イタリアを旅する中で出会った「社会的協同組合」とは?【土とリジェネラティブ#3】

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すべての産業が「土をよくする」社会を目指して2020年に設立された、国際コンソーシアム「JINOWA(じのわ)」。

株式会社GEN Japanが中心となり、イタリアや日本の企業が参画している。土に安全に還る生分解性の製品や循環型のサービス設計はもちろん、土を豊かにする有機物の循環デザインやテクノロジーを、その土地の環境条件や風土に適するようつなぐことで、コミュニティレベルでの土の循環と食糧自給が可能な社会を目指す。

そんなJINOWAとIDEAS FOR GOODがソーシャルグッドな体験「Experience for Good」の一環として提供するのが、「土」について考え学ぶ国内外でのフィールドワークの機会だ。それは、従来の観光では出会うことが叶わなかったような、ローカルコミュニティに深く根ざした人たちとの対話と体験。お互いの環境再生への取り組みの理解とリスペクトを深め、国境を超えたつながりを生み出していく。

イタリア視察

Photo by Masato Sezawa.

JINOWAが昨年秋に先行して行った旅では、グリーンビジネス分野の起業家や研究者たちが、北イタリアを6日間かけて巡った。

IDEAS FOR GOODでは、そんな参加者たちの体験やイタリアのローカルで活躍する活動家について、全4回に分けてご紹介していく。3回目の今回は、イタリアにおいて1970年代後半以降に広まる「社会的協同組合」である、「エータ・ベータ(Eta Beta)」の話をお届けする。

土とリジェネラティブ 連載

【第1回】環境教育の未来形は”手を動かす”ことにある。イタリアの「命あふれる土」をめぐる旅
【第2回】ワイン造りで環境再生。イタリアの名門ワイナリーが小学校を開校した理由
【第3回】イタリアツアーで出会った「社会的協同組合」とは?
【第4回】オーバーツーリズムのヴェネツィア本島の隣で、人々が暮らしを紡ぐジュデッカ島というコミュニティ。地域資源を循環させる、自給自足への挑戦

あらゆる市民の人間としての発達と社会参加、という“地域の公益”を追う

土をめぐる旅の一行が目指した3か所目の視察先は、ボローニャ市にある社会的協同組合「エータ・ベータ(Eta Beta)」である。ピエモンテを後にし、エミリア・ロマーニャ州を東へ向かって横断するように、約330キロメートルの道のりを進む。

「土をめぐる旅で、なぜ協同組合を訪れるのか?」

この記事をお読みの方は、そんな疑問が湧くかもしれない。日本では協同組合というと、農業ー、漁業ー、生活ー、などがよく知られているが、おそらく「社会的協同組合(または社会協同組合)」というのは耳慣れない言葉であろう。社会的協同組合とは一体どんなものなのか。

まず協同組合とは、共通の目的や需要を持った人々が集まって組合員となり、事業体を起こして民主的にこれを運営する非営利の相互扶助の仕組みである。この一種である社会的協同組合は、いわゆる社会的弱者(身体的・精神的・感覚的ハンディを負う者、薬物・アルコール依存者、元受刑者、母子家庭、難民など)に属する市民の人間形成と、社会・労働統合を支援することを目的に設立された、協同組合形態の第三セクター組織である。

イタリアにおいては1970年代後半以降、特に北部のエミリア・ロマーニャ州やロンバルディア州において発達し、全国に広まっていった事業形態である。その時代背景として、70年代以降のイタリアでは国庫財政のひっ迫を理由に健康・福祉の公的サービスが縮小されてきたことや、同時期に進められた、患者の人権回復を目的とする精神病院廃止への歩みがあり、支援が必要な人々の暮らしをさまざまな形でサポートする民間組織があちこちで生まれていたという経緯がある。

Eta Beta

手仕事とアートで癒しを、労働で喜びを

あたりも薄暗くなり始めた頃、一行は無事に目的地に到着。ボローニャ市郊外にあるエータ・ベータの主要施設で、代表を務めるジョアンさんが夕食を用意して待ってくれているはずだ。

どんな人物なのだろう、明確なイメージも浮かばぬまま門をくぐると、静かな庭の一角に整えられたテーブルをランタンの柔らかな灯りが照らしていた。

「ブォナセ〜ラ(こんばんは)!さあ、座って座って。子どもたちにはほら、おもちゃがあるからね、これで遊んでいいよ」

そう言って手作りの積み木を出してくれたのがジョアンさん。丸ぶちメガネをかけた小柄の、スペイン・バルセロナ出身のガラスアーティストである。ジョアンさんは今から遡ること30数年前、中世の食の歴史で学士号を取るためにボローニャ大学へやって来た。

エータ・ベータ

期を同じくしてガウディ賞奨学金を得て、ミラノのガラスアート工房で研修生として働くチャンスを得たジョアンさん。ボローニャとミラノを往復する日々を終えたら、ガラスアーティストとしては申し分のない職のオファーと、将来の約束を交わしたフィアンセが待つバルセロナに当然帰るつもりでいた。

ところが、人生は思いもよらぬ方向に展開してゆく。当時のボローニャといえば薬物依存に起因するHIVーAIDS問題が深刻化しており、現在のような安定した治療法もない。ジョアンさんの身近にもそういう人たちがいて、とても他人事とは思えなかったという。彼らのためにできることはないか、居場所と癒しの場を設けられないだろうか。

後のパートナーとなるジョヴァンナさんを筆頭に、想いに共鳴した経験もさまざまなアーティスト数名が集まって、ついに団体を結成。自分が得意とするガラス加工の工房を作り、リハビリと癒しのためのワークショップを開いて、そこへ困難に対峙する人々を招き入れることを始めたのが1992年のこと。ジョアンさんがボローニャへ来てから2年が経っていた。そして彼らの活動は、徐々に地域に浸透していった。

人は手仕事やアートを通じて癒され、労働から生きようとする精神力を取り戻す。この感触を確かにした経験から2006年、正式にエータ・ベータ社会的協同組合を設立。現在はボローニャ市街に程近い施設を中心に、A・B混合型という分類、実質的には活動内容の90%がB型の、社会的な生きづらさを抱えた人たちへの労働の場の提供ということを行っている。

「ここには、ボローニャ市や地域の保健センター、対外刑事執行事務所のような機関を介してさまざまな人たちがやってきます。就業に困難のある人たちに対して、労働の機会を提供し、そこにクリエイティビティを持たせる。地域に根ざし、行政も民間企業も対応できない領域の隙間を埋める役割を果たしていると思っています」

主施設スパッツィオ・バッティラーメの一角

主施設スパッツィオ・バッティラーメの一角。ここでは主に木工製品の製作と修理が行われる。

地域の再生と人の再生への挑戦。労働に尊厳を

「この辺り一帯は、かつては農村地域でした。1970年頃、高度経済成長と共に工業地帯としての開発が進みましたが、2000年代に入るとその状況にも影が差し始めました。ここの施設も、2013年の終わりに市から運営を委託されたものです。10年以上も放置されて、ごみ投棄や薬物依存者などの溜まり場になっていました」

「私たちは、ドーム屋根の建物と農家の建物と畑で約4,000平米ある土地を引き受け、ほとんどを自分たちの手で改修しました。その際のキーワードとしていたのが3つの「C」Cura delle persone(人をケアする、B型施設として人々が労働に携わる)、Cultura(文化、職人技術とアート)そしてColtivazione(耕作、このエリアを発展させる手段)でした。ここが、都市型農業の実践の場、あるいは現代の都市型修道院として、地域の再生と尊厳をもって人の再生を支援するための挑戦の場になるのだという想いを固めました。」

ジョアンさんが「都市型修道院」という例えを使ったのには訳がある。修道院は、キリスト教会において修道士・修道女が一定の戒律の下に共同生活をする場所だが、ジョアンさん曰く、エータ・ベータの主施設スパッツィオ・バッティラーメは、まるでシトー会修道院のようだと。

1908年フランス・ブルゴーニュのシトー(Cîteaux)で設立されたカトリック修道会シトー会は、祈祷を重んじ豪華な典礼を執り行うそれまでの貴族的な修道院とは対照的に、「祈りと労働」を主戒律に掲げた。労働は祈りと同等の尊厳を持つ活動であるとして、肉体労働に精神的な価値を与えた。

その規則によれば、「修道院は、必要なものがすべて施設内にあるように、すなわち、水、製粉所、畑と加工所、さまざまな作業場があるように組織されなければならない。土地を耕し、家畜を育て、自給自足の清貧な暮らしを実践する」と。そして、当時社会的地位の最下層とされていた農民らに対して初めて、修道院の門を開いたのである。祈りと労働、宗教と農業が等しく繋がり合い、シトー会修道院がその後の西洋の農業発展に大きく貢献したことは言うまでもない。

ジョアンさん

もはや半生をエータ・ベータに捧げているジョアンさんに、食事が終わっても旅の参加者からの質問は絶えない。その一つ一つに丁寧に答えながら、ジョアンさんは私たちを庭の一角からガラス製品のショールームに招き入れてくれた。水彩画のような淡く柔らかな色合いの平皿、鮮やかな柄の碗、大小さまざまな形のテーブルウェアは再生ガラスを原料に、ここで就労する人々の手で一つ一つ作られている。工作活動自体が目的で、そこでできたものをストックしておき地域の物産展の一角で販売する、というような趣きとは随分異なって見える。

それもそのはず、エータ・ベータでは、レストラン、それもミシュランスターを持つような店から正式な発注を受けて、生産を行い販売しているのである。このときも工房では、ピエモンテ州アルバ市での国際白トリュフ見本市からの発注で、ミラノの建築家・デザイナーのファビオ・ノヴェンブレ氏とのコラボレーションによる再生ガラスペーストを原料としたトリュフスタンドの試作に取り掛かっているところだった。見本市までは1か月を切っている、それまでに受注した60個を納品することになっているという。収納ケースももちろん、組合内の木工所で製作する。

エータ・ベータ

あらゆる角度から持続可能であることを目指して

さて翌日は朝から一日かけて、じっくりと現在のエータ・ベータについて案内してもらうことになった。活動の場である工房や畑は、市内のあちこちに分散している。ここを頼ってくる人たちや社会のニーズに応じていろいろな事業を興していったところ、それは今では15もの分野に及んでいるそうだ。

ジョアンさんが専門とするガラス加工(テーブルウェア、アクセサリー、ステンドグラス)、木製の家具やおもちゃの製作、陶器製品、園芸、農業(市から耕作委託されている約4ヘクタールの土地では、ボローニャ大学の指導を受け穀物、豆類、野菜を循環型農法により栽培)、収穫した作物から作る保存食品、といったものの生産・修理修復と販売に分類される事業。それに、レストラン、バール、ケータリング、イベント運営(結婚式、カンファレンス、ワークショップなど)、多機能型公営共同住宅の運営などのサービス業。

共同住宅SALUS SPACEの建物、庭と畑

共同住宅SALUS SPACEの建物、庭と畑

繰り返し洗濯して使える環境配慮型のオムツを開発し、販売・回収・洗濯のサービスまでデザインして事業化したり、記憶に新しい新型コロナウィルスのパンデミック下では、既に事業化していた衛生サービス事業を活用して、救急車などの消毒作業にも当たったりした。

そればかりか、使い捨てマスクが新たなごみ問題に繋がっていたことを見逃さず、いち早く、洗濯して再利用できるマスクを開発。EU認証も取得したマスクはエコロジカルな製品として評価され、欧州の団体 Zero Waste Europe から高い評価を得た。可動式コンテナ1台の中に洗濯・乾燥の設備を積み、移動してどこでも対応できるこのサービスは、製造工場など多くの人の需要がある場所でフル稼働した。その結果パンデミックは特定の事業にとっては好機となり、活動を停止するどころか、全体の売り上げは20%伸びたという。

エータ・ベータの収入の約60%は、サービスや商品の販売により自分達の仕事で立てた売り上げで、残りの40%を公的補助で賄う。「私たちの活動すべてが、財政的にも機能的にも美的にも持続可能であると言えることは誇りです」

エータ・ベータ

多様な人々が混じり合う。そこでは誰もがプロフェッショナル

「いろいろな活動をしていますが、人と人が繋がることで、お互いの活動を支え合っています。そこでは、人の健康と環境への配慮という倫理観を大切にしています。そしてもうひとつ大切にしているのが、手を使って働くこと。現代社会で“働く”とは、頭を使ってするものだと多くの人が思っている。けれど、私たちは2つ目の脳をこの“手”に持っているんですよ」

「私たちはさまざまな立場や専門の異なる人間が混ざり合う集団。そこに集まる”人”の多様性こそが、私たちの誇る豊かさなのです。現在、50人以上のスタッフがここで働き、毎日何百人もの人々がこのスペースに集まり、ボローニャ郊外のこの地域に関連した経済活動を生み出しています。ここでは経済的な理由だけでなく、特にリサイクル素材への敬意から、リサイクル素材に新しい命を吹き込んでいます。木材、金属、ガラスなど、どれも貴重な素材です。すべての素材は、一度だけでなく、何度でも生き返ることができる。それがスパッツィオ・バッティラーメの特徴です」

エータ・ベータ

国連環境開発会議による「生物多様性条約」が発効して今年で30年を迎える。生物多様性という言葉からまず連想されるのは、珍しい植物や虫、動物、絶滅危惧種、といったものかもしれない。しかしそこには、私たちの目には見えない土中の微生物から大きな生き物まで、私たち人間も含まれるはずである。

あらゆる生命は本来、それぞれに意味があって自ずから成り、多くの種が互いに関わり合いながら、途方もない歳月をかけて命を繋ぎ進化してきた。だからそのひとつひとつが今生きて、混じり合って存在していること自体に意味がある。

それはまるでここエータ・ベータで作られる皿の、さまざまな色が境目も曖昧に重なり合い表れる美しさのようである。

「元気で、また会おう!」と握り合ったジョアンさんの手からは、えも言われぬ安心感と温もりが伝わってきた。

ガラス工房ギャラリーにて

ガラス工房ギャラリーにて

日本国内で、多様な土を使った体験に参加できる循環型農園 「ReDAICHI」

今後、IDEAS FOR GOODはJINOWAと連携し、土をめぐる人と自然とコミュニティのための循環する暮らしのあり方を実践するさまざまなプログラムを展開予定だ。

舞台になるのは、多様な土を通した体験に参加できる場所、埼玉県三芳町にある循環型農園 「ReDAICHI」だ。この石坂オーガニックファームが運営する循環型農園 は、「土」を通して地球規模の環境について感じ、日常の中で学べる機会を与えてくれる。

ReDAICHI

ReDAICHIは肥沃な土に触れながら、固有種の種を育てたり、世界の食糧問題や農業について知ることができる会員制シェアファームである。従来の農業の枠組みを超え、どうしたらもっと良い土を生み出す社会に転換できるのか、世界的に活躍する専門家から、学生から地元のお年寄りまで、多様な人々が土を通して交わる場所となる。

また、ReDAICHIは土の国際的なイノベーションハブでもある。その分野は、食産業に携わる生産者や料理人、建築家やアーティスト、都市開発や建設業、ITやファッションなど、多岐に渡る。

ウェブサイトでは、土をめぐる世界の情勢や、各国の土の活動家の取り組み「母なる大地のはなし」も発信している。興味がある方は、こちらも読んでみてはいかがだろうか。

※今後のプログラム情報は、随時IDEAS FOR GOODサイト内でお知らせいたします。

執筆者:岡崎啓子(おかざき・けいこ)氏

岡崎啓子氏埼玉に代々続く農家を兼業で継いだ父、料理が得意な母の元に生まれ、里山の営みを身近に育つ。大学卒業後イベント企画・制作業界で働いたのち、「食と農」を自分の専門にすべく、スローフード協会設立の食科学大学を目指して2004年に渡伊、第一期生として3年間学ぶ。卒業後はイタリア・EATALY社にて、日本出店を中心とする海外事業展開の黎明期に携わる。2児の出産・育休を経てGEN・JINOWAメンバー。

Supported by Ishizaka Organic Farm
Photo by Masato Sezawa.
Edited by Erika Tomiyama

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