メタバースは「公正な社会」に貢献するか?香港の学生が提案する、仮想空間×ソーシャルグッドの可能性

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いま、脱炭素などと並んで世界で最も熱いトピックの一つがメタバースだ。メタバースとは、これまでゲームの世界でしか見たことがなかったような仮想空間と、私たちの現実の生活がつながるような概念。アメリカの大手テック企業フェイスブックが、2021年10月に社名を「Meta」に変更し、メタバース分野に約100億ドル(約1兆1,400億円)投資すると発表したことで話題を呼んだ。

2024年には、7,833億ドル(約88兆円)規模の市場になるとの見通しもあるメタバース(※1)。なぜここまで注目されているのだろうか。そして、私たちはどのように使っていけばいいのだろうか。

いまだ多くのことが謎に包まれたメタバースについて、いち早く「ソーシャルグッド(=社会に貢献できる使い方)」の可能性を見出したのが、香港中文大学の学生たちだった。

本記事では、同大学研究メンバーのハイハン・ドゥアン氏が発表した論文をもとに、メタバース活用の可能性をいくつかピックアップしてご紹介する。

メタバースとは?

メタバース(Metaverse)とは、「超(メタ)」と「宇宙(ユニバース)」を合わせた造語。現時点では、インターネット上にある、人数参加型の仮想空間(バーチャル空間)のことを指す。その空間の中では、見た目を自由自在にカスタマイズできるアバターとなって、実在する他人とコミュニケーションをし、イベントを開催したり、独自の通貨を使って物品を売買したりできるのだ。

ただし、それだけなら過去に開発されてきた数々のゲームなどと変わりがない。実際、コロナ禍で人気を博した『あつまれ どうぶつの森』のような仮想空間のオープンワールドで遊ぶゲームや、2010年前後に話題となった『セカンドライフ』といったゲームも、広義のメタバースに含まれる。

これまでの仮想空間とメタバースの違いを、以下にいくつか挙げてみる。

従来の仮想空間(ゲームなど)

  • 1人で遊ぶことができる
  • あくまで画面上の2D(2次元)に留まるコミュニケーション
  • 仮想空間やゲーム上の通貨は、その世界でしか使えない
  • ゲームと現実の社会活動が遮断されている

メタバース

  • 他者が存在することが前提である
  • VRやAR技術により、現実に存在しているかのようにコミュニケーションができる
  • さまざまな仮想空間を超えて、通貨を使うことができる
  • ゲームと現実の社会活動がつながっている

特に注目されているポイントが、「お金」や「土地」といった価値が、デジタル上の仮想空間と現実で遮断されないところ。たとえば、現実世界の生活費を、ゲーム内に出稼ぎしに行くといったことが可能になるのだ。これは「Play to Earn(稼ぐために遊ぶ)」という新しい概念となっている。

ゲームをプレイしてお金を稼げるとして注目される「アクシー・インフィニティ(Axie Infinity)」

ゲームをプレイしてお金を稼げるとして注目される「アクシー・インフィニティ(Axie Infinity)」

過去には、メタバース・プロジェクト内の仮想の土地が200万ドル以上で販売されたこともある(※2)。このように、よりデジタル世界と現実との境目が曖昧になっていくような概念がメタバースである。

さて、ここからはハイハン・ドゥアン氏の研究発表をもとに、社会に役立つメタバースの使い方を探っていこう。

メタバース×ソーシャルグッドの活用例

ドゥアン氏は、いくつかのテーマに分けて現時点で考え得るメタバース活用の可能性と、その事例を伝えた。

01. 「エコ・安全・低コスト」なイベント開催

新型コロナウイルス感染症が世界中で広がり、移動や大規模イベントの開催が制限されるなか、まずドゥアン氏が目をつけたのがイベントだった。

2020年、カリフォルニア大学バークレー校は、物理的に多くの学生が集まることは安全対策上難しいと判断し、『Minecraft』で卒業式を行った。また『Fortnite』では、アメリカのラッパー、トラヴィス・スコット氏のライブなど、毎日多くのバーチャルイベントが開催されている。

仮想空間上でイベントを行うメリットとして、ドゥアン氏は、低コストで高いセキュリティ(感染症対策も含めて)を担保できることや、遠くからの移動を減らすことでCO2削減が期待できるとしている。

02. 多様性の担保

現実世界では、自分の住んでいる国や地域、言語という物理的な制限があるため、真に多様な人の要望を満たすことはできなかった。たとえばブラジルにいながら、自分の子供を日本の高校に行かせたいと思っていても、オンライン授業を海外の人向けに提供している学校以外は通わせることができない。

しかしメタバースはデジタル上の空間なため、無限に拡張できるスペースがあり、もちろん物理的な制限もない。アメリカのジョー・バイデン大統領は選挙運動の本部を『あつまれ どうぶつの森』上に設置した。普段は地理や障害の有無などでその場に行くことができないような人でも選挙活動を応援し、社会参加ができることが証明されたと言える。

03. 平等と公正

平等と公正をするには、人種や性別、障害、宗教、財産など、さまざまなファクターを考慮する必要がある。メタバースでは、誰もが自由に見た目や力を決められるアバターとなり、社会を構築する力になることができる、とドゥアン氏は述べる。

たとえばVRプラットフォーム『Decentraland』では、ユーザーが投票によってその世界のルール(たとえば、どのアイテムを仮想空間上で使えるようにするか)を決めることができる。特定の人種や、お金のある人など、一つのグループだけが決めることのない民主主義を実現することも可能だ。

04. 遺産と歴史の保全

人類史における文化的な遺産の保全にも、メタバースは一役買うことになる。実在する世界遺産は美しく今後も残す価値があるものだが、人為的な被害や自然災害によって壊れてしまう可能性がある、とドゥアン氏は述べた。

フランス・パリのノートルダム大聖堂は2019年、大火事でその木造部分や尖塔などを失った。しかしそのデジタル3Dモデルは、同じくフランスの開発会社ユービーアイソフトが販売する『アサシン クリード ユニティ』上で再構築されている(※3)

また、中国ではアーティストのCthuworkが、紫禁城などの建築物や他の有名な絵画を『マインクラフト』上の3Dモデルとして保全。デジタル上で実際の文化的な遺産の復元をするだけでなく、そのログを残しておくことができるため、一つのデータが消えたとしても再度構築が可能だ。

無限の可能性があるメタバース

ここまでさまざまな可能性を探ってきたメタバースだが、課題も多い。たとえばバーチャル上の土地を買ったときの税金やルール、ユーザーが他のユーザーの写真を撮る行為など肖像権の問題などに対して、現行の法律を適応することが難しいことが挙げられる。

また、フィンランドでサーキュラーエコノミーを推進するSitraは、メタバースを実際に運用する際には、環境・人権・公正さなどの議論も常に含めるべきだと公式サイト上のコラムで主張する。

そこでドゥアン氏の所属する中国香港大学の研究チームは、実際の大学キャンパスを仮想空間上で再現したプロトタイプを作り出した。そこに実際の学生らを招き、図書館や食堂でのコミュニケーションや経済活動を行いながら、メタバース活用のユーザー調査を行うためだ。

Metaverse For Social Good : A University Campus Prototye

Metaverse For Social Good : A University Campus Prototye

このプロトタイプでは、学生が大学キャンパスを自治できる「仮想委員会」を発足。推薦で選ばれた学生たちを中心として、仮想空間上で起こった課題に対処するための意思決定をスムーズに行う目的だ。

メタバースを使っていくうえで、いま想定できている以上の問題は必ず発生するだろう。それをウォッチし、公正さを元に適切に対処していくため、世界では大きな一歩が踏み出された。

※1 Metaverse may be $800 billion market, next tech platform
※2 A plot of digital land was just sold in the metaverse for $2.43 million — more than most homes in NYC and San Francisco cost
※3 Ubisoft Japanによるツイート

【参照サイト】Metaverse for Social Good: A University Campus Prototype
【参照サイト】Our Work “Metaverse For Social Good : A University Campus Prototye” Has Been Accepted By ACM MM 2021
【参照サイト】The discussion on the metaverse also needs a sustainability perspective
【関連記事】倫理的なテクノロジーの活用を。グーグルが「AI利用原則」を発表

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