クリエイティブ人材を集める、空き家リノベ物件。「巻組」が仕掛ける石巻の地方創生

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2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた地域、宮城県石巻市。大津波によって大勢の人が住む場所を失い、3000人以上の市民が亡くなった。当時テレビや写真に映し出された壊滅するまちの様子を、鮮明に覚えている人も多いだろう。

それから9年。これまで石巻はたくさんの人の協力によって、大きく復興を遂げてきた。そこにはもちろん、行政や地元の人たちの賢明な努力や、震災直後に全国から集まったボランティアの人々の力がある。しかし、その中の一部の人が現在も地域に残り活動を続け、復興の大きな助けとなってきたことをご存知だろうか?全てを一から作り直さなければいけなくなった震災後の石巻には、クリエイティブな発想のスタートアップや、型にとらわれない自由な生き方をする若者が全国から大勢集まり、独特なカルチャーが作られてきた。

「巻組」も、震災をきっかけに石巻で立ち上がったスタートアップ企業のひとつだ。彼女たちは、震災後増えてしまった「全く使われなくなった空き家」をリノベーションし、賃貸住宅やシェアハウスとして運用している。そして、巻組のプロデュースする個性的な物件にはアーティストや起業家など、クリエイティブな人材が自然と集まるようになり、彼らが地域の活性化に貢献することで、持続可能な良い循環を生み出しているのだ。

今回はそんな巻組の創業者である渡邊享子さんに、巻組の成り立ちやコロナ禍で新たに始めたプロジェクト、そして持続可能な地方のあり方についてお話を伺った。

話者プロフィール:渡邊享子(わたなべ きょうこ)

渡邊さん2011年、大学院在学中に東日本大震災が発生、研究室の仲間とともに石巻へ支援に入る。そのまま移住し、石巻市中心市街地の再生に関わりつつ、被災した空き家を改修して若手の移住者に活動拠点を提供するプロジェクトをスタート。2015年3月に合同会社巻組を設立。2016年、COMICHI石巻の事業コーディネートを通して、日本都市計画学会計画設計賞受賞。2019年、日本政策投資銀行主催の「第7回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」で「女性起業大賞」を受賞。

“絶望的な空き家”をリノベーションし、新たな価値を生み出す

震災直後、ボランティアで石巻を訪れた人たちの中には、その後も引き続き地域に残って復興支援をしたいという人が大勢いた。しかし、住宅の70%以上が津波により何らかの被害を受けた石巻には、住民はおろか、彼らの住む家はなかった。自身も当時ボランティアとして石巻を訪れていた渡邊さんは、想いを持ちながらも住む場所がないために支援を諦めて帰っていく人々を見て非常にもったいないと感じ、空き家をリノベーションしてシェアハウスを作った。これが巻組の始まりだ。同社はこれまでに30軒の空き家を回収し、11軒のシェアハウスや賃貸住宅、民泊を運営、100人以上に物件を提供している。

巻組のリノベーション物件「Shared House Oli」

巻組のリノベーション物件「Shared House Oli」

渡邊さん:震災後、石巻では大量生産型のマンションや新築の住宅が次々と建てられ、もともと地域に住んでいた人々はそちらに移り住んで行きました。そのような背景もあり、震災後の10年で石巻の人口は2万人も減少し、使われなくなった空き家が一気に増加()してしまいました。

私たちがリノベーションしているのは、墓地に囲まれていたり、車道から全く見えなかったりと立地が非常に悪いうえに、築5、60十年でボロボロの、いわゆる資産価値が落ちきっている空き家です。そういった空き家は解体費用がかかるため、持ち主としては「ただでもいいからもらって欲しい」と言うのが本音で、他の不動産業者も扱いません。そんな、一見価値の無いものに思える“絶望的な空き家”に再び価値を与え、この地で新しい発想による事業を営む人や、独特なライフスタイルを希望する人を応援したいと思っています。

※平成30年度の調査によると、石巻市の空き家は1万3000戸にのぼる。

集まってきたのは、個性豊かな人たち

この話を聞くと、そのような物件に住みたいという人が果たして存在するのだろうか?と誰もが考えるだろう。しかし実際にやってみると、個性的なライフスタイルを送りたい人や、クリエイティブな人たちが、巻組のリノベーション物件を切実に必要としていたのだ。

渡邊さん:いざ運用を始めると、「こんな場所にある家、逆に面白い!」と言って使ってくれる人がたくさんいたのです。また、「場所さえあれば自分のやりたいことができる」という人たちも実は多いのですよね。最初の物件には、洋裁と木工業を営んでいる2人組の女性が入居してくれました。彼女たちは本業の傍ら、裏の雑木林で農業をやったり、鶏を飼ったりして自由に暮らしていますよ!その2人に続いて、その周りの空き家も埋まっていきました。

今では私たちの物件は、アーティストや起業家など、一般的な不動産は借りにくい、いわゆる“マイノリティ”の方々が使ってくれています。狩猟をしながらアート制作をしたいという人や、パフォーマンスを練習できる広い場所が必要だが東京で広い家に住む経済的な余裕はない人など、様々なニーズがありますよ。そういった人たちは一般的な住宅市場ではターゲットにならないので、巻組の物件を必要としてくれているのです。

(左)巻組のリノベーション物件外観(右)物件に入居し洋裁を行う女性

(左)巻組のリノベーション物件外観(右)物件に入居し洋裁を行う女性

より持続可能な、住宅との関わり方

空き家が増えているのは、もちろん石巻市だけではない。2020年の時点で日本全国の空き家の割合は総住宅数の13.6%にものぼり、その数は年々増加し続けている。放置される空き家の増加は、倒壊や外壁の落下といった防犯性の低下だけではなく、犯罪の誘発や害虫や悪臭によるまちの衛生環境の悪化、景観の悪化を招くため、大きな社会問題となっている。渡邊さんは、空き家が増加する原因のひとつには、現在の不動産業界の仕組みが関係しているという。

渡邊さん:全国の空き家率がこれだけ増加し続けているのに、日本の住宅市場ではとにかく新築の需要を作って大量に生産していくことがいまだに一般的です。開発しやすい場所を探し、高い建築物を建てる。日本の人口は減少していますから、そうして建てられた住宅は家主がいなくなったら必然的に空き家になるという流れなのです。この仕組みは、果たして持続可能でしょうか?

また、今の不動産市場で“快適な家”と定義されるのは、綺麗でセキュリティや断熱がしっかり備わっている、などといった決まりきった条件のある家ですよね。そういった物件は、核家族的な家庭の、いわゆるメジャーな人のライフスタイルを基準に設計されています。しかし、実際にはそこにあてはまらない人の方が多いのではないかと考えています。

私たちは、“住む人それぞれのオリジナルな生き方を住宅を通してサポートすること”を大切にしています。そして、古くなって使われなくなってしまった家は、住む人のアイデアでその人の望むライフスタイルを作ることができる場所でもあるのです。今の不動産業界の仕組みは、家を作る側と住む側がはっきりと分断されていますが、これからは、家を使う側がもっと住まい作りやライフスタイル作りに参加できるような仕組みにしていくことが求められていると思います。

コロナ禍でアーティストを助ける「Creative Hub」

巻組にとって以前から身近だった、多様な生き方をするクリエイティブな人々。新型コロナウイスの影響により、彼らは今特に生活が大変な状況に追い込まれているという。外出自粛や感染防止対策によるイベント、公演の中止により、多くのアーティストの主要な仕事がなくなってしまっているのだ。一方で、巻組が運営するシェアハウスの部屋はコロナ禍で余ってしまっていた。そこで巻組が6月から新たに始めたプロジェクトが、生活困窮度が高いアーティストの支援と地域の活性化を図る、「Creative Hub」プロジェクトだ。

このプロジェクトでは、コロナ禍で生活に困っているアーティストが、一定期間家賃無償で巻組の提供するシェアハウスに住み、制作に専念することができるというものだ。その代わり、アーティストは月に一度、Creative Hubの拠点で開催するイベントで自分の作品やパフォーマンスをまちの人たちに発表し、地域に価値を還元する。イベントではまちの人が物物交換や投げ銭によってパフォーマンスを鑑賞したり作品を購入したりすることができ、資源の循環や相互のつながりを持てる場となっている。
現在、アーティストの発信やイベントの拠点となる空き倉庫のリノベーション費用をクラウドファンディングで募っており、改装を進めている最中だ。

CreativeHubの拠点となる倉庫

CreativeHubの拠点となる倉庫

プロジェクトの構想は、コロナ禍で苦しんでいるアーティストのSNS投稿をきっかけに出来上がったと渡邊さんは話す。

渡邊さん:生活困窮度が高いクリエイティブな層は、今回のような危機の時に見落とされがちです。パフォーマンスや演劇系の人たちはイベントの中止で発表の機会がなくなってしまったり、海外の大学でアート制作に挑戦していたが日本に帰らなければいけなくなったという人もいます。そういった人たちは普段は本業の他にアルバイトをしながら生計を立てていることが多いのですが、コロナ禍でそれすらも減ってしまい、非常に疲弊していました。そういった大変な状況を発信するアーティストのSNS投稿を見たことが、このプロジェクトの構想のきっかけになりました。

これまでに5名のアーティストが口コミによって集まってくれて、シェアハウス「アシュラム」で共同生活をしています。例えば、アメリカの美大でアートを学んでいた子は、ビザが無いことで日本に帰らなければいけなくなってしまったため、ここで制作に打ち込みながら、空いた時間は地元の農作業を手伝ってくれています。また、東京のテレビ局でAOをしながらパフォーミングアーティストとして活動していた子も、仕事がなくなり生活が苦しくなってしまったため、以前から関わりのある地域であった石巻に来て、アーティストとしての活動を継続しています。

月一回のイベントでは、アートを見る側である地域の人がその値段を決めるというところがポイントで、投げ銭や物物交換をすることが地域の人たちのクリエイティビティにもつながっていると感じますね。投げ銭では、「モノの価値を自分で決める」という日本ではあまりすることのない体験をできますし、物物交換では使われていなかった資材が集まってきて、地域の良い循環を作り出しています。

CreativeHubのイベントの様子

CreativeHubのイベントの様子

クリエイティブ人材やアートが、地方にもたらすもの

Creative Hubは一見、支援されるアーティスト側のメリットがとても大きいプロジェクトに感じられる。しかし、彼らがのような人材が地域にもたらす影響は大きいと言う。渡邊さんが考えるクリエイティブ人材やアートそのものが地方にもたらす価値とは、どのようなものなのだろう。

渡邊さん:クリエイティブな人たちは、地域産業を手伝ってくれたり、地域の人たちとの丁寧な関係づくりが上手だったりするため、来てもらうと地域にとっても良い影響があるのです。

例えば、若い彼らが地域に来ると、ご高齢の方は彼らの暮らしのことを気にかけたり、食べ物のお裾分けをしたりするのですよ。これは若いアーティストにとってはもちろん心強いことなのですが、心配して助ける方もまた、『自分にも役目がある』と思えることによって実は精神的に救われているのですね。アーティストは感受性が強い人が多いので、地方の暮らしの良さを感じ取り、地域の人への感謝を倍にして表現して返してくれますしね。

また、こういった「自分の生き方を、自由に設計できる人たち」が身近にいることにより、地域の若い人たちの視野が広がるというメリットも大きいです。

『安定した給料と社会保険によって豊かになる』とういう価値観に囚われていると、地方は東京よりは給与水準が低いため若者がどんどん首都圏に流れていってしまい、地方の持続性は失われていきます。しかし、東京から自分のやりたいことをやるために石巻に来る人たちがいると、地方だからこそ低コストで始められることがあったり、都市ではできない地方ならではの暮らしの良さに気付くきっかけになります。多様な生き方をする人との関わりが、大学を出て大手企業に就職することだけが人生の全てではなく、自分の望む生き方をしていいんだという価値観を与え、それが地域の人口減少を食い止めることにもつながっていくのではないかと思います。

パフォーミングアート発表の様子

パフォーミングアート発表の様子

渡邊さん:欧米諸国では、アーティストが地域に入って行ったことで周辺産業が盛り上がるといった事例がよく見られますし、台湾や香港では、アートから社会運動が起こっていくことがよくあります。しかし日本ではまだそういった動きはあまり見られず、アーティストの地位は低く、芸術はタダで見るものという価値観さえ感じられます。

また、今回のような危機の時は特に、今すぐに役に立たないものは真っ先に切り捨てられがちな社会の構造もあります。だからこそ私たち巻組は、これから世の中を良くしていったり、ゆくゆく価値が出でくるかもしれないもの、そういった未知の世界にこれからも投資していきたいと思っています。

編集後記

誰にも必要とされていなかった「空き家」という資源に新たな価値を見出した巻組は、見過ごされている資源に目を向け再活用することが、地域を活性化する可能性のひとつとなることを証明している。そして、外から来た多様な人材がその地域と上手く交わることで、持続可能な地方の暮らしが作られていくのだと感じた。今回Creative Hubに参加したアーティストたちは、きっと今後も長くこの地域に関わる、関係人口となっていくだろう。

巻組は今後も空き家の活用で地域の不動産需要を増やしていく予定だ。また、空洞化した地域を再生する仕組みとして、Creative Hubを他の地域にも広げ、アーティストの作品を売る仕組みも整えていきたいとのことだ。

最後に、Creative Hubへの支援に関心がある人へ向けて、渡邊さんからこんなメッセージをいただいた。
「この仕組みにはまだまだ余白が多いので、アーティストとのつながりを作り、寄付を下さった方々と一緒にプロジェクトを作っていきたいと考えています。」

Creative Hubのクラウドファンディングは、9月4日まで実施中だ。巻組やCreative Hubが、今後どんな発展を遂げていくのか?今後が非常に楽しみだ。

【クラウドファンディングサイト】田舎の贈与経済でクリエイターの卵を育てるCreative Hubを作ろう
【参照サイト】巻組オフィシャルサイト

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