アグリカルチャーをなめらかに。発酵食ベンチャー「アグクル」の挑戦

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味噌や醤油、納豆や漬物など、日本の食文化に古くから根付いてきた「発酵食」。微生物の働きによって有機物が分解され、より美味しく、栄養価も高くなった発酵食は、健康志向の高まりとともに近年再び注目を集めている。

この発酵食を通じて、日本の農業と食が抱える課題を解決しようと取り組んでいるベンチャー企業が、栃木県・宇都宮に本拠を構える株式会社アグクルだ。

アグクルを立ち上げたのは、1996年生まれ、いわゆる「Z世代」と呼ばれる若手社会起業家、小泉泰英さん。発酵食との出会いは大学時代に遡る。農学部に在籍していた小泉さんは、授業の一環で一年間栃木県の米農家で研修をし、その中で日本の農家が直面する厳しい経営の現状を知った。どうすればそのお米農家がもっと豊かになれるのかを考えた結果、目を付けたのが「発酵」だった。

株式会社アグクル代表取締役・小泉泰英さん

お米を発酵させて甘酒にすれば栄養価が高まり、単なるブランディングではなく商品としての本質的な付加価値が加わるため、顧客の認識が変えられる。そのアイデアをもとに大学3年時にビジネスコンテストに参加し、見事優勝して賞金の100万円を獲得、それを開業資金としてアグクルを起業した。

コンテストの記事が地元新聞に掲載されると、興味を持った無農薬の米農家からコンタクトがあり、意気投合してお米の仕入れ先が決まった。また、発酵に必要となる麹については地元・栃木県の麹屋を20件ほど探し回り、提携先を開拓した。

起業から1年が経った現在では、新たに開発した子ども向けの発酵調味料「おりぜ」の販売を開始している。おりぜの魅力について、小泉さんはこう語る。

「おりぜは、子どものいるご家庭に使ってほしい調味料です。「あまこうじ」「しおこうじ」「しょうゆこうじ」の3種類があり、原材料のお米は無農薬で、塩も伊豆大島で作り始めた伝統海塩を使っており、その他の原料もすべて国産にこだわって製造しています。」

「原材料にこだわっている理由は、単に安心、安全だからだけではありません。何かを買うということはその相手を支援することだと考えており、いまの農家からお米を買っているのも、その人がこれからも農業を続けられるように応援したいからです。」

アグクルが商品開発した発酵調味料「おりぜ」

「なめらかなアグリカルチャー」とは?

アグクルは、おいしい発酵食を届けることで何を実現したいのだろうか。そのヒントとなるのが、同社がミッションに掲げる「なめらかなアグリカルチャー」という言葉だ。

小泉さんは、農学部の在籍時代から、消費者から見た「食」と、生産者側から見た「農」とが切り離されている現状こそが、農業の後継者不足や食の安全、地方の過疎化といった様々な社会課題の根本的な原因なのではないかと考えていた。

「最近の消費者の人たちは、あまり高いお金は出せないけれど、オーガニックのように安心で安全な食品が食べたいと思っています。一方、実際に農業の生産現場に行くと、一部を除いて大部分の人はどれだけ規格に沿った野菜を作って売るかを考えています。」

「消費者はただ美味しくて安全なものが食べたいだけなのに、農業の現場では真っすぐできれいな野菜を作ることばかりを気にしている。このギャップに違和感を強く覚えました。」

消費者と生産者の距離が離れているばかりに、お互いに顔が見えず、結果として違う方向を向いてしまっている。それが小泉さんの考える「食」と「農」を取り巻く課題だ。

「また、僕が研修で行っていた農家は、農薬も肥料も使わずにお米を作っている農家だったのですが、その農家のお米は価格が普通のお米の二倍ぐらいするんです。最初はそれをとても高いと思っていたのですが、一年間研修してみると、なぜ二倍しかしないんだろう、逆に三倍でもよいのでは?と思うようになりました。」

「そう思ったときに、このギャップを解消するために必要なことは、一言でいうとストーリーを伝えていくことだなと考えたのです。ただし、ストーリーと言ってもブランディング的なストーリーではなく、実質的な価値の伴った本質的なストーリーを作りたかったので、それを突き詰めた結果として生まれたのが『おりぜ』です。」

おいしくて安全なお米を「安く」食べたい消費者に、無農薬のお米をつくる農家の手間と工数に見合った適正な価格で買ってもらうためには、お米に本質的な付加価値をつけるしかない。お米を発酵させて麹にすれば、甘さも出て栄養価も高まり、お米は全く別の存在になる。お米を麹という発酵食品にすることで、付加価値が生まれてそのギャップを埋められるのだ。

発酵食として提供することで消費者の求める「食」と作り手側の「農」との間にあるギャップを埋め、「食」と「農」をなめらかにする。これが、小泉さんの「なめらかなアグリカルチャー」の意味だ。

茨城県の農家を訪ねたときの写真

ファストフードは「文明食」。発酵食は「文化食」

発酵食は一般的に美容や健康によい食べ物として女性をターゲットに販売している会社が多いが、アグクルの商品は女性ではなく子どもをターゲットにしているのが特徴だ。その理由について、小泉さんはこう話してくれた。

「未来をつくっていく子どもたちに発酵食を届けることで、ファストフードの循環ではなく、発酵の循環を作っていきたいのです。いいものを小さい頃からたくさん食べていると、それが当たり前になって大人になって子どもができても同じものを食べさせるという循環が生まれるのではないかと考えました。」

「発酵食品とファストフードの違いは、『文明食』か『文化食』の違いだと思っています。ファストフードは革命だと思っていて、自分もとてもお世話になっており、人間の文明によって生み出されたものです。一方の発酵食が生まれた背景は、おいしいからではありません。冷蔵庫もない時代に、どうすれば食品の保存期間を長くできるのかというところから発酵技術が進化していきました。私たち人間が自然と向き合うことで発見できた叡智こそが発酵食であり、文化食なのです。」

「両方とも悪いわけではありませんが、文明食は効率を重視しているがゆえに栄養バランスが崩れてしまうこともあります。そのため、週末ぐらいは発酵食を食べることでバランスを取り戻し、デトックスする感覚で発酵食品が食べられる時代になっていけばよいなと思います。」

いつでもすぐに簡単に食べられるファストフードの恩恵を、あえて否定する必要はない。ただ、それによって偏ってしまったバランスを発酵食によって取り戻す。お互いの良さを享受しながら、文明も文化も大切にしていくというのが小泉さんのスタンスだ。

「いまの資本主義を作ってくれた人たちに対する感謝は忘れてはいけません。農業も、人口が増加していくなかで効率化のために農薬を使い、そうすることで僕たちは発展することができました。大量に醸造できるやり方で味噌を作るというのも正解だったと思います。どちらか極端になるのは違うと思っていて、いかに共存できるかが大事です。」

アグクルのメンバー

発酵する社会をつくりたい

発酵食は文化食であると話す小泉さんは、「アグリインダストリー(農業)」だけではなく「アグリカルチャー(農文化)」を作っていきたいと語る。そんな小泉さんは、発酵から社会の在り方について学ぶことが多いという。

「最終的には、発酵する社会をつくりたい。発酵する社会はどんな社会かというと、味噌みたいな社会です。味噌のなかにはたくさんの菌がいるのですが、どの種類の菌も、別においしい味噌を作ろうと思っているわけではありません。ただデンプンを食べて糖を出して、自分の活動をしているだけなのに、気づいたら半年から一年でおいしい味噌になっているわけです。このように、みんなが自分のやりたいことをやった先に、よい社会になっているのが理想です。」

それぞれが自分のやりたいことをやっているだけなのに、全体としては社会がよりよい方向へと「発酵」していく。もしそれが実現できれば、それが理想の社会だということに異を唱える人はいないだろう。

しかし、一人一人が好き勝手に活動してばかりでは、当然ながらうまくいくわけはない。その点についても、小泉さんは発酵に欠かせない微生物たちから学びを得ている。

目に見えないものを大切にする

「アグクルには、『目に見えないものを大切にする』というビジョンがあります。これは、微生物から教えてもらったものです。菌たちは目には見えないけれど、確実にそこに存在していて、彼らのおかげで美味しくなる。まるで魔法のような感じです。」

「人間はあくまで自然のお手伝いをしているという立場で発酵に関わっているだけで、一流の人たちは、おいしい味噌を作ろうというよりも、どうすれば微生物たちにとって居心地がよい環境を作れるかを考えています。」

発酵を進める微生物たちは、決して私たちの目には見えないが、たしかにそこで活動し、お米も味噌も、よりおいしく、より栄養価の高いものへと進化させている。

「微生物のことを考えると、人間の社会にも、感謝や愛、未来に対する志など目に見えないけれども大切なものがあるということに気づかされます。目に見えないことを大切にするということは、今起こっていないことに対してもしっかりと考えて取り組んでいくということ。好き勝手やっていくだけではだめで、そこに思いやりがないと成立しないのです。」

目に見える物質世界だけではなく、目には見えないが確かに価値はあると感じられるものを大切にすることが、結果として人を幸せにする。私たちの多くはすでにそのことに気づいていて、だからこそ発酵食の価値も見直されているのかもしれない。

日本の発酵文化を世界へ

起業してから一年間、ゼロから発酵食品の商品開発に取り組んできたアグクルだが、今後は日本の発酵食を世界に発信していきたいと小泉さんは語る。

「科学的にもすごいと言える製品をつくりたいと考えています。最近では腸内環境が注目されており、幸せホルモンと言われているセロトニンなども腸が深く関係しており、腸は第二の脳だとも言われています。世界中の腸内を日本の発酵技術で元気にする会社として、世界に日本の発酵食を届けていきたいです」

アグクルの1周年記念では、多くのお客様も集まった。

目に見えないものを大切にし、微生物に社会の理想的なありかたを学びながら、謙虚に微生物と向き合い続け、「食」と「農」のギャップが生み出す社会課題を解決していく。アグクルの姿勢には、これからの社会や企業経営、個人としての生き方のヒントになるエッセンスが多く含まれている。

めまぐるしく過ぎる日々の中で時間に追われ、心身のバランスが崩れていると感じている方は、ぜひ一度、アグクルがつくるおいしい発酵食を味わいながら、社会や自分のありかたを見つめ直してみてはどうだろう。自分の心と体が本当は何を求めているのか、微生物たちが教えてくれるはずだ。

【参照サイト】アグクル

※イベントのお知らせ
IDEAS FOR GOODでは、8月8日(木)にアグクル代表の小泉泰英さん、思想家の千葉恵介さんをゲストにお迎えし、「『かもす』経済とは?発酵に学ぶ、サステナブルでしあわせな経済のつくりかた」というテーマでトークイベントを開催いたします。興味がある方はぜひお気軽にご参加ください。

【お申込み】Peatix

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