企業の社会的な存在意義がより問われるようになった今、CSR情報の発信のしかたに悩む企業は多い。
多くの企業が自社のCSR情報を開示するために、CSRレポート、サステナビリティレポート、統合報告書(IRレポートとCSRレポートを一つに統合した報告書)などを発行しているが、これらは投資家の投資判断には使用されるものの、一般の人にとってわかりやすいものではない。投資家だけではなく、従業員、就職活動生(未来の従業員)、取引先、消費者を含めた様々な立場の人に届くCSR情報発信のあり方が、今多くの企業の課題となっている。
そんなCSRコミュニケーションの課題を解決するべく、自社のCSRに関わる情報を「オウンドメディア」という形式で情報発信することで、新しいCSR情報開示のあり方を提示している企業がある。それがベネッセだ。ベネッセが運営するオウンドメディア「サステナブルな社会へ」は、教育、育児、生活、語学・グローバル人材教育、シニア・介護を手掛けるベネッセグループの、社会に役立つ取り組みやそれにかける社員の思いを取材し、掲載している。
今回はベネッセのオウンドメディア「サステナブルな社会へ」を運営している、株式会社ベネッセホールディングス ブランド・CSR部の泉ひろ恵さんに、このサイトの狙いやコンテンツ制作方法についてお話を伺った。
社員の「誰かを助けたい」という思いをそのまま伝えたい
「サステナブルな社会へ」には、ベネッセの事業の中で、社会的によい取り組みをしている事例を紹介する記事がずらりと並んでいる。
紹介されている事例は、例えば、世界の社会課題に向き合う全国の高校生を支援する「SDGsユースプロジェクト」、ベネッセこども基金が地域の警察署と共同開発した「初めてのスマホ安心ガイドブック」、ICT活用に取り組む全国の学校・先生を20年間支援してきた「ICTサポータ」、シニア・介護サービスのベネッセスタイルケアが他社とのパートナーシップで行っている「排泄ケア向上プロジェクト」などがある。そういった事例がただ紹介されているのではなく、関わった人の思いが、写真と共につづられている。このような表現は大変おこがましいが、IDEAS FOR GOODがメディアとして目指していることを、一社だけにフォーカスしたサイトとも言える。
最初に、サイト立ち上げの経緯について話を聞いた。もともとは、ブランドサイトのリニューアルが出発点だったのだという。従来のブランドサイトはベネッセの企業理念や歴史が掲載されていたが、これだけではベネッセのブランドが伝わらないという危機感があった。ベネッセのブランドを一番伝えられる方法を模索する中で、ベネッセの社員がもともと持っている「誰かを助けたい」という思いをコンテンツとして出していく今の形が作られていった。
泉さんは、「ベネッセは、『よく生きる』という企業理念がそのまま社名になっている会社です。『ベネッセ』はラテン語のbene(よく)とesse(生きる)を組み合わせた造語です。社員一人ひとりが、まわりの人やお客様の『よく生きる』を支援したいという思いを持っています。」と話す。
「社員が日々の仕事の中でやっていることが、実はそのまま社会貢献になっていたりします。でも今までは、社員のそのような真摯な思いを、世の中に伝える機会はほとんどありませんでした。
しかし、ブランド発信のあり方を考えていく中で、『企業理念=事業=社会貢献』ということをそのまま伝えるのが、実は一番良いのではないかという考えに至りました。一年ほど模索していく中で、様々な事業や事例を通して、社員が誰のためにどのような思いで取り組んでいるのかを伝える今の形ができあがっていきました。」
自社をより良く見せようとするのではなく、自社や従業員がすでに日ごろから行っているにも関わらず、あまり知られていないことに対して光をあてることで、ありのままの自社の魅力を伝えていくというアプローチである。ブランディングのアプローチとして、本質的だと言える。
「サステナブルな社会へ」は当初からCSR情報発信を目的としていたのではなく、ブランド発信のあり方を考えていく中でCSRと結びついたということだが、ベネッセ全体としてもサステナビリティの活動と事業を一体化していく動きがあるのだという。組織の体制も、ブランド課とCSR課が「ブランドCSR部」として一つの部署にまとまっている。
「サステナビリティを改めて考えたときに、その考え方はもともとの企業理念や社員の考え方に近しいものがありました。サステナビリティとして新しく何か活動をしていくというのではなく、もともとの企業理念や社員の考え方をサステナビリティの文脈で整えていくというのが、ベネッセらしいサステナビリティとの向き合い方だと考えています。」(泉さん)
ベネッセのまだ見ぬ側面を知り、好きになってもらうきっかけに
サイトとしては様々な立場の人に見てもらうことが前提だが、株主の方向けのCSR情報発信サイトは別にあるため、「サステナブルな社会へ」は主に投資家以外の一般の人に見てもらうことを想定しているという。
泉さんは、「読者として、2つのターゲットを想定しています。」と話す。
「1つ目は、ベネッセに少しだけ接点のある人たちです。例えばベネッセの商品を購入したことがある人、会社の近くに住んでいる人、本社のある岡山の株主の方々などです。このような方々を『ベネッセのアンバサターになってくれる可能性がある人』ととらえ、社員の思いや今まで知らなかった側面を知ってもらうことによって、ベネッセをもっと好きになってもらいたいと考えています。2つ目は、ベネッセグループの社員です。社員がこのサイトを見ることで、自分たちはいい仕事をしているんだと認識して、元気になってもらいたいと考えています。」
サイトを運営する中で、想定するターゲットの読者から狙い通りの反応が来ているという。
1つ目のターゲットであるベネッセに少しだけ接点がある人からは、「ベネッセって楽しそうだと感じた」「強い理念を感じた」「教育以外の事業もあることを知り、会社への興味を持った」といった反応があるそうだ。会社案内だけでは伝わらない会社の全体像が伝わることに、手応えを感じているという。「オウンドメディアという形式なので、商品の販売促進ページだけでは伝えられないような、社員の思いといったベネッセのひたむきな部分を、比較的自由度高く伝えられているように思います。」と泉さんは話す。
2つ目のターゲットであるベネッセグループの社員からは、「仲間を取り上げてもらって誇りに感じた」「記事で取り上げてもらい、自分たちが大事にしていることを認めてもらえたことで、前向きな気持ちになれた」といった反応があるという。さらに、社外で協力してもらっている人たちに、「こんな記事で紹介されました」と伝えることができて嬉しい、という反応もあるそうだ。外部に公開しているサイトなので、実際にその取り組みや事業を通してベネッセのお客様がどのように喜んでいるのかという様子を、社外の協力パートナーにも見てもらうことができる。「ありがとうございます」だけでは伝えられない感謝の気持ちを、サイトを通して伝えることができるのだという。
こういった読者からのフィードバックを通じて出てくるキーワードは、社内外の人々が感じている「ベネッセらしさ」でもある。それは、ベネッセのブランドを考えるうえでのヒントになる。ベネッセが行っているCSRコミュニケーションは、オウンドメディアでの情報発信と読者からのフィードバックを通じて、自社のブランドの輪郭を作り上げていくという作業でもあるのだ。
キーワードは「社会性」「らしくあること」「未来志向」
「サステナブルな社会へ」の編集体制は、編集長1名、コンテンツ制作1名、サイト運営1名の、計3名だという。もちろんブランド課としての他の業務もあるため、専任ではない。他部署の力も借りているとは言うが、決して楽な体制ではないだろう。
「人手も少なく、まだ手探りでやっている状態ではありますが、ベネッセだからここはこだわろうという部分はすごく意識しています。」と、泉さんは話す。サイトのコンテンツ制作にあたっては、「社会性」「らしくあること」「未来志向」の3つをキーワードに据えているという。
1つ目の「社会性」は、それぞれの取り組みが誰に対してどのようによいのかということを、記事の中で浮き彫りにするということだ。
2つ目の「らしくあること」というのは、「ベネッセらしさとは何か」を追求していくことだという。
「『ベネッセ=よく生きる』という言葉の意味に決まった正解はなく、自分にとっての答えを問い続けるものだと考えています。このサイトでの取材を通して、取材対象者にとっての『よく生きる』が何かが見えてきます。サイト上に様々な社員の『よく生きる』が並ぶことで、会社全体の『よく生きる』が見えてくる、ということを目指しています。」と泉さんは話す。
「日々の忙しい業務の中では目の前の仕事ばかりに目が行きがちで、自分たちが大事にしている思いに気づくのはなかなか難しいことです。でも、取材で聞いてみると、『実は自分はこう思っていた』という、いろいろな考えが浮かび上がってきます。記事を読んだ社員は、『そうそう、自分もこういうことが大事だと思ってる』と共感し、自分もそんな会社の一員であることを意識するかもしれません。一人ひとりが『よく生きる』を考えるきっかけの一つに、このサイトがなるようにと考えています。」
3つ目の「未来志向」に関しては、サイト内で子ども向けに作っている「サステナブルとは」というページに特徴がよく表れている。子どもには課題を重く伝えるよりも、未来に対して希望を持ってもらいたい。だからこそ、「未来がもっとこうなるといいね」「そのためにはどうしたらいいか考えてみよう」といった、未来志向の考え方でページを作っているという。
実際にサイトの運営を進めていく上では、難しさもあるそうだ。「ただ事実を書くだけでは伝わらないので、事例を紹介する上での切り口を立てる必要があり、そこが一番難しいです。でも作りながら見えてくるものがたくさんあるし、ある程度作っていくうちに『こういうことに気をつけて作っていこう』という基準が見えてきました。」と泉さんは教えてくれた。
社員が「オフ」の時間に見るサイトに
外部からサイトへの集客は、現在は主にベネッセの商品のサイトやコーポレートサイトなどのリンクから来ているという。FacebookやInstagramなどのSNSでの発信はすでに行ってはいるが、今後はさらにSNS戦略を強化していくことを考えているという。
一方で、社内での認知にはまだ課題がある。「外部向けのサイトという位置づけのため、社内で知らない人もまだまだ多いです。社内認知向上にも今後努めていきます。」と泉さんは話す。「今は取材対象を探しに行っている状態ですが、社内での認知が高まり、『取り上げてほしい』という声がサイトに集まってくるのが理想です。」
他の多くの企業と同じように、ベネッセにも社内報や社内イントラサイトがあり、その中でも社内の取り組みが社員の思いとともに取り上げられているという。しかし、内部のみを対象としているそれらの媒体とは異なり、「サステナブルな社会へ」は外部に公開している。
「社員自身も外からの目で見られるというのが、このサイトの大きな特徴だと考えています。社内イントラサイトでも取り組みを取り上げることがありますが、忙しい業務の合間に、自分に関係することをサッと確認しがちなサイトなので、じっくり読んで考えるというのは難しいものがあります。でも、外部サイトの形であれば、会社からの帰りの電車などで力を抜いたときに何気なくスマホで読んでもらうこともできます。人は無意識にオンとオフを切り替えるので、オフの時に外からの目で見てもらえるということは重要ではないかと考えています。」(泉さん)
社内の「当たり前だけど実はすごい」を浮き彫りに
最後に、CSR情報開示の方法として他社でも参考にできそうな点について聞いてみた。
「企業によって、社員や関係者が関心を持ちやすい部分は違うので、その会社ならではのアプローチのしかたを探ることが大事なのではないでしょうか。私たちもずっと、ベネッセならではのアプローチの仕方を議論し続けています。そのとき、社員を改めて尊敬するという姿勢が大事だと考えています。
社内にいると、社員が当たり前にやっていることが実はすごいことでも、そのことになかなか気づきません。例えばベネッセでは、子どもや教育に対する思いが強い社員が多く、『子どものためにもっとできることはないか考え抜く』ということが当たり前のように行われています。どの会社にも『実はすごい、社内の当たり前』があると思います。そういった、社内では当たり前になってしまっているところを引き出して、『実はすごいんじゃない?』と気づかせる、ということが大事なのではないかと思います。」と泉さんは教えてくれた。
「日本には、社会貢献の意識が強い会社が多く、どの企業も利益追求だけを目的にするのではなくて、社員の思いに基づいて仕事をしていると思うんですよ。でもその思いを伝えきれていない会社は多いのではないでしょうか。そのような思いがもっと表に出てくると、会社が人のように見えてきて、共感したり好きになったりする対象になると思います。企業ができることは多くないかもしれませんが、企業だからこそ事業を通してできることがあります。そういった部分を改めて浮き彫りにすることで、お客様や関係者に会社を好きになってもらうきっかけを作れますし、社員にも元気になってもらうことができるのではないでしょうか。」
編集後記
「サステナブルな社会へ」は、まだまだ模索しながら進めているサイトなのだという。しかし、企業のCSR情報発信の新しい可能性を世の中に提示している。
泉さんが最後に触れていたように、多くの企業が社会に役立ちたいという思いを持っていても、なかなかそれを社内外でわかりやすく発信することはできずにいる。それは社外の人にとっても、社内の社員にとっても、会社にとっても不幸なことだ。
ベネッセの「サステナブルな社会へ」のように、社内のソーシャルグッドな事例と社員の思いを社内外に発信していく企業が増えれば、日本中の良い取り組みがどんどん発掘されていく。そうすると、それぞれの企業のファンとなる人が増えていくし、社員自身も企業で働く意義が見出しやすくなり、会社もますます良い取り組みをしようとするという好循環が生まれる。それは、いわゆるCSRレポートや統合報告書を発行するだけの状態とはまったく違うだろう。
社内の「IDEAS FOR GOOD」を見つけて発信していく企業が、今後増えていくことを期待したい。
【参照サイト】サステナブルな社会へ(ベネッセ)