ダイアログ・イン・ザ・ダークが作る、分断のない世界。暗闇の中で“見た”ものとは

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駅の改札を出ると、雨に濡れた黄色のイチョウの木々が、美しかった。

日常の中で私たちは、視覚に多くのエネルギーを注ぎます。もし、視覚が閉ざされたとしたら、人は何を感じるのでしょうか。

ー松田恵美子氏(身体感覚教育研究家)

雨粒が地面に降り注ぐ音や、土の湿った匂い。イチョウの葉が地面に落ちる気配──。

そうした目以外のなにかで、ものを“見た”ことがあるだろうか。1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ氏の発案によって生まれたのが、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。視覚障害者の案内により、完全に光を遮断した“純度100%の暗闇”の中で、視覚以外のさまざまな感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテインメントである。これまで世界41カ国以上で開催され、800万人を超える人々が体験している。

松田氏は、「人は視覚がなくなると、五感以上の感覚を呼び戻す」という。そんなダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、ダイアログ)を体験できる、心身の美と癒しを求める大人に上質な時間を提供するホテル内の常設会場が11月22日、東京・三井ガーデンホテル神宮外苑の杜プレミアにオープンした。

今回、ダイアログの記者会見と体験会に参加した中で、特に印象的だったことをご紹介する。

ダイアログ

日本独自の「禅の思想」を体験する

今回新しく誕生したダイアログの常設会場では、「内なる美、ととのう暗闇。」をテーマに、世界のどこにもない、日本ならではの「禅の思想」をベースとしたマインドフルネスを用いて、自然や日本文化を感じることのできる神宮外苑ならではのシーンが体験できる。

同日に行われた記者会見では、ダイアログ・イン・ザ・ダーク発案者で哲学博士のアンドレアス・ハイネッケ氏がドイツより来日したほか、本プログラム監修者の松田恵美子氏と、曹洞宗長光寺住職の柿沼忍昭氏、そして一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事の志村季世恵氏が登壇。

記者会見

記者会見の様子。左から柿沼氏、ハイネッケ氏、志村氏、松田氏。

会見でハイネッケ氏は「ダイアログは世界50か国にあるが、この特徴的な日本のダイアログはシリコンバレーのような存在に相当し、これからますます日本が社会に対する物事の媒介となると考えています。暗闇の“黒”は、日本語でもさまざまな意味を持たせることができますね」とコメントした。

「暗闇の中には日本ならではの仕掛けが揃っています。たとえば暗闇への入り口は、にじり口(※)になっており、普段の肩書や立場を置いて中に入ります。暗闇の中では、みんな平等になる、ということです」と、志村氏。

※戦国時代に千利休により取り入れられた、二尺二寸(約66cm)四方のお茶室への入り口。武士が刀を持って入ることができないことから、にじり口から入るものは武士も商人も誰もが身分差がなく、平等に振舞われることを表現している。

ダイアログ

「初めてダイアログの暗闇に入ったとき、自分の今までの修行は一体なんだったんだのかと思ってしまいました」と話すのは、住職の柿沼氏。

「削ぎ落としていきながら何が髄に残るのか、徹底的に極めていくのが禅の世界です。それにはものすごい努力が必要なんです。しかし一歩暗闇に入ると、一瞬で何もかもが削ぎ落とされる」

闇は、人工的に作られているのにも関わらず宇宙のようで、どれだけ狭いのか、どれだけ広いのか、まったくわからない。時間はどれほど経ったのか、周りには誰がいるのか、自分の身体さえ見えないのだ。

真っ暗闇の中、誰もが対等な状態で出会い、対話する

今回、ダイアログを体験する中で感じたのは、人間はみんな凸凹を持ち、助け合うことができるということだ。どんなに時間が経っても目が慣れない漆黒の暗闇の中で、何度も私を正しい方向に導いてくれたのは、今回の案内人であり、視覚障害者でもあるイシイシだった。(入場前に参加者は自分のニックネームを言う)。

見えないも、聞こえないも、年をとるも、すごい能力に変えることができるんです。

(一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティより)

ダイアログでは約2時間もの間、その日初めて出会った参加者の人たちと暗闇の中でニックネームを呼び合い、手を引き助け合ったり、背中を合わせて互いに安心感を得たりする。暗闇に入ると、人とのつながりがなければ自分が今、どこにいるかわからないからだ。

暗闇の中では「ダイアログ(dialogue)」、つまり「対話」が大切にされる。真っ暗闇の中、誰もが対等な状態で出会い、対話する。そこには目が見える人と見えない人の分断はなく、みんなが同じ世界を生きる。誰もが対等な暗闇の世界で、目が見えることも見えないことも、年齢も職業も関係なく、私たちはお互いの凸凹を補い合った。

どれだけ時間が経ったかもわからない中で、最後にイシイシは「新しい世界へと行きましょう」と言って、私たちを明るい世界へと導いてくれた。本当にあれは東京で起こったことなのか、空間を出た後に不思議な気持ちになった。視界が閉ざされた中でも“見えた”ものはいつもの日常よりもずっと、多いように感じた。

日常の情報の多さに疲弊してしまっている人は一度、「内なる美、ととのう暗闇。」で自分の五感と向き合ってみてはいかがだろうか。

【参考記事】“見えない、聞こえない、若くない”が力になる。日本初、ダイバーシティのミュージアム「対話の森」
【参照サイト】ダイアログ・イン・ザ・ダーク「内なる美、ととのう暗闇。」
【参照サイト】一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ

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