人・生物・土壌の関係を捉え直す。リジェネラティブ農業の事例3選

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昨今、国内外で盛り上がりを見せる環境活動。その背景には、気候危機をはじめとした様々な環境問題が存在することは言うまでもない。2020年12月に国連環境計画(UNEP)が発表した「排出ギャップ報告書(Emissions Gap Report)」によると、新型コロナウイルスの蔓延により二酸化炭素排出量が一時的に減少したにも関わらず、今世紀には気温が3℃を超えると予測されている。

世界各地で喫緊の課題として気候危機に対する取り組みが行われる中で、近年注目されているのが「リジェネラティブ農業」である。リジェネラティブ農業は環境再生型農業とも呼ばれ、土壌を修復・改善しながら自然環境の回復に繋げることを目指す農業のことを意味する。土壌が健康であるほど多くの炭素を吸収(隔離)するため、リジェネラティブ農業は気候変動を抑制するのに有用な手法だと考えられている。

調査によると、世界の土壌を回復し保護することで、毎年50億トン以上の二酸化炭素を吸収する可能性があるそうだ。これは、米国が毎年排出する二酸化炭素の量とほぼ同じ。すなわち、土壌の改善を進めることで、気候変動問題に貢献できる可能性が高いのだ。今回の記事では、そうしたリジェネラティブ農業の具体例をまとめ、今後の農業のあり方を考えていきたい。

次世代へより良い土壌を繋げる、リジェネラティブなオーガニックコットン

リジェネラティブ農業における事例の一つとして注目されているのが、オーガニックコットンの生産だ。従来のオーガニックコットンは環境負荷を軽減する目的で生産されることが多い中、リジェネラティブなオーガニックコットンはポジティブなインパクトを出すことで注目されている。

例えば、環境に配慮したものづくりを牽引してきたPatagoniaは、リジェネラティブ・オーガニックコットンの生産を精力的に行っている。現在、インドの150以上の農家とともに初のパイロット・コットン栽培に着手し、土壌を修復すると同時に農家の暮らしの改善を目指している。

Patagoniaによると、工業的技術と有害な化学薬品を用いて食物と繊維を栽培することは気候変動の主な原因の一つであり、毎年4分の1の炭素の放出を占めているという。従来の方法からリジェネラティブな手法、つまり炭素を地中に隔離するオーガニックで不耕起あるいは不耕起栽培慣行に切り替えることによって、農業システムの根底からの課題解決につながるのだ。

また、Patagoniaは自然に悪影響を与えない、むしろ回復するような方法で育てられたものが消費者にとってわかりやすくなるよう、「リジェネラティブ・オーガニック認証」をローンチ。リジェネラティブな有機農業を通して壊れたシステムを修復し、また認証によって農家や消費者がより良い未来を創造できるようサポートする仕組みだ。

世界で注目されるリジェネラティブな素材「麻」

オーガニックコットンだけではなく、近年CO2吸収率の高さが注目されている天然素材が「」だ。麻は土壌を肥沃にする機能を持つ。具体的に、麻は土壌に必要な栄養素を提供するバイオマスを生み出すと同時に、長い根で土壌浸食を食い止めることができるのだ。

また、麻は不毛の土壌で育ち、重金属や毒素を吸収する。害虫に強いため殺虫剤などの農薬も必要ない。こうした点においても、麻の栽培を進めることで、自ずと土壌への負荷も軽減されるとともに、土壌の改善に繋がると考えられている。

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さらに、麻の生産時に必要となる水の量はコットンと比べてかなり少ない。通常、1枚のシャツ分のコットンを生産するのには2,700リットルもの水が必要になるが、麻のシャツの場合は必要になる水の量は6.4リットル。こうした点においても、麻はリジェネラティブな素材としてのポテンシャルが高いことが分かる。

「放牧」から見える、人間・生き物・環境のリジェネラティブな関係

植物性の素材だけでなく、土壌を考える中で重要となるのが畜産や酪農だ。WWFによると、世界には2億7千万もの乳牛が存在すると言われている。乳牛やその糞尿は、気候変動の原因である温室効果ガスを排出し、そうした糞尿や肥料の取り扱いが悪いと地域の水資源が劣化する可能性がある。また、一般的な酪農と飼料生産は、草原、湿地、森林などの生態学的に重要な地域の喪失につながりかねないのだ。

そうした現行の酪農の問題に対して、放牧農業はCO2削減の手段の一つとして国内外で注目されている。適切に管理された場合、放牧生産システムは炭素と窒素を含む家畜糞尿が土壌に再侵入することを可能にし、植物の成長を促進することで、より多くの炭素を吸収(隔離)するのだ。また、家畜の糞尿は、エネルギーを大量に消費する合成肥料の代わりになるため、肥料を作る必要がなくなることから、温室効果ガスの排出を回避することにつながっていると言われている。

こうした放牧に注目し、北海道を拠点に「CHEESE WONDER(チーズケーキ)」などのお菓子を生産する「ユートピアアグリカルチャー」は環境問題の解決に向けて取り組みを進めている。

ユートピアアグリカルチャー

近年、管理する集落がなかったり、後継者がいなかったりで管理できていない森林が増えているという課題がある。そこで、ユートピアアグリカルチャーでは山地での放牧酪農に挑戦し、山間地域の活用を試みている。さらに、平飼いの養鶏場も運営し、生産過程で出るクッキーのくずを鶏の餌にするなど、廃棄を減らし循環を生み出すシステム構築にも積極的だ。

現在、ユートピアアグリカルチャーは放牧によるCO2削減の可能性を探るため北海道大学と共同研究を行い、CO2の吸収量を増やすカーボンマイナスの実現に向けて実証実験を重ねている。 また、ユートピアアグリカルチャーの放牧牧場において、環境負荷に関する調査や、土→草→牛→乳や排泄物→土という流れの中で炭素や微生物がどのように循環しているか調査を行い、レポートも公開予定だ。

編集後記

近年深刻化する気候危機に対して、様々なアプローチが行われている。「サステナビリティ」や「エシカル」といった言葉も盛んに聞かれる中で、筆者自身も関心があるのが「リジェネラティブ」という言葉だ。この言葉の本質を見ていくと、次世代に繋がる具体的な取り組みが見えてくる。

例えば、オーガニックコットンは従来のコットン生産における土壌汚染等の社会課題に対する解決策の一つとして世界各地で取り組まれている。次の段階としては、現行のコットンの生産のあり方を見直すとともに、少しずつでも環境に対してポジティブな影響を生み出していくようなリジェネラティブ農業に注目することが大切になってくるだろう。

また、フラットな視点で天然素材自体の特徴を捉え直すことも重要だ。オーガニックコットンは農薬の使用を避けられるため、環境や農業従事者の健康に配慮することができる。その一方で、コットン自体の生産において大量の水が使用されるという現状もある。そうした点を考慮すると、麻はコットンよりも水の使用量が少ないと同時に土壌を肥沃にする機能を持つなど、メリットが多い素材だ。このように様々な天然素材に目を向けるとともに、メリット・デメリットのバランスを考え、使い分けていくことも大切なのではないだろうか。

こうしたリジェネラティブ農業を考える上で、動物との関わりを見直す動きも出てきている。ユートピアアグリカルチャーが実践するような放牧の取り組みは、人・生物・土壌の関係をより包括的に循環させることができ、今後のより良い環境づくりに繋がっていくだろう。

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Image via Unsplash

サステナブルやエシカルといった言葉は明確な定義がないからこそ、漠然と感じられてしまい、どのように具体的な取り組みに繋げていくかがわかりにくいと感じることもある。そうした中で、環境への負荷を「減らす」ことと、環境へのポジティブな影響を「増やす」ことを並行しながら実践していくリジェネラティブ農業は今後数々の実践に繋がっていくはずだ。筆者自身も、引き続き「リジェネラティブ」について探求していきたいと思う。


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【参照サイト】ユートピアアグリカルチャー

Edited by Megumi Ito

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