耕作放棄地を、持続可能な暮らしの学び場に。淡路島の共創循環型ファームビレッジ「Seedbed」

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都市部では、豪雨や地震などの自然災害が起こるたびに水や食料の買い占めが起こり、停電が起こるだけでパニックになる。これは、食やエネルギーなど日々の生活に欠かせないものを自分たちでつくっていない都市部で暮らす人々が抱える、根源的な不安の表れではないだろうか。都市で暮らす限り、この不安を解消する唯一の方法は、お金を稼ぐことしかない。だから朝から晩まで働き続け、結果として心も体も消耗してしまう。

そんな社会のシステムと暮らし方に疑問を持った若者4人が、東京を飛び出して淡路島に移住し、新たな実験を始めている。それが、パソナグループの社内ベンチャー、タネノチカラがはじめたプロジェクト、共創循環型ファームビレッジ「Seedbed」だ。

Seedbedは、兵庫県、淡路島にある約3ヘクタールの耕作放棄地を、パーマカルチャーの視点から持続可能なコミュニティに再生することを目指して立ち上がったプロジェクトだ。無農薬・無化学肥料による自然栽培や土嚢を積み上げて家を建てる「アースバッグハウス」づくりなどに取り組んでいる。農をベースとしたコミュニティづくりをそのまま「体験」として提供することで、都心で暮らす人々に対し、持続可能な暮らし方や社会と個人のあり方を見つめ直す機会を提供している。

今回IDEAS FOR GOOD編集部では、実際に「Seedbed」に訪問し、タネノチカラの代表を務める金子大輔さん、広報の金藤早貴さんにお話しをうかがってきた。

みんなでつくる、土の家「アースバッグハウス」

Seedbedを訪れるとまず目に飛び込んでくるのが、丸い形をしたドーム型の家「アースバッグハウス」だ。アースバッグは建築工法の一つで、地面を整地したうえで溝を掘り、そこから土嚢袋を積み上げていく工法だ。一番下から38段、土嚢で作ったスパイラルが徐々に内側に入っていくように調整しながら、一段ずつ丁寧に土嚢を積み上げてドーム型の家をつくっていく。

建築中のアースバッグハウス2棟目。協力して土嚢を積み上げていく。

Seedbedでは、アースバッグハウスに使う土を敷地内にある雑木林の近くから持ってきている。林の周辺は土が湿っており農には向かないため、将来的に駐車スペースにする予定なのだという。整地する際に出る土を活用して家をつくるという、一切無駄のない建築スタイルだ。

金藤さんは、アースバッグハウスの魅力についてこう語る。

「アースバッグハウスは土台を点ではなく面で支えているので、耐震性に優れています。また、土なので燃えず、耐火性にも優れていますし、防水もするので雨風もしのげます。そこにある土と素材を使い、そこに集まる人たちと作ることができるのがアースバッグハウスの魅力です。」

タネノチカラ・金藤早貴さん。Seedbedの立ち上げのために東京から移住した。

現在完成しているのは2棟。最終的には11棟のアースバッグハウスをつくり、Seedbedに体験や研修で来た人の休憩する施設として活用する予定だという。また、アースバッグハウスづくり自体も体験として提供し、チームビルディングなどを目的とした企業研修や、学生向けのワークショップを行う。

完成したフィールドに来てもらうのではなく、フィールドづくりそのものを体験として提供することで、サービスの提供者と利用者という関係ではなく、共にコミュニティを創る仲間という関係性へと書き換える。これが、Seedbedプロジェクトのすべてに共通する最大の特徴だ。

アースバッグハウスの一棟目

自然の力をそのまま活かす、自然栽培

Seedbedプロジェクトの敷地内はアースバッグ以外の場所のほとんどが畑となっており、パーマカルチャーの工法に沿ってデザインされている。もともとは荒れ果てた耕作放棄地だったが、草刈りと伐採、倒木の処理からスタートし、ウッドチップなどを活用して土壌改良も進めながら、一年ほどで今の状態まで作り上げた。

敷地内のどこに何の野菜を植えるかは、太陽の流れを見たうえで、できる限り日照時間が長くなるように考慮しながら決められる。たとえば背丈の高い野菜を植えると影ができてしまうため、その近くには影が欲しい野菜を植えるなど、それぞれが活かされ合うようにデザインするという。

畑の様子

現在育てられている野菜は、玉ねぎ、おくら、ひまわり、しょうが、パプリカ、ピーマン、バジル、しそ、なす、パエル、ネギ、レタス、大根、ニンジン、トウガラシなど、本当に多種多様だ。

金藤さんは、「3年で1,000種類の生き物が共生する場所をつくろうと考えています。野菜と果樹だけで800種類、玉ねぎだけでも9種類の種をまいて苗をつくっているところです。ここには虫も雑草もいますが、『雑草』という名前の草はありません。すべての草は意味があって地上に出てきます。あらゆる生き物が共生し合う場所をつくり、この場を通じて『共創』と『循環』、そして『多様性』を実感してもらえるような場所をつくり、発信していきたいです」と話す。

栽培中のねぎ畑

Seedbedには、農薬も肥料も使わない自然栽培の知恵とノウハウが詰まっている。その一つが「コンパニオンプランツ」という農法だ。コンパニオンプランツとは、異なる科の野菜を一緒に育てることで、お互いの栄養を分け合い、お互いにおいしいものができるという栽培方法を指す。

ただし、Seedbedではただ自然栽培のプロを呼んで教科書通りにやることはしない。農の素人だからこそ、自分たち自身が実践を通して学んでいくプロセスを大事にしている。そのため、あえてコンパニオンプランツの教科書通りにつくるレーンとそうではないレーンをつくり、実際に育て、食べ比べることでその農法の効果を体感するといった取り組みをしているそうだ。

また、Seedbedではコンポスト(堆肥化)にも取り組んでいる。アースバッグハウスにはコンポストトイレもつくる予定だ。下水はつくらず、臭いがなくなるように始末して、それを肥料にする。「私たち人間が悪いものを食べていなければ、当たり前にそれらは土に戻って栄養になってくれる」と金藤さんは話す。

青空の下、大人数で昼食を食べるための机やいすも、全て自分たちで作り上げた。

将来は、エネルギーの自給自足にも取り組む予定だ。

「エネルギーももちろんやりたいと思っています。夢にはなりますが、電気と水を自給する『アースシップ』というオフグリッドハウスをやりたいなと。現在、アースシップとアースバッグを掛け合わせてセントラルキッチンとしても活用できるレストラン棟を敷地内の一番高いところに建てる計画があります。」

「太陽の光で電気を賄い、雨水はろ過して手洗いとお風呂、そしてトイレに流し、トイレで使った水はろ過した後に地形の傾きを使って勝手に畑へと流れるようにします。すると、畑に水やりをしなくてもよくなります。パーマカルチャーは、最初に手を施せばあとは自然の流れに任せられるので、手がかからなくなるのです。」

Seedbedの完成予想図

一方で、Seedbedは自給自足を前提とするパーマカルチャー的な思想と、利便性のバランスについてもしっかりと意識をしている。

「人に宿泊してもらう施設もつくるので、水道と電気を通す工事はしています。原始時代に戻りたいわけではなく、バランスが大事なのです。パーマカルチャーのような暮らしに興味がある人であれば抵抗はないかもしれませんが、都市から来ていただく方の気持ちも否定せずにやりたいですし、有事の際のリスクヘッジもしておく必要がありますので、水道も電気も通します。」

Seedbedは都会で暮らす人々などがアースバッグハウスや自然農等を体験し、自分の暮らし方を見つめ直すための場所だ。だからこそ、農のある暮らしやパーマカルチャーなどに縁がなかった人でも快適に過ごすことができるコミュニティづくりを大事にしているのだ。

アースバッグハウスの室内には温かい日差しが差し込む。

「私たちはホストになりたいわけではありません。あくまで『みんなでこの場所を創りませんか?』というスタンスです。来てくれる方々はそれぞれ感じることも気づくことも全然違います。皆さんの想いやストーリーが重なっていくことで、この場ができあがっていくのです。」

「自分でできる」という自信がもたらす安心感

Seedbedは、パーマカルチャーに基づくビレッジづくりという体験を通じて、具体的にどのような価値を提供するのだろうか。それを理解するには、実際に東京から淡路島に移住したタネノチカラのメンバーの変化を知るのが一番だ。

もともと東京でキャリアアドバイザーとして働いていた金藤さんは、自身の変化についてこう話す。

「私はキャリアアドバイザーをしていました。今思い返すと当時の私がいかに現代の社会構造に沿って仕事をしていたのかを実感します。やはり転職の相談に来られる皆さんの多くは年収維持・アップを求めますし、私もそれがよいと思う時も多くありました。しかし、それは根本に資本主義経済ならではの生き方の不安があるからです。私もそうでしたし、結婚や仕事をしていくうえでお金はとても大事だと思っていました。」

「今でもお金が大事ではないとは思いません。ただ、今は仲間もできることも増えました。有事の際には自分で火を起こせますし、どの植物が食べられるかも見れば少しは分かるかもしれない。土の匂いを嗅げばどこの土がよいかも分かってきたし、太陽を見ればだいたい何時かが分かります。野性的な勘が研ぎ澄まされ、本当の意味で『生きる』ことができるようになり、以前より未来に対する不安や怖さがなくなりました。」

金藤さんも、都会にいたときは災害が起こって水や電気が止まっただけで、この世の終わりのような気分になったという。しかし、いまでは自分でできることが増えたことが自信につながり、本当の意味での安定を手に入れつつある。そんな金藤さんは、自分たちの変化そのものがコンテンツになると話す。

「まだまだ完全にエコフレンドリーだと言い切れるわけでもないですが、少しずつライフスタイルやお金のかけ方はシフトしていて、そんな小さな変化でも気持ち良さを感じています。ただのサラリーマンだった私たちが、Seedbedに関わる中で少しずつ変わっていく様子を見て、何かを感じてもらえれば嬉しいなと。」

「都会」と「農」の両方を知っているからこそ、橋渡しができる

都会からやってきた素人たちがはじめての挑戦に悪戦苦闘しながら取り組んでいるからこそ、同じように都会で暮らす人たちに伝えられる価値がある。それが、タネノチカラの考えだ。代表の金子さんは、タネノチカラの強みについてこう説明する。

「僕たちの強みは、何も知らないからこそ、何も知らない人たちに伝えられるということ。正解を伝えようとするのではなく、こういう生活をしているとシンプルに『気持ちいい』『楽しい』と感じるということをそのまま伝えたいなと思っています。」

タネノチカラ代表・金子大輔さん

自分たちの迷いや葛藤も含め、成長の過程も含めてそのまま伝えることで、そこから何かを感じとってもらえばよい。タネノチカラが目指すコミュニケーションには、パーマカルチャーのような生き方が正しいという考えも、都会の暮らし方が間違っていると否定する意図もない。

「正しい、間違っているではなく、自分が『気持ちいい』と感じるものを選択できる社会をつくりたいのです。だから、何事も否定しないというスタンスを大事にしています。農薬や肥料にも依存しない持続可能な農業の基盤をつくりたいと考えたとき、もともとそうした考えの人もいるとは思いますが、多くの人はそうではありません。ヒッピーとマスの幅が大きすぎて、お互いに理解しようとしても難しいのです。だからこそ、もともとマスにいた僕らが真ん中に立って、どちらも悪くないけれど、社会としてはこちらのほうが気持ちよいのではないか、という提示をできればよいのかなと。」

何かを否定するのではなく、すべてをありのままに受け入れたうえで、自分の感性が気持ちよいと思えるものをそれぞれが選べる社会。それがタネノチカラの目指す社会だ。

「生ごみが出るからコンポストして土に戻すことができるし、虫がいるから循環が生まれる。すべてのつながりが見えてくると、すべてが愛おしくなり、大切に思えてきて、勝手にサステナブルになるのです。何も否定することなく、ありのままを受け止め、認める。それが大事だと思っています。」

「商品」ではなく「作品」をつくる

Seedbedのユニークな点は、農やアースバッグハウスづくりが体験できるテーマパークではなく、そのテーマパークづくりの「プロセス」を価値として提供している点にある。観光客としてやってきて、ただ用意したコンテンツを消費してもらうのではなく、コンテンツの生産側に回ってもらう。この仕掛けは、普段は生産から遠く離れた都市で消費者として暮らしている人々に変化の気づきを与えるうえで一番大事なポイントだ。

金子さんは、Seedbedを完成する以前から公開し、多くの人々を巻き込んでともにコミュニティづくりを進めている理由についてこう説明する。

「これからの時代は『商品』と『作品』の差が広がっていきます。商品は大量生産できるので、どんどんと価値が下がっていきますが、作品はどれだけストーリーが付加されたかという付加価値が重要になります。Seedbedは、多くの人が関われば関わるほど、それだけストーリーが増えて価値が上がっていくのです。また、生産と消費の分断を防ぐうえでもストーリーは必要です。食べ物が土から僕たちの体に入るまでのストーリーをどれだけ知っているかによって、食べ物に対する見方も変わってきます。だからこそ、Seedbedはつくる過程そのものを事業にするという形にしたのです。」

取材後記

金子さんが話す「作品」の意味は、実際にSeedbedに足を運ぶとよくわかる。今回IDEAS FOR GOOD編集部では、初日は取材だけにとどめ、二日目に実際に農作業を体験したのだが、初日と二日目とではSeedbedの捉え方が大きく変わったことを実感した。初日はあくまでSeedbedは取材対象であり、自分たちは外側の人間だった。

しかし、二日目に自分たちで実際に畑を耕してみると、それだけで意識はSeedbedの内側の人間になったのだ。たった数時間の農作業でも、ともにビレッジを創るコミュニティの一員としての感覚が芽生え、自分たちが耕したスペースがその後どうなり、どんな野菜が植えられ、どのように収穫されるのか。それが気になって、また来たくなる。そんな気持ちが自然と芽生えるのだ。

農やパーマカルチャーなど、自分の生活とは程遠い。そんな人にこそ、Seedbedを訪れてみてほしい。そこで楽しそうに農作業をしている人々も、つい去年まで同じように都心で暮らしていた人たちだ。少しだけ勇気を出して飛び込んでみて、自分の生き方を見つめ直してみてはいかがだろうか?

【参照サイト】Seedbedプロジェクト
【参照サイト】タネノチカラ

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