エコロジーや生態系を切り口にこれからの時代の人間観やビジネスの在り方を探索する領域横断型サロン「Ecological Memes」が主宰する、「リジェネレーション」をテーマとする14週間のオンラインジャーニー、「Journey of Regeneration」。
第二回目のテーマは「自然のリズムと内臓感覚」。ナビゲーターを務めるのは、千葉県印西市で農薬や化学肥料を使わずに自然の力だけで多種多様な農作物を育てている「はる農園」のオーナーで、LGBT百姓の斎藤はるかさん(以下、はるさん)だ。
すべてが有機的に繋がり合っている生態系システムの中で人と自然が共生し、共に繁栄していくためにはどのようなアプローチが必要なのか。自然が本来持っている「リズム」と、私たちの身体の中にある「内臓感覚」の二つに着目し、リジェネラティブな在り方のヒントを探った。
自然にどのように手を加えるべきか。腐敗と発酵を分かつもの
これまでに掘った穴は200以上。土の研究で世界と日本の土を巡り、現在は農家、木こり、猟師など、自然の命の中にどっぷりと浸かりながら百姓として生きているはるさんだが、もともとはサラリーマン家庭で育ち、大学院まで土壌の研究をするなど、どちらかと言えば知識寄りの人間だったという。
そのはるさんが最初に紹介してくれたのが、土と味噌、糠(ぬか)それぞれの色の移り変わりだ。
画像最上段の一番左(alisol)にある褐色の土が痩せている土で、右から二番目(chernozem)にある焦茶色の土が世界で一番肥沃な土だと言われているそうだ。はるさんによると、こうした色の変化は土に限らず味噌や糠も同じだという。画像の左から右に行くにつれて色が変わり、香りも質感もよくなっていく。土や味噌をつくっていると、色やにおい、質感が変わっていき、発酵しているかどうかも五感で分かるという。
一方で、これらの土や味噌が腐敗するとどうなるのか。それを示したのが一番右側の画像だ。一番右上の土は、塩類集積を起こしている土壌で、このような状態になってしまうと健康な農作物を育てることはできなくなる。また、味噌も糠も同様で、腐敗するとカビがはびこり、白くなっていく。はるさんは、生き物にとって「白」は死を意味する側面があり、土づくりにせよ味噌づくりにせよ似ているところがあると話す。
人間が集まる組織にせよ、微生物が集まる味噌のような場所にせよ、この腐敗と発酵を分かつものは一体何なのだろうか。はるさんは、自身の経験からあることに気付いたという。
「これまで味噌づくりを結構な人数に教えてきたのですが、同じ材料を使って同じ日に作っても、なぜか失敗してかびてしまう人がいます。失敗する人で比較的多いパターンが、しっかり管理しよう、絶対にミスを許さないというタイプの人です。逆に、ずぼらな人のほうがうまくいくことが多く、実際に10年、20年味噌づくりをやっている人はずぼらな人が多いです。」
なぜ、しっかり味噌を管理しようと思うとうまくいかないのだろうか。そこではるさんがたどり着いたのが、「縁起」の考え方だ。
「発酵と腐敗の分かれ目は何なのかを考えたとき、因果関係で解明しようとしても難しい。最終的に有機的な関係の中で機能しているのは縁起的なシステムです。『縁起』は大乗仏教の考え方から来ていて、世界には目に見えないつながりがたくさんあって、そのネットワークの中で誰一人分断できないという捉え方です。」
「『相依相対』と言って、自己は他に依って相対的に存在するものであり、間柄の存在。だから『人間』と書くという話なのですが、つまり人があって自分がある。自分と他人は分けられないということです。先ほどの例でいくと、味噌と自分は、味噌だけで存在しているわけではなく、味噌に対してアプローチをしていく自分があり、それで初めて味噌になるのです。そして自分も味噌を食べるので、最終的に味噌も自分になります。自分と味噌を完全に分けて考えてしまうと成立しないのです。」
管理するという発想は、お互いが独立したものとして影響を及ぼし合うという「因果」の考え方に基づくアプローチだ。そうではなく、味噌と自分とをお互いにつながり合い、循環する存在として捉え、味噌と接していくことで、自然とうまく発酵していくということだ。
「もう少し分かりやすく言うと、お陰様という言葉が分かりやすいかもしれません。『お元気ですか?』と聞かれて『お陰様で。』と返すのは、あなたがいたからというよりも、目に見えない天気だったり他の人からのサポートや愛情だったり、あなたも含めてつながり合っているネットワークの中で、どうにか元気でおります、という意味です。『陰』というのは目に見えないから陰なのです。」
レンマ(縁起的システム)の数学的・物理的解釈
すべては縁起的なシステムの中で繋がり合っていると言われても、普段から因果関係で物事を捉えることに慣れてしまっていると、いまいちピンと来ないかもしれない。しかし、はるさんは、実はこの縁起的なシステムは、数学や物理の世界でも証明されていると話す。
「有機的なつながり、縁起的なシステムをレンマと言うのですが、実はこの仏教的な概念が、数学や物理の世界では1900年代に入ってから色んな証明がなされていて、見えないつながりに似た表現が出てきています。その代表的なものが、皆さんも高校で習った『複素数』です。複素数は実数と虚数を共存させたものですが、虚数は『嘘の数』と書いてある通り、2乗してマイナスになる数です。」
「この複素数ができたことで、量子物理学や三角関数の平面図面が完成しました。私たちが目で見ることができない量子力学のミクロの世界では、複素数が大きな役割を果たしたのです。拡大解釈にはなりますが、数学的・物理的解釈の中にも仏教的な『お陰様』とシンクロするような定義があるのが個人的に面白いなと思っています。」
科学とはそもそも自然を理解しようとする営みそのものであることを考えると、目には見えない自然のシステムを何とか数式や理論として目に見えるものにしようとしてきた数学や物理学の中に、虚数が存在するのはある種の必然とも言える。たとえ論理的なアプローチであったとしても「分からない」という前提は同じであり、全てが「分かる」と思うと、そこから間違いが始まるのだ。
一方で、こうした仏教的な解釈や、数学・物理学的な解釈を日常の中に取り込み、活かしていこうと思っても、なかなか難しいのが現実だ。はるさんは、大事なのは「感覚により直感的に全体を把握すること」だと話す。
「私は、仏教的でも物理的でもなく、農業をやりながら有機的なシステムにどっぷりと浸かることで、感覚的にこの虚数の部分を体感してきました。例えば、味噌づくりであればもう少し天地返しをしたほうがよいな、糠だったらもう少しこれを入れた方がよいな、など、直感的に塩梅が自分の中に降りてくるのです。どのようにすれば直感的に全体を把握できるかというと正解はなくて、その人がそう感じる、というのが全てです。味噌をよりよくしたい、組織をよりよくしたいと思ったとき、何をすべきなのか。自分が手を出すべきなのか、引くべきなのか。レンマ的な観点から全体を把握することが必要です。」
はるさんによると、直感的に全体を把握するうえでは、3つポイントがあるという。
「一つ目は、その場にある生きた素材を活かすということです。組織でいえば、そんなに遠くにおらず、身近な人で、共感できる人。土づくりだったら近くの堆肥とか落ち葉を使います。二つ目は、自分の感覚を開いて、呼吸しやすい場を整えること。手を加えるということですが、その目的は、全体が呼吸しやすくすることです。そして3つ目は、手を入れた後はいったんその場に委ねて待つということです。」
大事なのは、手を加えすぎたり頑張りすぎたりすることなく、委ねること。それでは、私たちは何に感覚を委ねればよいのだろう。それが、自然のリズムだ。
呼吸する地球。自然のリズムに委ねる
自然のリズムとは何か。それを私たちの目にも見えるようにしてくれているのが、下記の図だ。
「これはGross Primary Productivityといって、地球の光合成の量を示しています。光合成が盛んなところは面積が大きくなり、弱い地域は面積が縮む設計になっています。」
「これは冬ですが、冬になると北半球は光合成量が減りますが、南半球は光合成量が増えます。これが夏になると、次は南半球がしぼんで、北半球が膨れていきます。これが『アースブリーズ』と言って、地球の呼吸と言われています。いまは1年間というタームで見せましたが、1日のタームで切り取ると、また違うリズムが出てきます。このように呼吸や自然のリズムは確実に地球規模で起こっているのです。」
普段あまり意識することはないが、地球も私たちと同じように呼吸をしており、自然にはリズムが存在しているのだ。美しい自然に出会い、写真を撮ったりするのは、この呼吸の束の間の一瞬を捉えるという行為なのだ。
「植物の世界で光合成は起こっているが、自分たちの呼吸は光合成と違うと思うかもしれません。光合成の逆、赤い矢印のほうが、私たちのしている呼吸です。左の写真は肺ですが、光合成と逆のことをしている器官は、とても森っぽいですよね。逆に森に行くと呼吸をしやすくなるのは、それぞれの活動が相互補完的だからです。森があって私たちがいる。こうした自然のリズムが私たちの中にもあって、植物との一体感の中で私たちも息をしているということです。」
「農家をやっているとこのリズムを体感するのですが、リズムから外れるとどうなるのか、というのが下記の写真です。季節のめぐりの中で種まきをしているのですが、種まきのタイミングがずれると虫がやってきて、突っ込みが入るのです。」
「間違うというのは『間』が違うと書きますが、私はこれを見ると、種まきの間合いが違ったから、ちゃんとリズムに合わせてね、と突っ込みが入ったのだなと感じます。有機農家は農薬を使わないので、完全に地球のリズムに合わせた種まきをしないといけません。すると、3日ずれただけでも失敗してしまうので、自然のリズムに合わせるというのはシビアです。でもそれはある意味幸せなことで、地球が出しているメロディーに、自分が節をつけて歌を乗せるみたいなことをやっているのです。」
植物的臓器と動物的臓器
自然のリズムを捉え、そのリズムに自分を委ねていくためにはどのようにすればよいのだろうか。はるさんは、その答えは私たちの内臓感覚にあると話す。
「自然のリズムと『間』が合うかどうかは、そのリズムを感じられるかどうかにかかってきます。解剖学と小児科医をやっている三木成夫さんの考え方から拝借をしているのですが、臓器には植物的臓器と動物的臓器があり、自然のリズムを感じるには、臓器の中でも植物的臓器の影響が大きくなります。」
「植物的臓器は内臓感覚のおおもとになっており、自律神経に支配されています。消化器、生殖、循環(呼吸・血液)に関わるところは、自分の思考には上ってきません。例えば、皆さんもいま腸内細菌に元気がないといったことはあまり感じないと思うのですが、それは自律神経が支配的だからです。私たちの意識以外のところにある植物的臓器の存在は、ちょっとした植物、例えばお花が私たちの知らぬ間に体の中で育っているようなものです。」
「この植物的臓器には独自のリズムがあって、地球規模のリズムに合わせるときに必要になってきます。ただし、これは現代社会だと極力ないことにされている臓器でもあります。例えば消化器も、食事はなるべく時間は短めになっていますし、生殖はややこしいから『処理する』みたいな表現もありますし、循環もそこまで意識せずに生活できると思います。」
たしかに、私たちが暮らす現代社会では、効率を求めるあまりに消化や生殖、循環といった概念が軽視され、よりインスタントなものが求められているように感じる。また、忙しさの中で自分たちが呼吸をしているということすらも忘れがちだ。
「しかし、これら3つの臓器はその場で咲くためにとても大事な器官なのです。『その場で咲く』とは、あなたが暮らしている生活の中で、幸せを実感するということです。食べ物が美味しくて、愛する人がいて、体が健康。この3つが揃ってしまうだけで、私たちはとても幸せだったりするわけです。この部分が、自然のリズムやその場で咲く、幸せになるために必要になってくるのです。」
「その反対が動物的臓器です。これは、頭とか筋肉、目や耳ですね。特に現代は動物的臓器が中心になって使われている時代なので、感じて動くというところは皆さんできすぎている、やりすぎているということが多いのではないかと思います。」
インナーネイチャー(内なる自然)を整える
私たちの内側には植物的臓器と動物的臓器があり、生きていくうえではどちらも欠かせない。このバランスをとり、自然のリズムに敏感になるためのキーワードとしてはるさんが挙げるのが「インナーネイチャー(内なる自然)」だ。
「社会の中では、感覚だけでもだめだし、思考だけでもだめ。それではどのようにバランスをとればよいかというと、一番の鍵となるのが『インナーネイチャー』という考え方です。自分の中に植物的な臓器と動物的な臓器があるという説明をしましたが、自分の中に内臓感覚という根っこがあり、その内臓感覚を支えているのは心という大きな幹です。」
「心を頭で考えてしまうと、どうしても精神科医のほうにいってしまいます。もちろんそれが全て悪いわけではないのですが、元々こころは内臓感覚につかさどっている意識なので、こころの安定はよく寝てよく食べてよく働く、をやっていると意外と整ってしまうのです。」
「それに付随して動物的臓器を鳥の絵で描いていますが、動物的臓器の役割は『感じて動く』ということです。動物が心に宿ってそこに巣をつくり、時間が経ったら飛び立つ。眺望する好奇心は、動物的臓器が成し遂げています。それを成し遂げる翼は、思考だったり理性だったりします。動物的臓器が果たす役割も確実にありますが、それが返ってくる場所や、安らぎのある豊かな場所も必要です。それを根っこで支えているのが植物的臓器なのです。」
「このインナーネイチャーの動物性と植物性のエコロジーを個人レベルで整えていかないと、有機的なシステムを問題解決しようと思っても、外のリズムを感受することがきません。すると、全体性を把握できないままに合理性だけで動いてしまいます。このインナーネイチャーの回復こそが、第一歩なのかなと思います。」
自然のリズムに合わせるためには、現代生活の中ではその存在を見落としがちな植物的臓器の役割をしっかりと理解し、内側から整えていく必要がある。そうすることで、自らを目に見えない地球の大きな有機的ネットワークのリズムの上に重ね、共鳴させていくことができるのだ。
植物性へのネグレクト。自然の乱れは、身体の乱れ
自然と人間もつながりあっている以上、自然環境が壊れているということは、私たちの内側の自然も壊れているということでもある。だからこそ、環境問題にアプローチしていくためには、まず自分の内側にある自然を整えていくことが重要になる。
「いま、世界では植物とか森とかが破壊されていますが、それらの植物性の破壊というのは、自分たちの内側の植物性の破壊にもつながっています。例えば、癌などは大体植物性の器官に発生します。胃がん、大腸がん、生殖器系のがんも多いですよね。植物的臓器は、ストレスがかかることで癌になったり免疫不全を起こしたりします。これらはインナーネイチャーの崩壊による病理と言えるのかなと。環境問題というと外の問題に目が向きがちですが、実は同時に私たちの内側のインナーネイチャーも失われているのです。」
植物性をどう回復するか?
自然破壊と同様に、私たちのインナーネイチャーも危機にさらされている中で、私たちはどのように植物性を回復していけばよいのだろうか。はるさんは、最後にそのポイントとして「感覚の土づくり」と「心の森づくり」を挙げてくれた。
感覚の土づくりとは、素食や旬のものを食べる、土や人との触れ合い、ヨガなどを指す。また、心の森づくりについては、「植物が健やかに育つ場所に自分の身を置く」というとても具体的な方法を教えてくれた。
「自分の中に植物が埋まっていると思ったら、その植物をパソコンの近くには置かないですよね。日が差して、ゆったりとしたところに置くと思うのですが、そういうところには揺らぎや光のリズムがあって、自分の中のインナーネイチャーが豊かになっていくプロセスが養われます。このように自然のリズムと内臓感覚を養うことで、全体性を把握することが可能になってくるのかなと思います。」
自分を植物だと思い、日の当たるところに行って自らを愛でてみる。少しパソコンを離れて、空気が綺麗なところででゆっくりと呼吸をしてみる。そうした小さな行動でも、自分の身体が本来持っている植物性が回復され、心が豊かになっていくのだ。
体験後記
私たち人間と同じように、地球も呼吸をしている。私たちの内側には、植物がある。呼吸する肺も、光合成する森も、同じ形をしている。はるさんのお話は、終始一貫して人間と自然とを分けて考えず、人間も有機的に繋がり合う大きな自然のネットワークの一部として捉えるリジェネラティブな思考そのものだった。
いま、地球のシステムは気候変動や森林破壊、大気汚染、土壌汚染など様々な課題を抱えながら急激なスピードで破壊されているが、実は、その陰で私たちの内側にある自然も同じように破壊されているのだ。だからこそ、地球全体のリズムの乱れに敏感になり、そのシステムを回復していくためには、まずは自分の内なる自然を回復し、再生させていく必要がある。
リジェネレーションの旅は、自分の内なる自然を再生するところから始まるということだ。はるさんのセッションには、地球規模の問題に向き合っていくうえでのヒントが詰まっていた。
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