私たちが生きるために必要である「食」は、社会課題のあり方すべてに関わっているといっても過言ではないだろう。気候変動による異常気象や森林破壊、水資源の枯渇、農薬や化学肥料の問題、食品廃棄、そして労働問題。フードシステムを考え直すことは、こうした私たちの日常を脅かす社会課題にアプローチすることでもある。
フードシステムの変革に欠かせない役割を持つのが、食のハブとなる飲食店だ。「伝える力」を持つ飲食店がサステナビリティへの舵を切ることで、最終的に生産者と消費者の意識を変える一助となる。改めて企業、消費者のそうしたサステナビリティへの関心が高まる中、それは飲食店も例外ではなく、新型コロナへの対策も含めて多くの飲食店がいま変革のときを迎えている。
東京都・調布市の緑豊かな街に佇む、薪火料理を楽しめる一軒家レストラン『Maruta(マルタ)』も、そのひとつだ。「ローカルファースト」をコンセプトに、レストランの目の前に広がるエディブルガーデン(食べられる庭)で採れたハーブや果実を使い、食材は顔が見える近隣の農家から、魚介類は調布飛行場から伊豆七島の新鮮なものが届けられる。
店内に一歩足を踏み入れると、そこには大きな暖炉と広々とした開放感のある空間が広がる。暖炉の薪火で焼いた料理を大皿に盛り、5.5メートルのロングテーブルを囲んで皆でシェアをして食べるのがMarutaの特徴だった。そんな人と人との「つながり」を育む同店は、新型コロナをきっかけに営業スタイルを変更した。
Marutaの石松一樹(いしまつ・かずき)シェフに、サステナビリティに移行する「過程」での葛藤や、コロナ禍で改めて考えたこと、新たな時代の飲食店の役割とは何か、話を聞いた。
話者プロフィール:石松一樹(いしまつ・かずき)さん(Restaurant Maruta Head Chef)
エコール辻 フランス校卒業後、レストラン「KM(カーエム)」など都内有数のレストランで研鑽を積み、2015年渡豪。オーストラリア・メルボルン市街のレストラン「Brae」でシェフ ダン・ハンターに師事。Farm to Kitchenに影響を受け、日本での「ローカルファースト」を追求している。2017年「Maruta」のレストランプロジェクトに参加、シェフに就任。
「Maruta」の活動以外にも、飲食店などのでメニュー開発など多岐にわたり活動を行う。2019年8月26・27は東日本大震災復興支援プロジェクト「リボーンアート・フェスティバル2019」に「Reborn-Art DINING」で参加。
みんなが共通に持つ時間の感覚を、大切にしたかった
2020年3月、WHOが「新型コロナウイルス感染症はパンデミックと言える」との認識を示した。新型コロナ感染拡大を防ぐための外出自粛により、大きなダメージを受けたのが飲食店だ。店によっては営業ができなくなったり、店を開けても自粛モードにより客足がつかなかったりと、経営が苦しい状況がしばらくの間続いていた。
そんな状況の中、2020年4月、Marutaは新型コロナの感染拡大を防ぐために、約2か月間の休業を決断した。石松シェフは休業を決断した一番の理由を、「お客さまをわざわざMarutaに“呼んでいる状態”であったことに、違和感を持った。」と、話す。
「どうにかして再開したいと思ったとき、新しいスタートラインとして、何を軸にしていくか?近隣住民に向けて何ができるか?結局僕たちは何がしたいのか?今までやってきたMarutaらしさってなんだろう?と、かなり悩みました。」
そうして2020年6月、Marutaはこれまでの営業スタイルを一新し、18時ドアオープンとしていた営業時間を、「お昼ごろ〜日没まで」に変更した。
「日が沈んだら、終わり。そんな、みんなが共通に持つ時間感覚を、大切にしたいと思ったんです。飲食業界にいると、キッチンは閉じられた空間で、従業員も季節や時間の流れを感じることがほとんどなくなります。長く飲食店で働いている身からすると、日没でお店を閉めることはものすごく新鮮なんです。季節感を大事にし、自然を感じながら働く感覚を、スタンダードにしたいですね。」
近所にMarutaがあるからこそうまれた、“非日常の空間”
Marutaが新型コロナをきっかけに変えたのは、営業時間だけではなかった。コロナ以前、Marutaはコース料理のみの提供を行っており、5.5メートルのロングテーブルを囲み、別々にきたお客さん同士も、大皿の料理をシェアするスタイルをとっていた。
「今回、コースのみでの提供形式や大皿でシェアするスタイルも廃止しました。葛藤はありましたが、それによって今まで“敷居が高い”と感じていた地域の人々が、Marutaに足を運びやすくなったと感じています。」
「実際、今皆さんがMarutaに足を運んでくださるのは、新型コロナによってできなくなった海外旅行や家から離れたレストランに行くことなどの“何かの代わり”でMarutaにきてくださっているんですよね。住民の人にとって、近所にMarutaがあるからこそできた非日常の空間を楽しんで欲しいです。」
目指すのは、地域と環境との共生
石松シェフは「つながり」というキーワードを取材の中で何度も口にしていた。そんな、Marutaに関わるすべてのつながりを大切にするレストランの敷地内には、Marutaレストランとそこに住む住民も含む、庭を中心としたひとつのコミュニティ「深大寺ガーデン」がある。その深大寺ガーデンが、2020年度グッドデザイン賞を受賞した。
560坪の敷地にあるのは、Maruta、住居1棟、賃貸住宅1棟だ。そこに塀や仕切りは一切なく、果実やハーブ、四季を彩る紅葉、そしてシンボルツリーとなっているケヤキの巨木などが、全面に広がっている。育てた野菜やハーブはMarutaでの料理に利用され、Marutaで出た生ごみは庭で堆肥化し、また農作業に用いるといった循環が生まれている。
そんな深大寺ガーデンが目指すのは、「地域との共生と環境との共生」だという。敷地内の建物はアメリカの環境認証LEED for Homesのプラチナ認定を取得しており、緑地も同様アメリカの環境認証SITESのプラチナ認定を取得している。
また、深大寺ガーデンは防災の観点からも、敷地を守る役割を果たす。建築面と最低限の舗装面を除き、可能な限り残した土の面と、敷地の一角に設けられたレインガーデンは豪雨のときの雨水流出を防ぎ、雨水を敷地内で循環させる機能を持つ。
隣接する住居の屋根には、ソーラーパネルや地中に配置された雨水タンクなどの設備もあり、自然の恵みを活かす。Maruta店内では、この深大寺ガーデンを見渡して自然とつながりながら食事をすることができるのだ。
“料理があって食材を考える”ではなくて、“食材があって初めて料理を考える”
まだまだMarutaは、レストランのサステナブル化に向かって歩み始めたばかりだという。「お店として今後どうなっていきたいか?」と問うと、石松シェフは「あまり完成像は作っていないし、実は見えていないところも多い。」と、話しながらもこう続けた。
「以前に働いていたレストランでのシェフの仕事は料理を考え、メニューを作る事でした。厨房の他のスタッフはシェフが考えた料理をできる限り完璧に再現することが仕事でした。そのシェフが何日も前に考えた絶対なメニューが一人歩きし、それに合わせて食材を調達することに違和感を感じていたんです。」
お客さまに出せるものを作るために、食材の良い部分だけを使い、残りの部分は廃棄。そこに環境への配慮はない。「そうしたメニューの考え方を変えたいと思った。」と、石松氏は語る。
「順序が違いますよね。“料理があって食材を考える”ではなくて、“食材があって初めて料理を考える”。それが、理想です。朝、食材を見に市場に行って『いいな』と思ったものを購入します。そうしたら、そもそも作ろうとしていた料理になるはずがないですよね。メニューが毎日変わるのは本来、当たり前のことなんです。Marutaでは、あえて日替わりメニューはありません。」
自然は、予測不可能なものだ。天候によっても、美味しい食材は日々変わる。自然と共生しながら、その日一番美味しい素材を選んで料理を作るのならば、メニューが日替わりであることのほうが、むしろ自然なことなのだ。
「なんでみんなやらないか。それは大変だからです。実際、日本のいまの外食の価格帯のまま、サステナビリティを意識したらビジネスを成り立たせることは難しく、やり切れていないところもたくさんあります。だからとにかく、できることの中から最適解を見つけることが大事なんですよね。」
レストランが、「人が集まる理由」をつくる
店で働くスタッフも、それぞれがやりたいこととやる気をもって集まってくるという。
「基本的にスタッフは、自分で興味がある分野に対して、それぞれ取り組みたいことをやっています。そうすると、逃げ道はなくなりますよね。」そう言いながら石松シェフが微笑むと、隣にいたMarutaスタッフの井上さんは頷いて、日々感じる葛藤についてこう話す。
「私は、飲食店のサステナブル化がやりたくてMarutaにいますが、まだまだできていない部分はたくさんあります。まずごみ問題に取り組みたいのですが、毎日営業していると優先順位がどうしても低くなってしまいます。飲食店全体で、ごみを少なくするためのシステムができておらず、システムを変える意志を持たなければ、大多数の飲食店が実施している選択肢しかありません。新しくシステムを作るには、時間もかかります。そうした後回しにしてしまうことをどう進めていくのかが、今後の課題です。」
Marutaのスタッフはいま、こうしたひとつひとつの課題と向き合いながら、変わろうとしている真っ最中なのだ。
取材の最後に「ポストコロナのレストランの役割は何だと思いますか?」と尋ねると、石松シェフは悩みながらもこう答えてくれた。
「結局、人が集まる理由が必要になる時代ですよね。Marutaで、食ありきの楽しさを伝えていきたいです。これからの時代、レストランは今まで以上に多くの意義を持つと思うんです。一緒に食べる人にも食べるモノによっても、その意義は異なると思います。その中でMarutaが担うのは、人々の知識や感性を刺激すること。“なんだか普段と違う”と思える非日常の感覚を感じてもらう。そうしたさまざまな側面から、Marutaで食の“楽しさ”を伝えていきたいです。」
編集後記
『今日の日没は、17時。先月よりも、1時間早くなったな、冬が近づいている。』そんなふうに、Marutaを訪れる人々が、季節の移ろいを感じながら生活をする──従業員や地域の人々、Marutaを訪れる顧客、そして地球。Marutaに関わるすべてを大切にしたいという想いが、石松シェフの決断に表れている。
取材中、食材を届けにお店に寄った生産者の方が、石松シェフとまるで友人のように楽しそうに話す光景があった。Marutaの食材はすべて、顔の見える生産者から調達している。Marutaにいると、一皿の料理ができるまでにどれだけ多くの生産者が関わり、どのように調理しているのかを、見て、感じることができる。
「食」は、人と人、そして人と自然をつなぐものだ。何もないテーブルにも、そこに美味しい料理があるだけで人が集まり、話も弾み、顔がほころぶ。いまこそ、食の大切さを改めて人々が想うとき、なのではないだろうか。
そんな「つながり」を大切にするMarutaでは、暮らしを豊かにするオフライン/オンラインワークショップを定期的に開催している。Marutaで自然とのつながりを感じてみたい方は、ぜひこの機会に参加してみてはいかがだろうか。
【参照サイト】 Maruta
【参照サイト】 GREEN WISE | 深大寺ガーデン