多様性という言葉が重要視され、これまであったようなわかりやすい正解がなくなった。働き方も変わり、大企業に入ることだけが幸せではなくなったし、好きなことを仕事にしようとする人も増えた。正解が決まっていた時代から、今度は自分自身で考え、選び、正解をつくる時代となった。
一方で、これまであったようなレールがなく、常に「自分らしさ」を問われるようになった今、その答えが見つからない、好きなものがわからないと悩む人も同じように増えたのではないだろうか。
「アーティストは、常に自分が生きている意味や自分らしさを自問自答しながら生きている。」
そう語るのは、金属造形作家・角居康宏(すみいやすひろ)氏だ。
金属造形作家である角居氏は、常に自分自身と向き合いながら20年以上ものづくりを続けている。
昨年度彼がつくったのは、そんな独自の思想を持っているアーティストと一般の人が時間を共有でき、アーティストのアトリエと居住スペースが併設した『中条アートロケーション《場》』だ。さらに、気軽に入れるカフェ「美場(ビバ)」が2019年5月5日、アトリエ1階にオープンした。自家焙煎の珈琲を飲みながら、アーティストの作業風景を見てほっと一息できる場所となる。
この『中条アートロケーション《場》』で、私たち一般人が中条のアーティストたちと触れ合うことで、どのようなインスピレーションを受けることができるのか。角居氏に、『中条アートロケーション《場》』をつくったきっかけや、私たちが自分らしい人生を送るヒントとなりそうな芸術・文化が社会に与える影響についてお話を伺った。
限界集落にアーティストの秘密基地を
もともと長野市でアーティストとして活動していたが、制作場所が狭くて困っていたという角居氏。十分な広さを探し求めてたどり着いたのが、長野県中条だった。高齢化率52パーセント、人口1800人ほどのいわゆる限界集落である。
中条との出会いは、「空き家バンク」でこの物件を見つけたことがきっかけだった。ここは1・2階合わせて約60坪ととても広く、敷地内にあるもう一棟の建物は県内外や海外のアーティストが中条で滞在制作できるように、宿泊棟に改装している途中だ。
「この広さなら、自分だけではなくて他のアーティストも巻き込んでいろんな表現方法を見る環境をつくることができると思ったんです。ものづくりをする楽しさを、たくさんの人に感じてもらえる場所になるのではないかと、ワクワクしました。」
改装するにあたってクラウドファンディングで資金を集め、アーティストや助っ人と協力しながら一緒にDIYを行った。工事中から気さくに話しかけてくれる地元の人たちのあたたかさに触れ、中条がどんどん好きになったという。
「1800人のところで発信すると、声が大きくなるんですよ。そして1800人の集落は、人が来ることをとても喜んでくれるんです。」
小さな村でものを創ることは、つくり手にとっても村にとってもいい。人口が少ない村での創作は、都会と比べて埋もれにくいためアーティストは自分の作品をアピールしやすい。また、自分たちで0からモノを生み出せるアーティストは村の外に出稼ぎに出ることもなく、昼間人口も減らない。
中条で出会う「何もしない豊かさ」
中条には、目立った名物や観光資源などはない。「ここはなにもない」と地元の人たちは言うけれど、なにもないからこその「真っ白で何色にも染まることのできる場所」であるということを、移住して感じると角居氏は語る。
なんでもある都会に慣れた私たちは、“何か”がないとそこにいく価値がないと思ってしまいがちだ。しかし、何もしないために出かけるというのは逆に、すごく豊かなことではないだろうか。
中条での生活は、思いがけず予定していなかったことや出会いだらけだという。仕事の途中で地元のおじさんがやってきてお茶を飲み始まったり、おばあさんが家の野菜をおすそ分けにきてくれて話が止まらなくなったりすることが日常茶飯事。だからこそ、角居氏はあえて予定を詰め込むことをしない。毎日に「余白」の時間をつくることで、気持ちが豊かになり、アーティストとしてアイデアも自然と生まれやすくなるという。
『ワクワク』こそが『自分らしさ』そのもの
常に自分らしさについて問うているアーティスト。この『中条アートロケーション《場》』で、現代の「自分らしさ」について悩む若者とアーティストが交わることは、新しい発見を生むことにつながるのではないかと角居氏は話す。
「アーティストって、ワクワクにより正直で、リスキーな選択をしていった人たちで、だからこそ生きることに対して真っ正直で真剣なんです。その人たちとのふれあいや考え方を聞くこと自体が、自己の拡張につながるのではないかと思っています。」
「そもそも自分らしさについて悩むことそのものが自己のアイデンティティの入口なんですよね。だからその悩みについて頭を悩ませる必要はないんです。その悩みの大部分は『選択』。人生の大きな岐路に立つとき、どちらにもメリットデメリットはあります。そのときの自分がよりワクワクするほうを選べるか。ワクワクする道は現実的なデメリットは大きいでしょう。しかし未来なんてわからないので一歩ふみだしてから景色を見ればいいのではないかと思うのです。一歩先の自分のスキルや時代の変化に合わせた軌道をその時にまた描けばいいのではないかと。自分にとっての今のワクワクと未来のワクワクは変化しているかもしれない。そうしたら軌道を修正しながらまた一歩踏み出して景色を見る。その『ワクワク』こそが『自分らしさ』そのものなのではないでしょうか。」
芸術の「ムリ」「ムダ」「ムラ」を理解することが、やさしい社会をつくる
「社会は、ムリ・ムダ・ムラを排除しようとしますが、芸術はムリ・ムダ・ムラがあってこそ成り立つものなんですよね。」
しかしそうした芸術家の「無駄でもいいし、無理でもいい」という考えに触れることで、社会はもっとやさしく寛容になると角居氏は続ける。
「たとえば、アーティストの制作を見ながらカフェでコーヒーを飲んでる一般の人がいたとするでしょう。そうすると近所の人がやって来て話し込み、アーティストの手が止まります。しかしそれでも数時間もすれば、作品はできあがるんです。そういう光景に出会うことで『ときには仕事に効率的ではない部分があってもいいんだ。許容することは豊かなことだ』と、感じることができると思うんです。ときには、無駄がない社会についていけなくたっていいんです。」
社会で生きる私たちは常に、効率的に物事を進めることを求められる。1分でも電車が遅れれば全体にズレが生じるし、顧客とのアポイントの間に時間があるものなら、何か別の予定を詰め込んだりすることもあるだろう。しかし、そんなとき、ときには寄り道してもいいという考えがあるだけで救われる人がいるのではないだろうか。
「僕、目標に向かって効率的に生きることが苦手なんです。そうして成功した人は何人もいると思いますが、なりたい理想の自分がいて、それに常に引っ張り上げられていると、なんだか苦しくなってしまうんです。そうすると、寄り道できないじゃないですか。寄り道は、僕の考えでいうと“豊かさ”なんです。寄り道をして違う道へ行くと、道がどんどん広がっていきますよね。そこでの出会いも面白いことだらけです。いつも、そのときの自分が決めればいいんです。」
そんな角居氏は、地域の子どもたちとも積極的に交流している。
「子育ては、育てるだけではなく、子どもが生きる環境も育ててあげなければいけない。小さいうちからアーティストと関わり、無駄があってもいい社会を知ることで大人になって悩んだときに『そういえばあんなに余白がある生き方をしている大人もいたなぁ』と、思い出してくれればいいんです。」
これから日本各地ではますます高齢化が進み、中条のような限界集落も増えていくだろう。しかし、すでに限界集落と言われている中条で、こうして都市部とは違った視点を持ち、幸せに暮らしている人々がいる。それはこれから先、高齢化問題に直面していく地域の人々の参考になるのではないだろうか。
編集後記
取材中に角居氏は『中条アートロケーション《場》』をどんな場所にしたいかという問いの延長で、自らの幸せの定義を教えてくれた。
「知っていますか?幸せそうな人と、直接つながり合う人の友人は幸せである可能性が高いんですよ。」
「自分が幸せだと“思い込んで”幸せに生きることは、僕の知らない誰かを幸せにして生きている可能性があるんです。僕がただ、楽しんでいるだけでいい。幸せになるというのは、本来は自分自身を満ち足りた状態にすることではなく、人を満ち足りた状態にさせることなんです。たとえば、株で儲けて一億円持っていても、孤立してしまえばその人は孤独ですよね。」
「僕はこの場所を、集まる人々で幸せ送りができる場所にしたい。幸せ送りをした人がまた核になって幸せ送りをしてくれれば、どんどん幸せが広がっていく。」
そう語る角居氏の周りには、自然と楽しそうな人ばかりが集まっていた。このプロジェクトの名前にもなっている《場》とは物理用語で、影響が及ぶ場のことをいう。そんな場所でのアーティストとの出会いが、自分のアイデンティティを探すきっかけとなり、日常では得られない新しい気付きをくれるに違いない。そうして今後この場に集まる人々が、地域から幸せを伝達させていく一助となるだろう。
【参照サイト】 角居康宏サイト
【参照サイト】 中条アートロケーション《場》クラウドファンディングページ
【参照サイト】 美場(ビバ)