つながりと共助の経済。生協に学ぶ、シェアリングエコノミーの本質

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日本全国に約3,000万人の会員を抱える生活協同組合、通称「生協」。生協は、消費者一人ひとりがお金を出し合って組合員となり、協同で運営・利用する組織だ。利益の追求を目的とする株式会社とは異なり、自立した市民がつながり協働しあうことで、より人間らしい暮らしと持続可能な社会を実現することをミッションとしている。

日本全国で多くの人々の暮らしに根付いてきた生協の仕組みが、近年全く別の切り口から再び脚光を浴びつつある。それが、「シェアリングエコノミー」という視点だ。

ここ数年、Airbnbなどに代表されるように日本でも徐々に浸透しつつあるシェアリングエコノミーだが、そのさらなる発展を考えるとき、日本に長らく根付いてきた生協の「たすけあい」モデルから得られるヒントは多い。また、近年では生協もテクノロジーの活用に力を入れており、インターネットやアプリを通じて組合員同士の「たすけあい」文化を加速させる革新的な事例も生まれつつある。

そんななか、シェアリングエコノミーという視点から生協の取り組みを捉え直す、第一回公開セミナー「ネットで加速するたすけあいの地域社会づくり」が7月に東京・渋谷の日本生協連本部で開催された。

今回の公開セミナーには、外部ゲストとして内閣官房IT総合戦略室シェアリングエコノミー促進室企画官・高田裕介さん、コープこうべインターネット・デジタル推進統括・浜地研一さん、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師・加藤遼さんの3名が参加した。高田さんからは地域のICT活用事例、コープこうべ浜地さんからはコープこうべアプリの活用事例、そして加藤さんからは生協から考えるシェアリングエコノミーの本質というテーマで、それぞれプレゼンテーションが行われた。

トークセッションでは登壇者の3名に日本生協連・組織推進本部長である二村睦子さんが加わり、今回のセミナーのキーワードであった「シェアリングエコノミー」「つながり」「デザイン」という3つの言葉から派生したトークが繰り広げられた。

本記事では、その中から特に印象的だった部分をご紹介する。

生協セミナー

コープこうべアプリは「友だちが集まる場所」

生協の原点である生協こうべは、単一の協同組合で約170万人の組合員数を持ち、単一生協としては世界的に見ても最大クラスであると言われている。そんなコープこうべの浜地さんは「これだけの多くの“共助”の気持ちを強く持つ組合員さんがいることが大切な財産です」と、話す。

今回のセミナーのテーマ「ネットで加速するたすけあいの地域づくり」として、コープこうべアプリの事例が紹介された。2019年7月現在で、同アプリのダウンロード数は16万を超える。クーポンや店舗情報がスマホから見ることができることに加え、宅配注文も簡単に行うことが可能だ。

高齢者の利用も多いコープこうべアプリで大事になってくるのが、自然と心が動くコミュニケーションデザインだ。アプリには友達とチャットするように注文できるツールや楽しく参加できる投票機能なども設置し、現在は宅配利用者の25%がネットから商品を注文しているという。

コープこうべ

Image via コープこうべ

「アプリにはLINEのように気軽に使ってもらえるイメージで、サービス一つひとつが友達になっています。この場所を通じて組合員さんの参加促進や、利用の敷居を下げることを目的としています。」と、浜地さんは話す。今後は感謝の気持ちをポイントとして渡せる機能や、アプリ内で人と人とをつなげるマッチング機能の追加も検討している。たとえば子どもが熱を出したときに、代わりに買い物をしてくれる人をマッチングする仕組みなどを用意し、地域の組合員同士で助け合いながら暮らせるプラットフォームになるのが狙いだ。

今後の課題は、たとえ「助けたい人」がスマホを使えても「助けて欲しい人」にスマホが使えない高齢者が多いこと。そこでコープこうべでは、アプリインストールのボランティアやスマホではなく宅配の注文書を使ったマッチングも検討中だという。

生協セミナー

コープこうべ浜地さん

生協がつくる、自然にうまれる「共助経済」

二村さん:今日のテーマである「シェアリングエコノミー」という言葉です。「シェア」という言葉は最近よく使われますが、AirbnbやUberなどの文脈で聞くと、より大きな概念であるように感じます。みなさんはシェアリングエコノミーをどういう意味で捉えていますか?

加藤さん:個人的には、自分が好きなシェアリングエコノミーには、3つの条件があります。1つめは、個人が主役であること。事業者と個人の境目がなくなり、今までは会社がやっていた事業を個人ができるようになりました。2つめは、信頼関係が基盤であること。シェアリングエコノミーは個人と個人の信頼関係があるからこそ、確立されるものです。そして3つめは、共助の精神です。誰かのために役立ちたいという、助け合いの精神と一緒に動く経済だと思います。共有経済というより、「共助経済」というほうがしっくりきますね。

浜地さん:シェアエコユーザーは自分たちがシェアエコを使っているというよりは、ただ便利なサービスを使いたいのだと思っているのだと思います。生協で助け合いの精神を活かしながら共助の世界を作るというよりも、意識が高い人だけでなく意識が低い人とも簡単に使えるかたちで広くサービスを展開して、結果それがシェアエコだったり、共助の世界ができていたりというのが理想です。

二村さん:面白いですね。マッチングサービスは利用する人が増えなければうまくマッチングしません。理念に共感する意識高い系の人だけに向けてやっていても、結局は裾野が広がらないのでは、と常々考えていました。

高田さん:「シェアエコを使うぞ」と思ってサービスを利用する人はあまりいないと思います。ITの活用には課題ベースとテクノロジーベースの2つがあると言われていますが、理想は課題ベースです。何かの課題を解決する手段としてシェアエコという仕組みに出会い、「これはそもそもシェアエコと呼んでいいのか?」と思いながらも使っていくことで、次第に浸透していくものです。

コープこうべ

Image via コープこうべ

生協から学ぶ「人間らしい」つながり

二村さん:続いて、「つながり」という言葉。生協の人は「つながり」が大好きですが、みなさんはこの言葉ついてどう考えていますか?

高田さん:インターネットが人と人との関係を阻害するというのは、ITに関わる人間にとっては一番耳が痛く、答え方が難しい問題です。シェアエコの大きな特徴は、ネットでのマッチングにサービスが伴うことです。ネット上だけで完結するのではなく、ネット上でマッチングした後は家事を手伝う、アドバイスする、場所を貸すなど、人のふれあいを促進するものです。ITのなかでも比較的、人間臭いサービスだからこそ、人々に受け入れられる余地があります。データプラットフォームの構築や戦略の立案を行うPwCによるシェアリングエコノミーの意識調査があります。毎年傾向は一緒ですが、今年、特筆すべきことが一つありました。シェアリングエコノミーの利用率を年代別に分けたところ、70年代だけ利用率が増えていたんです。そこに、シェアリングエコノミーの本質を探すヒントがあるのだと思います。

浜地さん:生協のインターネットサービス初期の頃は「画面のデザインが使いにくい」というクレームを受け、よく家までお詫びに行っていました。普通は対面でわざわざ顧客に謝罪にいくIT企業はあまりないと思いますが、それが組合員との距離が近い生協ならではの文化で。ツイッターやフェイスブックの発信に対して組合員さんから意見があった際、職員が電話をして謝罪してたり(笑)

二村さん:オンラインのつながりをリアルで補完するということですね。

加藤さん:リアルなつながりを大事にするところが生協らしいですね。前半の浜地さんのお話の中にもあった「サービス一つひとつが友だち」という考えは普通、簡単には出てきません。「友だち同士のような信頼関係のやりとりがいい」という考えがベースであるからこそ、サービス開発の際に“友だち”という概念が出てくる。コープこうべアプリの中でのコーピーくんとのチャット機能なども、「将来的にはコープの職員がやるかも」とさらりとおっしゃっていましたが、効率化を求めるマッチングサービスで通常そうした議論は出てきません。生協には人間らしさがありますね。

コーピーくん

Image via コープこうべ

一人ひとりの小さな想いに、どれだけ大切に“タッチ”できるか

浜地さん:コープこうべアプリには投票機能もありますが、特にポイントなどのインセンティブを設定しなくても、たくさんの組合員さんがアクションを起こしてくれます。みんな、ただ「単純に楽しい」とか「やったら反応があるから」とかエンターテイメント的なものを楽しんでくれている気がします。開発の人も「なぜこんなにユーザーのアクションが多いのか」と驚いていました。生協の七不思議です。(笑)

コープこうべ

加藤さん:民間企業からすると、それが不思議すぎます。ペルソナの具体像が絞られているのではないでしょうか。おそらく普通のビジネスであれば、サービスを作る人は顧客があまり見えていません。生協の場合は、組合員さんの顔がはっきり見えているし、自分自身(職員)も普段から組合員と同じ行動をしています。自分自身がユーザーである体験をイメージしやすい。サービス提供者とサービス消費者の距離が、通常のグローバルな資本主義の会社よりも格段に近い。職員が、組合員さんに想いを寄せる瞬間があるからこそ、デザインシンキングやカスタマージャーニー(※)が、戦略的ではなく自然とできているのだと思います。

二村さん:生協の組織全体として職員が組合員さんの声を聞くことは、知らず知らずのうちに習慣になっています。組合員さんも、適切に投げかけをすれば反応してくれるというポテンシャルを持っていますしね。

生協では、災害が起きると募金活動をしていますが、去年の西日本の豪雨のときには全国の生協さんから10億円以上の寄付が集まりました。これは、誰かが高額を寄付したのではなく、ものすごくたくさんの人が少しずつ寄付したものです。だから一人ひとりの小さな想いに対してどれだけ私たちが大切に“タッチ”できるかが重要だと思っています。

セミナーの最後に、日本生活協同組合連合会会長の本田英一さんは「今後、他のスーパーや団体が生協と同じことをやったとしたら、事業戦略では困るかもしれません。しかし、安心安全が国全体の仕組みとして浸透し、いい社会にするためにみんなで貢献していくことは望ましいこと。生協が特別なものではない社会が目標だと思う。社会問題はまだ改善されていないので私たちは止まらずに、社会の基盤であり続けたい。」と生協の目指す姿を強調し、セミナーを締めくくった。

(※)ペルソナの動き(行動・思考・感情)を時系列で見える化したもの。

生協シェアエコセミナー

編集後記

「シェアエコの本質は、友愛の経済。“友”とは、血縁や地縁だけではなく、最近はいろいろな縁の作り方があります。自分が想いを馳せる人が多ければ多いほど、その人の立場になって人として向き合うことができるようになっていきます。」

シェアリングエコノミーを紹介する加藤さんの言葉だ。今回のセミナーの中で何度も垣間見えた、生協の組合員さんへの愛や組合員同士の愛。すべての人と近距離で「人間として」関わる生協の真摯な姿勢が印象的だった。

セミナー後の懇親会で全国から集まった生協職員の方々とお話をして驚いたのが、ほとんどの人が「シェアエコ」や「共助社会」なんて言葉を意識していなかった、ということだ。戦略やノウハウももちろん大事だが、近くにいる人を真摯に大切に想うことで、自然と現代社会に今こそ必要とされるつながりが生まれていた。そうした日本で古くから大切にしている助け合いの精神が、シェアリングエコノミーの本質だと改めて考えさせられた。

「こうしたらあの人は喜ぶかもしれない」「このサービスはあの人にぴったりだ」そんなふうに自然と生まれる気持ちにテクノロジーが合わさることで、次世代のシェアリングエコノミーが活性されていくのではないだろうか。そのヒントを、生協から学ぶことができる。

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【参照サイト】 コープこうべネット

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