森の中に「第二の家」を。ライフスタイルブランドSANUに聞く、自分も自然も豊かにするビジネス

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長野県と山梨県にまたがって広がる八ヶ岳。東京から車で2時間ほどでアクセスできるこの地域は、1年を通して晴天率が高く、美しい山々での登山目当ての観光客や、自然を求める移住者が集まる。

そんな八ヶ岳南麓の自然の中に、小さな木造キャビンが現れた。「Live with nature. / 自然と共に生きる。」をコンセプトに掲げるライフスタイルブランド、SANU(サヌ)が手がけた「SANU 2nd Home(サヌ セカンドホーム)。普段は都心で忙しく暮らす人が、繰り返し自然に通うことができる「もう一つの家」を日本各地に作り、それを月額5.5万円で提供するサブスクリプションサービスだ。

八ケ岳の南麓にたたずむSANUのキャビン

八ヶ岳の南麓にたたずむSANU CABIN / Image via SANU

SANUが目指すのは、人と自然が共生する社会の実現。その姿勢は、キャビンの建築デザインや、ビジネスモデルにも表れている。環境や地域の生態系への負荷を最小化するだけでなく、企業活動そのものが、むしろ環境を再生させることを目指したリジェネラティブ(※1)な取り組みなのだ。

※1 リジェネラティブ:自然環境を持続可能(現状を保つ)にするだけでなく、人の手で積極的により良い状態に再生させることを目指す考え方。土壌の回復や、生態系への貢献、森の再生などが含まれる(参考:リジェネレーションとは・意味)。

八ヶ岳の他にも、白樺湖や山中湖など、さまざまなエリアでまったく同じデザインのキャビンが展開され、2021年4月に行った初期会員枠の応募申し込みは、募集開始からわずか3時間で満員に達した。SNSのフォロワーは1万8,000人を超え、さまざまな分野のインフルエンサーからも注目を集めている。

環境を再生させるビジネスモデルとは何か。そして、ここまで人を惹きつける秘密とは。SANUの哲学を同社CEOの福島弦さんに聞くため、編集部は、最初に完成した拠点の一つである「八ヶ岳1st」を訪れた。

話者プロフィール:福島弦(ふくしま・げん)

SANUのCEO 福島弦さん2010年McKinsey & Company入社。日本、アジア、北米、中東にて、グローバル企業の戦略立案、政府関連プロジェクト、特にクリーンエネルギー事業に従事。2015年、プロラグビーチーム「Sunwolves」創業メンバーを経て、ラグビーワールドカップ2019日本大会の運営に参画。2017年 株式会社 Backpackers’ Japanに非常勤役員として、事業戦略立案を担当。 北海道岩見沢出身。雪山で育ち、スキーとラグビーを愛する。

八ヶ岳の自然の中に、なぜキャビンを作ったのか?

キャビンに1歩入ると、小さいながらも開放的な空間が広がる

自然界や日本建築から着想を得た空間デザイン。キャビンに1歩入ると、小さいながらも開放的な空間が広がった / Image via SANU

八ヶ岳や白樺湖、山中湖などのエリアに展開するSANU CABINをサブスク制で利用できるサービス「SANU 2nd Home」。このサービスを運営する、SANUの立ち上げの背景には、福島さん個人の経験があった。

もともと札幌近郊の小さな町で生まれ、徒歩1時間かけて幼稚園に通うような幼少期を過ごし、自然に囲まれて育ったという福島さん。社会人になってからは、東京の大手コンサルティング会社McKinsey&Companyに務めたのち、プロラグビーチーム「Sunwolves」創業メンバーを経て、ラグビーワールドカップ2019日本大会の運営に参画。開催地のうち唯一の新設会場となった岩手県釜石市の「釜石鵜住居復興スタジアム」での大会開催に尽力するなど、忙しい日々を過ごしていた。

せわしない日々のなかでいつの間にか自然とのつながりが薄れていることを感じていた福島さん。そんな彼が再び「自然」を意識したのは、ラグビーワールドカップ・日本大会の仕事をしていた頃、東北・新花巻駅から釜石市まで移動する車のなかでのことだった。

「海外から久しぶりに帰国して、ラグビーの仕事のために釜石に向かう途中でした。運転する車がトンネルを抜けたら、新緑の光あふれる三陸の景色が目の前いっぱいに広がってきたんです。その瞬間、鳥肌がたちました。日本の自然って、なんて豊かなんだろう。海外より、もっと身近なところに豊かさはあったんだなと」

東京で働き、海外にも長期滞在していた福島さんにとって、久しぶりに心が震えるような体験をくれたのは、日本の森だった。もしかしたら自分以外にも、都心で忙しく働くなかで自然を求めている人はいるのではないか。そんなことを考え、いざ会社を興すときは「自然と触れ合って生活全体を豊かにしていく」ことを事業のテーマにしたという。

キャビンで話す福島弦さん

八ヶ岳のキャビンを案内中の福島弦さん

そして「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」や「CITAN」、「K5」など多くの人気ホステル・ホテルのプロデュースを手掛けてきた本間貴裕さんと出会い、SANUを共同創業。最初のキャビンの展開地の一つとして選んだのが、ここ八ヶ岳だった。

八ヶ岳エリアは、身近な自然に溢れていることが特徴だ。もちろん赤岳や天狗岳といった雄大な山々を有していることは間違いないが、気軽に散歩ができる林道や、木漏れ日の気持ちよさを感じられるスポットなど、都市にはない身近さで自然があちこちに存在する。また、自然の恵みに満ちた食文化も八ヶ岳の魅力の一つだ。福島さんもこの地域を訪れるたびに、地元のパン屋さんやお蕎麦屋さん、山道で出会うおじいちゃんの生活にまで魅了されたと話す。

「SANU CABINは、何度でも通いたいと思える場所を目指して作りました。秘境や、絶景が見える場所に“行く”のではなく、ただホッと一息つくために“帰る”場所でありたい。すべてのキャビンが同じデザインなので、どの地域に行っても馴染みのある空間で安心できるかなと。また、普段は都会に住む会員の方のお子さんが自然の中に来ると、元気になって驚くくらいはしゃぐと聞きました」

テラスでのんびり

テラスでのんびり過ごすこともできる

自然を再生するキャビンの仕組み

「Live with nature. / 自然と共に生きる。」を理念として掲げる一方で、自然の中にキャビンを新築することはどう捉えているのだろうか。SANUでは、建築のライフサイクルを包括的に捉え、環境負荷の最小化に徹底的に取り組んでいた。

  1. 原料調達 – 誰が木を切り、誰が加工しているのかを「見える化」
  2. 設計・建設 – 土地への負荷を最小限に
  3. 運用 – 再エネの使用
  4. 解体 – 使われなくなった「その後」を想定した建築設計

原料調達から建設、実際の運用、そして解体までの流れを包括的に捉えて環境への負担を減らすこと、さらにキャビン建設に使用した分と同じ分だけ植林することによって、キャビンを建てれば建てるほど森が豊かになるモデルを構築している。以下で、その詳しい内容をお伝えする。

01. 原料の調達 – 誰が木を切り、誰が加工しているのかを「見える化」

SANU CABINには、100%国産材が使われている。木材は、福島さんが過去に関わったラグビーワールドカップ2019日本大会での縁があって、持続可能な森づくりに取り組む岩手県・釜石地方森林組合か直接調達。ウッドショック(※2)の中でも、安定的な原料供給を実現した。

※2 ウッドショック:2021年3月頃から起きた、深刻な木材不足による木材価格の高騰のこと。かつてのオイルショックになぞらえて名付けられた

釜石地方森林組合は、大量の伐採をせず、あくまで間伐(=樹齢50年を超えた樹木の一部を伐採することで地表に日光をあて、これまで成長しきれてなかった若い木の成長を促すこと)による森の整備をしている。また、木材を加工する工務店や障害者施設など11の組織と連携しているため、原木調達・製材・加工・施工など、すべてのプロセスを見えるようにしている。

さらには、SANUのサービスで得た収益の一部を活用し、キャビンの建設で活用した木材を100%代替する植林計画も立てられている。CO2吸収量が少なくなった古い樹木を切り、そこに若い樹木を植えることで、森の循環を生み出している。

Image via 釜石地方森林組合

Image via 釜石地方森林組合

「最近だと、衣食住のなかでも衣服や食品は作り手の顔が見えるようになってきました。ただ“住”だけは、トレーサビリティがないんですよね。だからSANUでは、誰がどの木を切って誰が加工した、ということがわかるように仕入れたいと考えました。木々を育てている人から直接、木の様子や育て方を聞いて仕入れることで、僕たち自身も建物を大切にしようと思えるし、それを会員さんに伝えることもできると思うんです」と福島さん。

02. 設計・建設 – 土地への負荷を最小限に

キャビンの開発では、福島と東京の2拠点で活動する設計・施工パートナー企業・ADXの安齋好太郎さんと手を組んだ。日本古来の高床式建築に倣い、ADXが独自に開発した「杭打ち機」を用いて地中に杭を打ち込み、その上に建築物を建てる「基礎杭工法」を採用している。コンクリートを大量に使用する一般的なべた基礎工法に比べて、土壌への負荷が小さく、その土地に流れる風や水の流れを止めない。

一般的な建築とSANUキャビンの違い

一般的な建築とSANU CABINとの違い

工事をするときに切り倒される木のことを考えたのも、今回の開発の特徴だ。測量・造成設計・許認可のパートナー、二葉測量設計事務所の協力のもと、敷地内の木の本数や樹形をすべて特定。建設により伐採する木の本数を最小化(30%程度)できるようキャビンを配置したことで、その土地の生態系への負荷の極小化に努めている。

また、北欧デンマークの環境建築コンサルティング会社・ヘンリック イノベーションの協力により、キャビンの建設により排出されるCO2の量の測定と、従来型の建築(コンクリートべた基礎工法の木造建築物)との比較を実施。その結果、一部使用される鉄やガラスなどの製造のために1棟13t程度のCO2を排出する一方、木の炭素固定効果を含めると1棟11tのCO2を吸収・固定化を実現した。

ライフサイクルアセスメントの比較

03. サービス運用 – 再エネの使用

最初に建設したSANU CABINの全50棟で使う電力については、自然電力株式会社の協力を得たという。非化石証書(再エネ指定)付実質再生可能エネルギー100%の電力「Forest」を利用し、サステナブルな運用を目指している。

建築設計の観点では、自然への負荷を最小化することが実現できたものの、実際の運用面では課題も多くあると福島さんは言う。会員の方が泊まったときに出る食品ロスや、プラスチックごみ、その他のさまざまな廃棄物。また、キャビンまでの車移動にかかるCO2排出など、まだまだ取り組むことも多い。今後は実際に運用しながら、さらに改善できる仕組みを常に模索し続けていくという。

04. 解体 – 使われなくなった建物の「その後」を想定した建築設計

SANU CABINの運用年数は、一つの棟につき50年ほど。その先は、どうなるのだろうか。

キャビンは、設計の段階から「解体前提」で作られている。キャビンに使う釘やビスの量を最小化することで、ほぼすべての部品が、古くなったときに分解・交換できるように設計されているだけでなく、解体もしやすいのだ。

キャビンの主要な材料となっている木材は、寿命を迎え、交換すべきタイミングが来ると、家具の一部や建材、はたまたウッドチップなどとして再利用が可能になるという。

自分の生活も、環境も豊かになるビジネスを目指して

キャビン

冬のSANU CABIN

人々の生活に自然の豊かさを取り入れると同時に、キャビンを建てれば建てるほど環境を良くしていこうと突き進むSANU。2019年に設立したばかりのスタートアップだ。今後も事業を続けていくには、地域の人からの協力が欠かせない。周囲からは、どのように捉えられているのだろうか。

「今まで森を守る活動はボランティアとして捉えていて、補助金をもらいながらやるものだと考えていました」こうコメントするのは、八ヶ岳でネイチャーガイドとして活動する五味愛美さんだ。「一方で、SANUは事業の一環として自然を豊かにすることに取り組み、さらにちゃんと収益化できていることに、すごく未来を感じます。サステナブルな建築をもっと多くの人が作りたいとなれば、林業従事者もさらに知識を豊富に蓄えていかないといけなくなる。そうした相乗効果によって、日本が誇る匠の技を守ることができると思います」

また、釜石地方森林組合の参事・高橋幸男さんは「釜石の復興支援に全力で手を貸してくれた福島さんが率いるSANUだから、こちらも木材の調達面で最大限のご協力をしたいと思いました」と語る。

SANUの福島さんに、地域でビジネスを始める際に人々の協力を得られた秘訣を聞いてみた。

「人に会いに行くときに、背広で行かないこと?(笑)いきなり『私はこういうものです』と協力を仰ぎに行くのではなく、まずは自分自身も自然の中で育ち、自然が大好きだということを伝えるところから始めました。相手の大切にする自然に、お邪魔させてもらう感覚というか。そして、僕たちの持っている 「Live with nature. / 自然と共に生きる。」 の理念や、SANU CABINの建設が地域の自然破壊するものではなく、むしろ豊かにしていくこと、そして将来のビジョンなどを丁寧にお伝えしたんです」

「それで1年ほどかけて色々な方の協力を得ることができ、オープンに至りました。初期のサブスク会員枠が満員になるまで、1か月はかかるかな、なんて話をみんなでしていたのですが、いざ開始したらほんの3時間で満員になって。コロナ禍で自分自身が漠然と求めていたサービスが、他の人にも需要があったんだと安心しました。同時に、いま会員枠を待ってくださっている人たちのためにも頑張らないと、という良いプレッシャーにもなっています」

福島弦さん

SANUの事業を始めてから、森にとても詳しくなったという福島さん。北海道に住んでいた頃は意識もしていなかった身近な自然が、いつのまにか生活に欠かせない存在となり、自分以外の人にも恵みを与えてくれる存在となっている。

最後に、同じように環境再生に取り組むビジネスを始めたい人や、社会に貢献できるようなビジネスをしたい人へのメッセージをもらった。

「どんなに小さな行動でも、意味があることを知ってほしい。自分なんかが一つ行動したところで、何になるんだろうって感じたら、それはとても寂しいことだなと思うので。もしSANUとこんなことがやりたい、などあれば、いつでも連絡ください」

編集後記:惹かれずにはいられない、あたたかなSANUの魅力

最近流行りの「住まい」のサブスクで、戦略的に会員数を伸ばすスタートアップ。環境の再生に向けた取り組みも徹底している。インフルエンサーと呼ばれる人々からの支持も厚く、読者からは記事化の要望も寄せられていた。

革新的で勢いのあるプラットフォームということで少し身構えていたIDEAS FOR GOOD編集部だったが、実際に八ヶ岳の空気を感じながら福島さんや地域の人たちと話して見えてきたのは、もっと素朴で、地道で、つながりを大切にしたものだ。哲学を繰り返し伝え、周りの人々と根気よく関係性を作っていった末の信頼感。企業の姿勢としても、非常に学べることの多い取材となった。

今後、SANUの建築面について深掘りする記事も公開予定だ。「建てれば建てるほど環境を再生する建築設計のウラ側」、ぜひ楽しみにしておいてほしい。

▼SANUドキュメンタリー動画はこちら

【参照サイト】SANU

(話者プロフィール写真クレジット:Ayato Ozawa)

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