私たちは現在、加速度的に都市化とデジタル化が進む世界に生きている。あらゆる物事が効率化される反面、現代病と称されるような、過去には一般的でなかった疾患を抱える人は少なくない。
特に近年では「スマホ中毒」といった、デジタル機器の使用時間の増大で人々がメンタルヘルスに不調を抱えるケースが増えている。用もないのにアプリを開いてしまったり、寝る前についスマホをいじって夜更かししてしまったりした経験は誰しもあるだろう。
そんな中、カナダでは2020年12月から医者が患者に対して「自然のなかで過ごす時間」を正式に処方できるようになった。この「Park Prescriptions(PaRx)」と呼ばれる処方箋はブリティッシュ・コロンビア州で始まり、2021年3月にはオンタリオ州でも有効になったばかりだ。
英エクセター大学の研究者らが2019年に発表した研究では、自然の中で週に2時間以上過ごすことが、人々を良好な健康状態やウェルビーイングに導くことがわかっている。SNSなどのテクノロジーとより良いバランスを保ち、心身ともに健康な状態である「デジタルウェルビーイング」を実現している人は、日常的に自然と繋がりを持っていたのだ。
さらに、米ミシガン大学の研究者らが同年に発表した研究により、自然との接触時間は1回あたり20〜30分が、最も効果的にストレスを和らげられることが明らかになっている。同研究は、都市圏に住む36人の被験者を対象として8週間にわたって行われ、被験者は週に最低3回、1回あたり10分以上の間、自然との繋がりを感じられる場所で過ごした。そのうち、期間中に被験者1人あたり4回、自然の中で過ごす時間の前後に唾液のサンプルを採取し、ストレス指標となる成分である唾液中のコルチゾールとαアミラーゼの分泌量を計測した。
調査の結果、被験者が自然に触れた後のコルチゾール分泌量は1時間あたり平均21%減少し、αアミラーゼは28%減少。また、これらの成分の分泌減少率は自然に触れ始めるタイミングで高く、その後徐々に低下し、20〜30分以降はほぼ一定となった。したがって、1度に長時間自然の中で過ごすよりも、1回あたり20〜30分程度で自然と触れ合う回数を増やすことで、より効率的にストレスを軽減できることが明らかになっている。
PaRxプログラムの主宰者であるメリッサ・レム氏は、自然と接する時間が人体にもたらす効能について、ストレス軽減やうつ病防止のほか、喘息、肺炎、気管支炎などの慢性的な呼吸器系症状の緩和、高血圧、糖尿病、心臓病のリスクの低減、がんに対する免疫強化などを挙げている。また、日常的に自然と接している人の方が記憶力、創造性、集中力、そして仕事に対する満足度が高いことも過去に複数の研究が示しており、そのポジティブな効果を挙げるときりがない。
PaRxはこうした科学的根拠に基づいた“自然処方”を行う。患者はPaRxのサービスプラットフォーム上で個人登録をすると、一人ひとりの健康状態に合った自然処方のアドバイスを受けたり、自然の中で過ごした時間を記録したりすることができ、その恩恵を最大化できる。
歴史上長い間、自然の近くで生活してきた人間の身体のメカニズムと、ほんの数百年の間で急速に文明化してきた人工的な環境の齟齬は、デジタルテクノロジーの進化と共にさらに拡大している。そんな現代でウェルビーイングを最大化する鍵は、自然との関わりを持ち続けることにあるのだろう。
【公式サイト】PaRx
【参照サイト】Spending at least 120 minutes a week in nature is associated with good health and wellbeing
【参照サイト】Urban Nature Experiences Reduce Stress in the Context of Daily Life Based on Salivary Biomarkers
Edited by Kimika