大量生産、プチプラの流行により、たくさんの「物」が驚くような安さで手に入るようになった。その影響か、とりあえず安い物を購入し、壊れたら買い換えるという考え方が根付いてきている。幼い頃に毎日遊んでいたおもちゃ、家族からもらったプレゼント、憧れのブランドで初めて買った洋服など、時々メンテナンスしながら一生大切にしたいと思える物を最後に手にしたのはいつだろうか?
私たちの生活を形作る物との向き合い方を提案するポップアップショップ『GOOD STUFF(直訳すると“良い物”)』が、2019年5月31日から6月28日まで、米国ニューヨーク マンハッタンのサウスシーポート・ディストリクトに期間限定でオープンした。ファッションが与える社会と環境へのインパクトに関する教育を行う非営利団体The New Fashion Initiativeと協力して作られたこのお店は、大切な物を修理してもらったり、修理の仕方を学んだりできるリペアショップと、新品・中古品・修理品の販売店を兼ねた新しい形のショップだ。
オーナーのサンドラ・ゴールドマークさんは、ものづくりや修理のスキルを活かし、ご主人と共に2013年からポップアップリペアショップを度々開催してきた。利用客が持ち込んだ大切な物のうち、85%を使用可能な状態に直し、多くの人々の生活に喜びを与えてきたという。
今回、お店への思いや、店内に隠された小さなアイデアの数々について、サンドラさん、そしてGOOD STUFFに商品を置くサステナブルなブランドVicenziのオーナー・アリソンさん、The New Fashion Initiativeのローレン・ビー.フェイさんにお話を伺った。
物が循環するショップ GOOD STUFF
Q. GOOD STUFFをオープンしたきっかけは何でしょうか?
サンドラさん:私は劇場のセットデザイナーとしてキャリアをスタートしたのですが、仕事をする上では、私たちの生活における物について、作っている人や地球を傷つけない形で、どのように扱い、楽しみ、意味を見出す事が出るのか、という問いが常に頭の片隅にありました。
これまで5、6年間に渡り、期間限定のリペアショップを開催し、シアターアーティストたちを集めて修理をしてきました。そしてだんだんと、修理だけでなく、消費のサイクルについて興味を持つようになってきたのです。何かを購入するという行動の始めから終わりまで、どうすればより良く社会に関わることができるだろうか。その問いの答えを探るため、消費のサイクルの総合的なモデルとしてリペア以外の機能も持ったGOOD STUFFを実験的にオープンしました。
Q. このお店をオープンする上で、どのようなことにこだわりましたか?
サンドラさん:サステナビリティに取り組むブランドや非営利団体を紹介し、訪れる人には物が循環する生活は美しく、取り入れやすく、魅力的であること、そして簡単に始められることを紹介しています。そして品揃えにバラエティを持たせ、価格帯も幅広くしています。高いお金を払わなくても、店内で行っている交換等をすることで質の高い製品を見つけられることも。このお店のアイテムにはすべてタグがついており、そのアイテムがたどってきたストーリーや、なぜ私たちがGood Stuff(良い物)だと思ったかについて書かれています。
もう一つのこだわりとして、この店は食文化に関するアイデアも取り入れています。10年ほど前、毎日のように新たな健康法が紹介されたことから情報が溢れ、人々は困惑し、食文化が混乱したアメリカで、フードライターのマイケル・ポーランさんが提案したアイデアがこちら。
“Eat food, not too much, mostly plants.”(食べ物を食べ、食べ過ぎず、主に菜食を。)
このアイデアって物に対しても使えるよね?というところから、GOOD STUFFでは物のサイクルに対しても、シンプルなアプローチを取り入れました。
“Have good stuff, not too much, mostly reclaimed. Care for it, pass it on.”(良い物を持ち、持ちすぎず、主にreclaimedを。大切にし、受け継いでいこう。)
サンドラさん:これは、新しい物を買う際、サステナブルでエシカル、そして特別な物を選ぶべきだというアイデアです。良い消費をする方法の一つは、できる限り再利用品(reclaimed:救い出された)物を買うようにすること。そして、もうそれほど物は必要無いので、買いすぎないようにすること。
Q. お店に並んでいるアイテムについて教えてください。
サンドラさん:このGOOD STUFFに置いてある商品にはいくつかのテーマがあります。
一つ目は、「GOOD NEW STUFF(新しき良き物)」です。店には、修理品や中古品だけでなく新しいアイテムも置いています。新品の商品を仕入れる基準は、最新のアイテムかどうかではありません。「素材が循環するシステムになっているか」「商品の全体的なライフサイクルについても深く考慮されているか」などをチェックしたうえで店に置くかどうか判断しています。二つ目は、「GOOD USED(古き良き物)」、つまり中古品のことです。誰かが使わなくなったものを、他の誰かが有効に利用するということですね。三つ目の「GOOD FIXES FOR STUFF(良いお直し)」は、修理・リメイクしたもののこと。古くなったものや壊れてしまったものに、新しい命を吹き込み、再び使うということです。そして、これらの他にもう1つ大切にしているのが「受け継いで行くこと」。誰かのいらなくなったものが、必要としている他の人のもとに渡っていくように、との想いから店内には要らなくなった洋服や靴を入れるドロップオフボックスを設置しています。
私たちが使うほとんどのものは良いモノであるはずなんです。せっかくこの世に生まれてきたモノたち。一度手にとったのなら、きちんと心を込めて扱うべきだと思います。新しいモノを買うときには、ずっと使い続けたいと思えるものを選ぶ。持ち物の手入れや修理を、生活の一部に取り入れる。物が自分のところでの役割を終えたら、今度はそれを必要としている誰かに届ける。――これらのことを意識しながら、1つのモノをできるかぎり長く使い続けていきたいですよね。
「壊れたら捨てる」という考えから脱却する
アリソンさん:私たちは、物の扱い方が、植物の扱い方と同じようであって欲しいと思っています。物自体はもちろん生きてはいないのですが、その材料は一度は生きていた物で、そのエネルギーが凝縮された材料で「物」ができています。
なので、どのようにしたら物を長く使い続けることができるのだろうか。私たちが使わないとしたら、誰が次に使ってくれるのだろうか。そのように考えて連鎖を続けていく、これこそがサーキュラーエコノミーです。
アリソンさん:この写真のアイテムは元々古着の子供用オーバーオールだったのですが、リメイクをし、大人っぽいジャンパースカートに生まれ変わりました。商品タグについているQRコードを読み取ると、詳しいリメイク方法や、商品のネット購入ができます。
Q:これまで開催してきたポップアップリペアショップと、今回のポップアップショップの違いは?
ローレンさん: 今回のショップではこれまでのリペアショップとは違い、お客様が参加できる「THOUGHTFUL STUFF」というプログラムを毎日開催していました。「サーキュラーエコノミー」「洋服のケア方法」「洋服の未来」などさまざまなテーマについて、パネルディスカッションやワークショップで自由にアイデアを出し合うというイベントです。
アリソンさん:ワークショップでは「古い物を通して、新しいことを学んで帰ってほしい」という思いから、使われなくなったモノをつかった企画をたくさん開催しました。「アウトドアブランドREIによる自転車の直し方ワークショップ」などのように、様々な分野で活躍するゲストを呼んで行った会もありますね。他には、月曜日(Monday)のMと、お直し(Mending)のMを掛け合わせた「Mending Monday」や、金曜日(Friday)のFと、修理(Fix)のFを掛け合わせた「Fix it Friday」といった、言葉遊びのようなテーマも扱いました。
ローレンさん:世の中には、かしこまった場で、その道のプロから一方的に話を聞くだけのイベントってありますよね。そういうところに行くと、圧倒されてしまうことってありませんか?もちろん、それも学び深い時間だとは思いますが、私たちは皆が「自分にも何かできる」と思えることがとても大切だと考えているんです。知識のレベルや持っている技術に関わらず、参加する全ての人が「何かを始めるきっかけ」や「インスピレーション」を持ち帰ってくれたらいいな――そう思っていたのですが、この空間はオープンにアイデアを交換するのにぴったりの空間だったと思います。このお店はまるで家のよう。親しみやすさのある空間では、より自然に会話が始まっていきますからね。
GOOD STUFFに対する人々の反応は?
Q. 最初にポップアップのリペアショップを始めた2013年と比べて、何か変化はありますか?
サンドラさん:始めた当時に比べると、サステナブルな消費やリユース、リペアといったトピックに興味を持つ方が増えのではないでしょうか。
私が携わっている業界である劇場も含め、小さなブランドから大きなブランドまで、さまざまな組織が大量生産の文化から、一度作った物を長く使うという文化に再び立ち戻っている気がします。5、6年前と比べると、小手先のリサイクルやごみゼロ運動ではなく、商品のサステナビリティに真剣に取り組んでいる組織も増えてきました。
Q. お店を訪れる方にも変化があったように感じますか?
サンドラさん:そうですね。「私ももっとサステナブルなことをしたい!」「自分がしていることに負い目を感じないようになりたい!」といった声を聞くようになりました。
人々の誠実な良い感覚を、どうしたら行動に転換できるのか。もしサステナビリティに興味があっても普段の生活では実践が難しいと感じている人がいるのなら、そのためのアクションを後押しするのが私たちの仕事です。
サステナブルな未来を実現するには、企業だけでなく、政府の協力も欠かせません。政府も、人々がサステナブルな行動をするように動機づけをしたり、行き過ぎた消費行動を統制したりするべきです。今感じるのは、私たちはもう待てないということです。ここに座っていつまでも待ちぼうけをするようなことはしません。私たちは行動しなければならないのです。
買い物の習慣を見直すきっかけへ
Q. これからサーキュラーエコノミーに関わりたい人が簡単に始められるアクションはありますか?
サンドラさん:物を買いにショッピングに出かけたときは、サステナブルでエシカル、そして特別な物を買うこと。そして、できる限り中古の物を買うようにすること。買いすぎず、一度買った物は大切にし、自分が使わなくなったら誰かに受け継ぐ。このインストラクションに沿ってみてください。
私たちは、アメリカ国内、できれば世界中のすべての小売店や工場の角に修理屋さんを設置し、新しい物に加えて、中古の物を販売して欲しいと願っています。他の人たちにも、この店のコンセプトを模写してもらえたら良いですね。
Q. あなたにとってこのお店はどのような存在ですか?
サンドラさん:ときどき、なぜこのポップアップショップを開いているのだろうと自分自身に問いかけることがあります。
他の消費のシステムと比べると、この店のシステムはとても小さいですが、とてもリアルで意味のあるものです。このサウスシーポート・ディストリクトでの1ヶ月間は、新しい良き物、古き良き物、そして良いお直し (GOOD NEW, GOOD USED, GOOD FIXES)を店内で体現することができました。これが私がポップアップショップをオープンし、さまざまなイベントを開催する理由です。
編集後記
GOOD STUFFは店舗でありながら、心地のいい家のようにもデザインされていた。店頭に並ぶ商品のセレクトのみならず、プラスチックのコップではなくガラスのコップを使用する、ビニール袋は使用しないなど、細部までこだわりが見える。店内の装飾も、周りにあった使われなくなった物を再利用したそうだ。
サンドラさんは、最後に「多くの人に『簡単で小さな行動でも大きな変化をもたらすことができる』と知ってほしい。このポップアップショップを通して人々の視野を広げたいと思うんです。ゆくゆくはGOOD STUFFのようなショップスタイルが小売店のプロトタイプとなっていったらいいな、と考えています。最先端の商品を次々に買い替えることだけがショッピングではありません。買い物の定義は、私たちの考え方次第で広げていくことができるんです」と語った。2020年の秋には、今回のGOOD STUFFのことも含めた本を出版する予定だという。
何かを買い換えるとき、手放すときの大半は壊れたから、破れたから、シミが取れないから、という理由だ。もしも故障を直す方法や場所が身近にあったら、破れを繕えたら、シミを取ることができたとしたら…… 物により愛情を持ち、受け継ぐなどして、ライフサイクルを伸ばすことができるようになるのではないだろうか。
私たちが忘れかけていた、物を大切にする心。こんなにも物が溢れている時代だからこそ、今一度物との向き合い方について考えてはいかがだろうか。
【参照サイト】GOOD STUFF
【参照サイト】Fix Up
【参照サイト】The New Fashion Initiative