること」を意思決定の条件とするのではなく、提案に対して組織の目的を損なうような重大な異議がないことを確認する「同意(consent)」を基本とする。
ナタラジャン氏が、ソシオクラシーの核となる原則として挙げられたのは、「許容範囲」「順番に話す」「提案」の3つだった。
「好み」ではなく「許容範囲」で重なればいい
ナタラジャン氏がポイントとして挙げたのが、「許容範囲(range of tolerance)」という考え方だ。
たとえば、チョコレートが好きな人がいる。これが「好み」だ。その周りには、「甘いものなら食べられる」という「許容範囲」がある。そして、ナッツのアレルギーがあれば、それは許容範囲の外、つまり「異議」になる。グループで決めるときに探すのは、全員の好みが一致する点ではなく、許容範囲が重なる点だ。

ソシオクラシーの「許容範囲」の考え方を、食べものの例で図解(Outlandishの資料をもとに筆者が日本語版作成)
ここで問われるのは、「合意」ではなく「同意」だ。案に賛成しなくても、進めることを受け入れられればいい。同意とは、受け入れることであって、賛成することではない。案は、根拠のある異議が出ない限り、前に進む。ナタラジャン氏はこの考え方が、職場の外でも自分の物差しを変えたと話す。
「以前の私は、『自分ならこうはやらない』という感覚で物事を見ていました。でも、フラットな組織で他の人と働けば、相手は私の望まないやり方で動きます。そのとき、『自分は何を許容できるのか』『事業は何を許容できるのか』と考えるようになったのです」
もう一つの合言葉が、「good enough for now, safe enough to try(今のところ十分で、試すのに安全)」だ。決定を素早く下し、うまくいかなければ素早く変える。決めるまでに時間をかけすぎると、かけた時間の分だけ見直しづらくなる。そうした事態を避けるための考え方でもある。
議論を堂々巡りさせないために、「提案」から始める
ソシオクラシーでは、誰かが具体的な案を書いて持ち込むところから議論を始める。誰かが(あるいは少人数のグループが)考え抜き、案として持ち帰る。案は完璧でなくていい。グループで形を整え、磨き上げていくものだ。
スライドには、こう書かれていた。「何をすべきか?」から「これについてどう思うか?」へ、問いを切り替えるだけで、意思決定は劇的に速くなる。形になりかけた案の方が、修正したり賛否を示したりしやすいからだ。
案に盛り込む項目は、次の5つとして示された。
- 何を:具体的かつ網羅的に
- なぜ:提案する理由
- いつ:期間やスケジュール
- 誰が:実行を担うチーム
- いくら:予算と、隠れたコストの有無
「自分は、議論を前に進めるために、あえて案を出すことがあります。そのときは、自分のものというより、みんなで決めるための材料として出しています」とナタラジャン氏は語る。
もう一つの工夫が、会議の冒頭にファシリテーターを決めること。進行の権限を一時的にその人に預け、発言は輪番で一周ずつ回す。パスもできる。Outlandishでは、ファシリテーターは会議ごとに交代し、「やりたい人がやる」。連続会議で疲れている人は、断ってもいいという。
「同意プロセス」の進め方
提案が出たら、ファシリテーターが次の3つのラウンドで、一人ずつ意見を聞いていく。スライドは、各ラウンドを「理解する」「探る」「決める」と対応させて示していた。
- 確認のための質問(理解する):案を理解するための質問に限る。「こうしたらどうか」という誘導的な質問は認められない。提案者と同じチームとして、案を通す側に立つことが前提
- 最初の反応(探る):好き嫌いも含めて、感じたことを率直に述べる。途中で遮ったり、反論したりはしない
- 重大な懸念(決める):「重大な懸念があるか」を、まず「はい/いいえ」で確認する。全員が「いいえ」なら、案は通る。「はい」の場合は、その懸念を案に取り込み直し、修正した案でもう一度最初から手続きを回す
感情は2つ目のラウンドで出し切り、3つ目で問われるのは、根拠のある異議があるかどうかだ。
挙げられた例は、オンライン会議ツールの選定だ。たとえば、「Google MeetではなくZoomにしよう」という提案に、ある人が重大な懸念を示す。そこで「別の会議ソフト・Jitsiなら懸念は解消する」と修正案が出る。修正後の案で、もう一度手続きを回す。
「私たちはみんな、この案が通ってほしいのです。だから懸念を和らげる方法を探します」
懸念を出すことも、同じチームとして案を強くするための行為だと位置づけられている。スライドのには、影響を受ける人全員に発言権があること、判断の理由を透明にすることも、原則として記されていた。
4人のメンバーと、10〜15人のフリーランス
この手法を、Outlandishは「サークル」という単位で組織に適用している。サークルとは、特定の役割や領域について意思決定をするチームのことだ。会社全体の戦略や事業の方針を決める中心のサークルが「メンバーサークル」で、その周りに、テックや財務、人事といった役割ごとのサークルが置かれている。それぞれのサークルは、中心のメンバーサークルとつながる。メンバーは、メンバーサークルに加えて、最低一つ、ほかのサークルにも所属する。これにより、中心と現場の間で情報が行き来する仕組みだ。
勉強会では、15人規模だったころの構造が例として示された。メンバーサークルの周りにあったのは、人事、スペース運営、事業開発、広報、プロジェクト管理、テック、財務の7つのサークルである。
現在のメンバー(オーナー兼ディレクター)は4人。かつては10人だった。従業員になれるのはメンバーだけで、実際の業務は10〜15人ほどのフリーランスと進めている。フリーランスは、関わる領域のサークルでは意思決定に参加できるが、中核のメンバーサークルには入らない。希望すれば、提案を持ち込むことはできるという。
メンバーが減った今は、サークルの姿も変わった。人事や財務は、会議体というより、実質的に一人の担当業務になっているそうだ。
ソシオクラシーは、意思決定だけのものでもない。Outlandishでは、結論を出さない場でも、偏りなく意見を出し合う型として使っている。講師は、研修をしたある組織が、この手法そのものより「許容範囲ですか」といった言葉づかいを持ち帰った、とも話した。こうした言葉を会議に持ち込むだけでも、見方が変わるという。
変更の例もあった。年末にある方法を決めたところ、年明けにテック担当の開発者が「うまくいっていない。別の案を提案する」と言い出した。手続きが決まっているから、「では、変える提案を出そう」とすぐに動ける。ここでも、批判するだけでなく解決案も添えることが求められるという。
見えてきた限界
ソシオクラシーの限界についても、ナタラジャン氏は率直だった。
たとえば、長期の賃貸契約や建物の大規模改修のように、やり直しのきかない大きな決定にも向くのか、と参加者から問われた。ソシオクラシーは、素早く決め、うまくいかなければ変えることを前提にしている。「決定は実験である」というのがポリシーだ。小さく分けて決める、専門性のあるサークルに委ねるといった工夫ができ、提案書は長く詳細なものでもよい。Outlandishでも大きな決定にこの手法を使うが、同氏自身はさらに大規模な決定を行う組織での経験はないと話した。
さらに、どこまでの人を議論の輪の中に入れるのか、社員とフリーランスとの線引きも難しい。利益を受ける人が責任も負うべきだと考えれば、利益や責任の度合いが違う人を、中核の決定にどこまで関わらせるかは悩ましい。Outlandishでも問われ続けているテーマだ。
また、この手法は、参加する一人ひとりに高い自己認識を求める。ナタラジャン氏は、物事が前に進むのを頑なに拒む人がいる場合、それは別の問題になると話す。「好み」と、受け入れられない「異議」は別物であり、その線引きを自分でできるかどうかが、この手法を機能させる前提になる。どこまでが自分の許容範囲なのかを見極めるには、訓練が必要だとも述べられていた。

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編集後記
ソシオクラシーの手続きは、決して派手なものではない。ファシリテーターを決め、順番に話し、案を書き、質問し、懸念を確かめる。特別な技術も、強いリーダーシップも要らない。けれども、その地味さこそが、声の大きい人に流される状況を防ぐ土台になっているように感じられる。
実際にOutlandishでそれが実践された上で、メンバーから「これは万能ではない」という声が上がっていたのも印象的だった。元に戻せない決定、責任の度合いが違う人との線引き、そして何より、自分の許容範囲を見極める自己認識。手法を導入すれば組織の悩みが消えるわけではない。ソシオクラシーはむしろ悩みを言葉にして、共有するための型として使われている。
決定を迫られたとき。私たちは、誰かの「正解」に従うか、不満を飲み込むかの二択を迫られていないだろうか。「これは好みなのか、許容範囲なのか」その一言を会議に持ち込むだけでも、場の空気は少し変わるかもしれない。意思決定の仕組みを自分たちの手で編み直す試みは、階層のある組織の、一つのチームからでも始められる。
【参照サイト】Outlandish
【参照サイト】SPACE4
【参照サイト】CoTech
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