人々の生活に欠かせないもの。それが「住まい」だ。しかし、その住まいのあり方がいま、時代の要請とともに大きな変革を迫られている。2050年には世界人口が98億人に到達し、その7割が都市で生活するようになると予測されているなか、世界ではどのように持続可能な都市(サステナブル・シティ)を実現するかが頻繁に議論されている。
サステナブルな暮らしと聞くと、自然豊かな田舎でのんびりと自給自足の生活を営むといったイメージをお持ちの方も多いかもしれない。なかには都会の生活に疲れ、田舎暮らしをはじめたという人もいるだろう。しかし、実際には私たちの多くは都市へと向かっており、日本もその例外ではない。東京を中心とする首都圏への人口集中は続いており、私たちは人口が密集する都市においてどのように持続可能な暮らしを実現するかという新たな課題に直面している。
そんな状況に対し、都心部の利便性を保ちながらも自然と共生したサステナブルな暮らしを実現できる集合住宅をつくり、新たなライフスタイルを提案している企業がある。それが、「ライオンズマンション」ブランドで知られるマンションデベロッパーの大京だ。
大京が横浜市都筑区にある港北ニュータウンに建設した『ライオンズ港北ニュータウンローレルコート』は、2019年の1月に集合住宅としてはじめて「サステナブル住宅賞」を受賞した。
サステナブル住宅賞は、「地域の気候風土や住文化を活かしつつ、居住環境の豊かさを維持しながら、省エネルギー、省資源、建物の長寿命化など環境負荷低減に配慮した、新しい住まい方を実現する先導的なサステナブル住宅」を表彰するものだ。一般財団法人建築環境・省エネルギー機構が主催している。
戸建ての業界では、すでに太陽光発電やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)など環境に配慮した住まいづくりが進んでいるが、都市での暮らしを考えるうえで欠かせない「集合住宅」の領域では、これまで「サステナビリティ」という概念が前面に押し出されることはあまりなかった。
この大京がつくった『ライオンズ港北ニュータウンローレルコート』とは、いったいどのようなマンションなのだろうか?プロジェクトを手がけた大京の中山雄生氏(建設管理部商品企画室室長)、内田麻衣子氏(建設管理部商品企画室商品開発課係長)、近谷春菜氏(建設管理部商品企画室商品開発課)にお話をお伺いしてきた。
ビオトープのあるサステナブルなマンション
ライオンズ港北ニュータウンローレルコートは、横浜市都筑区にある新興住宅地「港北ニュータウン」にて2015年8月に完成した7階建て・全221戸のマンションだ。大京と近鉄不動産が事業主となり、ランドスケープデザインは池袋にある豊島区庁舎や二子玉川ライズなどを手がけたことで知られる建築デザイン会社のランドスケープ・プラス社が担当した。
このマンションはどのような点が評価され、集合住宅として初となる「サステナブル住宅賞」を受賞することができたのだろうか。大京の中山氏によると、そのポイントは、大きく分けて三つあるという。
一つ目は、「緑の環境を最大限に保存し、ふるさとをしのばせる街づくり」を基本方針に掲げている港北ニュータウンの緑化計画「グリーンマトリックス」を敷地内に完全に再現し、敷地内にビオトープをつくるなど、「緑」や「水」が住居と一体化した空間を創り上げた点だ。
二つ目は、太陽光パネルや蓄電池といったスマートテクノロジーと、光や風などの自然エネルギーを有効に活用するパッシブデザインを融合させることで、マンションの維持管理コストを飛躍的に削減することに成功したという点。
そして最後の三つ目は、住民が自分たちの暮らすマンションや地域に愛着が持てるよう、敷地内の共同巡回や環境教育プログラムなど、環境だけではなくそこで暮らす「ひと」のための取り組みも実施している点だ。
「住まいも長生きする国へ」をブランドメッセージとして掲げている大京は、自社のサステナブルな住まいへの挑戦を体現するべくこのプロジェクトに取り組み、従来の集合住宅ではなかなか実現できなかった上記のような新しい取り組みを実現し、見事にサステナブル住宅賞に輝いたのだ。今回はそれぞれの取り組みについて詳しくご紹介したい。
港北ニュータウンの「グリーンマトリックス」を敷地内に再現
港北ニュータウンでは緑地・水辺・オープンスペースを有機的に結ぶ都市計画、「グリーンマトリックス」に基づいた街づくりが進められており、街を囲むように整備されている緑道の脇には約8kmにもおよぶせせらぎが流れているなど、水と緑が一体となった自然空間が演出されている。
ライオンズ港北ニュータウンローレルコートは、このグリーンマトリックスを敷地内に再現するべく総開発面積約8,600平米のなかで在来種100%、植栽本数約3700本、緑地率30%を実現し、せせらぎのある中庭や里山にある溜池をイメージしたビオトープ、地域住民のふれあいの場となる広場などを用意した。
また、マンションのエントランスは、流れる水を利用したホワイトカーテンにより、水が奏でる音を楽しみながらもプライバシーに配慮されたエントランスに仕上がっている。そして一階部分はミュージックルームやコミュニティルーム、ライブラリーコーナーなど多彩な共用施設が集まる「プラザ・タウンセンター」となっている。
中山氏によると、ミュージックルームでは少し前までマンション入居者がギターを教えていたという。また、コミュニティルームは入居者による自主的な活動に使えるようになっており、子供のダンス教室やヨガ教室、料理教室などが行われているそうだ。
そして、ライオンズ港北ニュータウンローレルコートではライブラリーコーナーも他のマンションとは一味違う。一般的にマンションのライブラリーコーナーは図書管理の専門会社に入ってもらうケースが多いが、このマンションでは最初に大京の社員が本を集めて置き、その後の図書管理は管理組合が行っているという。今では住民がいらなくなった本を置いてくれており、教育意識の高い人々が多い港北ニュータウンらしく中学受験本なども充実しているという。ライブラリーコーナーも住民によって自主的に運営されているのだ。中山氏は、「最初は売主が管理組合ときっちり組んで、継続して運営する仕組みを一緒に作り上げるのが最大のポイントだ」と話す。
スマートとパッシブの融合による維持管理コストの削減
二つ目のポイントは、スマートテクノロジーとパッシブデザインの融合によるマンションの維持管理コストの削減だ。ライオンズ港北ニュータウンローレルコートはただ環境に優しいだけではなく、経済面でも住民にメリットを提供している。
物件の敷地内を流れるせせらぎやビオトープの水、敷地の30%を占める緑地への水やりには、敷地内に掘られた井戸から湧き出る井戸水が使われている。また、同物件には25キロワットの太陽光パネルと44キロワット時の蓄電池が設置されており、井戸水のポンプはこの蓄電池に貯蔵された太陽光エネルギーによって稼働する仕組みとなっている。
緑地スペースの維持には大量の水を要するため、水道水を利用すればそのぶん管理費が高くなる。しかし、ライオンズ港北ニュータウンローレルコートの場合は自然エネルギーで井戸水をくみ出すという方式のため、水道代も電気代も大幅に削減している。
中山氏によると、井戸水の利用により年間140万円、太陽光・蓄電池システムにより年間40万円、合計年間180万円もの管理コスト削減ができるという。それにより、一般的なマンションの数値と比較して約2割も安いそうだ。
「こうした緑地の維持管理にはコストがかかるため、結局は続かないことが多い。維持するためにはお金がかからないことが大事」だと話す中山氏。サステナブルな維持管理の視点からも、コストをいかに削減できるかが重要なのだ。
また、維持管理コスト削減を実現するうえでもう一つの鍵を握っているのが「パッシブデザイン」という考え方だ。パッシブデザインとは、エアコンやヒーターなどの機器をできるだけ使わず、光や熱、風といった自然のエネルギーを最大限に活用することで快適な住まいづくりを実現する設計手法のことを指す。
ライオンズ港北ニュータウンローレルコートの敷地内では、緑地を計画的に配置することで気圧の変化を起こし、クールスポットを生み出している。そして、気圧の変化で風が流れやすい状態をつくり、その風を効率よく部屋に取り入れるために、玄関や各居室の扉に換気機能をつけるなど、ドアを閉め切っていても風が室内に流れ込んでくるパッシブデザインを取り入れているのだ。
中山氏によると、夏場のエアコンの使用量は3割削減できるほか、一般住宅と比較して4.9度も低い室内環境を実現できるという。パッシブデザインにより、共用部の管理費だけではなく、各家庭が電気代を節約できるようになっているのだ。
これらのスマートテクノロジーとパッシブデザインの融合により、同物件はサステナブルなマンション運営に欠かせない維持管理コストの削減という大命題をクリアしている。
住民の愛着を生み出すための仕掛けづくり
上記で紹介したような緑地や設備をいくら充実させたとしても、結局のところはそこに住む人々が愛着を持って管理をしていかないと、きれいな緑や快適な住環境を維持することは難しい。自然と共生したサステナブルな暮らしを実現するためには、ハード面だけではなくソフト面の取り組みも大事なのだ。
そこで大京は、まずは生態系に配慮した管理体制を構築し、そのうえで生態系育成プログラムを運営し、そしてそれを継続するという三つの取り組みを柱として、住民がマンションに愛着を持てるような仕掛けづくりを進めていった。
管理体制の構築において大京がこだわったのは、植栽管理会社の選定だ。中山氏によると、一般的にマンションの敷地の植栽管理会社は管理会社が決めることが多く、事業主がタッチすることはないものの、ライオンズ港北ニュータウンローレルコートの場合は設計の趣旨や考え方、管理能力の有無をしっかりと見極めるために、コンペ形式で植栽管理会社を選んだという。植栽管理会社には、ただ植栽を管理するだけではなく住民に愛着を持ってもらうためのイベント企画・運営能力も求められ、結果として東邦レオ社が選定された。
また、生態系育成運営プログラムについては住民が入居する前から取り組んだ。入居前には植樹祭を実施し、135世帯・408名が参加するなどとても盛り上がったという。そして入居後は管理組合の中にビオトープ担当の理事を設置し、理事と大京、ランドスケープデザイン社の社員らが一緒になってビオトープの共同巡回も定期的に実施した。
中山氏は、「共同巡回は住民と一緒にやるのがポイントで、住民の方々にビオトープがどのように成長するのか、問題が起こったときにどのように対応すればよいのかを学んでもらい、自主的に運営できるようサポートすることが大事」だと語る。
マンションの竣工から3年が経過し、共同巡回の契約はすでに終わったものの、住民からは今後もビオトープを守っていきたいのでアドバイスを続けてほしいと継続を希望されているという。
そのほかにも、大京ではメダカの放流会を実施したり、グリーンカーテンセミナーを実施したりするなど住民の愛着を高めるための様々なイベントを企画してきた。しかし、2年目ともなると管理組合が自主的に活動をはじめ、今ではタブレット顕微鏡を使ったビオトープ研究や、野鳥の巣箱づくり、富士山へのバスツアーなど、様々なイベントが自発的に立ち上がっているそうだ。
港北ニュータウンだから、できた
ここまでご紹介したように、ライオンズ港北ニュータウンローレルコートは「グリーンマトリックスの再現」「スマートとパッシブの融合による維持管理コストの削減」「住民の愛着を生み出す仕掛けづくり」の三つに取り組んだことで、見事に自然と住民が共生するサステナブルなマンションの運営に成功している。
なお、このマンションは経済的にも成功したプロジェクトとなっており、当時の相場では少し高めの価格設定に加え、駅から徒歩15分とそこまで恵まれた立地ではないにも関わらず、販売した当時は221戸がすぐに完売となったという。購入層は30~40代の若い世帯がメインだそうだ。
このプロジェクトの成功要因について、中山氏は「港北ニュータウンだからできたこと」と謙虚に語る。同氏によると、港北ニュータウンは「利便性も高くて自然も豊か」というのが最大の特徴で、このエリアを好む人は若い世代の教育熱心な層が多く、子供にはただ勉強させるだけではなく自然とも触れ合って欲しいと考えている人が多いという。自然と共生したサステナブルなマンションというコンセプトは、マーケティングの観点から言っても港北ニュータウンらしいライフスタイルを望む人の理想を体現したものだったのだ。
サステナブルな取り組みの共通言語は、資産価値の向上
また、大京の場合は売主と買主という関係を超え、マンションの住民と一緒になってマンションの運営に取り組むことができているが、その背景について中山氏は「資産価値の向上」という共通言語があるからだと説明する。
同氏によると、ビオトープの共同巡回やサステナブル住宅賞の現地調査など、様々な取り組みに管理組合の人々が協力してくれるのは、それらのサステナブルな取り組みが結局のところマンションの資産価値向上につながることを一番理解しているからだという。
サステナブル住宅賞やグッドデザイン賞の受賞といった第三者からの評価や、それらの評価を得るための日々のマンションの維持・管理は、めぐりめぐって住民の経済的な利益となって返ってくる。だからこそ、大京も住民も同じ方向を向いてサステナブルなマンションづくりを進められるのだ。
最後に、こうしたサステナブルな集合住宅という新しい取り組みを成功させるうえでもっとも意識すべきことを尋ねたところ、大京の内田氏は「作って終わりではなく、どのように継続して関わりを持っていくか」だと答えてくれた。
一般的にマンションデベロッパーは「作って終わり」となりがちだが、これからの時代はデベロッパー自身も住民コミュニティの運営に積極的に携わり、住民とともに「豊かな暮らし」をつくりあげていくことが大事なのだ。
取材後記
大京というと「ライオンズマンション」のブランドイメージが強く、サステナビリティに関する取り組みについてはあまり知らなかったが、実際に話をお伺いすると、「ライオンズ港北ニュータウンローレルコート」は太陽光発電と蓄電池、井戸を組み合わせた緑地管理、パッシブデザインによるコスト削減、ビオトープを活用した住民コミュニティ形成など、サステナブルな暮らしを実現するためのノウハウや知恵が隅々まで反映された革新的なマンションであることがよく分かった。これらのサステナブルな強みがマンションの人気につながり、経済的にも価値を生み出している点も秀逸だ。
ビオトープがあるマンション。今はまだとても斬新なアイデアのように聞こえるが、いつか日本中、世界中にある都市の集合住宅が自然と共生したサステナブルマンションとなり、都市にいながらも豊かな自然と触れ合える環境が当たり前になることを願いたい。
【参照サイト】「第8回サステナブル住宅賞」集合住宅で初受賞
【参照サイト】大京グループ
※この記事はIDEAS FOR GOODが株式会社エンゲージメントファースト社と共同で取り組んでいる「Social Good Companies」特集の第二弾です。本業を通じて社会にポジティブなインパクトをもたらす取り組みを推進している企業にフォーカスをあて、そのポイントをご紹介しています。