優しさとは何か。さわって色がわかるタグ「いろポチ」が示す社会貢献のあり方

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近年、SDGs(持続可能な開発目標)のゴール達成に向けたアパレル業界のサステナブル化が注目を集めている。特に、オーガニックコットンやリサイクル繊維の使用など、サステナブル素材への転換を進めることで地球環境の持続性にアプローチするアパレルブランドが増えている。

他方、サステナビリティを追求するなかで忘れてはならないのが「人」への配慮である。SDGsの概念でも「環境・経済・社会」の3つの側面において統合的な課題解決を目指すことが示されているように、私たち自身がより生きやすい社会をつくることは、環境配慮と同様に重要なテーマとされているのだ。

その点、アパレル業界のサステナブル化においては、環境配慮に焦点を当てた取り組みが次々と生み出されているが、社会面でのアプローチについてはあまり関心が向けられていないのが現状ではないだろうか。

そこで今回IDEAS FOR GOODでは、障がいのある人や消費者としてデザインから見落とされがちな人にもファッションの楽しさを届けようと、洋服のタグを通じて社会貢献を目指す株式会社フクイ(以下、フクイ)の取り組みに注目した。

フクイでは、触れることで洋服の色を判別できる視覚障がい者向けのタグ「いろポチ」の開発と推進に取り組んでいる。

アパレルブランドの洋服づくりを支える「タグづくりのプロ」が考える社会貢献とは。フクイにて開発部係長としていろポチのプロジェクトに携わる、黒田まゆみさんにお話を伺った。

理論的に色を理解しコーディネートを楽しむ

いろポチのアイデアはもともと、産業技術総合研究所に所属していた佐川賢さんの発案だったという。佐川さんはこれまで、色彩環境の快適性評価、高齢者・障がい者の視環境設計などの開発研究を行い、ISOやCIEなどの国際標準化活動を通してその成果の普及を推進してきた。

黒田さん:日本女子大学で講師を勤めていた佐川先生は、色に関する研究を進めていくなかで、先天的に目が不自由な方たちも色を把握していることを発見し、いろポチのアイデアを考えたそうです。初めは、アクリル樹脂を使ったボタン状のものに加え、合皮素材にエンボスを施したり生地に丸い刺繍でぽっちをつけたりと、加工の方法について試行錯誤されていました。それから「量産が難しく値も張ることが製品化の壁となっている」という相談を受け、タグ製造のプロである私たちが何か力添えできるのではないかと考え、共にいろポチの開発を行うことにしました。

その後、色の配置を表すぽっちを刺繍からプリントに変えたり、素材を合皮からサテン生地に変えたりと、素材や製造方法に関して様々な改良を行った。

そして、点字図書館で障がいのある方々に使い心地を試していただくなどしながら完成したのが、現在のいろポチだ。サテン素材のタグにシリコンのぽっちをプリントし、指し示す色の位置に穴を開ける方法で、繰り返しの洗濯にも耐えることができる高耐久の素材となっている。

Tシャツの襟ぐりに縫い付けられているいろポチ

一本の細長いリボンに23色分を印刷してから切り離す方法で製造されるため、余分な端切れが生まれない。

いろポチの特徴の一つは、色の表現に色相環を取り入れている点だ。色相環とは、色の連続性を輪っか状にして並べたものだ。美術の授業で学んだという人も多いだろう。

黒田さん:色相環は、色を理論的に説明することに役立ちます。例えば、お互いの色を最も目立たせる関係にある『補色』は、色相環では円の正反対に位置しています。赤と緑や黄色と紫といった補色の組み合わせは、視覚によって色を判断できなくても、色相環を理解することで判断可能です。色相環を用いて色を把握することで、理論的に色の関係性をイメージしてコーディネートを楽しむことができると考えたのです。

色相環

色相環における色の位置と、いろポチのタグの指し示す色の位置が対応している。

さらに、色相環は世界共通の概念であるため、言語の壁を超えて世界中の人々が利用できるのも良い点だ。

「いろポチは、人を助けるタグ」

今回お話を伺った黒田さんは、2014年からいろポチの推進を行っている。長きにわたって開発に携わる背景にはどのような想いがあるのだろうか。

黒田さん:一人暮らしの祖母が持病で視力を失ったことが、視覚障がい者の暮らしについて考える一つのきっかけでした。また、いろポチのアイデアを草案した佐川先生から相談を持ちかけられた時には、それまで私がフクイのCSR活動に携わってきた経験が結びついたような気がして、プロジェクトに前向きな想いを抱きました。

さらに「いろポチの取り組みはフクイにとっても新たな挑戦だった」と、黒田さんはプロジェクト開始当初を振り返る。

黒田さん:長きにわたってタグ屋として洋服のタグ製造に関わっていましたが、タグの役割はあくまでも義務の遂行。義務として定められている洗濯表示や品質表示やブランド表示のために、洋服にはタグが必要とされている。タグに対してはそんな認識でした。しかし、いろポチは人を助けるタグ。これまで私たちが関わってきたタグとは異なる役割をもっています。タグ作りを通して社会や人の役に立つことができるという可能性が現れたことは、フクイにとって転機とも言える出来事でした。

配慮は、必ずしも目に見える必要はない

そして、プロジェクト発足から7年。いろポチはこれまで、各種メディアでの特集や文部科学省認定の高校教科書への掲載など、ユニバーサルデザインの取り組みとして各所で取り上げられてきた。しかし、そこにはいまだ課題も残されているという。

黒田さん:取り組みを進めていると、「視覚障がいのある方は、果たして洋服の色選びで困っているのだろうか」「いろポチは本当に社会から必要とされているのだろうか」といった本質的な迷いが生じることもあります。まず、視覚障がいのある方が必ずしも洋服の色や自身のコーディネートに関心を持っているというわけではありません。次に、アパレルブランドにとっても、洋服につけるタグを一つ増やすことでコスト面での負担が大きくなります。

それでも、いろポチの取り組みが社会へ何らかの価値を提供できるのではないかと考えているそうだ。

黒田さん:仮に全員が必要としている機能ではないとしても、存在する意味はあると思っています。例えば、段差解消のためのスロープや公共施設の看板についているピクトグラムなど、私たちの身の回りには様々な配慮が施されています。同じように、いろポチが洋服についていることが当たり前になれば、きっと無意識にでもいろポチの機能に助けられる人がいると思うのです。ユニバーサルデザインとは、そういった「隠された配慮が社会にもたらす優しさ」のことではないでしょうか。

アイロン接着で靴下の足首の部分につけられたいろポチ

タグを縫い付けづらい靴下にはアイロン接着も可能。ワンポイントとしてのアクセントにもなる。

悩みや苦しみを抱える全ての人に癒しを

2020年、新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるい、私たちの生活は一変した。外出自粛や感染予防のための対策等の「新しい生活様式」を強いられるなか、心の健康に不安を抱える人も多いはずだ。

そんななか黒田さんは、視覚障がいのある方へのアプローチだけではなく、コロナ禍で活気を失いがちな社会全体をより元気にしたいという願いから、SNSによる発信を開始した。それが、Twitterでの「フクイのポチ子ちゃん」の4コマ漫画配信だ。

黒田さん:コロナ禍で直接人と会う機会が減るなかで、フクイにも社会のためにできることはないかと検討していた時に生まれたのがSNSでの発信というアイデアでした。いろポチのプロジェクトのマスコットキャラクターである「ポチ子ちゃん」を主人公に、人々の心に癒しを届けられるような物語を投稿していこうと取り組みを開始しました。

2020年のアカウント運用開始以来、黒田さんは全営業日、欠かすことなく手書きの4コマ漫画を投稿している。

黒田さん:物語のなかでは、あえて洋服のタグやいろポチの取り組みについて直接触れていません。季節にあわせた日常の何気ない出来事を漫画にしています。そのなかで、物語に出てくる犬の「ポチ」を盲導犬に多い犬種であるラブラドールレトリーバーにするなど、社会課題に気付くきっかけとなるような小さな工夫を織り交ぜています。

連載開始から1年を迎えた2021年4月現在では、投稿に毎度100を越える「いいね」がつくなど、ポチ子ちゃんファンが着々と増えていることが見て取れる。

黒田さん:読んでくださる方には、ポチ子ちゃんの物語に触れることで優しい気持ちになっていただけたら嬉しいです。そして、ふとした時に「そういえばこのポチ子ちゃんって誰だっけ?」と思っていろポチやフクイのことを調べて、そして知ってくださったら良いな、という想いです。

困っている人がいる。知ることで差し伸べられる手がある

最後に、黒田さんにいろポチの今後の展望を伺った。

黒田さん:スーツやドレスなどフォーマルウェアへのいろポチの導入を進めたいです。例えば男性用のスーツでは、黒や紺、茶といった濃色で似た色も多く、視覚障がいのある方にとっては色を見分けることが難しい場合があります。特に、フォーマルウェアは冠婚葬祭といった重要な場面でも着用するため、万が一色を間違えてしまうと大問題に発展するかもしれません。

さらにアパレルブランドにとっても、フォーマルウェアへのいろポチの導入は比較的ハードルが低いのでは、と黒田さんは続ける。

黒田さん:いろポチのタグは1枚34円です。それを1着1,000円の洋服に取り付ける場合と、1着10,000円の洋服に取り付ける場合とでは、ブランドにとってコスト面での負担が大きく異なります。製造におけるコストや利益率の観点からも、まずはフォーマルウェアへの設置から初めていただけたらと思っています。

フォーマルウェアはオーダーメイドで仕立てることも多いため、大量生産製品と比べると縫い付けにかかるコストも低い。そして、普段着よりも長期間愛用される傾向にあり廃棄につながりにくいという点も、ソーシャルグッドなポイントになるだろう。

黒田さん:消費者の方々には、いろポチに触れることで洋服の色選びに困難を抱えている人がいることを、広く知っていただきたいです。誰もが「人の役に立ちたい」とか「困っている人を助けたい」とか、そういった優しさを持っているはずです。しかし、助けを必要としている人の存在が認知されなければ、それもできません。困難な状況にある人々の可視化こそが、いろポチにとってできることだと感じています。

洋服になくてはならないタグ。しかし、タグ欲しさに洋服を買おうと考える人はいないだろう。それでも、一つひとつの洋服に縫い付けられたタグには、人として、社会としての優しさを追求する人々の想いが込められている。

この記事を読み終えたら、是非一度身につけている洋服のタグに目を向けて、身近に存在するかもしれない「助けが必要な人」について考えてみて欲しい。

取材後記

取材を通して何よりも強く感じたことは、黒田さんの思いやり溢れるお人柄だ。

「例え誰にも気づかれないような小さな配慮でも、それが自分にできることならば、しておきたい。それが人としての優しさだと思う。」

黒田さんの言葉には、常日頃から他人の立場や考え方を多角的に想像する優しさがつまっている。そして、「自分だったらこんな社会であって欲しい」を体現しようと日々模索を続ける姿から、改めて社会貢献とは何かを考えさせられる。

「環境・経済・社会」全ての分野における配慮を一つの事業でカバーすることは決して簡単なことではないだろう。それでも、長いサプライチェーンのなかで、素材屋さんにできること、タグ屋さんにできること、デザイナーにできること、そして販売店にできること、とそれぞれができることを分担していけば、業界全体としての包括的かつ総合的な社会貢献を実現できるのではないだろうか。黒田さんへの取材を通して、大きな希望を感じることができた。

【追記:2022/2/17】フクイでは、印刷物や玩具にもいろポチを使用したいという要望を受け、2022年2月17日よりライセンスの提供を開始する。ユニバーサルデザインとしていろポチが広く普及することを目的とし、ライセンスの対価は契約を締結した日から1年間無償だ。契約を結ぶことができる企業や団体の業種も限定せず、より広い分野で視覚障がい者の自立をサポートしていくという。

今後、アパレル以外のさまざまな場面でも、いろポチが活用されているのを見かける日が来るかもしれない。


【参照サイト】株式会社フクイ公式サイト
【参照サイト】「いろポチ」特設サイト
*いろポチのタグは、上記特設サイトより個人でも購入することができます。

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