量より質で未来をつくる漁業。天然真牡蠣「参州オイスター」が示す、四者幸福のビジョン

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日本全国で流通している真牡蠣のほとんどが養殖であるが(※)、愛知県佐久島の海では天然真牡蠣ブランド「参州オイスター」を育てる池部夫妻(池部彰さん、愛さん)がいる。

彼らは「地球の資源を必要以上に搾取せず、人間の手をかけ、付加価値を高めて限られた量を出荷する」という精神に基づき、海の資源を持続可能に利用しながら、高品質で価値のある天然牡蠣を提供する新しい仕組みを構築している。

池部彰さん、愛さん夫妻(いけべ あきら・あい)。佐久島発の天然牡蠣ブランド「参州オイスター」を手掛ける「永運丸」の創設者。ともに愛知県出身。

池部彰さん、愛さん夫妻(いけべ あきら・あい)。佐久島発の天然牡蠣ブランド「参州オイスター」を手掛ける「永運丸」の創設者。ともに愛知県出身。

今回は、池部夫妻にインタビューを行い、自然と共生する未来の漁業スタイルや、具体的にどのような方法で付加価値を高めているのか、「参州オイスター」を通じた未来への展望と地域社会への影響について掘り下げていく。

池部夫妻が切り開く「自然と共生する未来の漁業スタイル」のカギは?

今は亡き彰さんの祖父が所有していた漁船「永運丸」の名を受け継ぎ、池部夫妻は「参州オイスター」の育成を中心に、島の海産物を発信するオンライン事業を行っている。彼らのビジネスモデルは、売り手と買い手だけでなく、地域の人々や地球環境にも配慮した”四者幸福”を目指したものだ。

彰さんは、2021年7月に地域おこし協力隊として佐久島を訪れ、島の豊かな自然や漁業の魅力に心を奪われた。協力隊の任期終了後も、佐久島に腰を据えて暮らしていくことを決意。妻の愛さんは、名古屋市でアパレルショップで15年間勤務していたが、彰さんの情熱に共感し、新たな生活を共にスタートさせるため佐久島へ移住した。

出荷準備完了の「参州オイスター」

出荷準備完了の「参州オイスター」

天然の海産物を獲る従来の漁師は、大量に獲れば獲るほど儲かる、いわゆる薄利多売のスタイルが一般的であった。しかし、このやり方は海の資源を過剰に消耗させ、生態系のバランスを崩す原因となってしまう。こうした課題に対し、夫妻が目指すのは「天然産にこだわりつつ海の生態系を守り、未来の漁業の在り方を作ること」だ。

彼らは天然牡蠣を漁獲した後、「中間育成」という独自の手法を用いて一定期間栄養価の高い環境で育てている。このプロセスにより、牡蠣一つひとつの品質を向上させ、付加価値を高めることで、大量に漁獲しなくても十分な収益を上げられる仕組みを築いている。

小さな天然牡蠣をそのまま販売することも可能であるが、同じ1キロを販売するためには多くの牡蠣を採取しなければならない。しかし、「中間育成」という手法を用いることで、一つひとつの牡蠣を大きく育てることができる。これにより、収穫量を必要以上に増やす必要がなくなり、環境への負担を軽減できるのだ。

池部夫妻独自の、徹底した手入れを行う「中間育成」のプロセス

牡蠣が海中で成長する過程では、殻に小さな牡蠣やフジツボなどが付着する。これらは牡蠣から栄養を奪い、成長の妨げとなるため、取り除く作業が必要となる。この手間を惜しまない丁寧な作業の繰り返しこそが「参州オイスター」を大きく身入りを良くする中間育成のカギである。

「参州オイスター」の中間育成は、9月頃に採取された天然牡蠣をもとにスタートする。最初の段階では殻に汚れがほとんどついていないため、軽く掃除した後、海の表層に吊るして栄養をたっぷりと吸収させる。この表層は栄養豊富で牡蠣の成長に適しているが、同時にフジツボや汚れが付着しやすい環境でもある。

10月末になると2回目の掃除が行われる。この段階では1か月をかけて全ての牡蠣を丁寧に清掃する。付着物が最も多くなるため、最も手間のかかる作業である。さらに11月末には、出荷直前の最終確認を兼ねて3回目の掃除が実施される。この3回にわたる徹底した手入れが、「中間育成」なのだ。

天然牡蠣の中間育成に笑顔で励む愛さん。

天然牡蠣の中間育成に笑顔で励む愛さん。

手入れ前と後の牡蠣の違いは一目瞭然。

手入れ前と後の牡蠣の違いは一目瞭然。

さらに池部夫妻は、多くの漁師が稚貝を廃棄してしまうなかで、牡蠣の殻に付着した稚貝を手作業で集め、それらを海に戻している。

佐久島の海と未来の漁業スタイルを担う彰さん

佐久島の海と未来の漁業スタイルを担う彰さん

天然牡蠣をブランド化し、オンライン販売で広める

また、「参州オイスター」の事業を通じて、池部夫妻は佐久島の地域活性化にも取り組む。現在、佐久島の人口は約180名。その多くが高齢者であり、漁で採れた海産物を市場に運び販売する従来の方法では対応が難しい現状がある。

「三河地方には、牡蠣をブランド化しているところがありません。牡蠣といえば広島や仙台が有名ですが、私たちは天然の牡蠣を中間育成して品質を高め、ブランド化することで、佐久島にもっと興味を持ってくれる人を増やしたいと考えています」と、彰さんは語る。

「参州オイスター」のオンライン販売は、こうした課題への一つの解決策だ。オンライン販売を取り入れることで、海産物を売りたい高齢者をサポートし、新しい販売の仕組みを地域にもたらしている。現在、佐久島ではオンライン販売を行う事業者がほとんどおらず、池部夫妻の取り組みは先駆的なものだ。

1月下旬には生食用牡蠣のオンライン販売もスタートする。生食用牡蠣をオンラインで取り扱う事業者はまだ少なく、その理由は高額な滅菌処理機の導入にある。多くのビジネスが加熱用牡蠣にとどまる中、池部夫妻は品質にこだわり、慎重に生食用の牡蠣を販売する準備を進めている。

身入りのよさと貝柱の強さが写真からでもよく伝わる。彰さんが命名した「参州オイスター」の参州とは、愛知県三河地方の古い呼び名であり、この土地の歴史と文化を象徴している。

身入りのよさと貝柱の強さが写真からでもよく伝わる。彰さんが命名した「参州オイスター」の参州とは、愛知県三河地方の古い呼び名であり、この土地の歴史と文化を象徴している。

さらに、未来を担う若者たちへの教育にも力を入れている。愛知県唯一の水産高校からの学外研修を受け入れ、学生たちに六次産業化の可能性を学んでもらう機会を提供。六次産業とは、漁業(一次産業)で得た資源を自ら加工・販売する仕組みを指し、池部夫妻はその実践を佐久島で行っているのだ。

現在は水産加工会社と共に、牡蠣のつくだ煮を開発しており、味付けをその水産高校の学生たちと共同開発している。高校生たちが商品開発を通じて実践的なスキルを身につけるだけでなく、自らの地域に誇りを持つきっかけになるような取り組みを重視しているのだ。

「学生たちの就職先には、これまで漁師という選択肢がほとんどありませんでした。でも私たちのビジネスが成功すれば、佐久島で漁業を基盤にした新しい働き方を提示できるはずです。それを成功モデルとして示し、『こういった仕事ができる』という未来を見せていきたいと思っています」と、愛さんは語っている。

池部夫妻この挑戦は、佐久島の地域活性化だけでなく、若者たちに新しい漁業の可能性を伝え、次世代への希望を育むものだ。

美しい佐久島の海。天然の恵みをいただきながらも、守らなければいけないと改めて思わせる。

美しい佐久島の海。天然の恵みをいただきながらも、守らなければいけないと改めて思わせる。

取材後記

自然の恵みを大切にしながら、「中間育成」という方法で人間の手を加え、牡蠣本来の魅力を引き出す。

「参州オイスター」は、地球の資源を守りつつ、天然の真牡蠣の味わいを人々に届けるための新たなアプローチだ。従来の漁業の形をただ手放すのではなく、海との共生を模索する折衷案として、その可能性を広げている。

彰さんの誠実なまなざしと、愛さんの太陽のような笑顔が印象的な夫妻。二人が育む「参州オイスター」は、地球、漁師、佐久島の人々、そして食卓に届く買い手、そのすべての幸せをつなぐ存在になっていくだろう。

最近の養殖業の情勢(水産庁)
【参照サイト】「永運丸」webサイト
Edited by Erika Tomiyama

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