SDGs(持続可能な開発目標)のゴールとなっている2030年まで、あと10年。2019年9月に東京・渋谷区で開催された「Social Innovation Week 2019」のトークイベントで、国連広報センターの根本かおる所長は、このままでは2030年の目標達成は困難、国連では「加速」と「拡大」がキーワードになっていると語った。国連は、2020年から2030年までをSDGs達成のための「行動の10年」と定めている。
実際にSDGsの取り組みを進めるにあたり、何よりも地域や組織に落とし込んだ「目標」が必要となってくる。
たとえば北海道の下川町や株式会社丸井などは、「地域のありたい姿」「社会のあるべき姿」を地域住民や社員で描くことからはじめ、その絵をもとに戦略やプロジェクト、移住計画を作成するといった「バックキャスティング」の手法を用いている。自分たちが進むべき「未来の地図」を持ち、そこからバックキャスティングすることで、改めて組織や地域のあり方を見直す、同じビジョンの元にパートナーシップを強固にしていくといったことが可能になる。
さらに、2030 Agenda や SDGs の中にも明記されているが、目標を定める上で「現状を知る」「その後の取り組みを評価する」ための「指標」も重要だ。
本記事ではその指標の一つとして、サステナブル・ラボ株式会社が提供するAI(人工知能)技術を用いた「SDGsスコア」を紹介する。
「SDGの通訳」となりえるツール
Q. そもそも、どのような経緯でこのスコアを作成されたのでしょうか?
平瀬氏:スコアの作成は、SDGsを通訳する存在がまだまだ少ないと感じたことから始めました。私は「お金を稼げる」=「強い会社」と「社会や環境に優しい」=「優しい会社」のような表現をしているのですが、稼げる会社が偉いというようなこれまでの資本主義が近年変わりつつあり、今後は両方を併せ持つ「強くて優しい会社」が求められてくる、ルールチェンジが起きているのではないかと思っています。
しかし残念ながら、環境や社会に「優しい」部分において、「なぜ会社が優しくならないといけないのか?」というように、まだまだ組織内で対立と分断が起きています。だからこそ私たちは、SDGsや気候変動対策をより加速させるためにも、みんなが納得して進められる物差しになり得るスコア・アルゴリズムをつくりました。
こういった「優しさ」への物差しをどのようにつくるのか、というのは難しい問題です。今回、ESG投資研究の第一人者である加藤康之先生(京都大学客員教授でありGPIF経営委員)など、非財務領域の第一線の研究者との出会いや、環境省環境金融推進室 からの事業採択などにより、最先端の知見を得られたのは非常に幸運でした。
数字は万能ではないですが、共通言語にはなり得ます。「優しくなったら強くなるのか?」つまり「CO2を減らしたら企業価値が上がるのか」などの問いを、ビッグデータの解析によって数字で提示することで、みんなが同じ目線で議論することが可能になるんです。
非財務指標と財務指標の相関から見えてくるものは?
平瀬氏:私たちのSDGsスコアでは、たとえば「売上高あたりのCO2排出量」や「女性取締役の比率」などの非財務指標と、「売上」や「企業価値」などの財務指標との相関解析を 機械学習モデルを用いて行います。
現在、東証一部に上場する約2,000社の直近 10年分のデータを抽出して解析しているのですが、これらの解析を深化させることで、CO2を減らしたら売上が上がるかどうか、もし上がるとしたら何年後か、などが見えてくる。
業界によってこういった特徴にはもちろん偏りがあります。特にエネルギー業界は顕著で、CO2排出量と数年後の複数の財務指標にプラスの相関があったりするんです。このようにデータの解析が進んでいくと「強くなるための優しさとは何か」がわかるようになります。
あらゆるデータからAIでスコアを算出
Q. スコアにはどのようなものがあるのでしょう?
平瀬氏:環境(E)スコア、社会(S)スコア、ガバナンス(G)スコアや、SDGsスコア(17項目ごと)等があり、たとえば環境(E)スコアはエネルギーや大気など7つのスコアから構成されています。
また、企業分析だけでなく、業界分析や自治体の分析も可能です。企業は「約1,400指標」、自治体は「440指標」を抽出・解析することでスコアにします。企業向けデータは、IR資料などで開示されている情報だけでなく官公庁情報、企業の評判クチコミ情報など、原則としてオンライン上に存在するあらゆる情報を用いて解析しています。自治体の指標は、中央省庁のデータなどを活用しており、たとえば「人口一人当たりの教育費」「GDP当たりのCO2排出量」「犯罪検挙率」などの指標を用いています。
今後はさらに上流、たとえばスマートメーターのデータや従業員の健康データ、またPOSデータなどを保有しているような事業者様と連携していくことで、より深い解析・スコアリングが可能になっていくでしょう。
またスコアリングについては、100点満点が存在する絶対評価ではなく、業種平均・前年比較・競合他社、これら3つと比較した相対スコアです。その他に「サステナビリティスコア」と「売上」など二軸のポジショニング・マッピングも行っています。
「強み」と「弱み」を明確化。SDGs推進の道標に
Q. スコアはどのように活用できるのでしょうか?
平瀬氏:自社の非財務領域における「強み」と「弱み」を客観的に把握することができ、目指したい「あるべき姿」への具体的なロードマップを描くことができるようになります。
また、社内や投資家、メディアに対して、より緻密に自社の「優しさ」について説明することが可能になります。こういった用途にご活用頂くため、ツール上でスコアレポートをPDFやエクセルデータで出力できるようにしました。今後はレポートの英訳化機能や投資家・メディア向けの配信機能も検討しています。
Q. スコアにすることで、どのような効果が生まれているのでしょうか?
平瀬氏:まず、地域や企業の持つ課題(弱み)だけでなく、独自の強みを見つけることができます。弱みは自分たちで気づいていても、強みに関しては気づいていない団体・企業が多い印象です。実際、意外なところに強みが見つかったとの声も複数いただいています。
それから先述のとおり「なぜSDGsを推進する必要があるのか」といった議論をより円滑に進めるための道標として機能しているというような声もいただいていますね。
「強さ」と「優しさ」両方を向上していく未来に
Q. 導入先はどういったところがあるのでしょう?
平瀬氏:複数の自治体、大手交通インフラ企業、大手金融系企業、大手メーカーなど、各業界のリーダーに試験導入していただいています。また、監査法人系の大手コンサルティングファームや金融機関にも試験導入を進めております。
Q. SDGsに取り組みたい企業や自治体は、どのようにスコアレポートを確認すれば良いでしょうか?
平瀬氏:東証一部上場企業様や都道府県様はすでに情報抽出・解析済みなので、ご依頼いただけたらお見積もりを確認の上アカウント発行をするだけで、WEBブラウザから自社や競合企業のスコアレポートを閲覧していただくことが可能です。それ以外の企業様、自治体様に関しては、随時対応予定です。
Q. 最後に、今後の展望を教えていただけますか。
平瀬氏:渋沢栄一さんの「義利合一(義と利は表裏一体)」の言葉を使わせていただいているんですが、資本主義をアップデートして「強さ」と「優しさ」両方を向上していく未来にしていきたい。
つまり「財務スコア」と「SDGsスコア」を足したものを、企業の通知表にすることをスタンダードとして根付かせていき、「時価総額ランキング」から「本質的な未来価値ランキング」になっていくような流れをつくっていきたいですね。そして、SDGs貢献と経済成長が正しくリンクする世界、たとえば企業も顧客もSDGsスコアが高いものを買うと豊かになっていく、「優しくなればなるほど強くなれる」という循環をつくることにチャレンジしていきたいです。
インタビュー後記
スコアがまさしく「通訳」となることで、漠然としたイメージの中で語られていた持続可能な社会像を、より明確にイメージできる人も増えるのではないだろうか。
よく耳にする「SDGsというが、何をすればいいかわからない」「SDGsに取り組むメリットはあるの?」。SDGsスコアはそんな問いを解決する解決策となり、ますます2030年までの目標達成に向けて取り組みが加速することを期待したい。
筆者プロフィール:松尾沙織(まつおさおり)
震災をきっかけに社会の持続可能性に疑問を持ったことから、当時勤めていたアパレル企業から転身、現在はフリーランスのライターとして、さまざまなメディアで「SDGs」や「サステナビリティ」を紹介する記事を執筆。他、登壇、SDGs講座コーディネート、「ACT SDGs」発起。また、「ダイベストメントコミュニケーター」として気候変動の問題を広める活動をしている。
【参照サイト】サステナブル・ラボ